水瀬先輩の歌
いざレコーディングが始まると、本当にあっという間だった。
ギターリフを入れて、フレーズを繰り返す。
ただそれだけの事なのにどうして緊張するのかが僕にもよくわからなかった
パソコンからヘッドホンに流れた音楽に合わせてバンドスコアに沿って弾くだけ
途中からそう考えていると楽になったような気がする。
僕のレコーディングも終わり、水瀬先輩以外は駅前の家電量販店でCD-Rを買いに行くそうだったが、僕は水瀬先輩の歌を聞いてみたくなってスタジオに残ることにした。
「レコーディングの時は音外す時もあるし恥ずかしいんだけど...」
「普通は逆じゃないんですか?」
「んー、僕はどちらかと言うとライブとか色んな人に見られてる時の方が安定するんだよね」
「スゴいですね、僕緊張しちゃうんでライブとか音外しちゃうんですよ」
「青海君は声量がちゃんとしてるからしっかり音を覚えれば大丈夫だよ」
そういいながら水瀬先輩は再びレコーディングルームへ入っていく
マイクの高さを調整し、息を少し吐いてからパソコンのキーを押す。
「ザクロの実貪って、汚れた服を捨て...」
水瀬先輩が歌っているのは、急遽このミニアルバムに入る事となった『ザクロのように』
これまでの水瀬先輩の作品とは全く違って、とにかく激しい曲調になっている。
そう言えばレコーディングの待ち時間の時に先輩がヴィジュアル系バンドの曲を聴いていたと言う話としていた。それと何か関係あるんだろうか。
先輩の弾いていた「Cage」と言う曲は、激しくて詩も攻撃性が強い。
そこから何か受け継いでいるようなものがある気がする。
「シンコペーション、センシティブに。犯されたイマジネーション...」
普段の先輩ならしなさそうな歌い方だ、怒りをぶつけるような感情に乗った歌い方。
本当に歌うことが好きなんだろうなと言うのがじっくりと伝わってくる
サビ前にシャウトが入り、より激しい演奏となるサビへ入っていく
「残骨を喰え!ザクロのように。閉塞な感情、情弱の信仰、ザクロの果実に抱かれている」
僕はただその光景を眺めて、スゴいとしか言えないのが悔しくなる。
もっと言葉が使えれば、この光景を言い表せるのに
普段はシンセサイザーへのテクニックに目が行きがちだけど、歌声も歌い方も、表情も本当に美しくて、僕は気付くと水瀬先輩に釘付けになっていた。
1曲歌い上げて、ペットボトルの水を飲んだ先輩はそのまま休憩せずに次の曲へと進む。
収録する曲はあと2曲、それをすべて歌い上げるつもりなんだろうか
水瀬先輩のその姿勢に、僕はただスゴいとそう言うしかなかった。




