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弔いの旅路  作者: クジラ
ミミゼラブル後編 その剣を手にする者
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創作始動

「誰か!! 誰かいませんか!! 誰か……誰でも……ククポを助けられる人!!」


 反省していたことがある。葬儀の時、俺が誰にも相談せずひとりで全部取り決めてしまったことだ。


 カッコをつけたかったのかな、当時の俺は。できる人だと思われたくて、よかれと思ってやったことが全部裏目に出たんだ。


「お願いします!! 手を貸してくれるだけでもいいんです!!」 


 声が裏返るがそんなことはどうでもよかった。自分にできないことは、他の誰かができるかもしれない。恥ずかしいだとか、みっともないだとか、目と鼻の先の小さな埃に囚われてしまっては、またあの時みたいに本質を見誤る。


 ダンさんみたいな医者がいてくれればいいんだけど、そう都合よくはいかないか……。みんな自信なさそうに顔を下に向け知らぬ顔だ。ガウたちはスタッドさんの援護に向かうか、こっちに来るかを決めかねているようだった。


「ああもう! わかったよ! ディエゴ様に名を覚えられている羨ましい奴! お前、確かナイトとか言ったよな! 言っとくが俺は医者じゃないぞ! ただのしがないククポ愛好家だ! ククポが好きで好きで、このサングリアに移住してきたぐらいのな!」

「だから、そのへんの素人よりはククポに詳しいと自負している! 頼りないとは思うが、知恵を貸すぜ!」


 静寂の中、真っ先に駆けつけて来てくれたこの人物、確か……。


「ククポ仙人!! 助かります!!」

「誰がククポ仙人じゃい!! たくっ、みんなして俺のことをからかいやがって。って、こんなこと言ってる場合じゃねぇか。早くどうにかしてやらないと」


 前にククポのことでケンカをしていた人だ。あの騒動以降すっかりククポ仙人呼びが定着していたので、つい愛称で呼んでしまった。


 だが、この気軽いやりとりおかげで、漂っていた重苦しい雰囲気が解れていくのを感じ取った。ひとりまたひとりと人が集まり、俺たちは集まった数十人で解決策を話し合う。事態は切迫している。早く答えを見つけてやらないと。


「な、なぁ。とりあえずみんなで安全な場所まで運ぶってのはどうだ? じっとしてるよりかはマシだろ?」


 集いの中の一人が自信なさげに言う。


「おい、下手に動かすな!! 首の骨が折れちまってんだ! もしパニックになって暴れでもしたら、気道が塞がって死んじまう!!」


 これにククポ仙人が血相抱えて返した。


「それに、オスのククポの体重は300キロもある。クソ重いんだ。器具もなしに安静に運ぶなんて現実的じゃねぇ、不可能に近い」

「ああチクショウ! あのディブタとか言う奴!! こんなかわいいかわいいククポに、酷いことしやがって。ただじゃおかねぇからな……ディエゴ様も……何考えてんだか……」


 このククポ仙人の説得力のもった発言に、みなの心に絶望が広がった。耳鳴りが鳴るほど静かな話し合いの中、辛うじて息を吸うククポの呼吸音だけが(むご)く響いた。いたたまれない姿、転げ回る力も徐々に弱々しくなり、見ているだけでも息が苦しくなる。


「エルフの治療薬を投与するのが一番丸く治まるんだが、知っての通り、この遠征には持ち込み禁止の品だ。一応聞くが、誰かこっそり持ってやしないか?」

「……そうだよな……持ってないよな、わりぃ……ああクソっ、誰かがサングリアまで取りに行くしかねぇ。間に合うかどうか……」


 サングリア……そう誰かが呟いて黙りこくる。言葉を失うのには理由があった。


「俺らって、今どの辺にいるんだ?」


 そう、現在地が不明なんだ。俺たちは日夜ククポの騎乗訓練で走り回り、方向感覚が狂っている。とうぜん先導役は道を知る者が担う必要があるため、ククポを何とかしたい気持ちはみな同じだが、誰も声をあげる者は現れなかった。


「たっ、太陽の方角とかでわからないのか? いや俺はそういうの無理なんだけどさ、だれか頭いい奴が……」

「……いや、だめだ。現在地がわからねぇ以上、方角がわかったって何にもならねぇ。この大平原には目印となる場所もすくねぇし、正確な位置を知ってなきゃ無駄足で終わる可能性が高い。当てずっぽうに頼るのは最後の最後だ」


 数人の唸り声と共に、ククポ仙人の仕切るこの場が冷え込む頃、


「バニング!? おいどうした!? バニング!!」


 急を告げるガウの荒声に、脂汗が身体中から滲み出てくるのがわかった。急いでスタッドさんのいる場所を振り向く。


「デヒヒヒ!! おう? なんだぁ〜クソジジイ〜苦しそうだなぁ〜、ちょっと小突いたぐらいで膝をつきやがって〜。あっ、もしかして〜、寿命でもきちまったのかぁ〜?」

「ううっ、なんだこの感覚は……手足がしびれる。身体に……はぁっ、はぁ……くっ、力が入らん」


 ガウたちは俺たちにククポを任せ、ディブタの相手をする判断を下していた。


 そんな中での出来事だ。まるで、頭になにかが勢いよくぶつかったように、スタッドさんが片手で頭を押さえながら地に膝をつけていた。


 距離はそれほど近くはないが、手が震えているのが視認できた。顔色は土色になり、呼吸も乱れに乱れている、立とうにも足がふらつき倒れてしまうようで、吐き気もするのか、時々えづいては苦しそうに顔をゆがめている。


「その症状、おそらく脳出血だろう。バニング、無理に動こうとするな……今日を命日にしたくはないだろう?」

「くっ、ディエゴ様……わしは……わは……まだやれます……こんなところで……立ち止まる気など微塵もありません!」

「はぁ……やれやれ……変わらんな、その無駄に暑苦しいところは。おいエスタ! バニングを連れていってやれ。ここからだとサングリアより、君が留意にしていた宿屋の方が近い。確かそこには薬があったろう?」

「はい! 常備しております!」

「まぁ、私が治療してやってもいいが、また無茶をされてはかなわん、頼んだぞエスタ! バニングをこんなところで無駄死にさせるな!」


 ディエゴの意向に従順に従い続けるエスタ教官は、ハッと険しい顔から温和な顔へ表情を崩し、御意! っと勢いよくスタッドさんの元に駆け寄った。その姿を見届けたディエゴは、何かを閃いたかのように、手のひらに拳を打ちつけ、


「そうだ、脳の血管がぶち切れているんだったな。運ぶ際、脳が揺れてはマズイか……。少し待ってろエスタ。いま私が荷台をデザインする」


 そう言うと、ディエゴはわざとらしく顎に指先を当てがい、一考を講じているような姿勢をとった。


「常に思う。芸術とは闇鍋の中で偶然に生み出される未知との邂逅(かいこう)だと。どんなものができるのか、作った本人ですら、蓋を開けてみるまでわかりゃしないんだ」


 突然、周囲の空気が一変したのを地肌が感じ取った。いや、悟ったと言ってもいいかもしれない。今からなにかが起ころうとしている。それは全員が感覚として気づいていることで、この状況下での明らかな異変、ディエゴの両手に不意に宿った淡い光へと視線は注がれていた。


「私が司るは定義と規律。定義とは規律なくして成り立たず、規律とは定義なくして存在し得ない」


 信じがたい光景が目に飛び込む。


 ディエゴが得意げに広げた腕の前方、その中心部に、大量の土と草が激しく弧を描きながら集約していく光景だった。


「おいおい、まさか……今から俺たち……ディエゴ様の創作お姿をお目にかかれるのか!?」

「うおぉぉ〜! すっげぇぇ〜! 初めて見るぅ〜! テンション上がってきたぁ! 帰ったら絶対みんなに自慢するぞ〜!」


 髪が靡く。平原の草を横薙ぎに倒す突風は、空を円運動で回る土と草から発生していると一目でわかった。


 両腕と淡く光る5本の指をめいいっぱい広げ、それを指揮するように相対するディエゴ。


「材料。土と草。着想。台車。機能美。揺らさずに運ぶ」

「創作始動」


 口元に曲がった、実に嫌味ったらしい笑みを携え、ディエゴは手を滑らかに、時に激しく動かし、瞳をとじて自分の世界に入り浸った。


 眉をひそめ笑みが真剣味を帯びだすと、連動するように、回転する土草の間隔が狭まっていき、やがてそれは摩訶不思議なことに十字に白線を伸ばす小さな光の粒となった。


 ディエゴは、その目の前にできた小さな光の粒を2本の指先で捕まえると、ぶつぶつと独り言を言いながら、こめかみにくっつけるようにあてがった。まるで、脳内のイメージをその光に送り込んでいるようだった。


「頃合いかな。さぁ、名を冠そう。作品名“薙風(なぎかぜ)の護送車”とくとご覧あれ」


 こめかみにつけた手を前に出し、パチンと小気味よい指鳴らすと、粒から現れたのは、何とも奇妙なひとりでに浮かぶ、草原の草でできた空飛ぶ台車だった。いや、台車と言うには無理があるか、だって、ただの草だもん。造形は……何とも草でできてるとは思えない美しいものだが、それだけ、とてもこの状況において必要なものだとは思えなかった。いったいディエゴはなにを考えているんだ。いやに誇らしげだが。


「エスタ、バニングをその上に乗せろ。後は勝手についてくる」


 ふわふわっと、弾力を発揮し、空を浮かぶ草の台車は、バニングの体重を軽やかに受け止めた。


「奇跡だ。奇跡の御業だ。ディエゴ様が奇跡を起こされたぞ!」

「なんで宙に浮いてんだよ。重力はどうなったんだ!」


 周りの面々が次々と賛辞の言葉をまくし立てる。


 エスタはその賛辞が耳に届いていないように、淡々とククポに乗り走り出した。


 バニングを乗せた薙風の護送車? はそのエスタの後をついていく。


「あっ……」


 ある考えがよぎる、


「ナイト!! 追え!! エスタ教官を!!」


 同時にククポ仙人が俺に向かって叫ぶ。


「ククポ仙人の俺が言う。この中じゃお前が一番ククポに乗るのが上手い! お前が先頭に立ってエスタ教官を追え!」

「そこには、エルフの治療薬がある!」

「俺はククポの側から離れられねぇ。だから、お前が薬を取ってきてくれ! 頼んだぞ!!」


 ククポ!! 考えるより先にそう叫んで、俺はあっという間に遠くなるエルフ教官の背中をククポに乗り追った。


 後に人が続く、数十人。その先頭に位置づけ草原を走る。


「ナイト! 俺たちはお前がこの場所に帰れる道しるべとして、ひとりひとり順に離脱していくから、エスタ教官にはお前が追いつけ、いいな!!」


 後ろは向かずにハンドジェスチャーで応える。俺の目にはもう前を走る小さな粒しか見えない。目を離してはならない。一瞬足りとも、ククポの命は俺の肩にかかっている。


 必ず薬を持ち帰る。この場所に。





 ナイトの背を見送ったククポ仙人は見た。


 黒い影を。


 自身が看病する、そのククポからだ。


 目をこする、すると黒い影はなりをひそめ、すっとどこかへ消えた。


 重圧が見せた幻? 見間違い……?


 悪寒。


 手が震えている。


 怖くなって、どうしようもなく寂しくなって、胸がつんざかれそうで、彼はただ純粋に、ククポ、と名を呼んだ。


 気のせい……か……。そうククポ仙人はいつの間にか大きく乱れていた息を落ち着けた。


 その一部始終を、徹底した沈黙で睨みつけるは、先ほど称賛の嵐を受けたディエゴだった。


 その瞳になにを思うか、血肉に突き刺さるほど目をとがらせ、死に瀕しているククポを、冷酷に視界の中央に捉えて離さなかった。


 

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