激震 走る
「んん? って……あれ、ここどこ? 俺は……確か……」
「ほぉ゙ぉ゙っ!? い、いっっでぇ〜〜!!」
なぜか草原に仰向けに倒れている身体を、無意識に起こそうと力を込めた瞬間。空から天罰でも降ってきたような衝撃が、腰回りから太腿にかけてド派手に広がり、俺はそのまま青空を眺めた状態から身動きがとれなくなった。
1っミリも動けそうにない。ちょっと起き上がろうとするだけで……また変な声が……クソっ、なんなんだよこれ、痛すぎるぞ!!
「ひ〜疲れたぁ〜! ククポに乗るのってやっぱしんどいよなぁ〜。もう足腰立たねぇぇ〜」
「んあ゙あ゙ぁ゙〜〜やっとこさゴールっ!! で、順位は!? かぁ〜80着かよ〜! ちくしょう〜! みんなのククポ速すぎねぇ? 俺のやつが遅いのか? なんかよく見れば他のやつより間抜けな顔してんなぁ」
「間抜けな顔してんのはみんな同じだろうが!! 目ん玉くり抜くぞ!! こんな愛くるしい生き物に向かってぇ! ククポは神だ! 神が遣わした生き物だ! その頭に刻め!!」
「なんだお前……ククポ仙人かなんかか?」
「おっ、ケンカか? いいぞいいぞ! やれやれ〜!」
続々とミミゼラブルの面々が集まってくる。相変わらず血の気が多い連中だ。何かあればすぐ喧嘩。ほんと飽きもせずよくやるよ。
「クポォ〜……」
ククポが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。手を伸ばし鼻を撫でてやる。ツルツルとしたクチバシの感触。少しくすぐったかったのか、ふるふると身体を震わせる。
「はぁ……はぁ……」
思い出して来たぞ。鈍い痛みと共に。自分のしでかしたことが。
「1位か……ははっ」
ニヤケ顔から表情を変えられなくなった。体内から溢れる活力が身体中の毛穴、毛根の一本一本から吹き出るようで、少しでもそれが滞れば、体内で爆発でもしてしまいそうだった。
「くそ気持ちいいなこれ……」
でもそれが半端なく心地良い。もっとほしい。もっと食いたい。これを摂取すればするだけ俺は、自分の理想とする人間に近づいてる、確信がある。
過程、結果、その両方で自分史上最高を更新し続ける日々は、いずれ、他者を尊重し、命を尊び、礼節を違えることなく、大胆かつ冷静に物事を下す、そんな強い自分を生み出す。どんな悲劇が起ころうとも、後悔に苛まれない道を選べるようになれる。
母さんとリアの葬儀をやり直したい、こんな願いを掲げなくてもいい自分だ。自責の念に苛まれ、永遠に虚空を彷徨うような、そんな日々を繰り返さない自分に成長できる。
「ナイト! マク! モッコリン! お前らが上位独占かよ!! すげぇじゃねか!! くそ〜俺も途中までいい位置につけてたんだけどなぁ〜! ククポに無茶させすぎちまった。すまねぇ〜ククポ〜」
「はははっ、そのようですね。夢みたいですよ。まさか運動音痴の僕が、3位に滑り込むだなんて、ルルちゃんに話す自慢話が1つ増えました、ええ!」
「ボクも……お母さんに話せることできちゃった。ナイトには勝てなかったけど、でも、いいんだそれで。ボクはボクのできることを精いっぱいやれたから、えへへ」
「おいおい、なんかお前らいい感じじゃねぇか! ずりぃぞ! 仲間はずれにしやがって!」
「なら終盤、自分の足で走ればよかったんじゃないですか? けっこう足速かったですよね、ガウ?」
「クックッポッポってか? できるかぁ! そんで勝てるかぁ! 調子に乗ってんなぁお前ぇ〜!」
「あははっ、やめてくださいよ! ナイト、マク! 見てないで助けてください!」
羽交い締めにされ首を軽く絞められるモッコ。それを見て大笑いする俺たち。その後も、妙に高揚感に包まれた楽しい会話が弾み、時間があっという間に過ぎていった。
味気ないいつもの料理がこんなにも美味しいと感じた夜はない。番号125位から70位に大幅に上がった順位を見ては気が大きくなった。マクも言葉数が増えてニコニコ、モッコも目を輝かせてハイってやつだ。
嬉しいよな。勝つって。わかるよ、その気持ち。しんどいこと、いっぱいやってきたもんな。その分余計に込み上げてくるものがあるってさ。
就寝の時、このまま時が止まればいいのにって思った。思ってすぐ否定的な気持ちが湧いた。
ずるいよな。だって、それじゃあ、なんの努力もしないで、俺がいつまでも一等賞ってことじゃんか。
もう誰も、一番になれないってことじゃんか。この幸せを味わうことができない。
然るべきなんだ。競争はあって。俺の番で終わりなんてことはない。
しばらくはククポの騎乗訓練が続くとエスタ教官が言っていた。
悔しさってのはバネになる。負けた者をより高く跳躍させる、言ってみれば勝者が意図せず配る贈り物となる。
同色ゆえに見えなかった色が、今日はよく見えた。悔しそうに俺を見る面々。彼らは次に戦う時には、全速力で跳躍し俺を刺しに来る手ごわい相手になるだろう。
競争はあって然るべきだ。そうやって移ろいゆく、花びら1枚ほどの鮮度の誉れ。
俺が今、手にしてるものは、刻々とその輝きを濁している。
だから、魅入られてはいけない。
例え、これが一生に一度の誉れだったとしても、きっと俺たちは、神様のような視点で世界を見渡せば、花びらが舞う花吹雪の中を歩み生きているのだから。
次の1枚、また次の1枚、自分ならまた、手にすることができると信じて進むだけ。
次の日からのことは、あまり覚えていない。
一言で言うなら、壮絶。
会話だってみんなと弾まなくなるぐらいの疲労具合が、連日身に降りかかっていた。
がむしゃらな俺たちの頑張りが着実に実を結び、マク番号51 モッコ番号45 スタッドさん番号39 ガウ番号26 俺番号25という好成績を残すに至ってた。
ククポへの騎乗訓練はどうやら俺に合った訓練らしい。あれから一番もそこそことって、ククポへの信頼がピークに達した、その時のこと。
急遽ミミゼラブル面々を集めたディエゴから放たれる言葉に、全員が凍りつくこととなる。
「ディエゴ様……今……今なんて……聞き間違い、ですよね……」
誰かが声を震わして尋ねる。俺自身も耳を疑う言葉だったので、食い入るようにディエゴの弁明を待った。
「んん〜? 聞こえてたろ? なぜ聞き返す。もっと信用してやれよ。生まれた時からついている、その耳が聞き取った言葉を……」
これまでは独自のキャラクター性と捉えていたその言葉使いも、今は空恐ろしく感じた。ディエゴはなおも煩わしそうに言葉を繰り返す。
「殺せって言ったんだよ……ククポを殺せ……殺してみせろ。それが次の訓練内容だ」
頭が真っ白になる。誰も言葉を発するものはいなかった。
「ええ〜! デヒヒヒ! このクソ……じゃなかった。ククポちゃん殺していいの〜? やったぁ〜! こいつオデの番号を180位まで落としやがったからムカついてたんだぁ~!」
そんな静寂を、下賤な笑い声で返す者がひとり。
ミミゼラブルに最悪の激震が走ったその瞬間だった。




