ナイトの現状 ディエゴの思惑
「あむっ、んぐっ、んっ、もぐもぐ……」
相変わらず美味しくないな。
ディエゴというエルフが、俺たちのために用意してくれたという特別な実。
身体にとってすこぶる良い効能があるそうだが、それを知っていなければ、2度は口にしない食材だろう。なんて表現したらいいのか、口当たりがもっちゃもっちゃしてて、ぎっちぎちに果肉が詰まってて、怖いくらい腹持ちがよく、味がうっすいんだ。
「これ食うと他のもん食べれなくなるから、なんか人生の色彩? ってやつが薄まってる気がして嫌なんだよな」
「あははっ、わかる! なんか嫌だよね。これでお腹いっぱいになっちゃうの!」
マクが俺の意見に賛同してくれる。こんな愚痴っぽい話でもいつも好意的に応じてくれるから、マクにはつい口が軽くなってしまう。話しかけやすくてさ。
「でもこれを食べないことには、地獄の調練がさらに地獄になっちゃいますからね。ほんと、味の濃い食べ物への欲求が日々増していくばかりですよ! ええ!」
モッコの言う通り。実を食べるのと食べないのとでは、疲労度も訓練効率も全然違う。
俺みたいな根性無しが、未だにミミゼラブルの厳しい訓練についていけてるのだって、食べれば翌日には身体から羽が生えるみたいに軽くなる、この実を食べてるからだろう。筋肉もすっごいついてる感覚があるんだ。現に俺は半年前より筋肉質になったし。
「そうだよな〜。ディアンスで食べたトガリが懐かしくなるよ。あれうまかったなぁ〜、外はコリコリ、中はジューシーでさぁ」
「ナイト。まさかお主が、あの城壁都市ディアンスに行ったことがあると聞いた時は驚いたが、そんな秘境にも絶品グルメがあるのか? いや、ワシも若い時に行こうとしたんだがな、なんせ砂漠の民の案内なしでは灼熱の砂の上で干からびてしまうと聞いたもんで、結局行かずじまいじゃたんじゃ」
砂漠の民、アトラたちのことだ。みんな今頃何してるかな。また会いたいよ。
俺が人生で初めて村から出て訪れた街、ディアンス。一般的には、流刑の罰で砂漠に置き去りにされた罪人が、運が良ければたどり着く秘境と周知されているそうで、冒険家や命知らずしか好んで行く者がいないそうだ。
意図せずそんな無法者と同じ括りになってしまった俺の『ディアンス冒険談』は、驚くほどみんなにウケた。特にカジノの話は興味津々で、まるで子供のように目を輝かせながら、前のめりになって話を聞く。
そのたび俺は言いようのない優越感に満たされた。死にかけたあの苦労が、時を経て報われたような気がして。
「ハニーとよりを戻せなかったら俺様も行こうかなぁ〜、ディアンス。ナイトが行ったってんならよぉ〜」
「ワハハハ! ガウよ。お前は相変わらずナイトに対抗意識を燃やしておるのぉ!」
「うっ、そりゃあナイトは俺様の好敵手だからな。順位だって俺様の1個上だし、負けてられるかってんだよ!」
早朝の宿屋の個室。照れくさそうに頬を掻くガウを茶化すように、俺を含めて4人の笑い声が響いた。
「わりぃがナイト。今日は絶対追い越してやるぜ! また俺様の背中を追う日々に戻してやるよぉ!」
「あっ、ナイト! これピンチじゃないですか? 確か今日は模擬戦がありましたよね。無駄に色々な武器の扱いに長けているガウが得意なやつです! ええ!」
「おい、無駄とはなんだ? コツを掴む早さなら誰にも負けねーだけだよ。器用だからな俺様は。まぁ? そっから極めんのが苦手だから、器用貧乏とも言うが……」
「……ガウは弓とか槍とか、状況に応じて使い分けられるからいいよね。僕は戦いじゃ勝てっこないからいっつも下位だよ。順位下がっちゃうからやだな僕、模擬戦やるの」
「こらこら、齢80歳のジジイを差し置いて若いもんが弱気になってどうする。ワシなんかもう、いくら鍛えた所で、体力もつかなければ筋力もつかないんじゃぞ! どころか最近心臓あたりが痛くてのぉ、下手したら半年前より衰えとるわいこれ、ワハハハ!」
「スタッドさん! やっぱり体調が……どんどん順位落としてるから……無理してるんじゃないかって……」
この半年でスタッドさんの性格はだいたいわかっている。
予想通り、心配など不要、そういった態度で軽くあしらわれた。他のみんなは答えが分かりきってるから、心配する素振りすらみせない。
自分に厳しい人なんだ。それもとんでもなく。でも、それでも俺は、手助けは時に人の誇りを踏みにじると知ってなお、手を貸してあげたいよ。分かっちゃいるけど、胸を押さえて苦しそうに鍛錬に励む姿は、もどかしくなって、見ちゃいられなくなる。
「そんな顔をするなナイト。老い先短い余生を走り抜くと言ったろう? ワシは若者には常に、往生際悪く晴れ舞台にすがろうとする老骨を、容赦なく蹴り飛ばす気概を持ってほしいと思っておる。新たな進化論を携えた、次世代の一番星になるように、な?」
「……はい……善処します……」
「うむ。それでいい」
もちろん納得はしていない。けれど、これはスタッドさんの人生だ。本人が決めた事象に、他人が横槍を入れる余地はない。
死は嫌いだ。母さんとリアを別れの言葉もなしに奪っていったから。でも、ただ死から遠ざかることだけが、救いになるとは限らない。俺の思いが行動がすべて、適切な優しさに変換されるわけじゃない。
そこに慈愛があったからって、押し付けていい免罪符にはならないんだ。難しいな。人ってやつはほんとに。
「ナイト! スタッドさーん! いつまで話してるんですか? 朝の長駆始まっちゃいますよ〜! エスタ教官に怒られちゃいますよ〜! 問答無用で順位下げらちゃいますよ〜! 急いで〜急いで〜!」
「おお、すまんすまん、今行く!」
「さぁナイトよ。ワシのことは一旦頭から消し、頑張るのじゃ。今や長駆はお主の得意分野じゃからのう。ここで差をつけんとガウにほんとに負かされるぞ? ワハハハ!」
頬切る風が少し寒い。
一週ですぐに温まっていた身体も、今や三周は走らないと汗もかかなくなった。
『走る』ことに関しては著しく成長したと自信を持って言える。朝の長駆は、順位という、ミミゼラブル全員で競い合う数字を上げるのに大きく貢献していた。
訓練ごとに最高成績を収めた者から番号の若い札を取って、一日の終わりにその合計数で自身の番号が決まる。俺は現在95番。総員250名の中では、まあそこそこ頑張っている数字だろう。
この長駆のおかげで、俺はガウに対して『1』という僅差で勝ち越せている。俺の性格に合っている訓練なんだろうな。これは持論だが、不真面目な奴ほど体力をつけるのに苦労している気がした。サボり癖のあるディブタとゴラッソの入れ墨兄弟が常に最下位なのが、その証拠だろう。
「予定通り今日の昼には、実戦を想定した模擬戦を行う、各々準備しておけよ」
エスタ教官の、怒号のような通達が広場に響き渡った。
――そして結果は案の定、芳しくなかった。
ガウやスタッドさんは実戦で大きく順位を伸ばし、ディブタとゴラッソも驚異的な強さを見せた。対する俺は、一太刀も入れられずにボコボコだ。弱すぎんだろ、男としてほんとに情けなくなる。
今日の順位は俺が95番で変わらず。ガウは85番へ浮上。模擬戦でトップを取ったディブタにいたっては、110位から52位へと爆上がりした。
最後の方は、全員でディブタから逃げ回るような訓練になっていたな。あいつには勝てる気がしない、足が遅いので逃げることに徹すればなんとかなるが、今の状態のスタッドさんでほんとに勝てるのかと心配になる。全盛期の勘を取り戻せればと息巻いていたが、今や初期の順位『1位』から205位まで順位を落としている。やっぱり御老体には過酷すぎるんだよ。このミミゼラブルは。
「お~い……君。冴えない君〜? 君のことだよ? もしかして自身が冴えない奴だとは自認してない感じ? 困るなぁ〜、聞きたいことがあるのに、私は君を呼ぶのに、どんな呼称を生み出せばいいんだい? 初対面で無理難題を押し付けるなよ」
なんだ? 後ろから声が、聞いたことない声色だ。冴えないって、俺のことか? 爽やかないい声してる分なにか余計にイラッとくるな。なんだろう。振り向いたら負けな気がするぞ。
「おお、まだ粘る。君のことだってば〜、ふふふ、いい加減認めて振り向きなよ〜。現実逃避だけは英雄クラスのなのかな? かっこいい〜」
いやいやいやいやいやいや言いすぎだろ!! どう考えても!! なんて性格の悪い奴なんだ!! 見たことねぇレベルだよ!! 初対面だよな一応!! こんな声の奴知らねぇし!!
「おお、やっと向いた。思った通り滑稽な顔面だ〜。んん? その顎を無駄に前に出してるのは怒りを伝えようとしてるのかい? だとしたら頭も悪そうだ。知的レベルの低さを思わせるね」
「あ~涙目になってるところ悪いんだだけど、ひとつ聞きたいことがあるんだ、いいかな?」
「……いいわけないでしょうが!! 誰が答えてくれますか!? そんな態度で!!」
言い返しながら、俺はその男の顔を見て凍りついた。あれ、この人どこかで見た記憶が……確か。
「ミミゼラブルってのをこの辺でやってると思うんだけど? 君、知らない?」
「……えっ……あれ……えっ? この人……いや! このエルフ様は……!!」
「あ~いい、いい、そんな反応。時間の無駄だ。それと君、エルフはそんなに偉い存在じゃないよ。普通に怪我すりゃ死ぬし、神のごとく扱うのは辞めてくれ。ムカつけば、別に暴言のひとつやふたつ吐いてくれていいんだ。私もそれを望む」
ディエゴ……ってエルフだ確か……サングリア周辺を統べる、エルフの中でもめちゃくちゃ凄いエルフ。なんでそんなエルフが目の前に……。
「おや? 君……その首のネックレス……もしかして……」
「あっ、かっ、返してください!」
ミュウルから貰った星型のネックレスを、手品のような軽やかな手捌きで奪われる。
「ふむ。これは神具になる前の状態の……どうして君が持っている?」
「返してください! 友達から貰ったやつなんですよそれ!」
俺は半ば強引に、ディエゴの手からネックレスをもぎ取った。
「……友達……か……面白い!! 奪ったにせよ譲られたにせよ、どちらでも面白いじゃないか! 我々エルフの掟で後生大事にしなければならない神具を、なぜその持ち主は、使えもしない人間に託したのか。それも、君のような『冴えない』人間にだ! ああ興奮する! インスピレーションが湧き上がる! ふははは! 久々の感覚だ! 神具を持ち歩く人間か。貴様、人類史上初だぞ。自分が何をしでかしているか分かっているのか?」
いっ、言われてみれば、そんな人間いないかもしれない。というか、この件に関しては、ミュウルがだいぶめちゃくちゃなエルフだからで説明つく気がするが、俺も最初は断ったし。
「ナイト〜! 晩ごはん一緒に食べようよ〜!! どこいったの〜! ナイト〜!!」
「あっ、マクが……」
「……ナイト……ね。それが君の名か?」
俺は小さく頷いた。
「あっ、あの、ディエゴ様。一応伝えときますが、俺はこのミミゼラブルの参加者です。エスタ教官なら、ここを真っ直ぐ行った先の宿屋にいますから。では……」
「情報提供、痛みいる」
マクに呼ばれているので、軽く会釈してその場は後にした。遠い記憶だから確証はないが、確か特別ゲストとか何とかで、ディエゴ様もくるとエスタ教官は言ってたかもしれない。案内としてはこれで十分だろう。
いつも通り仲間たちと食事を囲み、そして翌朝。
「おい! 聞いたか? 今日の長駆は中止だってよ!」
「ええ! マジか!? あの鬼教官どうしちまったんだ?」
「ついに人の心を取り戻したんだよきっと!」
部屋の外から、浮き足立った声が聞こえてくる。
何事かと広場に出ると、そこにはミミゼラブル参加者が既にたむろっていた。
「おい、あれ見ろ! ディエゴ様だ!!」
誰かの叫び声を合図に、広場が騒然とする。
その喧騒を切り裂くように、エスタ教官がわざとらしい咳払いをして、自身に注目を集めた。
「うぉい! 貴様ら! 朝の長駆がなくなったからと言って、喜んどるんじゃないだろうな! いくら目の前にディエゴ様がいるからって、騒ぎすぎだ! これではディエゴ様がしゃべれないだろうが! 静粛にしろ! 静粛に!」
「……よし、静かになったな。ではディエゴ様。どうぞお言葉を……」
エスタ教官の言葉を受け、ディエゴが一歩前へ出る。
「おはよう諸君。唐突で悪いが、これから『遠征』に出立してもらおうと思う。ここには当分帰らないから、各自そのつもりでいてくれ」
遠征? ざわつく俺たちを尻目に、ディエゴは続けた。
「野外実習とでもいうのかな? なに、やることは変わらないから安心しろ。それにこの私までもが加わるのだ。破格の条件だろう? まさか、異を唱える者はいまい?」
ディエゴの何かを企んでいるような不気味な笑い声が、静まり返った広場に響き渡った。




