エスタ 出会いの追憶
気がつけば染まっている。
いつの間にか考えを乗っ取られている。
いくら自分の意思を持ったって、いくら自分の意見を絶対のものだと思い込んだって、小枝が折れるみてぇに、まぁ呆気なくポキっといく。
烏合するのは仕方がない。だって、人間1個人が相対するには、デカすぎるんだから、お前は。
遥か上空から俺たちを見下ろす存在、反抗的な奴を見つけては、天罰でも与えるみてぇに、そいつの周りの空気だけ薄くしたり、重くしたりしやがる。
これが意外と食らう。最初はなんだこのって、躍起になったテンションで跳ね除けるが、息苦しさは誤魔化せない、月日が経つに連れ病気みたいに体は重くなって、終いにゃまともに朝起きれなくなって、ちょっと何かやるだけですぐバテるようになる。
最悪なのはこれが嫌がらせみてぇにずっと続くことだな。俺に死ねってか? なぁ。
死んでくださって構いませんよ?
って、顔なんかお前にはねぇけど、本音が宿った瞳を隠したクソみてぇな笑顔で、ほんとにおっちじんまった奴を、薄目を開いてせせら笑うんだろ。知ってる知ってる。
『常識』お前には逆らえない。それは常識ってやつだ。
誰も逆らえやしない。それも常識。
いつだって人は、この常識ってやつに精神を乗っ取られる。気がつけば常識に喋らされている。自分の意思なんて、そこにあるようで全く無い。
誰も彼も、お前も俺も。
常識という集合知を構成する細胞のひとつ、
嫌いだ。烏合する自分が。嫌いだ。いつの間にか無難を選んでる自分が。嫌いだ。好きなものを好きと言えない自分が。なにが足りないんだろうな。反逆の意思を貫くには、俺になにが足りないんだろう。
常識に従い続けてるだけでは、俺の望みは未来永劫叶わない確信があった。でも、現状を変えることは難しかった。
いつも耳元で囁きやがるから。怖くなって結局、変革なんて起こせず1日が終わる。しゃしゃんなゴロツキが、って、そう毎秒笑われてる気がして。
誰かの脳内でしか存在できないクセに。
ずいぶんとまぁ、根を深く伸ばしてやがるこった。
「エスタの兄貴ぃ〜!!」
「んだよるっせぇな! 殺すぞ!!」
カッと頭に血が登る。苛つくんだ最近、全ての事象に。無性に腹が立つ。1番気持ちわりぃ温度帯の湯に、ずっと浸ってるみたいな。ジレンマってのか?
「機嫌悪っ!! どうしたんですか兄貴、最近なんか……って言ってる場合じゃねぇ! ローナさんが危ないんだ! 急いで宿屋トトヤに行ってくだせぇ! あの店で今野盗共が暴れてて大変なんだよ!」
「野盗? こんな山の中にか? ったくどこの奴らだよ。めんどくせぇな」
ざぱぁんっ、っと湯船から勢いよく出る。考え事が長引いていたからか結構のぼせてるな。
「って、兄貴! そんな悠長に身体の隅々まで拭いてる場合ですか! 一刻の猶予もないんですよ? アイツら妙に気が立ってて。このままじゃローナさんが!」
「ああん!? 身体は丁寧に拭かなきゃダメだろうが! 常識だぞ!? もうちょっと待てや! あとそれと、人の着替え姿をジロジロ見てんじゃねぇ! 礼儀知らずが!」
「ああ〜もう! その無駄にクソ真面目な性格どうにかならないんですか! わかりましたよ後ろ向いてますよ、もぉ~」
「たりめぇだ。言わせんなこんなこと」
道中走りながら事の詳細を子分のひとりから聞いた。どうやら相手は30人はいる大所帯のようだ。
この山の付近にいた山賊どもは俺が壊滅させている、報復が真っ先に思い浮かんだが、子分が言うには全く初見の奴らだそう。
ローナさんが経営する宿泊施設トトヤ。足元湧出の露天風呂が売りの、元は知る人ぞ知る隠れ宿的な存在だったが、最近ではサングリア住民にその存在を知られ、右肩上がりの売り上げが続いてるそうな。そこで用心棒件従業員として雇われているのが俺だ。
ローナさん目当ての痛客ってのは今までにちょいちょいいたが、まぁ繁盛すれば厄介な客も増えるってことか、30人規模の痛客は初めてだな。
「はぁ、はぁ、ちょっと息を整えさせてくれ、30人が相手だろ? このまま突撃してもな、はぁ~……ふぅ〜……1分くらいな……休憩だ……」
「へぇ、へぇぁぁ゙~……あっ、兄貴ぃ……俺はもう疲れました〜……後は任せていいですかぁ?」
宿屋がすぐ見えるところまで全速力で駆けた足を休める。俺の子分(山賊を壊滅させた時に勝手に付いてきた数名のひとり)の情けない他力本願宣言に、荒れた呼吸にため息が混じった。
「ここは任せろ。お前は他の奴ら呼んでこい」
「はい! わかりやした! 今すぐに!」
「あっ、おい。ちょっと待て、中の奴ら強そうだったか? それだけ聞きたい」
「……え? え〜、っとわかんねぇっすけど、たぶん兄貴なら大丈夫ですよ。普段バカみたいに鍛えてるじゃないですか〜、へへへっ、じゃあ、行ってきます〜! ご武運を!」
鍛えてる? 俺が? はっ……あいつには俺がそんなに努力してるように見えるのかね。
どう見ても『サボってる』だろうが。
もっと上に行ける感覚はあるのに、どうも今ひとつ、なにかを上げきれない弱さがあった。
「思えば、あいつらと群れだしてから露骨に感じるようになったな」
賢い鳥は、良い木を選んで巣を作るという。
確かに馬鹿な鳥は、こんなところに巣を作んのかよって、ところに巣を作るが、もしかしたら今の俺は、その馬鹿鳥と同じなのかも知れないな。
「巣替えって奴をしなきゃいけねぇんだろうが」
ただ……。こんな気持ちが溢れるたびに、ローナさんの顔がいつも鮮明に現れる。
サングリア最難関の試験に落ち、絶望に瀕していた俺に光をくれた人、二つ返事でここトトヤの用心棒件従業員になった。当然、一目惚れだった。
姿も心も綺麗な人だ。俺が『常識』なんてもんにとらわれない男だったらと、何度思ったかわからない。ローナさんは今年で43歳になる、俺は22歳、歳の差21歳、周りの目を気にしちまって、想いはまだ伝えられないでいる。
俺って奴は、こういうところからして……パッとしない奴……なんだろうな。嫌になるよほんと。
「ローナさん!! 無事かぁ!? 助けに来てやったぜ!! 俺がよ!!」
勢いよく宿屋の扉を蹴って中に入った。はぁ~あ……いるいる。ぞろぞろと、確かに見たことねぇ面がならんでらぁな。
「エスタ!! 逃げな!! こいつら正気じゃないよ!! 殺されるよ!! あんた!!」
「なんだてめぇ……ここはなぁ!! 今日から俺たちスーダス団のアジトになるんだよぉ!! おい!! お前らぁ!! 男は要らねぇ、そいつはぶっ殺せ!! ひゃははは!!」
「へい!!」
自分への怒りってのはどうも、天井がなくて困る。腹の中に地獄の釜でもあんのかってぐらい、滾れば滾るほど煮えくり返る。
「うる゙ぅらぁ゙っ!! 弱ぇんだよボケカス共!! 死に晒せや!!」
「ぶべぁっ!」
「こっ、こいつ! やりやがったな! スーダス団舐めんじゃねぇぞごらぁ!!」
若干八つ当たり気味の怒拳を、だらだらと舐めてかかってきた5人の急所に、的確にぶち当てて開戦。1番下っ端であろう5人は早々に戦線離脱。俺は雄叫びを上げ、さらなる敵を求め、ひとりひとり着実になぎ倒していく。
「おいおい、そっちが仕掛けてきた側だろ? なに顔真っ赤にしてんだよ。どんだけ今まで自分本位で生きてきたんだ? 羨ましいね。悩みなんてなさそうで!」
ツイてるぜ、こいつら、数にもの言わせて一斉に攻めてこねぇ。案外実戦経験が少ないのか? やりやすいったらねぇぜ。
「おい……ふざけてんのかお前ら? そんなガキ相手にいつまでも手こずってんじゃねぇ!! どけ! そいつは俺が殺す」
「はぁ、はぁ……まだまだ……!」
背を常に壁側に向け、死角を無くしながら、10人ほど倒したところで、ローナさんの隣で踏ん反り返っていた、おそらく、こいつらのボスが、取り巻き2人を連れて前に出てきた。
ボス格の奴はそうでもないが、左右にいる取り巻き2人が強そうだ。体格もいい、さてどう攻めるか。
「ごっ……ごふぁ……」
「えっ、エスタぁぁ!!」
ローナさんの美声で嫌に戦意が削がれる。土手っ腹にめり込んだ拳の痛みが、余計に響くようだった。
「うぐぐぅ……」
毎秒ごとに優位性を確保しながら維持していた30対1。腹の鈍痛に数秒動けなくなったぐらいで、当然均衡は脆く崩れ去る。
殴られ、蹴られ意識がどんどん遠のいていく。16人は俺が倒したが、
残り14人。俺の負けだ。後から来る子分ではこいつらには刃が立たない。後10人ぐらいは、倒してやらなきゃ勝機はないってのに、頭を両腕で抱え防御姿勢で精一杯だった。ここからの逆転劇は想像できそうにない。
30対1なんて負けて当然。常識が慰めるように俺を諭す。朦朧とする意識の中思う。
こんな不条理を覆す力が欲しい人生だったと。
努力すればそれは叶ったのか?
いいや、俺は、それができなかった。
お前如きがなにになれんだよって『常識』お前のせせら笑う声が怖くてさ。
反逆の灯火なんて、灯したそばからすぐに豆粒みたいな火になって、シュンって消えた。
「なっ、なんだてめぇは!!」
クソッ。おせぇんだよ来るのが。だめだ。逃げろって声が出ねぇ。あいつらに言ってやらねぇと。
「はぁ゙~……ごふっ……ひゅ〜……ぼまえら……に、ニゲッ…………ろ?」
なぜか攻撃の手が止んでいて、その隙にやっとこさ絞り出した声が間抜けに裏返った。視界は何とか生きてる。その目で見た光景に、思わず声が詰まったんだ。
「……はっ、はだが?」
幻覚でも見てんのか俺は、全裸の男が宿屋の入り口で、それはもう泰然とした態度で仁王立ちしているじゃないか。
「なんだよこの変態……いやマジで!!」
変態と罵られた紛うことなき変態は何も喋らない。が、よく見てみれば、変質者と罵るには、余りにも男としてたくましい体つきをしていて、曇りない真っ直ぐな瞳をしていた。
「エスタの兄貴ぃ〜!! 連れてきやしたぜ! 助っ人! この人が助けてくれるって!」
「……?? お前ら……どこでそんな……」
ここはサングリアから歩いて七日はかかる山の麓だぞ、助っ人だと? ありえるはずが、
「……んっ? てっ……えっ……? 待て、こいつよく見りゃ……ぜっ、全裸だからわからなかったけど……しっかりと見りゃこいつっ!! まじまじと見りゃこいつっ!! じろじろと見りゃこいつ〜〜!!」
「バニング・スタッドじゃねぇか!! 俺たちスーダス団をしつこく追いまわしてる、近衛師団隊の隊長だ!!」
野盗共がざわめき立つのをよそに、その隊長とやらと俺はずっと目が合っていた。
サングリア近衛師団の隊長だと、俺が試験で落ちたところの最高機関の役職じゃねぇか。こんな奴が?
「まさかこんな辺鄙なところに宿屋があったとはな。済まなかった。後は残党狩りだけだと、道中見つけた野風呂ですっかり癒やされていてな」
「全裸なのは許してくれ。危急の知らせを受け、服も着ずに飛び出した結果だ」
服も着ずに風呂を飛び出す!? よく見りゃこいつ髪も乾かしてねぇぞ!! 身体にも所々水滴がついてやがる! 身体すら拭かなかったのか!? 仮にも隊長と名のつく人物だろう!? そんな適当でいいのかよ!
「ええい!! お前ら!! 隊長だろうが関係ねぇ! 全員でボコすぞ!! 相手は全裸だ! なんも怖くねぇ!」
「あっしまった。急いでたからつい武器を持ってくるのを忘れた! ワハハハ!!」
「てっおい! 笑い事じゃ…………!?」
開いた口がふさがらないって体験だった。賊は俺が倒したと思ってた奴ら数名までが立ち上がって、バニング・スタッドという人物に束になって襲いかかるが、まるで、子どもの相手でもするように、苦戦したガタイのいい奴らまでも、簡単にノックアウトしていった。
正直なにが起きたのかわからなかった。はたから見ればバニングに近づいていった奴から倒れていく、摩訶不思議現象だったからだ。
動きのすべてが余りにも常人離れしているんだこいつは。
「もう少しすれば、遅れて俺の部下がやってくる。こいつらの後始末は部下がするから安心してくれ」
「従業員でいいんだよな? お前。ずいぶんとボロボロだが、まさかひとりで戦ったのか? それは無茶だろ! ワハハハ!」
「……うるせぇ……お前もひとりで戦っただろうが……」
「ほう……まぁ確かにそうだ。ふふっ、ところで、この店の責任者はどこにいる? 補償の話し合いがしたいんだが」
地に這いつくばる俺をニヤつきながら見るもんだから、つい悪態が飛び出してしまった。助けてくれた恩人にはかわりない、俺はローナさんがいるところを素直に指さした。
「あっおい! 全裸のまま振り向くなよ!!」
「ローナさん! こっち見ちゃだめだ! 目が汚れる!」
「おいおいまさか女性か!? ちょちょ! 誰か着るもの! 股間を隠すもの知りませんかぁぁ〜〜!!」
みっともなく割れたケツを揺らし、衣服を求め店内を縦横無尽に駆け回るこの男。肝心のローナさんにはバッチリその姿を見られ、名実ともに変態と化したわけだが、
『非常識』にも程があるだろ!!
なんなんだよ!! この男は!!




