表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弔いの旅路  作者: クジラ
とにかく南へ
8/54

ただよう不穏 おぞましい気配

 村を追い出されるパターン以外で、俺みたいな臆病者が、外に旅立つなんてこと、できやしなかっただろうなぁと、感慨(かんがい)に浸る。


 でも、門出(かどで)なんてのは、総じてそんなもんかもな、とも思った。


 突拍子に起きる事態に慌てふためき、退路が断たれる形でしか前に進めないんだ。


 自分の道は自分で切り開く、そんなことをできるやつらが心底うらやましいよ。俺は結局、最後までそれができなかったから。


「それにしても、ラコ! お前ほんとに仕事ができるやつだよなぁ~。どっからその種持ってきてんだ?」


 ラコは休息の度、どこからか持ってきた種を植え、俺に食料を分けてくれた。


 それはバリエーションに富んでいて、何一つ持たぬ身としては、まさに冥利(みょうり)につきる。と、いうやつだった。


「しかも、見たことないやつばっかり」


「まぁ、普通に考えりゃあ、エルフ様の意図を()んでるんだろうけど」


「ラコは、チョラビ界1の天才だな!」

 

 この意思疎通などできない、不思議な実体験も慣れてきた頃。


「ん? どうしたラコ?」


 ラコが突然その歩みを止め、二足歩行で立ち上がり、耳をピンと立てた。


「おい、どこ行くんだ。ちょっ、置いてかないでくれ! お前がいないと、何もできないから! わたくし! ねぇ!」


 まさかの方向転換に慌ててついていく。


 南と思われていた方向とは違う道を、猛ダッシュで走っていくラコに、驚きを隠せなかったが、そんなことよりも、ラコを見失って野垂れ死ぬ自分が容易に想像できたので、全速力で追いかけた。


 なにが起きてるっていうんだよほんと。


「はぁ、はぁ、相変わらず素早いやつだな」


 すでに見失ってしまってるが、ラコが駆けていった方角を、まっすぐに走る。


 草木をかき分ける、そこである異変に気づかざるを得なかった。


「これは……血の匂い……?」


 フラッシュバックする、血まみれの親父の姿。母さんとリアが殺されたという現場まで、親父と共に向かっていた際に、ずっと漂っていた、あの独特な臭い、今さら止められない歩みが、臭いが濃くなって行く方向へと足を運ばせる。


「……なんだ。これ……」


 開けた場所に出た。


 ある程度、腹はくくっていた。


 でも、そこに広がっていた光景は、想像なんてもの、所詮(しょせん)は経験則の域を出ない、薄っぺらな空想であると、(しょう)するような凄惨(せいさん)な現場だった。


 目の前に、生物だったと思われるものが横たわっている。


 乾ききった赤黒い血が、その肉塊から放射状に飛散していた。


 原型から察するに、森に生息する生物で、1番大きな個体を誇る、ビングベアーで間違いなさそうだ。


 巨岩と見紛うほどの体躯(たいく)で、体毛の上からでもわかる筋骨たくましい四足歩行動物。太い四足は、大きな体に似合わずの俊敏性を可能にし、長く鋭利な爪までついている。


 2匹居ると最初は思った。が、よくよく見ると、上半身と下半身が薄皮一枚で繋がり、それぞれ別の方向を向いていたのだとわかった。


 仰向けの上半身からは、だらんと垂らした長い舌が口からはみ出し、無機質な小さい瞳が、虚空を見つめている。うつ伏せの下半身からは、細長い筋のような内臓が、体内から幾つも地を這うように伸びていた。


「なんか変だぞ?」


 そう、何かがおかしい。


 いや、違和感の正体には気づいている。が、それを踏まえて、なぜ? の疑問が消えない。


 欠損している。明らかに。上半身と下半身を繋ぎ合わせたとしても、ビングベアーの元の体積にはなりえない。


 腹の部分が、引きちぎられたようになくなっているんだ。


「おぇっ」


 えずきが先にきた。胃酸が上ってくる感覚が腹からした。やせ我慢も限界か。


 俺は、死体の反対方向に倒れ込むようにして、この凄惨(せいさん)な光景から目をそむけた。ただ、この臭いからは逃げられそうにないので、嘔吐(おうと)は避けられないだろう。


「……」


 吐き気が止まった。それはもう、ピッタリと。


 今まで見失っていたラコが、倒れ込んだ目の先にいたからだ。


 いつからいた?


 ラコっと名を呼ぼうとしたが、声が恐怖で出ない。


 思い出す。母さんとリアはチョラビに殺されたという親父の証言を、このチョラビは、ほんとにラコなのか?


 このビングベアーは、まさか、このチョラビに、


 真正面で互いに向かい合う。チョラビの目は、後ろで横たわっているビングベアーに、よく似ていると思った。大きさも、その無機質さも。


 息を呑む。時間が経つのがやけに遅く感じる。口の中が乾き切る。


 刹那に起きたこと。それだけ俺は今、身の危険を、


「うほぉおおーー!」


 不意に左手の茂みが揺れる、その音に、自分でも聞いたことのない甲高い声が出た。


 茂みの奥から、ぬっと影を揺らし現れたのは、


「ビングベアー! はぁ、はぁ」


 驚きすぎて息継ぎが苦しい。


 状況の把握に難儀していると、いつの間にかビングベアーの足元にいたチョラビが、その場で飛び跳ねる動作を何回か繰り返した。


 この動作はよく知っている。ラコが俺に何かを伝えたい時にする動作だ。


「ラコー、もぉーお前、ビビらすなよぉー。心臓止まるかと思ったわ」


 いや、ほんと心臓に悪い。胸に手を置かなくてもわかる。ばっくばくだ今も。


「はぁ~、とりあえずどうすりゃいいんだ? この状況」


 意思疎通などできないが、どうやら、ラコがビングベアーを連れてきたとみてよさそうだった。互いになにかコミュニケーションをとっているようにみえるし、仲もよさそうだ。


 ラコは交友関係が広いのか? 


 などと考えていると、ビングベアーがラコから離れ、死体の近くへと歩いていく。


 そして、死体に鼻の先端を近づけ、低い唸り声で鳴いた。


 それは、空気を大きく揺らす、聞く人が聞けば、震え上がりそうな低音だったが、この状況下の俺には、まったく別の含みがあるように聞こえた。


「お前まさか、家族なのか?」


 悲痛な泣き声に聞こえた。鼻を近づけ、首を小さく振る仕草が、慈愛に満ちているように見えた。


 ビングベアーは、なおも低い声で鳴き続ける。


 胸が痛くなった。もしほんとうに、家族、もしくは仲間の死を悲しんでるのであれば、それは、俺たち親子と等しい、悲哀(ひあい)を背負ったということ。


「もういいのか?」


 動向を見守ってしばらく、ラコと俺が見つめるなか、ビングベアーは、死体に背を向け、小さく鳴いた。


 用が済んだと言わんばかりに、のしのしと巨体を揺らし、どこかへと歩を進める。


「おいラコ! お前いつの間に」


 ラコがビングベアーの背中の上に乗っかっていた。もう神出鬼没(しんしゅつきぼつ)を名乗りなさい、あんたは。


 ラコがその場でぴょんぴょんと跳ねだす。あれは俺に何かを伝えたい時にする合図。


「もしかして、一緒に来てくれるのか?」


 ビングベアーが腰を降ろし、姿勢を低くした。まるで、お前も俺の背中に乗れよ、と促しているようだ。


「そうか、これからよろしくな。えーと、名前はなににしようかな?」


 モグでいいんじゃないか? なんかいっぱい食いそうだし。よし、モグでいこう。


「モグ!」


 背中に勢いよく飛び乗ってやろうと意気込み、片足をめいいっぱい上げるが、モグの図体がでかすぎて上手く乗れない。


「ありゃりゃ、うーん、ちょっと待ってくれよモグ。もうちょっとで、よいしょ!」


 不意に、この場を離れるにおいての懸念点が頭をよぎった。


 あの死体はあのままでいいのか?


 モグが、自分なりのけじめをつけ終わったんだ。部外者の俺が、出しゃばることじゃない、ってのは、わかってはいるんだが。


 あんな姿で、朽ち果てていくのは、不幸だ。人間の勝手な倫理観を持ち出してしまえば。


 遺体がなかったせいで、いつまでも母と妹の死を受け入れない人間がここにいる。


 2人の生存を信じる、淡く今にも消えてしまいそうな希望の灯火が、心の最も深い場所で、消えてくれずに苦しんでいる者がここにいる。


 そんなのだから、たまらなく、思ってしまうんだ。


 弔うべきだって。そこに形があるなら。


「なぁ、モグ。俺はさぁ、ちゃんと弔ってやれなかったんだよ」


「自分より大切な人たちをさ」


「後悔だらけだ」


「まぁ、こんなこと言っても伝わるかわかんねぇけどさ」


「弔わせてくれないだろうか? 人間の葬法で申し訳ないけど」


「命を弔うこともできない馬鹿には、もうなりたくないんだよ」


 相手が言葉を理解できないことをいいことに、わがままを言い連ねている。


 都合がよすぎだろうが、と、自分を叱ってやりたくなった。


 自己満足以外のなにものでもない提案だ。


 モグと俺、互いが瞳を見つめる。


 俺は、ありったけの思いを目に込めて、視線を送り続けた。


 しばらくして、モグが小さく唸る。いいと、言ってくれた気がした。


「ありがとう」


 葬法は土葬にしようと思う。今はそれくらいしかできそうにないし。


「なんだ、手伝ってくれるのか」


 木の棒などを使って地面を掘っていると、モグとラコが穴掘りに参加してくれる。作業効率が一気に上がり、またたく間に大きな穴ができあがった。


「重った」


 遺体を押す、鼻がひん曲がりそうな臭いに、腰が引けてしまいそうだが、なんとか押し込む。


「なにも言わないんだな、モグは」


 カチコチになった遺体に触れる際、なにからのアクションがモグから発生すると踏んでいたが、なにも起きなかった。


「かっこいいなモグは、もうけじめは完全につけたってことか」


 動物に生死観なんて存在するかどうかわからないが、モグは、目の前に遺体にすっかり興味をなくしているように見えた。


「ふぅ~こんなもんか」


 途中、手向けの花をいくつか添えてあげた。葬制(そうせい)で、一般的であるエルフ式ではそうするから。


「じゃあ後は」


 黙祷を捧げる。


 目をつむり、亡くなってしまった命への追悼。


 どんなふうにして、生きてきたんだろうか、産声を上げてから、死に至るまで。


 思い馳せる。


 いつも考えるのは、自分のことばかり。他者のことなんて、なんとなくしか考えない。


 どんな食べ物が好きだったんだろうか、どんな場所で遊んできたんだろうか、恋だの愛だの、モグとの関係性は友達か、恋人か、それとももっと大事な。


 ああ、(しの)ばしい。


 他者のことを本気で考えるこの時間が。馬鹿な自分が、成長している気分になれる。


 目を開けた。


「行こうか」


 充分だろう。もう、自分なりの誠意は果たした。


 ラコと俺はモグの背中に乗り南へと向かう。


 あの木の下、土がこんもりと盛り上がっているところが墓だ、振り返ればまだ見える。


「辛いよな、ほんとにさ」


 モグの上で揺れる中、ぽんぽんと背を叩く。


 死者にしてやれることは少ない。いや、そもそも、ないのかもしれない。


 なら、生者のためにする、それが葬儀というものなのだろうか。


 きっと、死という耐え難い理不尽を突きつけられた時に、なんとかやれることを探しだして、形になったのが葬式というものなのだろうな。


 尊ぶ気持ちを、上手く置いてこれたと思う。

 

 土掘ったり埋めたり、めっちゃ頑張ったからな、うん。達成感がある。少し、晴れ晴れしい気分だ。


 顔が2つ思い浮かんできた。


 弔ってやりたい2人の顔が。


 村のみんなに聞いても、ユシーラ式という葬式の詳細はわからなかったが。


 俺はそれを知る必要がある。


 お告げで聞いた、真実と仇討ちとやらが、どんな選択肢を俺に授けるかわからないが、どのみち、この旅路で見つけださなければならないんだ。


 残された者たちの、思いを形にするためにも、耐え難い悔みを、導くためにも。


 拳をぎゅっと握った。祈るような気持ちがそうさせた。


「もっと成長しなきゃな」


 今の俺では、全部をこなすのは厳しいかも知れないな。


 モグの背で揺れるなか、自分の力不足をしみじみと感じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ