ミュウル編 宿命を背負いし子ら
私の家の前、この街で1番ガヤガヤとした大通りを抜けてしばらく、今は穏やかな往来の商店街に、ひとり来ていた。
ミュウルちゃんにも来てほしかったけど、まだ筋肉さんと戦った疲労が癒え切っていないそうで、今日はまる1日完全休養日、だそう。
家の中で陽光が1番当たる場所を探し、寝所をコロコロと変えるミュウルちゃんは、なんだか小動物みたいで可愛いかった。
本人曰く、それが自分にとって1番いい治療法らしく、天使のような寝顔の傍らで、一緒に日向ぼっこをしたくなる誘惑を振り払い、私は昨夜の誓い通り、手料理の材料を買いに郊外に出かけている。
中心街のお店に比べれば品揃えは良くないけど、変な噂は広げたくありませんからね。チルロッテ家の経営店舗が多い場所では、私用はなるべく避けないと。
「さぁ~てと。お料理なんて作るのいつ以来かしらぁ? これは気合が入りますことよ〜!」
往来が少ないのでつい独り言が、しかもなぜか変な口調になってる。まぁ、それだけやる気に満ちあふれてるってことだから、いい傾向だよね? うんうん。
「もし、そこのお方。少しお聞きしたいことがあるのですけれど、お時間よろしいかしら? はいか、いいえ、簡潔に答えてくだされば結構ですの」
変な口調の独り言が、さらに変な口調で上書きされる。声は後ろからだ。世間一般でいうところの私は、いわゆるお嬢様に分類されるが、そんな私から聞いても、ずいぶんとお嬢様口調が過ぎるというか、少し演技がかった気もする、まるで、幼子が無理して背伸びをしているような? そんな声の感じだった。
「……なん……ですの。いや、ですわ? ううん? なに? あはは、ちょっと口調移っちゃった。ってアレ?」
いない。振り返れば、いるはずの人物が、
「ここですわ。下を見なさいな」
「……したぁ?」
カクンと視線を下に向けた。そこにちょこんと立っていた人物に、私は思わず、はっと息を飲まされてしまう。
「ご機嫌よう。あなた、鈍臭くってよ? このわたくしの存在に気づかないなんて……よく見れば身だしなみも……なってないみたいですし」
可愛い! っと、いつもの私ならその賛辞を先行してしまいそうなものだが、どうしてかその言葉が喉を通らなかった。
おそらく10歳にも満たないであろう少女に、痛いところを突かれたから、だけではなく、私の腰辺りまでしか背丈のない少女に、格の違いってやつを本能的に感じてしまったからだ。
艶やかな長い黒髪を靡かせ、その少女はお洒落なドレス姿を、子どもらしからぬ着こなしで完璧にものにしていた。
少女は、髪色、瞳の色、共に黒く、衣服まで黒一色ときている。その漆黒は、通常であれば少しお硬い印象でも与えてしまいそうなものだが、絹のような真っ白な肌の露出が、それを誰もが憧れるような上品さに変えていた。
肩口を大胆にさらけ出したオフショルダーから手首にかけては、透け感のある軽やかな生地が腕を包む。ウエストのサテンリボンが、きゅっと全体のシルエットを美しく引き締め、喉元にもよく見れば同様のリボンが括られていた。
一転して下は、スカートが幾重ものフリルで重なったボリュームたっぷりのティアードスカート、前後で丈の異なるフィッシュテールで、短い前裾からは悔しいほどにすらりとした脚が優雅に伸び、黒のヒールという私でも履いたことないようなカッコいい靴を、まるで従えるかのように履きこなしていた。
濃すぎず薄すぎないバッチリなメイクが際立たせる切れ長の眼差しは、自分の弱さをすべて見透かされてるような眼力があり、目鼻立ちはくっきり、良い意味で綺麗な男の子のような、中性的な魅力を放つ少女だと思った。
私が逆に質問したいよ。どこでそんなメイク技術を身に着けたのかをね。最近の少女は、進んじゃって進んじゃってまぁ。
「ミュウルというエルフと、カノープスいうエルフを探してますの。男女のエルフですわ。おそらく共に行動していると思うのですけれど、知らなくて?」
「ミュウっ! カノォっ!? ……いや……し、知らない! そんなエルフしっ、知らないよ!」
あまりに想定外の質問が少女から飛び出し思わず狼狽する。
当然怪しまれてジロジロと見られる。なんなんだこの子は。なんでミュウルちゃんとカノープスさんを、知り合い? それとも……。
動揺する頭を目まぐるしく回転させ思考する。咄嗟に誤魔化したのは正解だったかもしれない。2人は療養中なんだ。もしこの子が筋肉さんのような悪いエルフなら、2人が危ない。
「うるさいですわね。少し黙っててちょうだい」
「……へっ……なに?」
「ああ、ごめんあそばせ? 独り言ですわ。お気になさらずに」
なんだか急に機嫌が悪く? 脈絡のない言動を……やっぱりちょっと怪しいかもこの子……。
「とっ、とにかく知らないから! そんなエルフ! 私もう行くからね! ばいばい!」
少し苛立ってる風を演じ、スタスタと早足で目的地へと向かうが、
「これも買ったほうがいいですわね。甘みがより引き立ちますもの。あっ、あとこれも」
ずっと私の後を付いてくる。どころか、材料からお菓子を作ること推察し、次々と私の買い物かごに商品を入れてくる。どうしましょうこれ、いやほんとに。
「贈り物でしたら日持ちのするお菓子を作りなさいな? その日に食べてもらえるとはかぎりませんから。自分で食べるのならご自由に、でも作りすぎは注意ですわよ。太りたくはないでしょう?」
ぐっ、と意図せず喉が鳴った。言われ放題だが、悔しいことに言い返せない。ハキハキとしたこの子のしゃべり口調、きっと口喧嘩も強いに違いないからだ。
「まっ、迷子の子なのかな君は〜、お家はどこぉ? 早く帰らないと親御さんが心配するんじゃない? ……なんて」
ちらっちらっと、商品を手に取るついでに少女を流し見て反応を伺う。少女は途端に険しい顔になり、
「……別に、心配なんてしませんわよ、誰も……。それより、早く白状なさい。彼らの居場所を」
一瞬だが、ものすーご〜く寂しげな表情を浮かべそう言った。ぎゅぎゅっと良心が握られる鈍痛が胸を走る。
「そっ、その〜……知り合いなの? もしかして。ミュウルちゃんたちとあなたって、どういう関係?」
罪悪感を消すように、言う気のなかった言動が口から出る。察しがいい少女にこんなことを言えば、それはもう彼らの居場所を知っていますと、白状しているようなものだと、時置かずして思った。
「いいえ、ですわ。疑ってますのね、わたくしを。害をなす存在かもしれないと。仲間思いのいい判断ですこと、ただやはりあなた……」
「すごく鈍臭くってよ? もしわたくしがほんとうに害をなす存在なら、もうこの世にはいませんもの、あなた。顔に『私は嘘をついています』って、書いてありますから」
「したたかに、かつ思慮深く。愛想というタダでわき出る源泉を、さも価値がある物のように売りつけるペテン師。そうでなくては淑女は務まりませんことよ? 肝に銘じなさって」
かっ、カリスマだ。カリスマ。なんだかよくわらないけど、なんかのカリスマ! この自信みなぎる表情、この圧倒的凄み、なんか凄いよこの子! 鈍臭いって、2回も言われたけど。全然反論できない。
「まだ疑ってますの? いいでしょう。白状しますわ。わたくしはエルフです。彼らの旅に参加せよと、長老であるお祖父様に言われ、エルフの里から遥々やってきました」
「お伝えしなければならないことがいくつかありますの。さぁ、わたしくを彼らの元に案内してください」
「ルニル・ヘガヴドが来たと、そう言付けて」
そこで一度言葉を切ると、ルニルは少し目を泳がせ。
「……ああ……それと、ついでに弟のアルスも来たと……まぁ別にこれは伝えなくてもいいかしら? なにせ『姉』は『弟』の全てを先ゆく存在なのですから! おーっほっほっほ!」
頭の中が大混乱だ。エルフ? こんな子共がエルフ様? しかも長老のお孫さんで、弟さんまで来てるって……?
圧倒的なお嬢様オーラに気圧され、私はルニルをわが家へと案内することになった。
時折さりげなく振り返り、ツカツカとヒールの音を響かせて歩く彼女を盗み見る。弟君は後で合流するのかな。姿は見えないけれど。というか。
あれ? えーと……私、今日何しようとしてたんだっけ……?




