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弔いの旅路  作者: クジラ
不穏を追って
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ミュウル編 フレッタ ソラリエの街にて

 舞い上がっていると言っていいでしょうね。ええ、それはもうたくさん。


 宙に浮く感覚とでも安っぽく例えればいいのかしら、どうにもね。


 鏡を見て、はぁああああ〜〜〜〜……って、悩ましいため息ばかりがでちゃう今日この頃。


 フレッタ・チルロッテ。21歳(満年齢)


 私いま、恋をしています。


「ぷっははっ、ひ〜〜っ! 似合わなさすぎっ!! 腹いたい!! ちょっ! 腹っ! 腹っ〜!」


 鏡に映る自分の姿に腹筋を持っていかれたのは、当然、初めての体験だった。


 ちょっとだけ背伸びってやつをしたくなったのが、悪いといえば、悪かったんだろうな。


「ちょちょちょ、冷静に〜冷静に……ふぅ~、深呼吸してぇ~、吐いてぇ〜、吸ってぇ〜……よし! ……ぶほぉっ!! やっぱダメッ! 赤子の背伸びッ! 赤ちゃんのぉ゙〜くひふふふっ!」


 商人の娘として、持ちうる限りのツテを使って完成させた我が容姿。選りすぐりの商品だというのに、なぜこうも滑稽に仕上がったのか。


 それは『おめかし』なんて文化と、おおよそ関わり合いが薄かったから、だろうな。具体的には毎朝、出かける前にささっと済ませるその程度。1時間以上かける人もいると聞くけれど、こんなんでも「あらフレッタちゃん、今日も綺麗ね」「どこの化粧品を使ってるの?」なんて褒め言葉は聞こえてくるから、ますます疎遠は加速して――。若さってやつに胡座をかいたツケが今、私に鋭利な牙を立てていた。


 キリリッと、姿勢を正しいもう一度鏡の中の自分と向かい合う。いやなに、もしかしたら神妙な顔つきに表情を変えれば、違和感が消えてくれるかもって。


 童顔、なのが絶望的にこの真っ赤な色の口紅と合ってない気がするからね。目尻だって今はつり上げて、お鼻だって気持ち普段より高くを意識、厚めの唇は半分ぐらい口内に引っ込めて、ほっぺたも少し窄める、丸顔から塩顔を作って――どうだ。これで少しは大人びたか。


 鏡は全てを鮮明に伝えてくる。こいつは今、明らかに無理をして背伸びしようとしている、と。その実体を余すことなく、容赦なく突きつけてくる。


 この不毛な行いを始めて5時間とちょっと、私は今日一番の大笑いをかました。


「ああ~、やめやめ、もはや腹筋のトレーニングだよこれ。今日はここまでにしよ」


 ミュウルちゃんとカノープスさんが我が家に来てから、今日で2週間目。1ヶ月は滞在すると言ってたから……お別れまではあと2週間とちょっと。


 別にカノープスさんに好意をもってほしいとか、そんなだいそれたことは思っていない。だってカノープスさんはエルフ様ですし、デルトラの街での商売に怒ってた両親が、コロッと一転、連れてきた私を奉公娘だと褒めちぎるくらいには高貴な方ですし、人同士が繋がり愛し合うような関係性は想像すらつかないけれど。


 なんていうか、例えば、私がカノープスさんを見て、どくんと激しくなるこの胸の高鳴り? を、少しでもいいからあなたにも感じてほしい。みたいな。私をふと見た時。はっと……息を呑んで。


 ……まぁ、それが叶えば次の望みが湧いてくるのが人間という欲深い生き物ですけど。


「はぁ~〜あ……まぁでも、肝心のカノープスさんはずっと寝てるから。起きやしないから。まぁ〜ったく起きないから……」

「幸か不幸か……こんな体たらくでも、やけどのひとつも負ってない始末なんだよね〜……」

「はぁ~あ……あと2週間とちょっと……それまでになんとか……なるのかなぁ〜……」


 おめかしを落とし、就寝に入る。思ったより寝付けず、ベッドの上で寝返りを打った。


 お母様、お父様。ミュウルちゃんカノープスさん、そして私。とあと家の倉庫で気絶したように眠り続けている筋肉さん。


 その6人が、産業が発展した人口80万人ほどの街『ソラリエ』の我が家に滞在している。


 大通りに面して堂々とそびえ立つ我が家は、1階から2階までを見渡せる開放的な吹き抜け構造となっていて、その広々とした空間に商品を陳列し販売し、奥にはゆったりとした生活スペースまである。職住一体の大豪邸、自分で言うのもなんだが、なかなかに立派な造りだと思う。


 こんなでかい家をいい立地に建てちゃうような商家の一人娘が私だ。正直、重荷ではあった。ミュウルちゃんとカノープスさんに出会うことになった、デルトラの街への行商も、厳格で妄信的な両親の、操り人形にはなるまいと一大決心をした、ちょっとした家出だったのだ。


 対抗力を得たかったとでも言うのか、歳を重ねるたび家庭内での発言権が落ちていってるような気がしたから、このままでは、親の言いなりの人生になってしまうと。実際、結婚相手を決められそうになったし。籠の中で生きる小鳥、そんな生き方は御免だったから。


 デルトラの町で私が目利きした商品が売れなかった時はほんと絶望したけど、結果的にはお母様とお父様を見返す奇跡が起きた。


 2人共、ミュウルちゃんを前にしたらガチガチに緊張しちゃって、未だに話しかけることもできないんだから。あんなに気さくで、優しくて、偉ぶることもなく弾けるような笑顔を見せてくれるエルフ様なのに。


 私の方は、親近感が湧きすぎて、もう冗談を言い合える仲になっているというのに。ここ2週間は、ミュウルちゃんと街の娯楽施設ばっかり巡り歩いてたから、めっちゃ仲のいい友達、みたいな関係性が生まれて、


 敬われることを嫌う、ミュウルちゃんに甘えすぎている気もするけれど、これでいいんだよね。ね。いっ、今さらだけど、ちょっと不安になってきたかも。


 ……うう、今何時だろ。そろそろ流石に眠気が、考えまとまってないのに。


 ああ、そうだ。明日は買い出しに出かけよう。カノープスさんに手料理を食べてもらうんだ。たぶん、甘い物好きだから。あの青い実、けっこう甘かったし。


 半分眠りかけた頭の中で、明日の指針を無理やり決めた。


 明日は、もっと有意義な1日にしてみせる。半ば強引にでも。


 だってこれは、私の人生で、おそらく一生に一度あるかないかの、大切な大切な、幸運のひととき、なんだと思うから。

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