ミュウル編 禁忌の名
完成までどれほどかかるか、かかった時間はさして重要なことではない。
作るという意思をもつことが肝要なのだ。どれほどの困難がそこにあろうと、己自身に有無を言わさず、着手することこそが肝心なのだ。
それこそが、この私。ビルトが偉大な御方様に捧ぐ『忠誠』その証となるのだから。
「首尾は上々か?」
相変わらず小汚いボケた顔で作業を黙々とこなしているボウフラ共に声をかける。
ボウフラ共の1匹がこちらに気づき、わなわなと震え「ビルト様! 来ておられたのですか! どうぞどうぞこちらへ! ようこそおいでくださいました!」気色の悪い媚びへつらう声を発した。
俺に従順であれ、1分、1秒足りとも俺への尊敬の念を忘れるな。それ以外の洗脳は行なっていないため、こいつらの個性はありのままだった。洗脳してなお、元の人格が色濃くのこっているのだ。
驕るなよ人間風情が、媚びへつらえば重用してもらえるとでも思い上がっているのか?
ありえねぇよ。すべからくゴミなんだからお前らは、俺が仮にその低姿勢に気を良くし、お前を重宝したとしよう、だがそれは、結果として選ばされてないか? この俺が、ゴミ溜めの中からお前という人物を選ばされてないか? この俺がだぞ。屈辱的にも程があるだろ。もし最悪誰かを選ばなければならないとして、お前だけはねぇよ。身の程を誤り違うのも大概にしろ。俺に気に入られるという塵芥ほどの可能性を、自らの処世術で消す大馬鹿者なんだお前は。それも同族を出し抜こうという意地汚い精神性でな。
「いやぁ~、なに、私が取り仕切っているんですけどね? ここの持ち場は。ほんと頑張らせていただきました! どうですか? この仕上がり具合は? 苦節半年、やっとこさ右足先の完成です!」
悦浸る馬鹿に、滾る腹奥底。ムカッつき表に出さず、ただ頷く。
「それにしてもビルト様、なんたってこんなデカい石像を地下深くにお作りになろうと? どうせ建てるなら街のど真ん中のほうが良かったんじゃないですか? ビルト様は我らの象徴でございますし」
酷く返答が面倒くさい。この石像は私の肖像じゃないとか、完成すれば地上に引っ張り出す予定でいるとか、来たるべき時までには地下に隠しておきたい、など、色々お前に言えない崇高な事情があるんだ。
「ビルト様? どうかなさいましたか? 急にあたりをキョロキョロと」
「ん? いや、なに、誰かに見られてるような気がしてな」
気のせいか……。ここは地下深く、俺だけしか開けることができない片方200トンの扉を開閉し、そこから作業部屋にある300トンの床扉を上げてやっと入れる空間だ。ボウフラ共の数も変わっていないようだし。杞憂……だよな。
「来るべき時にそれは教えよう。まぁ心配するな。そう遠くない未来の話だ」
「はぁ……」
そう。遠くない……それは遠くないはずだ……。
確証は……ないが。なにせ私は御方の『お顔』すら知らないのだから。いったい『いつ』来るべき時が来るのかも知らず、生を謳歌しているのだから。
身を焦がすような忠誠心だけが、心の原動力となり、生まれて間もない私を動かしている。
だから、せめて祝いたい。この巨大な石像で。せめて讃えたい。あなた様、誕生の日を。
でないと、この退屈な日々が苦痛で仕方ないのです。このくらいの勝手は許してくださいますよね?
全部あなたが悪いのですよ。行動力溢れる私に、なんの約束も、命令もせず自由なんてものを与えるから。
ねぇ……名しか知らぬ……偉大な偉大な我が御方。
『×××××』様。
「ほんとっうにごめんね〜! フレッタちゃん! 積荷、全部無駄にしちゃって……」
「ああ、そんなこと? 全然いいよ。どうせ不良在庫ですもの。むしろ捨てられてラッキーみたいな? ああいうのって捨てるだけでも手続きとか面倒くさいからね〜」
「ほんと? そう言ってもらえると罪悪感薄まる〜! 何から何までありがと! 大変だったでしょ?」
「あはは……たぶん人生で1番身体張ったかもね……。宿屋に置いてた荷車の積荷全部降ろして、そこにみんなを入れて運んだから……」
フレッタは遠い目をして、激闘の跡を振り返る。
「壮絶な戦いだったわ……特にあの筋肉さんが重くて重くて……街のみんなが目覚めるまで後1時間……やっとの思いで街を……ううっ、思い出したら目に涙が……」
「ああ! フレッタちゃん泣かないで!」そう言ってミュウルがフレッタに治癒の光を浴びせる。フレッタはその光を「ほわわ〜きもひぃ〜」っと、先ほど散々浴びたにもかかわらず、また恍惚の表情を浮かべ蕩けていた。
「……なるほどな……」
「なにが、なるほどな、だよ! カノ君! 起きたならさっさと荷車引いて! 全っ然進んでないよ、あれから!」
「……俺だって片腕をゼロから治した分疲れているんだよ……それに少しずつ進んでいけばいいだろう……というか……今はお前の番だよな……なんで俺が寝た時と景色が同じなんだ……」
荷車の上で目覚めたカノープスは、交代交代で押していこうと取り決めたはずの相棒、ミュウルの仕事ぶりに大きなため息を吐いた。
「よし! じゃあここらでご飯にしよっか! そろそろお腹減ってきたし!」
「それいい! 大賛成だよミュウルちゃん!」
「……まぁ……腹は減ってる……久々にカロリーを消費したからかな……」
ミュウルの提案にパッと手を掲げ、商人フレッタは目を輝かせる。先の争いの中でミュウルやカノープスが『エルフ』であることを知った彼女は、先ほどまで敬語を使い、どこか余所余所しい態度を取っていたが、すぐにミュウルから「変な喋り方は禁止〜!」と咎められ、今は以前のように気安い口調に戻っている。
根が謙虚な性格ゆえか、彼女は自らの苦労を他人に押し付けはしない。だが実際には、手の皮が剥け、足裏の肉が抉れるほど懸命に荷車を引き続け、最後には手押し棒に干されたタオルのように、力尽きて気絶するほどの大変な思いをしていた。
ミュウルたちが起きたのはその5時間後。自分が連れて行くと言った手前、カノープスはモリモリとご飯を頬張るフレッタの姿に、密かに安堵の微笑みを浮かべるのだった。
「なにこれ? めっちゃ美味しいよ! こんなの食べたことないかも!?」
「そうでしょそうでしょ〜! 一般には流通していない種から成った実だからね」
火を通したわけでも、香ばしさを付け足したわけでもない。ただその一粒だけで料理として完結した1品。
それは、赤い茎と赤い葉に彩られた深紅の丸い実。噛みしめれば、緻密な繊維の隙間から濃厚な旨味がじわりと溢れ、皮の表面からは、まるで直火で炙ったかのような芳醇な香ばしさが鼻腔を吹き抜ける。
味を絞り尽くすようにコリコリと噛み続け、飲み込んではまた、香りを求めてガジリとかぶりつく。食べる者の野性を呼び覚ますような、そんな本能にガツンとくるパンチの効いた味だった。
「ミュウルちゃんこれ売れるよ! 絶対! 商品化したら! ていうか、売らない? 私が流通受け持ってあげるから!」
「嬉しいこと言ってくれるね〜。でも難しいかな? これ私が改良してきた種だし、1人分の実に、種がひと粒しかできないから」
「改良!? そんなことまでできるの!? すっごいよミュウルちゃん!!」
「え? そう? えへ、でもエルフなら誰でも固有の種を育ててるよ。それも子どもの時から」
羨望の眼差しを受けてすっかり自慢気なミュウル「……確かに……前食べた時より美味くなってるな……」カノープスの賛辞までもがそこに加わる。
「まぁ砂漠じゃあ種が育たないから、だいぶ停滞してたけどね」
「カノ君のはどう? あれから、ちょっとは改良した?」
「……当然だ……俺もあれから改良に改良を重ねてきた……食って驚くなよ……」
カノープスが腰の小袋から、パラパラっと地面に種をまいた。
種はみるみる育ち、瞬く間にミュウルの赤と対をなすような、独創的な形の青い実がなった。
「うむむっ! なんですかこの爽やかな甘味は! はわわ〜ほっぺた落ちちゃいます〜! 夢見心地ですっ〜〜!!」
「やっ、やるなカノ君。めっちゃ好きかもこの味。3層構造? になってるのかな? 1層目の表面はさっくり爽やかで味わい深く、綿毛みたいなふわっふわな2層目は優し〜くミルキ〜でぇ、トロトロォ〜っとした3層目が1番甘くて色も濃い! 断面を見てるだけでも楽しいね! 職人のなせる技だよこれ!」
「……味だけじゃないぞ……こいつは効能として食べた者の睡眠を肩代わりすることができるんだ……4つ食べれば8時間熟睡したことと同じになる……だから……あまり食いすぎるなよ……」
「むぐっ! カノープスさん。どうしましょう? 私6個も食べちゃいました……もっと早く言ってほしかったです……」
頬袋に食べ物を詰めすぎた小動物のようなフレッタを見て、ミュウルは大笑いし、カノープスは苦笑する。場は楽しい談笑に包まれたまま夜を迎え、いよいよカノープスは本題を切り出した。
「……こいつの夢の中を覗いていた……そのことで色々判明したことを長老様に報告しようと思う……」
「ん? いいんじゃない? よろしくね〜」
焚き火を囲んで寝転がる中、ミュウルの素っ気ない返事が真夜中に響いた。
「……ちょっとは興味をもて……お前が託された任務だろ……元々……」
「んん〜じゃあなにがわかったの? 教えてよ」
「……口頭じゃ説明しづらいな……」
バタンっと、せっかく起こした身体をまた倒すミュウル「ああもう〜! 寝るからね私!」そう言ってその夜は2度と起き上がることはなかった。
「……フレッタ……起きてるか?」
「はっ、はい。カノープスさん。ごめんなさい。聞いちゃいけないってわかっているんですけど、なんせ目が冴えちゃってて……」
申し訳なさそうにフレッタが身体を起こす。
「……フレッタ……俺たちは今から『ソラリエ』の街に行こうと思ってる……ここから近い産業が発展した街だ……」
「ええっ、ソラリエですか!? あっ、私の実家があるところです! そこ!!」
「……ほんとうか……それは都合がいいな……。君に捨てさせてしまった商品の補填をしたいと思っていたんだ……」
遠慮するであろうフレッタの言葉を遮るように、カノープスは言葉を畳み掛ける
「……それに書く物もほしい……エルフの里は遠い……ノウム(鳥)を介する伝言だけでは不安なんだ……身体を休める必要もある……一ヶ月は腰を据えて療養しないと……完全に回復したとは言えない……」
「一ヶ月……療養……。インクと筆なら実家に山ほどありますが。うちは代々商家の家系ですから……」
突然、フレッタは何かを思いついたように手を叩き、それから気恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「あのぉ……もしよろしければ、なんですけど……私の家に滞在しませんか?」
彼女はさらに顔を赤く染め、言葉を継ぐ。
「いや、わかってるんですよ? 高貴なエルフ様方にそんな……でも、どう考えてもその方が都合がいいかなって! 商人の家だから広いし、設備も整ってますし、その間に商品の補填もできます……たっ、滞在先としては適任だと思うのですがっ! いかがでしょうか!?」
言葉数が増えるのと反比例して、フレッタは小さく肩をすぼめ、最後は声を裏返しながら絞り出した。
「……ああ。君さえ良ければ、願ったり叶ったりだが……」
カノープスのその言葉が、フレッタの鼓膜に長く響き渡った。
「……やっ!!」
フレッタは声にならない声を上げ、胸の前でぎゅっと両手を握りしめる。
(やった……やった! カノープスさんが私の家に、一ヶ月も……!)
脳内ではすでに、自宅の客間に落ち着く彼の姿や、朝食を共にする光景、そして看病という名目で彼に甲斐甲斐しく尽くす自分の姿が、留まることなく溢れ出していた。
「う、うふ、うふふふ……っ」
カノープスは月明かりの下、いつまでも熱に浮かされたように身悶える少女を、ただただ静かに見守り続けていた。
それから程なくして、舞台は変わり、ここはエルフの里。
「……ん、ふごっ!? なんじゃ、誰じゃ……ああ、なんだ、ノウムか。んん? 手紙? 今どき珍しいな……どれどれ」
緑あふれる木々から吹き抜ける清風。陽光が心地よい木漏れ日となって差し込む窓際で、うたた寝をしていたご老人が、ノウムの足に括り付けられていた一通の手紙を、眠気眼で流し読む。
「ミュウルと……カノープスからか……。そう言えばシロナの奴が何か言っておったのぉ。杞憂じゃと何度も説き伏せておったのに……」
だが、手紙を読み進めるうちに、老人の顔色はみるみるうちに土気色へと変わっていく。
ついには呼吸が乱れ、瞳孔が大きく見開かれる。そして、手紙の最後に記された「ある一文」を目にした瞬間、その困惑は絶望的な動転へと変貌した。
そこには、ある人物の名が記されていた。
『フェルトゥーデ』と。
手紙は、その人物名について何か知らないかと問うている。
「なっ……なぜ……なぜ、その名が今になって出てくるのじゃ……! なぜ、なぜ、なぜぇ!! はぁ、はぁ……っなぜぇぇ……」
久しく忘れていた? 否、決して忘れてはならぬ名前。ただ、思い出さぬように、心の奥底に封じ込めていた。歴史そのものから抹消した禁忌の名だから。思い出すだけで、誰かにその思考が読み取られ、名が漏れてしまうのではないかという恐怖を、数万年抱かされ続けていた。死してなお、奴はワシの精神を蝕み侵食する。
老人の震えは止まらず、嗚咽が漏れる。肺に穴が空いたように呼吸は苦しくなり、焦点の定まらない瞳が虚空を彷徨った。
「奴に関する文献はすべて焼き尽くしたはずじゃ……記憶も、あらゆる生物から消し去った。それに奴は、ルギオスの手で……死んだはずじゃろうが……! なぜ……その名を口にする者が現れる!!」
「おいおい、爺ちゃん! どうしたのさ、そんな死にそうな顔して! 寿命にはまだ早いでしょ?」
不意に背後から、年端もいかぬ少年の明るい声が投げかけられた。
「あ、もしかして、おやつを欲張って喉に詰まらせたのぉ? もう、気をつけてよね! ちゃんと天寿を全うしなきゃでしょ! もう!」
少年の屈託のない声に、老人はわずかに正気を取り戻した。
「……ちょうどいいところに!!」
「孫よ!! 今すぐソラリエへ向かうのじゃ! これは長老の権限じゃ、断じて背くことは許さん!!」
「ええっ!? 村から出ていいの? 『生涯、一歩も外へ出てはならん』って言ってたのは爺ちゃんじゃんか!」
「そうも言っておられぬ事態になった。いいか、よく聞け」
少年の目に、初めて許された外の世界への希望が宿る。それを見つめながら、老人は重く、呪いのような言葉を紡いだ。
「お前がこの時代に生まれたことには、きっと意味がある。ソラリエでミュウル、そしてカノープスというエルフと合流し、共に世界を巡るのじゃ」
老人は一拍置き、少年の瞳の奥を覗き込む。
「そして『フェルトゥーデ』この名を、決して忘れるな」
「……フェルトゥーデ?」
「かつて、たった一人で世界を破滅の淵へと導こうとした、最悪の男の名じゃ。奴もお前と同じ『生と死を司る能力』を持って生まれてきた……いわば、お前の先達とも言える『忌み子』なのじゃから」
少年の瞳に、すっと暗い影が落ちる。
老人はその影を振り払うかのように、あるいは刻みつけるように、歴史から消された怪物、フェルトゥーデの詳細を、静かに語り始めるのだった。




