ミュウル編 黒雨を駆ける赤光
目まぐるしい戦況の変化を、いち早く読み切った行動がもたらした手痛い一撃は、ビルトの膝を地につかせる望ましい結果を生んだ。
「カノ君ないっすぅ〜! いいところに置いてたね〜! 計算? それともあいつの運が悪かっただけ〜?」
「……無意味なことはしない主義だ……」
「ま〜たスカしちゃって〜。素直に自慢してなよ〜。内心ニヤけてんのバレてるぞ〜?」
2度目の深い眠りに誘われたビルトはすでに目覚め、息を乱しながら、恨めしげに2人を睨み据えていた。1度目の眠りの時もそうだが、自身の能力を熟知するカノープスは、ビルトの適応の早さに内心驚きを隠せなかった。
「ういぃ〜ういぃ〜」っと茶化すように、自身の脇腹を肘で小突いてくるミュウルに、なんの反応も示せないほど、頭の中で次の対策を考えていた。
「痛みあり。ふむ。夢の世界から戻ってこれたか。前回より早く戻れたな。次は3秒以内には戻れるか?」
「はぁ~……それにしても、めんどくせぇな〜お前ら〜。俺はな、もっと正々堂々と戦いたいんだよ。互いが勇ましい雄叫びを上げながら、どちらかが倒れるまで殴り合う熱い『決闘』ってやつを」
ビルトが歩を進めた瞬間、ミュウルは再び影を操り、自身とカノープスの姿を隠蔽する。
「またそれか。同じ手がそう何度もビルト様に通用すると思うなよ」
「神具『ゴールドジム』の出力を上げる。なに、完全解放しないほうが使い勝手がいいんだ俺の神具は。手を抜いてやるわけじゃないから、糠喜ぶなよ?」
数多の影の中、自分たちの居場所を探すことを早々に放棄したビルトに、潜伏していた2人の背筋が凍った。
ビルトの前後からその一挙手一投足を注視する。息を殺し、身を潜める戦い方など「恥だぞ」そう言わんばかりにビルトは尊大な笑みを浮かべ、両手を大きくゆっくりと広げてみせた。
突如、頭上の違和感に2人が気づいた。同時に顔を上げた先には、のど元に刃を突き立てられるような、そんな異常な光景が映し出されていた。
数でいえば300は超えているだろうか。天井全面に覆い尽くされる黒い塊、無数の『鉄アレイ群』がタンポポの綿毛が浮かぶように、ふわふわと空を漂っていたのだ。刹那、カノープスとミュウルの脳内に、不意に軽くなり重くなった出入り口扉の仕掛け、金色のダンベルがよぎる。
息をつく間もない。鈍い音を響かせ無機質に降り注ぐ鉄アレイの豪雨。それはビルトの能力によって加重最大値『元の重さの10倍』に設定された鉄アレイだった。
圧倒的物量が横切っていく圧迫感は凄まじい。とてつもない殺意を放つビルトから、思わず目線を切り上げてしまいたくなるほどに。
「重さ30トン。ビルトMAX〜〜ッ!」
攻撃動作にビルトが入った。途端カノープスの鈍いうめき声がミュウルの耳に届く。明らかにダメージを負った時の声色、普段心配をかけまいと辛抱強く我慢するタイプだと知っている分、深手を負ったのだとすぐにわかった。
「フルスイングッ!!」
暴風吹き荒れる。視野をどちらに向ければいいのか、見誤ることはできない選択。ミュウルはカノープスの二の舞をさけるため、落下物の鉄アレイに集中を注ぐが、
地に落ちた鉄アレイが、再び暴風に乗って頭上へと舞い上がっていく絶望の光景が目に映る。
「見つけたぞ虫ぃ!!」
嵐の中、ミュウルに人の腕とは思えない筋骨隆々な黒腕が迫った。他の影と異なる動きを悟られたか、影から脱出することで難は逃れたが、もう同じ手は通用しない。
「カサカサと逃げるなぁ!! ほんとうに虫なのかお前は!!」
カノープスはどうなっている。うめき声が聞こえてから音沙汰がない。重傷なのか、治療に時間がかかっている? フレッタはどうだ。睡結晶の壁で守られているが、あれもそう長くは持たない。いつまで続く、この終わらない雨は、逃走劇はいつまで、ミュウルの中で焦燥が募る。
巨漢に追われる暴雨風の中、大事な戦意の火種がチカチカと点滅する。気が沈んでいく『この雨は、私たちが死ぬまで降ることやめない』弱気が言葉を勝手に作り出し脳内に吹聴する。
そんな逆境の最中だからこそ、決意の炎は灯る。
弱気の底にどっしりと両足がつく感覚をバネに、
決死の赤光。ミュウルが自身の身体能力を底上げする『赤光石化』を発現した。
ふっと、一斉に消えた『人形の影』赤い闘気を湛えるミュウルの姿に、ビルトの表情筋がぎゅっと引き締まった。
「ごふぅっ!!」
急激なスピードの上昇に、滑稽なまでに土手っ腹を撃ち抜かれるビルト。
ミュウルの拳は、腹から顎、そして両脇腹へと、赤い光の尾を引きながら、あらゆる部位を的確に捉えていく。
反撃を躱し、自身のスピードに適応したビルトと壮絶な小競り合いが続いた。
黒い雨粒の中を赤光が昇る。戦いは地上に留まらず、空中へも波及した。
「そんなに俺の一撃を食らうのが怖いか? もっと腰を据えて撃ってこい!! 軽いんだよ!! お前の攻撃は全て!!」
『赤光石化』状態のミュウルは軽い興奮状態に入る。ブランクがあるため、技による体力消費の速さが尋常ではなく、早期決着を望むが、戦いは黙々と互角に進んでいった。
互角。そう、ミュウルのドーピングとも言える力をもってしても互角。このまま力尽きてしまえば劣勢は避けられないが、ただ、ミュウルには別の狙いがあった。
「Oh〜……健闘虚しく〜食らっちまった〜。あーあ、どうだ? クソ重いだろ? 俺様の拳は? お前の雛鳥乙女パンチと違って、一撃でも食らっちゃ終いなんだよなぁ~。すまんね、なんか」
「ゼェ、……ッ、ハッ、……ハァ、ハァ……ガハッ!」
立ち回りは悪くなかった。赤光石化の効果時間が迫り、焦りはしたものの、ビルトにベストな攻撃体勢は作らせなかった。だが、
重心移動も何もない、ただ腕を半身で右から左に動かす、その一振りだけで、ミュウルは無残にも四足で這い蹲るしかない生き物へと作り変えられてしまったのだ。
「カノープスの奴はどうした? お前が窮地だというのになかなか出てこないじゃないか、まさか、あいつ、あの柱の影の中で死んでいるのか? Haha!! 戦うことなく引きこもって圧死! なんて臆病な死に様だ!!」
「まだお前のほうが勇敢だな」
メキィッ! バキィッ! ビルトの素足がミュウルの手のひらを踏みつける。
「ヒギャャャァアアアアッ!」
激痛に歪む悲鳴が響き渡った。
「今の言葉は撤回する。骨をバキバキに砕かれたぐらいで、そんな情けない声をあげるようじゃあな」
「Ahaha! そうだ。お前が死ねば能力は解けるよな。じゃあ俺は早くあいつの死んだツラが見たいぞ」
「笑いたいんだよ。散々俺をコケにしたやつのぐちゃぐちゃの顔面で!」
勝敗は決まった。ミュウル敗北。カノープスは少なくとも重傷。のど元に迫る手を振り払う気力なく、ミュウルはそれを受け入れるしかなかった。
「……~~~~ッッ!!」
ゆっくりと手の輪が閉まる。苦しむミュウルの死に様を心から楽しむように目を細めて笑い、灯籠の影が消えた頃に、興味をなくしたように無造作に死体を放った。
カノープスはどこだ? 同族を殺した高揚感血走るおぞましい眼力が、対象を探し回る。
思ったより多いな。カノープス探す最中、実体として建っていた、あの厄介な柱の数に目を奪われた。10本は超えているか? いつの間にこんなに、と。
カノープスが場にいないことと、もうひとつ疑念が湧く。
柱の配置が、妙に整然と並んでいることに。円状に、まるで囲いでも作ったかのように。
「ちゃんと痛みはある。夢ではない」
念のため小指の骨を折って確認をする。
「そうか、しまった! 逃げだしやがったのかあいつ! くっ、まさかこの親しげに話していた女を捨てて逃げるとは、見誤った! 今すぐ追わなくては! 俺の情報がエルフ共にバレる!」
今思えば時間稼ぎをしていたのだ、この女は。俺に勝てぬと早々に悟り、あなただけでも逃げて、と。俺を倒そうという演技をしてやがったんだ。クソッ、やってくれたな、まんまとはめやがってガキ共が。
怒りで奥歯をぎしぎしと軋らせる。足に力を込め全力で駆ける、その1歩目を踏み出した時、
「……おいおい……どこに行く気だ? ビルト……」
憎たらしいカノープス声が不意に背後から聞こえた。
ビルトは弾かれたように振り返り、対象を確認する。が、
「……はぁ??」
心の底から、今まで出したこともないような困惑の声が思わず出る。予想だにしない摩訶不思議な光景に、ビルトは開いた口が塞がらなくなった。
「なんだ……お前それは……どっから喋ってやがる……」
地面からカノープスの首だけがはえて、それが生気のある顔つきで喋っていたのだ。
「……ああこれか? ……こいつはな……12本の睡灯籠を円状に並べたときにだけ発現出来る技……」
「……夢寝境神寂ノ社……を使っているからだな……時間がかかるんだこの技は……ミュウル……よく時間を稼いでくれた……」
はっと、息を呑んで自身の位置を確認する。こいつはやばい、本能で今すぐこの円状の輪から逃れようと足を動かすが。
「……本殿を拝ませてやる……」
手遅れだと悟る。視界の前、囲いの柱の先が暗闇で覆われている。後ろを向いたはずが、実に味わい深い建造物、結晶でできた社の方向を向かされている。
「……いつ眠らされたのか……ビルト……言っておくがこれは夢ではないぞ……」
こいつ心をっ!! くそっ、なにがどうなっている。痛みはちゃんとあるってのに。
「……そりゃ痛みはある……ここは正確に言うと……夢と現実の狭間の世界なのだから……」
「夢と現実の狭間だと……」
蒼白い光が灯る世界。社の瓦屋根からカノープスが飛び降りる。何もない空間に着地し、神のごとくビルトを見下ろしながら言葉を続けた。
「……円環の中にだけ夢の世界を出現させた……囲い外は現実だよ……」
「……ああそうだな……簡単には逃げられない……なにせ俺は睡眠を冠するエルフなのだからな……この空間では神の如き存在だ……」
「……早く目覚めなきゃか? ふふふ……どこに目覚める気だ……ここにいるお前は実体だぞ……目覚めたところで……だろ?」
ビルトは暴れ馬のように癇癪を起こし、闇雲に拳を叩きつけ、蹴り上げ、自身の能力のすべてを注ぎ込んで社を破壊しようと、また逃げようと足掻くが、霊体のように付きまとうカノープスに、ただ冷笑を浴びせられるだけだった。
「カノォープスゥ!! 貴様ぁああ!!」
「……ビルト……特等席を用意したぞ……お前が眠る揺り籠をな……」
抗う術もなくビルトの巨躯がふわりと宙に浮き、社の中に置かれた赤子が眠るような『揺り籠』の中へと強制的に横たえられた。
あまりに屈辱的な格好。ビルトの顔は怒りと羞恥で真っ赤に染まる。
「……もうお前は俺の許可なしに起きれない……その際お前が見る都合のいい夢は全て俺が見聞きさせてもらう……御方……とお前が言っていた人物……誰のことか……じっくり観察してやるぞ……」
「……さぁ……ビルト……」
「……夢の中で眠れ……」
耐え難い睡魔がビルトを襲った。
「このぉ!! こなくそがぁあああああああああああ!!」
一矢報いるような叫びは、虚しく夢の淵へと消えていく。
「……ふぅ……捕獲完了……」
カノープスが能力を解く、カノープスの身体は、右肩から先が無残にも消失していた。
「……ミュウル! 無事か!!」
ふらふらな足取りでミュウルの元に駆ける。
「……ガハッ! ゴホッ! ……うぁあ〜……なんとかね……。あいつ、影が消えたから私が死んだって思い込んでくれたみたい。ほんとに危なかったよ」
「……すまん……俺が深手を負ってしまったせいで……時間がかかってしまった……」
「勝ったんでしょ? ならいいよぉ〜。全然問題なし。あとは私をおんぶしてくれたら……ってカノ君!!」
ミュウルは自身に覆い被さってくるカノープスに驚きの声をあげる。
「……身体が……言うことを効かない……」
「ちょ、ちょ……それ私もだから……ああ〜やばいやばい、気絶しそう、あんたの重みで、余計に……!」
「ふぁ~あ……!! よく寝たぁ~! ……って、あれ? ここどこだっけ? 私……いったい何してたの? んん~、よく思い出せないぞぉ」
そこへ、フレッタが目を覚ました。シクシクと目を擦りながら、のほほんとした顔で横たわる二人を眺めた。
「ぎぃやぁあああああああ!! 腕!! もげてるぅうううううう!!」
「ぎぃやぁあああああああ!! ぎぃやぁあああああああ!! 血だらけぇぇええええええ!!」
カノープスの欠損した右腕と、血塗れの惨状。フレッタの絶叫に、ミュウルが、はははっ、と力なく笑いを返す。
「……ああ……フレッタ……頼みがある……俺はもう意識を保ってられない……ミュウルもだ……」
「……だから……俺とミュウルを街の外まで運んでくれ……あとビルトも……」
「……街の住民は後10時間後には目覚めてしまう……だからうんと遠くに……だぞ……」
遠のく意識の中、気合だけで用件を伝えたカノープスが、そのままカクンと事切れたように気絶した。
「えええ!? そんな急に無理ですよぉ! 私が……ええ!? それにあの筋肉さんまで!? 私、そんな力持ちじゃありません! 無理ですって!!」
「フレッタちゃん……お願い……。ああ、私ももうダメ……意識ががが……」
同様に、ミュウルもすとんと意識を失った。
「うえぇ〜〜ん!! ミュウルちゃんまでぇ~!」
「どうしろってのよぉ~! バカぁ~!」
フレッタの渾身の嘆きが、すべてが寝静まった、静寂の白亜の街『デルトラ』その隅々まで響き渡たるようだった。
ビルト対、ミュウルとカノープス。
壮絶な死闘は、幼馴染の絆と連携による勝利で、その幕を閉じる。




