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弔いの旅路  作者: クジラ
不穏を追って
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ミュウル編 神具解放

「フゥ〜……知らなかったな。皆の睡眠時間がそれほど浅かったとは……」

「まぁ、虚言体質のお前が言うデタラメを100%信じてやれば……だがな」

「カノープス。推理ごっこには満足したか? そもそもこんな水掛け論、俺がNoと言えばそれ以上先に進まない話だろう? 違うか?」

「意味がないんだよ。はなからこんなやりとりには」


 警戒されてしまった。心を硬く閉ざされてしまった。カノープスはビルトの心境の変化を感じ取った。その表情は、これ以上の追求は無駄骨だと思わせるに十分な、決意の固さを物語っていた。


「……わかった……だが今の一連の話は……長老様に報告させてもらうぞ……」

「……そうなれば……お前のこれからの行動はすべてが筒抜けだ……エルフの監視下に置かれるのだからな……」


 エルフの洗脳の力は、私利私欲のために使うことを固く禁じられている。その禁を破ったとなれば、ビルトが要注意エルフとしてマークされるのは当然の成り行きであった。


「……エルフの情報網(じょうほうもう)は動物や植物を介して広範囲に張り巡らされる……非常に優れた(あみ)だが……弱点もある……」

「小さな命たちを使役していることだ……悪意を持ったエルフがもしいてしまえば……誤魔化しようなど幾らでも生まれてしまう脆弱性があった……なにせ同胞の裏切りなど……まるで想定していない仕組みで稼働していたのだから……」


 整然と言葉を並べていくカノープスは、ビルトに詰め寄った。「……だがこれで……その欠点も塞がる……まさか恨んだりしないよな? 清廉潔白(せいれんけっぱく)なのだろう? お前は……」決め台詞とばかりに、息がかかる距離まで顔を近づけ、そう言い放った。


 互いの腹を探り合うような膠着(こうちゃく)は、カノープスがくるりと(きびす)を返したことで破られる「……ミュウル……帰るぞ……」そう言い放ち去っていく背中を、ビルトはただ黙って見つめていた。


「えっ、うっ、うん……」


 言葉少なく、ミュウルはフレッタと共に出入り口へ進む。その最後尾で、カノープスはビルトを視界から外すことなく歩いた。


 ビルトはなにもする気がないようだ。トレーニングの汗はとうに乾き、涼しげな表情さえ浮かべている。その姿は、まるで自分に非など一切なく、おかしなことを言うエルフたちを奇怪(きかい)な目で見つめる、善良なエルフそのものだった。ただ、彼の表情の豊かさを知るカノープスたちからすれば、そんな「設定」を演じる、安い芝居に映らなくもない。


 ビルトとの距離が離れる。最大限に高めていた警戒を、カノープスは少し緩めた。


「あれ? ううっん?? なんか……」

「……どうしたミュウル……」


 張り詰めた緊張が漂う空間で起こる小さなほころび、普段なら取るに足らないミュウルの言動にも、カノープスは言葉を被せるほど早く反応した。


「あっ、あれ? なんか……重くなって……る?」

「……ミュウル!? ……そのダンベルを今すぐ手放せ!」


 ビルトから目を離せぬ状況下で、カノープスは瞬きのごとく後方へ目をやり、すぐ戻すことで警戒と現状の把握を同時にこなす。一瞬のうちに目にした光景には、出入り口の扉を開くための仕掛け、金色のダンベルを、いかにも重そうに両の手で抱えるミュウルの姿が映っていた。


 中に入る時は片手で軽々と持っていたはずのダンベルだ。カノープスは今からなにが起きるのか、想像し頬に冷や汗を伝わせた。


 一か八かカノープスはビルトから目線を切り、急いでミュウルの元へ駆けるが、

 

「うわああっ!」


 状況はさらに悪化する。たいそう重そうにダンベルを持っていたはずのミュウルが、一転、軽々と頭上にダンベルを掲げたのだ。


 重心を失ったと思われるミュウルの身体は、滑るものでも盛大に踏み抜いたように尻もちをついた。


 カノープスが知る情報では、ビルトは重さを自在に操る能力があるとのこと。つまり今起きている現象のすべては、ビルトが意図的に起こしている、そう、これは明らかな敵対行為なのだ。


「むぐぐっ、ちょっ、なっ、なに!? このダンベル!? やっ、やばっ! また重くっ!!」

「……くそっ!」


 ダンベルを手放す機を逸したミュウルを責め立てるように、ダンベルは際限なく胸椎の上で重さを増していく。駆けつけたカノープスが加勢し、2人がかりで持ち上げようと試みるが、まるでびくともしない。胸を押し潰さんとする位置から、わずかにでも動かすことができなかった。


「かっ、カノ君っ! ほんとにやばい! なっ、なんとかしてっ! しっ、死ぬ死ぬ死ぬ〜! このままじゃほんとに死んじゃうってぇ〜! ふぎぎぎぃ〜! やばいやばい! やっばい!! ごれ!!」


 ミュウルは、負けじと両手でダンベルを押し返す。


 奴はいったいどれほどの重さを物体に加重できるのか。今なお増していく重みにカノープスの指の骨が軋み始めた。


 秒ごとに確実に重さが増していく。ガクン、ガクンと一定のリズムで、ダンベルがミュウルの身体へと下がっていく。


「ふぉ〜!! ふぉ〜〜!! あ゙ぁ゙〜!!!!」


 ダンベルの重さと比例して、ミュウルの顔面が面白可笑しく変形していくが、カノープスはそんな変顔など気にかける余裕もないほど、今、全神経をダンベルに集中していた。少しでも気を抜けば、ミュウルの胴体は、見るも無惨にぐちゃぐちゃになってしまうからだ。


 今にして思えば、このダンベルの仕掛け扉自体が、来訪者にこの事態を引き起こすための罠だったのだろう。重さを支えるために両手両足がふさがった、身動きが取れないこの惨状を鑑みて、カノープスは自身の軽率さを悔いた。


「Ahaha……どうした? カノープス……ミュウル……ずいぶんと苦しそうじゃないか? 俺がどかしてやろうか?」

「……来るな!! ……ビルト!! ……お前が重さを操作していることは分かっているんだぞ!」


 ビルトは、善人の仮面を脱ぎ捨てたような邪悪極まりない笑みを浮かべ、身動きの取れないカノープスたちに歩み寄ってきた。疑ってはいたものの、いざこうして、エルフの裏切りを目撃してしまえば、言い尽くしがたい動揺は避けられないのである。


「Hey! バーベル! カモン!!」


 ビルトの呼びかけと同時に、彼の掲げた手に、長さ6メートルほどの銀色のバーベルが出現する。


「お前らを全員殺そうと思う。まぁ、自業自得ってやつだ。ずかずかと無神経に現れ、プライバシーというプライバシーを荒らしまくったんじゃあな……殺されても仕方がない」

「な〜に、一撃で死なせてやるさ。そのまま……じっとしてくれてたら……だがなっ!!」

「重さ40トン!!」


 重さの申告。金色の輝きを放つプレートが、バーベルの片側に4枚隙間なく装着された。ビルトは、まるでそれを巨大なハンマーでも扱うように持ち、宣言通りの殺意を向け、急ぐこともなく足音をことことと響かせる。


「なっ、なんでしょうか、何か外から声がします」


 目を丸くし、今まで事の成り行きを見守っていたフレッタが何かに気づき、震えながら声を上げた。


 ダンベルを外したことで開いた扉の向こうから、ガヤガヤと人の喧騒が聞こえ始めていた。


「助けが来たなんて思うなよ? 俺が呼んだんだ。お前の推察通り、町の人間を洗脳しているからな」


 前方には、先端に40トンの重りをつけたバーベルを、片手で軽々と肩に担ぐビルト。後方には目を血走らせた、おそらく全町民がズラリと扉の外を埋め尽くしている。カノープスたちは未だミュウルに迫るダンベルの対処に追われ、フレッタは町民の粗暴なガヤに腰を抜かし、体を震わせる。


 詰み。ビルトの顔が、絶対的な優位性からくる愉悦で歪んでいった。その笑みは、言わずとも彼らの終焉を宣告しているようだった。


「……ミュウル……フレッタ……俺の神具を解放する……」

「うう……お願い。すぐ起こしてよ……」

「えっ、なに? なんですか……しんぐ?」


 淡く、カノープスの胸元に蒼白い光が灯った。それは服の下からでも分かるほどに色の濃さを増し、瞬く間に青い光となって一帯に溢れ出した。


「……無窮(むきゅう)の星より降りそそぐは泡沫(うたかた)の雫……全天に夢路(ゆめじ)を示し(いざな)え――神具“睡晶(すいしょう)”解放――」


 どこからともなく、パキパキっ……と小気味よい音が響き出した。ガラスが細かく割れ砕かれるような乾いたその音は、まるで頭の中に直接響く幻聴のように、ひどく異質なものだった。


「……睡結晶壁(すいけっしょうへき)……」


 カノープスが、冷たい息と共にそう唱える。


「なっ、なんだぁ~!? 氷……? いや鏡……? 目の前に、急に現れたぞ!! クソっ、中が反射で見えにくい! どうなってんだ? ビルト様〜!! ご無事ですか〜!!」


「加重から逃れたか。おとなしくしてろと言ったのに。ムカつくぞ、カノープス。俺の行く手を阻むようにそびえるこの水晶の壁、嫌に美しく嫌にキザったらしい」

「まるでお前のすまし顔と対面しているようだ。今すぐにぶち壊してやりたいが……」


 ビルトは警戒を怠らず、冷静に眼前の光景を分析する。カノープスは足元に三角形の結晶を作り、ダンベルの加重から逃れている。扉は隙間なく結晶に覆われ、呼び寄せた全町民の侵入を阻止している。ミュウルと部外者は、なにやら奴の傍らで深く眠り込んでいて……奴の能力は、睡眠に関連しているから。


 怒りに任せて突き進むべきではない。そう結論づけたビルトは、脳内で住民たちに「その薄汚い壁をぶち壊せ」と命じた。命令を受け、住民たちは各々持ってきた武器で、カノープスの睡結晶に攻撃を開始した。


「ぎゃはは! なんだこの壁! 脆すぎんだろ! ちょっと物ぶつけただけでも粉々に砕け散るぞ!」

「ぶち壊せ! ビルト様の命だ! ぶち壊せぇ!」


 ガシャガシャとうるさかった外の喧騒が、パタリとやんだ。光が屈折する結晶越しではあるが、ビルトから、住民の大半が横たわっているのが確認できた。


「壊せばただではすまん、というわけか。厄介な結晶だ。それと……お前の足元にある結晶と、俺たちを遮るこの壁とでは、濃淡が異なっているな。なるほど……硬度を操作できるのか? 色が濃くなれば硬く、薄くなれば脆い、と。……だとすると、あのエルフと人間が傍らで眠っているのは、その濃い方の力の影響か?」


 カノープスは、自身の能力の余波ですやすやと眠るミュウルに視線を落とし、静かに思った。


「……ミュウル……最初にこの調査に誘ったのが……俺で良かったな……」

「……俺ならこの状況を……誰も死なせず乗り越えられる……」

「Hahaha! 大きく出たな! カノープス! やってみろよ!! そのイキリ散らした脳みそ、盛大にぶちまけてやるぞ!!」


 バーベルを深く握るビルト。静かに睡晶を手のひらに作り出すカノープス。


 両者はにらみ合い、戦闘に入った。

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