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弔いの旅路  作者: クジラ
不穏を追って
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ミュウル編 筋肉の聖地デルトラ

 白亜(はくあ)の石材が眩しく輝く街、デルトラ。人々が「筋肉の聖地」と呼ぶこの場所は、住民たちが互いの筋力を誇示し合うかのように築き上げた、無駄に大きな建築群で構成されている。


「黒光りする筋肉には白が映える」という街の創設者、ビルトの独断により、デルトラは白一色で統一された。至る所に配置されたオブジェには、必ず持ち手が備え付けられていて、これは、公共設備すらもトレーニングの場として利用してほしいという、ビルトの粋な計らいからくるものであった。


 そのため、街の銅像などを使用し、本気でトレーニングに励む住民の姿を目撃した来訪者は、決まってその異様な光景に度肝を抜かれるという。


「どうなってんのこの街? ああ……みんな筋肉。ああ……みんなトレーニング」

「頭がおかしくなりそうだ!?」


 調査を開始して早々、来訪者は困惑の表情を浮かべていた。


 誰も彼もが「ウシッ、フシュッ」と獣のような息を吐き、公共物で筋トレに励んでいる姿を目の当たりにしてしまっては、それも仕方がない。


 ビルト・レンクルの近況を尋ねるといった、基本的な情報収集すら切り出せない始末だった。


「カノ君! なんとかして!」

「……無茶言うな……俺はそもそも人に話しかけるのが苦手だ……」

「はぁ? 私だって苦手なんですけど? こちとら引きこもりあがりなんですけど? カノ君が話しかけてよ! あの筋肉たちにはさ!」

「……まぁ……それは後回しにして……今はとりあえず街を歩こう……なにか変わったものがあるかもしれない……」


 無駄に広い道幅。無駄に間隔の空いた家々。そして、無駄にデカい噴水。小一時間ほど歩き回り得られた情報は、住民たちはとにかく街中でトレーニングに明け暮れていること、現在地であるこの噴水が、各区画へと繋がる街の中心だということ。それぐらいだった。


「ああ!! ああああ〜!!」


 身に降りかかる徒労感で、表情が曇っていたミュウルが、唐突に甲高い声をあげる。


 パァーッと明るい表情で指差す方向には、行商人と思われるひとりの少女が、同じようにこちらを指さしていた。2人は目を輝かせ、同時に走り出す。


「ああ~! ムキムキじゃない人ぉ~! やっといた! ムキムキじゃない人にやっと会えたよぉ〜!」


 どちらが喋っているのか分からないほど、同じような言葉が重なり合い、互いに泣きじゃくりながら熱い抱擁を交わす。


 少女はフレッタと名乗った。この街の噂を聞きつけ、住民の好きそうな品々を売りに来たそうだ、見た目通りの行商人だった。


「はぁ~……ほんと失敗したよ~。まさかここまで売れないなんて。マッチョたちが喜びそうな、高タンパクの種、トレーニングギア、吸汗速乾(きゅうかんそっかん)お洒落ウェア、片っ端から全部揃えて来たのに、誰っも見向きもしないの! こんなことある? 酷くない?」

「それどころか、通り行くマッチョたちは、商品じゃなくて私の身体をジロジロと見て『小娘、そんな細い体で大丈夫か?』みたいな哀れみの視線を向けてくるし! ほんと最悪よぉ!」

「ええーひどーい! マッチョたちひどーい! ムキムキたちサイテー! フレッタちゃんすっごくかわいそう〜!」

「ぐすっ、ミュウルちゃんだけだよ、そんなこと言ってくれるの。あなたに会えてほんとによかったわ。もし会えてなかったら、今ごろ私は……私は……」

「……私は?」

「ムキムキたちと一緒になって、筋肥大の喜びに目覚めてたに違いないわ! お互いの筋肉を褒め称え合い、鏡に向かって自慢げにポージングを決めていたのよきっと」


 フレッタはそう言うと、華奢な腕で力こぶを作るポーズを虚しく決めてみせた。そんな二人を冷静に見つめていたカノープスが、ふと湧いた疑問を口にする。


「……妙な話だな……食料品すら売れなかったのか?」

「わっ、声まで素敵……! じゃなくて、ええと……はい。実は荷物の大半は宿屋の倉庫に置かせてもらってるんですけど、そこの主人に言われたんです『嬢ちゃん、そんな物はここでは売れないぞ』って」

「なんでですかって聞いたら、私の商品はすでに“供給過多“なんだそうです。むしろ、ここでは嗜好品(しこうひん)の方が好まれるんだとか……。まさかって信じてなかったけど、この惨状じゃ、主人の言う通りだったみたい。はぁ……供給過多か〜、その発想はなかったなぁ……」


 そんなこともあるんだな……と、先ほど素敵だと評された声でカノープスは静かに相槌を打った。すっと顎に手をやり、何かを思考するようにわずかに目を伏せる。


「フレッタちゃん! 商品見せて! いくつか買うよ!」

「いいの? ミュウルちゃん。あんまり好みのやつないかもよ? だってマッチョたちが好む物なんですもの」


 フレッタは商人の顔へと切り替わり、ハキハキとした口調で商品説明を始めた。その淀みない口上は、ミュウルにいくつもの商品を購入させ、ついにはカノープスまでもが財布の紐を緩める。実に楽しげな雰囲気が場には訪れた。


 今知り合ったばかりの美男美女だが、フレッタは彼らに深い感謝を感じていた。フレッタは、なにか恩返しできることはないかと2人に申し出て「そういうことなら任せて!」と街の調査の1役を担うことになった。


 彼らが、なにか事情を伏せていることは勘付いてはいたが、それでも、初めて自分の商品を買ってくれた2人の力になりたいというフレッタの純粋な気持ちが揺らぐことはなかった。


「もし? そこのお爺さ〜ん。ちょっとお話いいですか? 実は今とっても聞きたいことがありまして」

「ああ゙〜なんですかいのぉ~。いい天気ですかいのぉ~。今日ものぉ〜〜」

「領主様についてお聞きしたいんです! 最近何か変わった様子とかありませんでしたか? 気のせいかな〜? くらいのことでもいいんです!」


 頼もしい味方を得た二人は、早速フレッタに聞き込み調査を一任する。少し離れた場所からフレッタを見守り、ご老人の話に耳を澄ませた。


「んん? 変わったこと……とんと記憶にないですのぉ〜」

「そうですかぁ。じゃあじゃあ、このデルトラではどうです? ここ1年くらいで、何か事件とか、いつもと違うことがあったとか!」

「んん〜記憶にないですのぉ〜。なんせここの住民はみな、ビルト様の手を煩わせることなく、自分のルーチンワークを遵守しておりますから。決まった時間に寝て、決まった時間に起きて、毎日毎日、ああ゙〜そうこう言うとる間に、クールタイムが終わってしもうたわ」


 言い終わるやいなや、腰の曲がっていたご老人の背筋がピンと伸びる。ご老人は噴水の縁から軽やかに飛び降りると、装飾の一部である石材ブロックに付いた取っ手を掴んだ。そして、片手でそれを引き剥がし、腰を落とした姿勢で上下させ始める。


「おお゙〜! やっぱりこの噴水のブロックは、バチバチに広背筋に入るわい。お嬢ちゃんもやってくかい?」

「ひぃっっ! いや! いいです! 結構です! あっ、ありがとうございました!」


 フレッタは逃げるようにしてミュウルたちの元へ駆け戻ってきた。その後も彼女は二人の期待に応えようと懸命に住民へ声をかけ続けたが、その努力が実ることはなかった。


「うぅ……なんの成果も得られず……ごめんなさい……」


 有益な情報を何ひとつ得られぬまま、無情にも日は暮れていく。3人はひとまずフレッタが滞在している宿へ向かうことにした。


「そんな落ち込まないでよ〜、フレッタちゃん。いい仕事してたよ〜? それに元はと言えば、人に話しかけることもできないカノ君がぜーんぶ悪いんだから」

「……お前もな……自責を負えよ……」

「……フレッタ……そう気に病むな……ここ1年はなにもなかった……立派な情報だ……感謝している……」

「そうそう! いいこと言うじゃんカノ君! つまりここのエルフは白確定! そういうことでしょ!」


 その言葉に、カノープスがミュウルへ鋭い視線を送る。調査の目的を曖昧に伝えている手前、今の発言はフレッタに疑念の種を植え付けてしまいかねないと思ったからだ。


「ありがとうミュウルちゃん。カノープスさん。そう言ってもらえると、とっても嬉しい!」

「あははは……そうそう! 気に病んでてもいいことないから! 宿屋でさ美味しいものでも食べよ? ね?」


 ミュウルはカノープスの視線に顔を引きつらせ、自身の失態を誤魔化すように、フレッタを急いで宿屋の食堂へと導いた。


「……ミュウル……少し気になることがある……俺は席を外すぞ……」

「なにさ、まだみんなご飯食べてるじゃんか、相変わらず協調性がないんだから」

「……俺は少食なんだ……」

「そういうこと言ってんじゃないの! このアホ! バカ! 万年寝不足顔!」


 食事中、早々に自分の分を食べきり、食堂を去っていく背にミュウルが吠える。外の闇に消えていくカノープスを最後まで見届けると、ふん、と大きく鼻息を鳴らし、やり場のない怒りをぶつけるようにフレッタに向き直った「どう思う? あいつ」とでも言いたげな顔だった。


「ミュウルちゃんって……その……カノープスさんとは、どういう関係なんですか?」

「え……?」


 思っていた返答と違い、ミュウルはきょとんと目を瞬かせた。


「あ、いやいや!  別に深い意味はなくて! ただ、その……もしかして恋人なのかなって。それかお友達? にしてはすごく仲が良いような……もしかして兄妹とか……」

「……恋人だけは絶対にない。ああ、なるほどね。もしかしてフレッタちゃん、あいつのこと知りたかったりする?」

「教えて!! ミュウルちゃん!!」


 フレッタは目を輝かせ、ぶんぶんと大きく首を縦に振る。その頬がほんのり赤い様子にすべてを察したミュウルは、悪戯っぽく口の端を上げた。そして、面白おかしくカノープスとの馴れ初めを語り始める。恋バナに花が咲く瞬間だった。


 一方その頃、カノープスは。


「おいおいこんな夜中に……もう店じまいだぞ兄ちゃん。早く商品選んでくれよ? 頼むぞほんと」


 カランコロンと小気味のいいベルの音を鳴らし、閉店間際の雑貨屋に訪れていた。レジカウンターの椅子に座った店主が、壁の時計を気にしながら苛立たしげに声を上げるが、カノープスは構わず、店主の元へと一直線に歩み寄った。


「なんだよ? やんのか? 言っとくが俺はベンチプレス150キロを、すんごく深くレップできるんだ……ぞ……」

「にゃから……おりゅにはぁにゃからない……あにぇ……じょといった……にゅげくく?」(訳 だから俺には逆らわないほうがいいぞ。あれ? どこいった? 逃げたか?)


 店主の声が、次第に呂律の回らない独り言へと変わっていく。その虚な瞳は、目の前のカノープスを認識できないでいるようだ。


 カノープスは、他者の夢に自在に干渉できる。なにが起こったのかを説明すると、自身の技。夢現(ゆめうつつ)を発動していたのだ。それは、対象者を一瞬で眠らせ、眠った自覚すら与えぬまま、本人が直前に見ていた光景を夢として見せ続ける技。それゆえ、目覚めてなお本人は、眠っていたことにすら気づかないという。


 邪魔者がいなくなった店内で、カノープスは手早くタンスの引き出しを探り始めた。やがて手書きの資料を見つけ出すと、彼は静かに呟く。


「……思った通りだ……ある時期を境に……この街には異変が起き続けている……」


 その眠たげな瞳の奥には、確信に満ちた鋭い光が宿っていた。


 翌朝、宿屋の食堂にて、


「あ〜、やっと目ぇ覚めたのカノ君? もうご飯食べ終わるよ〜」

「……ミュウル……フレッタ……その食事が終わればすぐに出向くぞ……目的地はビルト・レンクルがいる場所だ……」

「ええ〜なになに急に、どうしたの?」


 話についていけず、フレッタは「えっ、私もですか?」と呟きながら自身を指さした。


「……ああ……その方が結果的に安全だろうからな……」

「結果的に安全?」


 フレッタとミュウルは、思わず顔を見合わせた。


「……この街の領主……ビルト・レンクルは……限りなく黒に近いエルフと見て間違いない……証拠も見つけた……」

「……気を引き締めておけミュウル……十中八九戦闘に発展する……エルフ同士の戦いだ……一瞬の判断が命取りになるぞ……」


 言葉の重さに、ミュウルの表情から普段の軽さが消えた。一方、フレッタは「エルフ同士……?」と、まだ状況を飲み込めていない様子だ。

(何がなんだか分からないけど……やっぱりこの人、かっこいい……)

 緊迫した空気の中で、場違いな胸の高鳴りをフレッタは懸命に抑えるのだった。

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