ミュウル編 カノ君とミュウちゃん
「……なるほど……で……どうして最初に俺のところに来た?」
「……話を聞いていると……俺のような小規模でしか動けないエルフじゃなく……休職中のエルフを訪ねたほうが理にかなってる気がするが……」
紅葉が始まった山道を、色とりどりの葉が舞う中、下っていく2人のエルフ。ここはルトン大陸東部のワートラ地方にある山岳地帯。ナイトたちのいるサングリアから遠く離れた地で、冷静を崩さぬカノープスは、旅の仲間となった相方に疑問をぶつけていた。
「そりゃあ、ねえ〜あんた。そりゃああれよ、あれ……」
「……なんだ……早く言え……」
もったいぶるミュウルに、苛立ちを滲ませるカノープス。見る人が見れば、彼の喜怒哀楽は表情で判別できるらしいが、傍目には声のトーンも変わらず、仏頂面を浮かべているようにしか映らない。
「もう! 言わせないでよ、そんなこと! 照れてしまいますわ! カノープス様!」
その芝居がかった口調は、先ほど人間、オリシアの真似であることは一目瞭然だった。
カノープスは大きなため息を吐き、一言「……寝る……」と静かに発し目を閉じる。
「ああ! ウソウソ! ごめんって! あんた寝たらなかなか起きないんだから! それまでミュウちゃんをひとりにする気? ひとり寂しく旅をさせる気? 起きろ〜カノ君! 夢から覚めろ! 夢に逃げるなぁ〜!」
器用に寝ながら歩行するカノープスの背に、ミュウルの小さな拳がポコポコと小気味よく叩きつけられる。
「しょうがねぇ。ああしょうがねぇ。言ってやるよ。カノ君……真っ先にあなたの元にきた理由をね、そんなに聞きたいと言うならば、ね」
「それは……当然! 私ばっかり不幸な目に遭うなんて不公平だと思ったからです!!」
「1秒でも早く! あなたを道連れにしてやろうと思ったからです!! 以上!!」
片手を高々と上げて宣誓するように、本心を語るミュウル。その清々しいまでの開き直った姿に、カノープスは喉まで出かかっていた苦言を引っ込める。その流し目には、呆れを通り越した、一種の感心に似た光が宿っていた。
「……はぁ~……変わらないなミュウル……その騒がしい所は……懐かしささえ覚える……」
「何その目? 言っとくけど、死にかけたんだからね私。危うく食われかけたんだからね? 少なくともあなたが同じ目に遭わなきゃ公平とは言えないでしょ」
「……なんでお前の不幸を共有しなきゃいけないんだよ……」
実に千年いくばくかぶりの再会となる2人だが、まるで昨日別れた友のように親しげなやりとりであった。
要因としては、エルフの寿命が果てしなく長いこと、幼い頃から共に過ごした長い年月が挙げられる。
「……で……これからどこに向かう……もう決めてるのか?」
「知らなーい。カノ君が考えて」
カノープスは思考を巡らせた。ミュウルの上司。面識はないが、このルトン大陸でも“ディエゴ“に次ぐ有力者“シロナ“が、ミュウルに託した任務の内容について。
「……まぁ……お前の話だと……俺たちエルフの中に……限りなく黒に近い人物が……複数人いるとみていいだろうな……」
「……怪物の話……そしてエルフの情報網でも追えない変死体の件……これらは全て……やがて来る本震の前兆だと捉えるべきだろう……自然の域を超えたなにかが……各地で余震とでも呼ぶべき事件を起こし……暗躍している……そう考えるのが妥当だと俺は判断した……」
「……ただ不思議なのは……身内に裏切り者がいるかもしれないのに……長老様や大都市を治めるエルフ方々が……協力的とは言い難い態度なことだ……少し……邪推をしたくなってしまうよ……」
眠そうな眼に反して、要点を的確に捉える彼の思考は冴え渡っていた。
「んん〜? そうかな? シロナ先輩もそうだけど、みんな長老様だよりなところがあるから、長老様の号令がなきゃやる気出ないだけなんじゃない? シロナ先輩も今回の件、長老様はあんまりいい顔はしてくれなかった、って言ってたから。まっ、神具は気前よく別報酬としてくれたんだけどね〜」
「……身内を疑う行為を良しとしなかっただけ……ともとれるか……最初から総力を挙げて事にあたっていれば……被害は最小限で済んだ……なんてことにならなければいいがな……」
「……ところでミュウル……神具の別報酬とはなんだ……そんな話……さっきは言ってなかっただろ……もしかしてその指輪がそうなのか……」
話の最中に、ちらりと目に入っていた橙色の指輪を指さしカノープスは言った。ミュウルは少しバツが悪そうに「そうだけど……なに?」と指輪を隠して答える。
「……俺の分は……」
「ないよ」
当たり前だと言わんばかりに即答するミュウル。
神具の別報酬は、シロナが引きこもりのミュウルを外に出そうと考案した策であって、調査の報酬とは別払いであった。調査の協力者には任務後、好きな神具をひとつ選べる褒美があるとは、一応カノープスには伝えている。
「……そうか……寿命を縮める神具などがあれば欲しかったが……残念だ……」
「……それに……その指輪……ってきりお前の神具が具象化に成功したものだと……内心祝福していたのに……早とちりだったか……」
「ぐぐっ、勝手に決めつけないでよ! なに? 嫉妬? 羨ましいの? 神具が貰えないからって!」
むっとしたように下唇を突き出すと、その厚みで上唇が押し上がる。眉間にも力がこもり、不満げに目尻が下がった。相変わらず表情の豊かな奴だと、カノープスは感慨深く思った。
人の子が学業を経て大人へとなるように、エルフにも一人前と認められるための学業が存在する。
ミュウルは、卒業まで神具を具象化できなかった唯一の生徒で、その事実は彼女の心に深く、コンプレックスとして刻まれている。それを突かれれば、態度が悪くなってしまうのも仕方がないことだった。
「……なら見せてみろ……もうひとつのお前の神具を……2つあるはずだろう?」
「ぐぐぐ! こっ、ここにはない!」
それみろ、っと自説の正しさが証明された愉悦で、カノープスの口元が僅かに緩む。負けじとミュウルは「あっ、預けてるだけだから! にっ、人間の子に! ほんとほんと!」っと事実にほんのり嘘を混ぜた、たちの悪い言い訳を口にした。
「……怪しいな……人は神具を使えない……預ける意味がないだろう……」
「常時発動型の能力だから、その点は大丈夫なの! それにちょっと応援したくなるような子だったから預けただけ! 嘘じゃないよ」
っと、またしてもバレにくい嘘を連ねる。速やかに話題を変えようとミュウルの頭は著しく活性化した。
「とっ、ところでカノ君! 里のみんなには説明しなくて大丈夫だったの? しばらく帰って来れなくなるって知ってるの、オリシアだけだよね」
「……ああ……大丈夫だ……夢で詳細は伝える……それに俺の神具の一部を里に置いてきた……抜かりはないよ……」
「カノ君の神具……確か睡眠……なんだっけ?」
「……睡晶……だ……俺の過剰分の睡眠を……結晶化してくれる神具……」
そうそうそれ! とミュウルは畳み掛けるように頷き「見せて見せて」と完全に話題を変えることに成功する。
カノープスは言われるがまま、首元のネックレスについた、雫の形を模した結晶をミュウルに見せた。
「あれ? なんか前見た時よりでかくなってない? 気のせい?」
「……そりゃあ年月をかければかけるほど……睡晶には俺の過剰分の力が……募っていくからな……」
カノープスの神具。”睡晶”とは元となるごく小さな核に、彼が媒体とする睡眠の力が、長い年月をかけて結合し、形作られていく結晶のことである。
大きさは親指ほど。雫の形を模したその結晶を覗き込むように目に近づけると、その中には、まるで夢の世界のような神秘的な光景が広がっているのだとか。
「……ミュウル……お前にも結晶の一部を分けてやっただろう……タンスにでも眠ってるなら返してほしいが……」
「使ったよ! ちゃんと! 使わせてもらいました! ありがとね! おかげで毎日退屈せずにすんだよ。ただ60年前ぐらいに結晶がなくなっちゃって、好きな夢を見れなくなっちゃったけどね」
睡晶には、望む夢を自在に見ることができる効力があった。ミュウルは引きこもりの年月を、睡晶を使い自堕落な生活を送っていたのだが、60前年に睡晶が効力を失ってしまい、それからは退屈な日々を過ごしていた。
「カノ君……あのオリシアって子、絶対に不幸にさせちゃだめだからね。人の子なんて、すぐ死んじゃうんだからさ」
ミュウルの脳裏には、恩人の姿が蘇っていた。退屈だった60年を、献身的に支え続けてくれた人間。不思議そうに自分を見上げていた幼い日のマリア。恋の相談で一緒に笑い合った、少女の頃のマリア。いつだって彼女は遊び相手になってくれて、優しく微笑んでくれた。
仕事に疲れ、人に疲れ、疲弊しきったその心を、救ってくれたマリアの面影と、オリシアの姿がふと重なったゆえの発言だった。
「……そうだな……気をつけるよ……」
ミュウルの目に涙が溜まるのに気づき、カノープスはあえて短く言葉を返した。
「それにカノ君はさ、せっかくいっぱいいっぱい生きれるんだからさ。寿命を減らしたいなんて、悲しいこと言わないでよ……きっとその長い寿命にだって……大きな意味があるんだからさ……」
「カノ君が死んじゃったら……寂しいよ……私」
カノープスは思う。「……見ない内に大人びたな……ミュウル……」と言葉を優しく返しながらも。
お前が慈しむように思い出す人物のように、いずれ俺も、ありとあらゆる命を見送ることになるんだぞと。お前だって例外じゃない。今この世界にある命も、俺が死ぬ頃には跡形もないんだ。
そんな永い生に、一体なんの意味がある? あるとすれば、それは消失だ。失ったものを数える機会が、他者の何百倍も多いというだけの、な。
だから、この寿命を縮めたいという思いは、変わりようがないんだよ……ミュウル。
「ふふふ……今はそれでいいよ……カノ君。じゃ、急ごっか? ちょっとしんみりしちゃったし? 走って吹っ切ろう! 悲しい気持ちはね!」
「……おいミュウル……」
彼の憂いを見透かすように明るい声でそう言うと、ミュウルはくるりと背を向けて唐突に駆け出した。虚を突かれたカノープスだったが、その瞳には、在りし日のミュウルが映し出されていた。懐かしい記憶、共に家の庭で駆け回った子供の頃のミュウルの背中だった。
「……お前は目的地知らないだろ……俺が先行する……」
「あはは! そう来なくっちゃ!」
こうして、幼馴染の二人はまた同じ時を歩み始める。彼らの、分厚い命の物語の1ページに、新たな一行を書き加えながら。
やがて2人は、カノープスの領地から最も近いエルフが治める、人口3000人ほどの小さな街へ到着した。
この街を訪れた人間は皆、目を輝かせて「とんでもない街だった」と語るその理由を、ミュウルは今まさに、あんぐりと口を開けて理解しようとしているところだった。
「なに? この街!! どいつもこいつも! おじいちゃんやおばあちゃんにいたるまで、いやいや、子供まで!? ムッキムキしかいないんですけど!!」
そう。ここは住人すべてが、体脂肪率10パーセントを切るという脅威の肉体を持つ、筋肉の聖地デルトラ。朝のランニングに始まり、昼食は高タンパク食、夜は重量級のトレーニングを欠かさないのが、この街の常識であった。
「……この街を統べるエルフの名は、ビルト・レンクル。重さを媒体とするエルフだ……面識はない……」
道行く町民たちの、黒光りする筋肉にミュウルが圧倒されていると、子供離れした体格の少年少女たちが無邪気に声をかけてきた。
「わ〜! お姉ちゃんたち外の人だよね!」
「めっちゃガリガリじゃん!」
「こら! そんなこと言わない! 筋肉のない人は可哀想な人なんだから! 優しくしなきゃだめだよ!」
「ちぇー、ごめんなさーい」
「あっ、よければ私たちと遊びませんか? この後みんなで20キロのダンベルを三頭筋に効かせるお遊びをするんですけど」
「ええ〜、こいつらも混ぜんのかよ! 持てっこないよ20キロなんて、こんなガリガリぃ〜!」
「ああ、またガリガリって言った! ううんもう! 待てぇ〜!」
追いかけっこという名の競争を始めた少年少女は、見事なスプリントであっという間に遠くへ走り去っていく。残された友人に、引きつった笑みで断りを入れた後、ミュウルとカノープスは互いに顔を見合わせた。
言葉を交わすまでもなく、二人の視線は同じ問いを投げかけていた。「どーするよこれ……」と。
最初の調査任務、その幕開けであった。




