ガウの近況 そして……
誤字直しましたm(_ _)m(2回目)
暇だなぁ。圧倒的に暇だ。
だーれもいない宿泊施設でひとり黙々と絵を描いていた。
暇すぎて死んじまいそうだから、脳みそのシワに、暇という文字が刻まれてしまいそうだから、今は無理にでも手を動かしている。
「はぁ〜……やっぱ俺って絵の才能ねぇわ。絵って1番才能に左右される芸術だよな。こればっかりは、いつまで経っても上手くなれる気がしねぇ……」
被写体をルル・ロマリエにした理由を考えていた。先日の事件、まぁ事件になる前にモッコたちが解決したそうだが、その直中で、モッコが大事にしていたあの人形が、魂芸術品だったと判明したからか? ミミゼラブルの面々は各自その話題で持ちきりで、外から何度もモッコを褒め称える会話が耳に入るぐらいだった。
真っ先にミミゼラブルから逃げ出そうとしたくせに。
モッコへの賞賛が聞こえるたびに、醜い反抗心が湧いた。やはり被写体をルル・ロマリエに選んだのは、腹の奥底で疼き悶える獣へ餌をやりたくなったからか。ただ俺はこの哀れな獣に、ろくな餌をやれたためしがなかった。今だって、なんの面白みもない技量不足な絵を見て、不味いと、口に合わないと吐き出してしまっている。骨と皮がくっつくぐらい痩せ細っているというのに……目を合わせられなかった。
また俺を騙したのか。そう、言われそうな気がして。
「こんなことやってる場合じゃねぇか。なにやってんだろ俺……」
近況の整理でもしようか。体力が落ちてしまうのは仕方ないが、思考能力まで落ちてしまうのはよろしくない。あいつらは朝から晩まで訓練続きだから、新しい情報はないが、しないよりはマシだろう。
まず俺の右足の骨を折った張本人、ゴラッソとディブタについて。奴らはさっそく覗き騒ぎを起こす事件を起こした。その愚行に対し、どんな咎めがあるかと思えば、エスタの野郎は大した処罰を下さなかったそうだ。気に食わなければお前らで何とかしろ、と冷たく言い放ったらしい。背に奴隷と入れ墨を彫られたメンバーたちが、自身が受けた被害のことを報告してもそれは変わらかった。このことを話していた時、スタッドさんは渋い顔をしていたが、結局はなにも言わず黙ったまま。異論はない、ということか? 元部下なら叱ってやってもよさそうなのに。
次にモッコだ。今やすっかり有名人になっている。時々訓練に参加するルル・ロマリエと、談笑ができたと本人が嬉しそう語っていたな。実際に見たわけじゃないからわからないけど、モッコが身体を張って守ってくれたことはルル・ロマリエ本人も知っているはず、魂芸術品を作れるほどの芸術家が身を呈してまで守ってくれたんだ、さぞ良い印象が残ってることだろう。笑い合う関係どころか、もっと親密な関係になってもおかしくはなかった。考えすぎか? 所詮はファンとその偶像。別の世界で生きる生物と考えたほうが自然か。
次にマク。マクはナイトにベッタリでどこに行くにしろナイトの後をついて回っていた。俺もそれなりに打ち解けたつもりだが、どう見てもナイトを特別視している。まぁ、ナイトに1番懐いたということかな。なんだか自分のペットが他人に凄く懐いてしまったようで、絶妙に悔しかった。小動物味があるんだマクには、普段大人しいし、こじんまりとしてるから。あれにもう横槍を入れるのは不可能だろう。まぁ別にいいんだけれども。
そしてナイト。俺は、あいつの事をどう思っているんだろうな。最初会った時は冴えないけどいい奴、ぐらいの印象だった。でも、このミミゼラブルを通して、俺はあいつに畏怖の念を抱くようになった。それは苦手意識と言ってもいいかもしれない。
追い抜かれる、いずれ、そんな確信があった。置いていかないでって、例えば俺が捨てられたチョラビみてぇな目でナイトを見つめたとしても、あいつは見向きもせず俺を置いて走り去っていくだろう。あくまで例えだが、そんな目的へと淡々と向かう、できる側の人間の冷酷さをあいつから感じていた。
現にナイトが1番エスタの野郎の無理難題に食らいついているとバニングが褒めていたし。本人はそれを否定していたが、それが謙遜なのは端から見ても一目瞭然だった。毎日ヘロヘロなんだ。顔が一番死んでる。ここに来るまでの道中、ナイトに走りで抜かされそうになったことがあったけど、今もしあれを再現したら、どうなるかと考えてしまう。ナイトのみならず、もうみんなに追い抜かされてしまうのではないだろうか。今だって俺がこうして考え事をしてる間にも、差はどんどん迫っているんだ。
思考がだいぶ後ろ向きになっている。久しぶりの感覚だった。この胸の中を何千匹もの芋虫が這うような倦怠感。父さんにまだ成功の期待を寄せられていた時以来の憂鬱だ。
「……外に出るか。新鮮な空気が吸いてぇ」
与えられた個室。道具が一式揃っていたから描いただけの絵を流し見て、俺はいったん外へと出る。
何人かが宿の前で倒れていた。ぶっ通しで絵を描いていたので時間感覚が狂っていたようだ。今は早朝に行われる長躯の最中だったか。
白目を向いて倒れている者、死にもの狂いでふらふらと歩を進める者、呼吸を荒らげながら素早く走り去って行く者。人それぞれの努力の有り様が見てとれた。
みんな必死に先に進んでる。現状を変えようと。
「俺だって何もやってないわけじゃないんだよ」
長躯の走路から少し外れた森の中、一応毎日鍛錬はここでこなしていた。右足以外なら動かすことができるから。
「ふぅ~。こんなもんか」
こんなものでいいわけがない。わかってる。そんなこと。さっきの奴らが浮かべていた表情。あれは自身の限界を絞り出す、鬼気迫るものだった。俺もあれを浮かべなくちゃならないんだ。わかってる。こんないい汗をかいたなんて涼し気な顔をしてる場合じゃないってこと。わかってる。
「まだまだ、もっともっと追い込まねぇとな。体力なら俺が1番有り余ってるんだから。その俺がこんなところで終わっててどうするよ」
考えとは裏腹に、俺の身体はそれ以上動いてくれなかった。森の静けさが嫌に鼓膜に響く。
多才だと褒められるようになったのはいつの頃だったか、嫌味に聞こえていたその賛辞が、心地のいいものに変わったのはいつの頃だったか。俺だけは知っている。その歩みになんの誇りもなかったことを。
才能がなかったことを心が壊れるまでやらされた半生だった。父さんが俺という愚息に期待を寄せなくなったのは20歳の時、思えばその時から俺の人生は始まった気がする。
大げさに言うと、俺は20歳でこの世に生まれたんだ。
好きなことをやった。やりたいことをやりまくった。片っ端から。呪縛から解き放たれたみたいに。
それなりにしんどい毎日だったけど。俺は着実に自我というものを獲得していった。腹の底から笑えるようになった。努力したことはどれも実を結ばなかったけど、それでもよかった。
俺は俺らしくあれればいい。才能のないことなんて、無理をしてまでやる必要はない。楽しい範囲で頑張ればいい。じゃないと、せっかく獲得した自己ってやつがひん曲がっちまう。何でも気さくに笑顔を作って苦境を乗り越える、そんな人間像を想像して作り上げた人格が、変わっちまう。
だから、これ以上の努力は……できない、嫌いになるから。笑顔ひとつ浮かべることができなかった俺に、また戻ってしまうから。
父さんや母さん、兄弟たちの死人のような無の表情が頭をよぎる。俺は嫌いなんだあの人たちが、どんな素晴らしい芸術家であっても。俺は今の自分が好きなんだ、どんな下らない芸術を生み出そうとも。
「笑わなくなったら。俺は今より強くなれるのかな」
目的や手段に感情などいらない。父さんに散々言われたことが今の自分の状況と重なる。
「正論だ。それは。言われたことを何も考えずにやってりゃいい。そうすりゃだいたいのことは何とかなる」
「でも……笑いたいんだよ。俺は」
遅すぎたのかもしれない。生まれるのが。大抵の人間は、20歳になる頃には自分が生涯を捧げるべき芸術に出会っている。
俺が無駄なことをやらされ続けている間に、既にその才を開花させている。出来レース甚だしい。
「今思えば、俺が引くお宝くじには、当たりってやつが入ってなかったのかもな」
引くべきくじに当たりが入ってなけりゃ、当たりを引くことなんて当然できない。俺がミミゼラブルに来る前に引いたお宝くじのような公平な抽選なんて人生にはなくて、世界は、自分が引くくじの中に、当たりが入ってる奴と入ってない奴で構築されているに違いなかった。
努力によって1等や2等を引ける確率が上がるのはわかっている。ただそれは、幸運にもくじの中に当たりが入った奴らの話し。俺のような外れがそいつらに混じって、結果の分かりきった競争をさせられ、勝手に優劣を決められるのが、そもそもおかしな話しだったんじゃないのか。
合わせる必要はない。今まで通り俺は俺の価値観で生きてりゃいい。努力は楽しい範囲でやめちまえばいい。どんだけバカにされたって、当たりが入ってた奴らに俺の苦しみなんてわかるわけないんだから。結局モッコだって才能に恵まれた人間のひとりだろ。当たりが入ってた奴が後々に認められただけだ。根性の差じゃないんだよ。精神性の話じゃないんだ。だってあいつは真っ先にミミゼラブルを逃げ出そうとした奴なんだから。
「当たりの入ってない奴の努力が報われることなんてない。それが答えだろ神様。いや、この場合はディエゴ様になるのかな。まぁ、どっちでもいいや」
「どうせ逃げ出すんだしな」
そう。薄々悟ってはいた。俺がまた目の前の壁から逃げ出してしまうことを。でも、自分を守るためだ、これは仕方ないことなんだ。
あいつらになんて言おうかな。いや、別にいいか、一言もなく山を下りれば。知り合ったばっかの他人だ所詮。
でも、どこに行けばいいんだろう。もう俺に帰る場所なんてないのに。いっそミミゼラブルを出て世界を回ろうかな。
惨めなんかじゃない。惨めなんかじゃ。俺だけが自分をわかってやればいい。
自分にしかわからない苦しみってやつを。
それから2週間が経った。怪我が治らないと逃げることもできないから。治療に専念していた。
そして怪我が完治した当日、朝の長躯にさっそく参加することになった。ナイトたちの期待に満ちた目うざかった、今日の夜に逃げ出すってのに。
案の定結果は最下位。みんな俺より成長してやがった。別にいいんだ。笑いたきゃ笑えよ。顔を突き合わすのなんてこれが最後なんだから。
その日の夜、荷物をまとめて俺は宿を出た。満月の綺麗な夜だった。
「あばよ。ミミゼラブル。俺の最後の愚かな希望」




