出会いの記憶
僕から生まれる芸術は等しくゴミだった。
いや、ゴミに失礼か……ゴミには最低限、誰かに必要とされた誉れ高い経緯がある。
わかっている。別に自分だけが特別見向きもされないわけじゃないってこと。よくある話だ。ゴミの定義すら満たせず消える作品が、この世界にはごまんとあるって。
ましてや、この僕から生まれた芸術品である。
いつからか感情というものを作品に込められなくなっていた。自覚してしまったんだ。嫌というほどに。
僕の無数に枝分かれていく人生の、その全てに、輝かしい未来へと続く道のりなんて存在しないってことを。走っても歩いても結果は変わらない、どれを選んだところで、なにも変えられないと。
ただ、ここは芸術の街、サングリア。自分の色を持たぬからといって、芸術から逃げ出すことはできない。
だから僕は、親の言うまま自分の作品を露店に並べ、いつまでもゴミにすら成れないそれを、屍のように眺める毎日を過ごしていた。
露店はあまり人の通らない路地裏で開く。大通りなどは、ある程度実績のある芸術家しか開くことが許されないから。僕の露店を開ける場所は、その中でも特に人通りが少ない場所だった。静かでいいじゃないか、そんな誇りの欠片もないことを思っていた日々の最中。
天使が空から舞い降りてきたのか? と、反射的に顔をあげてしまうぐらい、澄み切った旋律がどこからか聞こえてきた。対象は空にいなかったので、周りを見渡すが、路地裏にはいつもの辛気臭い顔ぶれしかいない。
誰かの歌声だと気づくにはそれほど時間を要さなかった。所々で粗が目立つあまり洗礼されていない歌声だったから。でも……なんでか……不思議と心に染みる声だった。
歌声が聴こえる日は、時間がすぐに経過する。どこの誰だろう、暇な頭で考えてしまう。推測するに新人か。ここいらは落ちぶれた奴か、駆け出しの奴しかいないから。
綺麗な声だ。いいものを持っている。ただ、芸術と呼ぶには圧倒的に技量ってやつが足りなかった。壁にぶち当たるだろうな。いずれ僕みたいに、いや、僕たちみたいに。可愛そうだと思った。楽しいのなんて今だけ。時間が経てば現実ってやつを知って、自分になんの期待もしなくなるんだ。
切ない気持ちがせり上がってきて、のどがきゅっと締まった。青空を夢見て羽ばたいた鳥は、空を飛ぶことなく地へと落ちる。自分には翼なんて生えてやしなかったと、空を飛ぶ鳥たちを見て、世界を嫌いになって。せめて若人たちには、人生ってものを楽しんでほしいから、絶望なんてしてほしくないから、僕は苦しいよ。この歌声も、いずれは呪いの言葉に変わってしまうなんて。
ただ、彼女は、僕の想像通りにはならなかった。
大通りから来たと思われる通行人たちが、足早に僕の目の前を通り過ぎていく。はじめての経験だった。ここに露店を構えて。
とんでもない子がいるぞ。そう、まくし立てて、またひとり、またひとりと、立派な大人たちが、子供のように無邪気に駆けていった。
後悔した。歌声が聞こえていた時、足は動こうとはしていたんだ。声の主を探そうとしていた、でも、しなかった。それを後悔した。
僕が最初に君を、見つけられたかも知れなかったのに。
僕が君を見つけた時、君はもうすでに人だかりに囲まれていた。
人混みをかき分けて、初めて君を目にした衝撃をたぶん生涯忘れないだろう。
完成された芸術が目の前にいる。呼吸をして瞬きをしている。奇跡だと思った。明らかに違う、明度が、彼女の周りだけ他と比べて、なにか常にぼやけて光っているように見えて、どんな背景が背に映っても、それを押しのけて存在を主張してくる。前に何人の人がはばかろうとも関係ない、1番近くに立っているように錯覚させる。距離感を狂わせる。
彼女の名前は、ルル・ロマリエ。あの頃は、真っピンクなストレートヘアーをしていたな。歳は後から知ったが17歳らしい。ほんとかは知らない。
僕の作品は粘土造形が主体だった。それを軸とし、他の芸術も学ぶ。だからこそ、多角的に彼女の外見の特別性が理解できる。
目、鼻、口、眉、輪郭、から顔の醜美は決まる。例えば、美しい女性を描く時は、なるべくそのパーツを、目なら大きく、鼻なら小さく、口ならぷっくり、など、なるべく女性らしい丸みを考えて形作っていく。
美人ってのは、だいたいパーツの比率が似かようから、確かに美しい人は美しいが、僕はどっちかというと個性的なパーツを持っている人の方が好きだった。そんな趣向を持った僕が、まぁ見事に魅了された。
彼女の美しさを表現するのは難しい。近所で1番の美人だよと言われればそうだし、学校で1番の美人だよと言われれば納得する。街で1番の美人と言われても疑わないし、国で1番の美人にあげられていても、なにもおかしいとは感じない。
絶妙なんだ。彼女の外見には完璧なパーツが各種備わっているが、どこか親近感が湧くようなギミックがあった。通常ならその完璧は、優劣に苦しむ者を冷たく突き放すような棘があるが、彼女にはそれがない、むしろ包み込んでくれるような優しさがあった。
まぁ伝えてくるんだ。感情というものを。伝えることができる。たかだか外見だけで、高い純度を保ちながら。
彼女が楽しそうに笑うだけで、僕の悩みなんて最初からなかったみたいに、楽しい気持ちにさせられた。
魔が差した。僕の芸術で彼女を表現してみたくなった。制作期間中、久々の感覚が訪れる。空を飛べると信じて疑わなかった、あの頃の感性が蘇る。
そうしてできた作品たちは、面白いように売れていった。手軽なものから、持ち運びが大変な大きなものまで。僕は大通りで露店を開くことを許され、芸術家としての軌道に乗った。
思えば僕は無色透明だったのだろう。僕から生まれたものには、色がついていなかった。だから売れなかった。
君の強烈な色彩は、そんな僕の作品に色をくれた。生きることがほんとに楽しくなった。前より笑えるようになったし、確実に売れていく作品を見て優越に浸れたりもした。芸術家にとって作品が売れることが1番の喜びだと知った。
僕は、君の素晴らしさを伝える芸術を志すよ。それが僕の役目だ。
君の輝きはそう、少なくとも僕のような燻ってる人間を救う光になると思うから。




