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弔いの旅路  作者: クジラ
新章 成長期というのもの
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湯! 極楽至高の湯!

 ガウが怪我をしてしまった。棍棒を手に取り戦っていたのは俺も同じなのに、自分には傷ひとつなく、それがどうにも恥ずかしいことように思えて仕方なかった。


 ふらふらと後手に回るばかりの足取り、機転を利かしたつもりが、武器を相手に渡してしまった短慮な行動、助けたマクには感謝されたけど、その武器でガウが大怪我を負ってしまったのなら、他にもっとやりようがあったのだと思う。


 どこかなんでもできる気になっていた。ミミゼラブルへの意気込みがそうさせたのか。俺だってある程度は戦えるだろうって。


 根拠のない自信で構築された負けん気は、想像とはかけ離れた有り様により粉々に砕け散った。


 ガウの痛みに悶える声が耳をつんざき、自責の念が加速する道中、暗い雰囲気漂う気まずさからか、スタッドさんがよく喋ってくれていた。


 色々話をした。サングリアではエルフが治安維持に関与しないため、他の街と違い治安機関が武闘派で構成されると、近衛師団は本来であれば、街の統治者であるディエゴ様の警護が本懐であるが、本人が近寄られることを嫌がるため、自然と街の治安維持を請け負うことになったとか。


 スタッドさんは、その血の気の多い武闘派集団で長年隊長を務めたらしく、ミミゼラブルへは友人の孫娘に危害を加えた者が、もしかするといるかも知れないという理由で参加したそうだ。いなければいないで体力をつける気だったと。


 まぁ唖然と聞いていた、どこか利発的でガタイもよく、人よりもなにか魅力あふれる御仁だと思ってはいたが、まさかそんなにすごい人だったとは。


 スタッドさんは奴らに、罪の償いと報いを課すことに燃えていた。もし自分が返り討ちに遭えば、万が一命を落とすようなことがあれば、エスタに事の詳細を伝えてほしいと、街から近衛師団が来てくれるはずだからと言付けて。


 託されている、この背に。スタッドさんが叫んでいた言葉。街を出る際、老い先短い余生を最後まで走り抜くと言っていた意気込みからして、きっとスタッドさんは、天寿を全うするその時まで、近衛師団隊隊長としての矜持きょうじを胸に抱きながら生きることを誓っているのだろう。引退しても捨てない誇り、緩めない足取り、その魂は尊敬の域にあり、なお輝きを増しつづけていると思った。


 同じことができるか? 想像するだけで胸が苦しい。頑張りというものを何年続けた先の話なんだ。心に思うことは誰にだってできる。でも、実行となるとそうはいかない。どんな困難も跳ね除ける……そう、熱がいる。他人よりも上げなきゃいけない情熱、ミミゼラブルに参加してる多くの人間ができなかったことがスタッドさんにはできる。いや、やってきたんだ。そしてその熱を墓場にまで持っていこうともしてる。


 俺がぼんやり描いていた、人生というものはこう生きれたらいいな、という願望。その体現者が目の前にいる。


 そう理解してから俺はスタッドさんの一挙手一投足を注視するようになった。今までどおり普通に接してくれと笑っていたが、気にしない。成長したいと望むなら学びは必須だから。


「ああ〜だりぃ〜。なんで俺たちが掃除なんてしなきゃいけねぇんだよ」


「ほんとにな! しかも無駄にでかいんだよこの施設! いったいなにに使う気でこんな所に建てたんだ? 綺麗にする身にもなってくれよ」


 同じ参加者の会話が聞こえてた。今はみんなと離れ、各自持ち場の掃除についている。俺が担当しているのは、木造りでできている宿屋に似た形状の建物、内装も宿泊施設のようで、おそらく俺たちが泊まる場所だろう。


 お宝くじで出遅れていたのにも関わらず、わりかし早くついたようで、まだまだ掃除をする場所があるそうだった。喜ばしいんだか……嘆かわしいんだか……。


 久しぶりに会った気がするエスタ教官は、前より怖い印象がなかった。楽しげにスタッドさんと談笑している姿を見たからだろうか。なんでも元教え子だそうで。それにしてもエスタ教官、あんな歯をむき出しにして笑うんだな。意外な一面かもしれない。


 それから、エスタ教官が俺たちに伝えた予定。とりあえず3カ月は体力向上の訓練が続くそうだ。今だって掃除の時間をすぐに切り上げ、この後の走り込みに入るところであった。まぁ望むところではある。


「ああ〜ナイト! こっちこっち〜!」


「どっと疲れましたね。僕の掃除場所は施設の横にある露天風呂でしたよ。ぬるぬるすべるすべる。ほんと勘弁してほしかったですよ」


「う~む、どうやらここにいる人数が現時点で山頂にたどり着いた者たちのようじゃのう。まだまだ数が少ないようじゃ」


 50人ほどが施設前に集まっていた。そこに俺を呼ぶガウを除いたメンバーが固まっていたので合流する。もうメンバーは自由にしていいそうだけど、せっかく生まれた縁だ。大事にしていかないと。


「それだけ早く来れた証拠なんじゃないですか? 途中でククポに乗ったとはいえ」


「おっ! いいことを言いますねナイト! 確かに僕たちの頑張りはすごかったからですね! ふふん! 鼻が高いです!」


「そういえばククポはどこに行っとるんじゃ? 姿が見えないが」


「ああ、そっ、それなら森の方に走って行っちゃったよ。ボク見てたから」


「そうか、ガウやワシらを運んでくれたお礼がしたかったが、仕方がないの」


 ガウは施設の中の一室で休んでいる。エスタ教官が言うには、エルフの治療薬をもってしても完治に1カ月かかってしまうそうで、しばらくの不参加は避けられないとのことだった。それを聞かされたガウの表情は暗いものだったが、1日の終わりにみんなで会いに行く約束をしている。今まで明るくみんなを引っ張ってくれたんだ、辛い時は当然俺たちで支えてやらないとな。早くまた競い合いたいよガウ。絶対元気になってくれ。みんな待ってるから。


「ああ〜諸君!! よく集まってくれた!! えー今日もまた日課である長躯を行うぞ!! 例のごとく、私に最後まで付いてくることができた上位数名は、1日の終わりに、ノーダス山名物! 極楽露天風呂に入浴する許可を与える!! 疲れなんてぶっ飛ぶ至高の足元湧出(あしもとゆうしゅつ)だ! 是非励みたまえ!」


「足元湧出? なんだそれ」


「湯船が岩や砂利の隙間などから湧いてくる天然温泉のことじゃよ。湯船にも鮮度というものがあってのう。空気に触れることなく、新鮮な湯がポコポコと湧き続けるノーダス山の源泉は、それはもう魂にまで染み渡る至高の1品なんじゃ。人生のうちで1回は経験したほうがいい価値があると言っても過言ではない。水を沸かしただけの湯とは比べ物にならんぞ」


 とスタッドさんが興奮気味に言う。


 でも入れるのは上位数名だけなのだろう? ううっ、ならわりかし遠い未来の話じゃないか。ううっ。後半らへんには入れるようになってるだろうか。


「では、私の後をついてこい!! 森の中も走るが、大回りで同じところ走るだけだから安心しろ! 道に迷えばその場で留まれ! 私が翌朝にでも見つけてやる! さぁ始めるぞ!」


 ガウがいれば、全員入浴させろよ! とでも言いそうだと思った。始まってしまった長躯。俺は最後まで走り切る事ができず、3周目で倒れる結果に終わった。ちなみに教官は10周をぶっちぎりで走り抜いたそうだ。これを毎日やると聞いた時は思わず涙が出た。1年どころか1週間後の自分の安否すら想像できない。生きてるよな俺。頼むぞほんと。


 そして各自また掃除の時間に戻り、しばらくして。また施設の前で集められる。


「今日も走り切る事ができる奴は現れずだ。なんと情けない。また私だけの貸し切りだな」


 誰も喋る元気がなかった。もう当たりは暗くなって、夜空には星が輝いている。


「では今日も水汲みを頼むぞ! 私は長く湯に浸かる入浴方法を好む。ようは湯冷ましの水だ。各々桶を持ち、走る際に見えた川から汲んでこい! いいな! これはお前らの罰でもある! サボることは許さん!」


 なんだろう、この気持ち……殺意? 片方数キログラムはある桶を両手に持ち、ただでさえ重い足を無理に動かしてる最中に湧いてきた感情だ。ああ……ああ……くっ、あの野郎め。いつか絶対ぎゃふんと言わせてやるからな。くそ……。


「ご苦労様である諸君! では、そこで私がゆったり湯船に浸かるのを観てるといい。よし、湯の温度はバッチリだな。ふっふっふ」


 風情のある露天風呂に水を注いだ後のこと、やたらに透明度の高い湯船に、エスタ教官が全裸になり入浴する。筋骨隆々の肉体だとかは今は気にならなかった。俺だけじゃない、総勢50名、みな同じ気持ちを抱いているに違いなかった。


「おっ、おほっわぁ〜〜、あ゙あ゙~、沁み……沁み渡るぅ〜、おほぉわぁ〜〜、あ゙あ゙〜最っ高だぁ〜ごれぇ〜。あ゙あ゙〜これがないと1日が終わった気がしないんだよなぁ〜。ふぅ〜う……ぎっもちいぃ〜!」


 肩まで湯船に浸かり、チャポチャポと湯を顔に塗りたくる教官、恍惚の表情を浮かべ、遠くの星空を口をポカーンと開けて眺めるその姿は、姿は……どちゃくそに腹が立つ!! これはこの場にいる者以下同文だ! 間違いなく!!


「あっ、あのー、えっ……エスタ教官様……お願いがあるのですが、ううっ、どうか、どうか私たちも湯船に入れて頂けませんか? もう汗だくで汗だくで気持ち悪くって……」


 誰だ? 誰かが俺たちの心の叫びを代弁してくれている。いいぞ、もっと言ってくれ。


「ふぅ〜……あのな……はぁ~……いいか貴様ら……よく聞けよ」


 発言を囃し立てるように過熱したガヤに、冷水を浴びせるが如くの大きなため息を吐き、エスタ教官は湯船の中で立ち上がる。


「私は人生というものをよく風呂で例える。いいか! 源泉というものは、限られた人間しか入れないものなのだ!」


「この身も心も癒やしてくれる、言うなれば蜜のように甘い愉悦の溜まり。希少かつ上流にしか存在せず、下流にさしかかる頃には様々汚れが加わり薄汚れる」


「言うなればここは上澄みの世界だ。一部の頑張った者だけが浸かれる、努力した者だけが入ることを許される、清き聖域。お前らのような軟弱者は、下流の生活用水で薄汚れたドブ水にでも浸かっているのがお似合いなんだよ!」


「わかったらとっとと辺りの川で身体を洗いにいけ! 洗濯は貴様ら各自でしろよ。衣服はこちらで用意はしているが、別に無理強いさせて着させるものでもないからな」


 虫でも払うように、しっしと手を払う動作で最後は締めくくった。もう俺たちに興味をなくしたのか、自分ひとりの世界に入り込んでいる。


 …………こいつ、頭大丈夫か? …………こいつ頭がおかしい? ……バカ? くっ……到底納得できるもんじゃない。が……しかしだ……逆らう気力も勇気も今は持ち合わせていない。ああ、踵を返す足取りが重い。なんて惨めな……。あんな気持ちの良さそうな風呂を前にしながら、冷水を浴びることしかできないなんて。


「ナイト、マク、モッコ……少し耳を貸してくれ。話したいことがある」


 なんだ? スタッドさん、話って。あなたのお弟子、とんでもないこと言ってますよ。叱らなくていいんですか? あれを後回しにしてまで話したいことなんてあるんですか? 


「おお〜これこれ〜! いやなに、ワシも来たことがない場所じゃないからの。湯船が沸いておる穴場くらい知っておるのだ。まぁちとヌルい湯じゃがな」


 先ほどまでの自分を振り返っていた。肩まで湯船に浸かりながら……ああ……なんで俺はあんなにイライラしていたのだろう……こんなにも世界は素晴らしいのに……ああ……なんて丁度いい湯加減……今日一日の疲れが立ち上る湯けむりと共に消えていくようだ。


「スタッドさん。僕はあなたに会えて本当に良かったです。ええ……こんな極楽を味わえるなんて……」


「もうずっとここにいたいよボク……ううっ……」


「モッコ……マク……激しく同意見……こんなに気持ちのいいものなんてこの世にないよ……この世に……はぁ~……言い過ぎかな……」


 あまりの快感に、途切れ途切れでしか会話が成立しない俺たち一同。でも、それでよかった。だって開いた口が閉じないんだもの。仕方ない仕方ない。


「ガウ……温泉療法というものがあってな。温泉には様々な体に良い成分が含まれているんじゃ。だから……怪我も早く治るぞきっと……そう心配するな」


「……ああ……ありがとう……」


 やっぱりガウの元気がない。明らかに口数が減ってしまっている。なにか思い詰めてるのだろうか。心配だ……とても。


 ああ……だけど、今は……この湯船が何よりも心地よく温かい……脳みそが溶けてゆく……もうなにも考えたくない……。


 湯に顔だけ浮かべるように浸かった。尻にポコポコ当たる湧出? ってのが気持ちよくて、肌に染み渡って……生き返って……。


 ああ〜……極楽〜……極楽〜……なんとも……なんとも……極楽だぁ〜……。

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