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弔いの旅路  作者: クジラ
一章 ヴァンテ村編
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村長としての役目

 村の名はヴァンテと言った。


 僻地(へきち)に分類されるこの村は、近隣の村の人口と比較しても、人が少なく過疎化も進行している。


 連なる山地の奥にあり、都市からも遠く離れ、この村の村長、サング・トーチェは、村の存続のために気苦労の日々を費やしていた。


「村の若い者が3人も減ってしまったのぉ」


 腑の抜けた、ため息混じりの悔み言が、視察中であるオルクの家室に広がった。


「はぁー、全く、なぜこうも上手くいかんのか」


「オルクさんが残ったからそれでいいじゃないですか。まぁ、本音を言えばナイトもいてほしかったですけど」


 トーチェの気の沈みように、心情を察したユーベルが、あまり上手じゃない心配りをみせる。


 ユーベル本人は励ましているつもりでいるようだが、トーチェ当人は責任を負う立場にあるので、ナイトがいてほしかったという言葉は、あまりいい気のするものではなかった。


「民意じゃ、民意。ワシだって若いもんを追い出したくはなかったわい」


 ユーベルは上手く励ませた手応えを感じていたので、予想と違う反応に苦笑いでしか返せない。


 無責任なものだと、その反応をみてトーチェは羨ましく思った。


「ところで、オルクはどうしておるんじゃ? まだ見かけておらんが」


 談話に花が咲き、当初の目的からすっかり離れていた会話を元の流れに戻す。


「オルクさんなら、2階です」


「なんじゃ。家にいるのか、ずいぶんと静かじゃな、もしかして寝ているのか?」


 神妙に首を横にふるユーベルに、眉をしかめるトーチェ。


 ならばなにをしているのか、そんな疑問が当然、思い浮かんだ。


「せっかくここまで来たんじゃ。顔くらい見ときたい。呼んでくれんか?」


「今は、ちょっと」


 ユーベルは言葉を濁す。


 2階からなかなか降りてこない日は、高い確率でオルクに異変が起きている。


「元気な時は全然大丈夫なんですけど。悪い時がね。今はちょっとやめといたほうがいいと思いますよ」


 監視役を任されてから数日後、オルクの異常行動を目撃したユーベルは戦慄する。


 ナイトが村を去ってから、オルクの異常性に、拍車がかかっていた事実を知らないユーベルは、ナイトに対しての、少し大げさなまでの畏敬の念を抱いてしまうくらいには、その場面を見て衝撃を受けていた。


「う~む。そうか。今日はだめかぁ。ならば仕方ないないなぁ。日を改めよう」


「ありがとうございます。で、村長、村の者への視察の話なんですが」


「ああ、みなまで言うな。わかっておる。良好だったと伝えておく」


 トーチェは、どちらかというとユーベル寄りの人物だった。


 村長という立場ゆえ、ローグや村の者の多数意見を尊重したが、本心は違った。


 無論、だからといって、フォード一家を特別扱いすることなどないが。


「あっ、それと村長!」


 年季の入った重たい腰を持ち上げようと、足に力を入れた矢先のこと。


「なんじゃ?」


 トーチェは、ユーベルに煩わしさが伝わらないように心がけ、なるべく自然に返事をする。


「あのー、ひとつお願いがありまして」


「言うてみい」


 話の内容は、この村に流通している種を増やしてほしいというものだった。


 ユーベルの主張は、彼らしく好感が持てるもので、オルクに美味しい料理を食べさせてあげたいという思いからのお願いだった。


 トーチェは考える。


 確かに、この村に流通している種は少ない。


 普及率の1番高い種から下に数えての計5種類が、この村で流通している種である。


 普及率の1番高いスイホウの種は、生命維持に不可欠な水分を補給するもので、食用ではない。


 その下のセンホウの種も、主に衣服などに使う細く丈夫な糸と皮が生成される種で、食用ではない。


 なので、モロホウ、ベツホウ、イモホウ、の種の3種類が、食用の種であったが。


 味はどれも美味いとまでは言えない味に留まっており、確かに、過疎化している人の流出を止める為には、食用の種を増やしたほうがウケがよさそうだが、当然、問題があった。


 このヴァンテ村が、都会からだいぶ離れている地、ということだ。


 人口が多い都市などには必ずエルフが常勤していて、人々の暮らしを管轄しているのだが、問題は、エルフの管轄地域から遠ざかれば遠ざかるほど、大地はその加護を失い、種が種を残せる確率が下がることだ。


 ちなみに、この村に普及している種は、どこでも育つという特性を持っている、いわば、セーフティーネットの役割を持っていて、自給自足のサイクルも、その性質のおかげで成立する。


 だからその性質から外れてしまう他の種は、自給自足サイクルが成立せず、こんな僻地では、使い切りとなってしまう。


 祝い事なんかの日には、珍しい種を取り寄せてもいいのだが、なにせ非効率極まる。


 それに、その行為はフォード一家の特別扱いにもなりうるので、トーチェは乗り気ではなかった。


「う~む。考えておこう。祝いの日なんかには、いいかもなぁ。ただ流通となると、少し厳しいかもなぁ」

 

 正直に話す。小賢しくしらばっくれるより、真剣に向き合ってやったほうが、ユーベルは喜ぶとトーチェは知っている。


 喧嘩っ早く、人相が少し悪いせいで、他人からいい印象を持たれづらいユーベルだが、今回のことをきっかけに、トーチェの中で、ユーベルの評価がずいぶんと上がっていた。


 本音をぶつけることができる、信用に足る人物だと、そう格付けるにいたる。


「そうですか。わかりました」


 話も終わり、ふぅ~、っと一息吐いてから、年代物の足腰に力をありったけこめる。椅子から立ち上がるのにも一苦労、歳はとりたくないものだとトーチェは思った。


「あっ、食いもんといえば!」


「なんじゃ?」


 ユーベルの問いに、今度は煩わしさを隠さずに返事をした。


「ナイトのやつ、種も持たずに出て行っちまったけど、大丈夫なんですかね? 最悪野垂れ死んじまってるなんてこともあるんじゃ」


 今さら助けに向かえるわけでもないのに心配してどうする。っと内心トーチェは思ったが、その話題に関心があったので、会話を広げることにした。


「うーん? 何から話そうかぁ、そうだなぁ」


「結論から言うと、ナイトが嘘をついていなければ生きておる。だな」


「嘘を?」


 聖書の内容は、義務教育の一環として学習する必要がある。


 ただ、学習内容には段階があって、ユーベルのように初期段階で学習を終えた者には、知らないこともたくさんあった。


「神託を受けた英雄ルギオスは、エルフ様のあらゆる加護を得た、と記されている」


「具体的には、森ならば、森の動物や植物たちから、草原なら風や鳥たちから、海ならば、水や海の生物から、協力を得ることができたと」


「まぁ、にわかには信じがたい話しだが」


 聖書は65冊にも及ぶ分厚い書物であり、全てを網羅するには長い年月を要する。


 トーチェは勤勉で、段階でいえば、中級、これは、エルフの近辺で働くことが許される程度で、上級ともなれば、お側仕えが許される。人間にとってそれは、最高に栄誉なことであった。


「ナイトの奴、また葬儀をやり直したいって言ってたじゃないですか」


「俺ずっとあの葬儀での立ち回りを後悔してて、あいつがやり直したいって言ってくれた時、心が洗われたような気がしたんです。また、やってもいいんだって」


「だから、生きててほしいんです。嘘なんかじゃあってほしくないんです。たとえそれが、信じがたい言動であったとしても」


 そう、後悔。ユーベルもまた、3ヶ月前のあの時から今日まで苦しんでいたうちのひとりだ。


 もがき苦しみ抜いて、その懺悔から、オルクを精一杯守ろうとする強い意思が生まれた。


「信じよう。せめて、ワシら2人は」


「ナイトのやつをな」


 涙混じりのユーベルが勢いよく頷いた。全ては不幸ごとから始まった怨嗟の縺れ(もつ)、その回帰が幸福であるようにと、今は祈ることしかできない。


 そうトーチェが結論づけようとした時、一抹の不安がよぎった。ナイトが受けたという神託の内容だ。


「そういえば、砂漠に行けと、ナイトは夢で言われたと聞いたな」


「さばくってなんですか?」


「エルフ様の力が全く及ばない、砂で覆われた地帯のことじゃ」


「ええっ、そんな場所があるんですか? 知らなかったです」


 僻地のこの村からは割と近くにある場所なのだがと、トーチェ思ったが、他のカジノだのチップだのわからない言葉があったので、あまり掘り下げなかった。


「それにしても砂漠に行けだなんてなぁ」


 死にに行けと言われていると同じじゃないのか。もし神託が本当であるなら、エルフ様はいったいナイトになにをやらせるつもりなのか。


「なにかまずいんですか?」


「いや、なんでもない」


 トーチェは、今度こそ立ち上がろうと腰に力を入れる。


「あっ、もうお帰りで?」


「ああ、時間も時間じゃしな。そろそろ帰るわい」


 あまり労せずして立ち上がれたことに内心驚く。


 ユーベルやナイトの熱い気に触れ、心に活力が満ちたのだろうか。


「ではな、また近うちに来るぞ」


「はい。お気をつけて」


 ザッザッと馴染の杖をつきながら帰路につく。


 トーチェは葬儀に参列していなかった。いや、そもそもフォード一家には、村の皆から疑惑の目を向けられていたので、立場上参列しづらかったというのが正解か。


 村の総人口247名、参列したのはたったの38名。少なすぎる数字だった。


「ナイトよ、もしお主が本当に神託を受けていて、もし本当に全てを解決して戻って来ると言うのならば」


「その時は、村の総人口247名で弔わせて貰うからな」


「頑張れよ」


 トーチェは、年甲斐もなく拳を空に突き上げた。気力に満ち溢れるのはいいことだと思った。若さを取り戻した気分に浸れる。


 それは、ナイト本人に伝わる励ましではなかったが、決して、実りもなく消えていく独り言のように、虚しいものではなかった。


 なぜならこの故郷に、ナイトの帰還を、両の手を広げ待つ人がいるという事実が、生まれた瞬間なのだから。

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