愛らしい瞳が見つめるもの
「ああ〜マジしんどー。つーかアチィ、日陰とかねぇのどっかに? 川で水浴びしたいなんて贅沢なこと言わねぇからさぁ〜」
「な〜にを言ってるんですかガウ。あなたが1番元気いっぱいのくせに。さては普段鍛えてましたね。裏切り行為ですよ、我々弱者に対する。背徳的な気分にはならなかったんですか。信じがたいです。もう同盟は解除させてもらいますから。今日からあなたは知らない子です、ええ、どこへなりとも行ってください。はい」
「にはははっ! バレたか! 実はまだまだよゆ〜〜! だってお前らの歩幅に合わせてんだもん、疲れなんて溜まんねぇよ〜。なぁバニングもそうだろ?」
「ワシもよゆ〜、と言ってやりたいんじゃが。いや、いかんな歳を言い訳に使うのは。鍛え方が足りんかったか……恥ずかしいことじゃて」
「なんだぁ? バニングもけっこう疲れてる感じかよ。おいおい、まさか俺だけか? 元気が有り余ってんの! まったくしょうがねぇ〜な〜。ガウ様の背中、いつでも使っていいんだぜ? 乗りたい奴は乗ってけ! 100人でも200人でも変わんねぇからぁ? な〜んて〜!」
「……そうですか、じゃあ遠慮なく乗ってやりましょうか、ね! スタッドさん!」
「おいおい冗談だってお前ら! うぉいっ! こっち来んな、来んなって!」
「えっ、ちょっとみんなっ! マク! 俺たちも走ろう! 置いていかれる!」
「うっ、うん、わかった。みんな元気いっぱいだね……えへへ……うらやましいや」
顔色の悪いマクの背中を片手で支えながら走っていくみんなを追いかける。ミミゼラブル3日目の朝、俺たちは歩いては走って、歩いては走ってを何度も繰り返し目的地に進んでいた。今はガウを追いかけるという自然な流れで、走る局面に突入している。なので誰かが限界を迎えるまで駆け足は続く。
最後尾で今にも倒れそうなマクと並走する。自分の足で走ってみるよ、とマクが言い出し、その姿にモッコも感化されたのか、いまは2人とも背負われるという形を選ばず、己の足で走るという手段をとっていた。
マク……俺の命の恩人。半ば強制的に泳がさせれた俺は、案の定溺れることになったのだが、マクが水底に沈む俺を水面まで引っ張りあげてくれたおかげで、大事には至らずに済んだ。視界がぼやける水の中でも、輝きを放っていた真剣な表情が鮮明に思い出せる。きっとマクは自分の中のなにかと戦いながら俺を救ってくれたんだろう。当然、勝利という戦績を身に刻んで。それは態度や仕草から何となく感じ取れることだった。相変わらずおどおどしているけど、話しかけてくれる回数が増えたというか、活力がみなぎってるような気がした。
「大丈夫かマク?」
「ナイト……ありがとう。ボクは大丈夫だから。先行ってて、絶対追いつくから……」
無理をしていると思う。俺がマクに付きっきりだったのは、もちろん恩人ということもあるが、今にも倒れそうによろめいていたからだ。
「……わかった。マクの気持ちを汲むよ。時々振り返るから、無理しすぎちゃだめだよ!」
「うん!」
互いに笑みがこぼれる。心が通じ合えていると思った。俺とマクはなにか似ているような気がする。
先頭は……まだそんなに離されてないな。とりあえずモッコがいるところまで駆けよう。
「はぁ、はぁ……はぁーっ……はぁはぁ」
ぎゅっと内臓をつねられているように横っ腹が痛い。モッコを抜き去ってスタッドさんの背を追う途中、こうなってしまえば減速は避けれないが、俺にも意地ってものがある。モッコとマクにあんなことを言った手前、張本人がへばってしまっては、示しがつかない。
マクは……よし、まだついて来ているな。最後尾、遠い距離で姿が豆粒みたいになってるけど、駆け足は続いてる。みんな頑張ってるんだ。暑い日差しに耐えながら、息を切らして、だから頑張れ俺、走れる限界なんてとっくに来てるけど、まだ足は動くだろ。
「はぁ〜、はぁ〜、ああっ、っつ、ああ〜」
細い細い、1本の糸で繋がっている。それは、いつ切れてもおかしくないほどキリキリと張り詰めていて、今にもプチンと千切れてしまいそうだった。
足を緩めれば切れる。大事なものが落っこちる。砂埃にまみれる。そんな気がした。だから走った。
しばらく痛みに耐えながら走ると、不思議と横っ腹の痛みが緩和していて、気力がまたイチから戻ったように走ることができた。限界だと思っていた地点を越えた先には、心細さをほんのりと感じる、薄暗い虚空に佇むような情緒があった。
頑張ろうって気持ちを何度もすり潰されている。潰される度、ああだこうだと、頑張る理由を追加するが、何度足せばいいのか、無残にもぺちゃんこに、または、ベコベコになって返される激励の言葉たちに、もう心が折れそうだった。考えろ、自分を奮い立たせる言葉を、きっと自分自身に頑張る理由を提供してやれなくなった時、人は負けてしまうんだ。だから、思考を回し続けろ、苦しくても、切れそうになっても、折れそうになっても回し続けるんだ、探し続けるんだ!
「はぁはぁ、おお、ナイトか、頑張るのぉ! いいぞその意気じゃ! そのままガウのとこまで行ってこい! はぁはぁ、ワハハ……」
いつの間にか、スタッドさんを抜き去っていた。遠くにガウの背中が見えるが、今はそんなことを考えている余裕がない。
胸に手を置いた。昔の俺なら、こんなに汗水垂らしながら集中が続くことなんてなかった。すぐに諦めていたに決まっている。俺なんかじゃ無理だって。明日またやろうって。
確かに感じる。胸の中に切れない糸があることを、折れない心があることを、心の奥底に眠るあの日の後悔がこの身体を突き動かしている。
母さんとリアのことを考えると、腹の底から力が無限に湧いてくる。まるで、2人が俺に力を貸してくれているみたいに。
「ナイト……! お前! マジかよ……。はぁ……けっこうな速さで走ってんのに俺、追いつかれるなんて……はぁ」
集中状態っていうのは限界を超えたことを気づかせない。俺はガウを抜き去り先頭に踊りだそうとしていた。
「くっ、負けねぇぞ〜! ナイトぉ〜!」
ガウが走る速度をあげる。別に勝ち負けなんて気にしてないけど、もうちょっとだけ頑張れる気がする。だから俺も呼応するように走る速度をあげた。
もうちょっと、あとちょっと頑張れる気がする。行ける気がする。もうもちょっと……あとちょっと……だけ……。
並走していたはずのガウの背中が見え始めた。それでも背を追う。元から胸を借りる気で追いかけているんだ。距離が離されていったって構いやしない。最善さえ尽くせればいい。
「くあ゙ぁぁ〜! ふぅ! ナイトぉ! ここまでにしようぜ! 今回はよ!」
ガウがくるっと身体を返し、両の手を広げながら俺にそう告げる。予想だにしてなかった動作に思わず足が止まってしまった。
「はぁ、はぁ……後ろがな、はぁはぁ、心配だ、ついてきてんのかどうか。だから、ここいらでみんなを待とうぜ、はぁ〜しんど〜」
なにかすごくモヤモヤした。まだ走れそうな気がしたのに。また限界を超えれそうな気がしたのに。全力を絞り切ることができなかった。
「うおおいっ! ナイト! 大丈夫か!」
目の前のガウが騒ぐ。なにを驚いているのかわからなかったが、ああ、俺が倒れてしまったから驚いたんだと、眼前に広がる青空を見て気づいた。意識が遠のいていく。
「……頑張りすぎなんだよ……お前……」
青空に現れたガウがそう言った。いつものガウらしくない低い声だった。薄目で彼をうかがったたが、ガウは渋い表情でじっとりとした視線を横に流すばかりだった。
誰かから呼ばれているような気がする。誰だ? 俺を呼ぶのは。くすぐったい。大きな羽根で撫でられてるみたいだ。なんだろうこれ?
「……!?」
さすがに違和感を覚え、がっしりと閉じていた目を早急に開く。
「ククッポ〜〜! クククッポ〜!! クポ〜!!」
「おうぉっ!?」
なんだなんだ? この生き物は!
「おおナイト、目が覚めたようじゃな。心配したぞ」
「えっ……ナイト目が覚めたの? よ、よかったぁ……」
辺りはすっかり夜になっていた。目覚めた俺に声をかけてくれたのは、焚き火の火が照らす範囲にいるスタッドさんとマク。いや、そんなことよりもだ。言うべきことがあるだろう。
「鳥……なのかこの生き物は、見たことない生物だ」
「なんですかナイト。まさかククポを知らないのですか? ククポはね、人間が大好きなんですよ」
「ククポ?」
モッコの問いに答える。ククポ……人間が大好き……ううっ、言われて見ればなにかすごい期待に満ちた瞳で見られてるような気がする。すんごいクリクリとした目で。
「ククッポ〜!」
「知らないのも無理はない。ククポはサングリア周辺にしか生息しない、世界的には珍しい生き物じゃからの」
ええ! そうだったんですか! とモッコが驚く。
珍しい生き物。改めて全貌を見る。
全長はかなりでかい、2メートルは越えていそうだ。ずんぐりむっくりといった体形で羽毛の色は濃い緑色。飛ぶことより走ることに特化した体つきなのだろうか、太い胴体を太い脚が支えている。羽根は付いているのだが、とても飛ぶことなどできそうになかった。
「ククポは群れで生きる生き物なのじゃが、どうもこいつは群れからはぐれてしまったみたいじゃのう」
「あははっ! おっちょこちょいなんですねこのククポは! 言われて見れば今まで見たククポより間の抜けた顔をしています。ええ!」
間の抜けた顔……確かに言われて見れば……なんか全体的に丸っこいな、くちばしもあんまり尖ってないし。
「走っているボクたちを仲間だと思っちゃったのかな……ずっとついてくるんだ……このククポ」
「そっ、そうなんだ……群れで生きる生き物なら群れに返してあげたいけど。そうも言ってられないよね。ミミゼラブルの途中だし」
「いんや! そうでもないぜ!」
はつらつとした声が、焚き火の明かりが照らす外から聞こえてきた。
「ククポは平原を走るのが大好きな生き物だが、基本はノーダス山に生息域があるんだ。森は食料が豊富だからな」
ガウはパンツ一丁の姿でずぶ濡れだった。たぶんスイホウの種で水浴びでもしていたのだろう。後で俺もしよ。
「だから俺様にいい考えがある! お前ら、こいつに乗っていけ!」
ククッポ〜? っと不思議そうな顔でククポがガウを見つめる。
「俺やバニングは普段運動してっから大丈夫だけど、身体を動かし慣れてねぇ奴が急に激しい動きを続けちまうと、筋肉ってもんがついてこれねぇんだ。これは根性でどうにかできるもんじゃない」
「どっかで休息がいると考えてた。だからこれは渡りに船ってやつだ。ククポは群れに帰れるし、お前らは筋肉の疲労を回復できる、ミミゼラブルの課題もこなせる、な! いいこと尽くめだろ?」
確かに。ガウの言うことは理にかなっているが。
「でも……いいのかな? それってズルなんじゃ……」
「にはは……エスタの野郎はなんて言ってた? 思い出せ、そう、あいつが言っていたのは、ノーダス山まで5人揃ってたどり着け、ってだけ! ククポに乗っちゃいけねぇなんて1言も言ってねぇ! にはははっ!!」
「確かに! そうですね! ガウ、あなた天才ですか!」
「た、助かるよねナイト。ククポに乗っていけたら……ボクたちも……」
「うっ……確かに……いや……でも……」
ガウの言う通りもう足が動きそうにない。先ほどから力を入れて動くか試しているが、一晩寝ただけで回復なんてするはずもないほど、脚が硬直しているのを感じた。
休息は必須、その間ガウとスタッドさんの足を引っ張ってしまうというなら、俺にその提案を断る事はできなかった。ガウの提案に首を縦に振った。
それから俺たちは、ククポに乗り、上手く筋肉を休めながら目的地へと向かう。
ククポは嫌な態度ひとつとらず俺たちを乗せてくれた。人間が大好きってのは、ホントのようだ。
そして、ミミゼラブル開催から5日目の昼時、
「おいおいおいおい! そこのクズども〜ぉ〜! お前らもミミゼラブルの参加者だろぉ〜! いいもん乗っちゃってんじゃないのぉ〜!」
ぞろぞろと10人ほどいる柄の悪い連中に囲まれる。
「反則じゃないのぉ〜それってぇ〜、羨ましいなぁ! チクっちゃおうかな? なぁゴラァ!! 置いていけや!! んで尻尾巻いて帰れぇ!! そしたら痛い目だけは見なくてすむぜぇ! けひひひ」
こいつらもミミゼラブルの参加者なのか、くそ、やることがきたねぇ。大人数で脅してライバルを蹴落とす魂胆か。
この窮地どう切り抜けるか。握った拳に力が入った。
投稿少し遅れました。




