励まし、励まされ、励ま返されて
本当はわかっている。互いの顔色をうかがい合い、誰がその言葉を発するのか、だけが不明瞭だった。
「あいつら……逃げやがった……」
「……まだそうと決まったわけじゃないが……十中八九じゃろうな……」
口火を切ったのはガウだ。それに続きスタッドさんが言葉をかぶせる。
「俺も人のこと言えた義理じゃないけど、思えばあの2人……口数がだいぶ減ってた気がする……」
「やっぱナイトもそう思うか。あいつら、ずっと逃げることでも考えてやがったのか? ったく、お前はフラフラになってもこんなに頑張ってるっていうのにな。根性のねぇ奴らだぜ……」
「根性がない……で済めばよかったがのぉ。忘れたわけじゃあるまい? 5人全員でノーダス山の訓練場までたどり着かなければ失格になると」
時間は問わない、ひとりも欠けることなくたどり着け、それがエスタ教官から俺たちに課せられた課題だ。忘れていたわけじゃないが、こんなにも早く問題が出てしまうとは、なるほど、厳しい訓練とは名ばかりではないということか。
「つーことはこの課題は、ミミゼラブルを逃げ出す奴を無理にでも連れて山頂まで登って来い、ってのが本質的な訓練内容になるのか? はぁ~気が遠くなるな。というか無理じゃね? 歩く気もねぇ奴をどうやって動かせってんだよ」
「それを考えるのはあとじゃ。どこへ向かったのかは不明じゃが、こうしてるうちにも距離を離されておる。早く連れ戻しに行くぞ」
「へーい。まっ、無難に来た道を戻るとしますか。お家に帰りたくて逃げ出したんだろうし」
来た道をまた戻るか……気が滅入るな。さすがのガウもこの不毛な行いには明るくいられないようで、終始機嫌が悪かった。そんな2人の口数が減っている状況の中でも、スタッドさんは献身的にモッコとマクなの名を叫び歩き続ける。
「あっ、あそこ!」
すぐに訪れた再会。それの意味をなすところは。
「ぷはははっ! お前らさぁ~! 逃げるならちゃんと遠くまで行けよ! 2人揃って近場で倒れてんじゃねぇ!」
「……ううっ……この声は、ガウ……もう来たのか……」
地に絨毯のようにひかれたモッコとマクが、まだ歩いて10分も経っていない場所に伏していた。あれか、疲れ果てちゃったんだな、逃げようにも。
「ほっ、安心したわい。最近じゃあ街の遠くに出かけると、死神に生を奪われるなんて話を聞くからのぉ」
「あっ、それ俺も聞いたことある! 死ぬはずもない場所で無傷の死体が見つかるって話し。こえぇ〜よな〜、俺様そういう話し苦手だからなおさらこえぇわ。まっ、実際のところは変わった自殺方法が流行してるってとこだろうけど」
「無傷の遺体……もしかしてそれって」
「なんだナイト。なんか知ってんのか?」
「……いや……なんでもない。気のせいかも」
「そうか、まぁ似た話はどこにでもあるよな。ほんとこえぇわ」
そういえば、各地でなんかよくないことが起こってるって言ってたよな、シロナというエルフが。ミュウルがそれを調べるみたいな話の流れだったと思うけど。関係あるのかな。
「さぁ~、そんなことよりだ。お前ら、いったいどうしてやろうかねぇ〜。初日にで逃げ出すなんざよぉ〜、あのクソ生意気教官に一泡吹かせてやろうって気概はねぇのか? お前らには!」
「なっ……なんとでも言ってくれ……僕はもう歩けない……運動なんて元々苦手だったし、変われるかもなんて思ったのがそもそもの間違いだったんだ。もうここから動く気力すらないよ……」
「……ボクも……もうダメ……ううっ……ごめんなさいお母さん……こんなボクでごめんなさい……ごめんなさい……」
ポリポリと頭をかくガウ。苛立っているというより、なんて言葉をかけてやればいいかと悩ませている風に写った。
「お前らなぁ、そうやってやらない理由をっ!? おっと、これはあいつの言葉だったか。くそっ、調子狂うぜ……」
あいつの言葉、それはエスタ教官がお立ち台から飛ばした檄のことだ。ガウが言葉を中断してしまったのでしばらくの沈黙が訪れた。
「モッコ、マク。ちょっといいかな」
「ナイト?」
俺は意を決して話しかけることにした。この思いを伝えるためにも。
「こんな時、どんな言葉を投げかけたらいいんだろうって迷うよ。エスタ教官が自分たちに放った言葉。それは厳しいものだったと思う。現にガウは今でも対抗心をむき出しにするぐらいだし、俺も耳を塞ぎたくなるような言葉だった」
「でも、いざ、こうして頑張れなくなってしまってる、仲間? を見てさ、こみ上がってくる思いは……頑張ってほしい……なんだ。負けないでほしい……なんだ」
「しんどい選択だと思う、だけど応援したくなる気持ちが湧くのは、やっぱり、俺たちがおんなじ弱さを持った人間同士だからかなって思う」
「ほっとけないんだ。自分のことのようで。たぶんエスタ教官も同じ気持ちだったんじゃないかな……それに、励ましあって目的地まで行くのがこの訓練の内容なら、俺が諦めた時は、モッコとマクが励ましてよ。まだまだゴールまでは遠いしさ」
「……ナイト。でも……そんなこと言ったって、もう僕は身体が……物理的に動かないんだよ……これじゃあ強がったってどうしようもないじゃないか……」
申し訳な下げに伏した身体から面をあげるモッコ、その表情は苦悶に満ちていて、嘘偽りなく限界を示すものであったが。
「ちょっ、ナイト何して……」
「おぶって行く」
「はぁ!?」
モッコを背中に抱える。体重は、平均で見れば軽いほうだが、それでも重たいことには変わりなかった。大人ひとり抱えるんだ。そりゃあ重いと言えば当然重い。
「ナイト。お前はひとつ間違いを言っているぜ」
「ガウ?」
「よいしょと。おおっ、マク! お前軽いな! もうちょっと飯食ったほうがいいぞ!」
ガウが俺と同じようにマクを背負う。体格差から、なにか親と子のようであった。
「あの野郎は俺たちを見下してるってことだ。同じだなんて絶対思ってない! なにかと恵まれた野郎に決まってるぜ! あいつはよ!」
「ナイト……ガウ……馬鹿げてるよこんなの……降ろしてくれ……君たちはたぶん、いい人だ……そんな人に迷惑をかけたくない……」
背から少し喋る気力を取り戻したモッコが言う。
「そういう気持ちがあんなら……早く自分で歩けるよになってくれよ。モッコリン」
ビクッ、と背のモッコが反射的に震える。モッコリン、ガウだけが面白がって言うモッコのあだ名? だが、本人は嫌がってたな。
「あははっ……モッコリンか……もう……そう呼んでくれていいぞ……こんな情けないことになってはな……その卑猥極まりない呼び名を否定する権利は僕にはない……僕は……モッコリンだ今日から。グスッ、モッコリン。モッコリン……グスッ」
すすり泣く声、これは嫌がってる、なんてもんじゃなく、相当嫌なんじゃないだろうか。
「ぎゃははっ! そんな嫌がることかよ? まぁ、普通に歩けるよになったらモッコちゃんに改名してやるよ!」
「モッコちゃん……まぁ、モッコリンよりましかぁ……」
腹がくすぐったくなった。それはみんなおんなじだったようで、大きな笑い声が場を包んだ。
徒歩のスピードで進んでいるのだが、やはりというべきか、案の定というべきか、うん……限界が来た。
ただでさえしんどかったんだ。それに40キロ以上の重さを背負ってるわけだから、自分の発言に後悔するのも致し方ないことだった。
「ナイト君。ワシが代わろうか? もう限界じゃろう。それ以上は怪我につながるぞ」
「スタッドさん……はい……実はもう……足が……」
「おいおいナイト! あんまり無茶すんなよ! お前までくたばっちまったら、さすがに八方塞がりってやつだ! 2人は背負えねぇからな!」
「大丈夫。まだ、俺だけなら、それよりスタッドさんは大丈夫なんですか?」
「ああ、バニングのおっちゃんなら大丈夫さ。問題ねぇよ」
「なぜお前が言うガウよ! じゃがその通り! ワシは普段から鍛え上げておるからのぉ。ワハハ! このくらいならまだまだ音を上げるしんどさじゃないわい!」
乱れた呼吸を吐き切り、モッコをスタッドさんに預ける。言い出しっぺは俺なのにな。悔しいな。体力がないことがさ。鍛える、あんまりしてこなかったことだけど、ガウも普段鍛えているんだろうか。気になるな。あとで聞いてみよう。
「ナイトよ」
「なんですか?」
モッコを軽々と背負ったスタッドさんが、すれ違いざまに俺の名を呼ぶ。
「ありがとうな」
「へ? なんの礼ですか?」
「……エスタの事じゃよ。悪く言わないでくれての」
そのセリフを吐くスタッドさんの目は優しい柔らかなもので、心より感謝していると、いった感じだった。やっぱり、なにかエスタ教官とつながりがあるのかな? スタッドさんは。
それからも俺たちはしばらく歩いて、
「ああ、やっと川だぁ~〜!! 身体を洗えるぞぉ!!」
「すっ……っご……これが、川? なんて大きさなんだ……」
「そうか、ナイト君はノーダス川を見るのは初めてか、そういえば自己紹介の時に言っておったのぉ。小さな村の出だと」
全長どのくらいあるんだ。もはや視認では計測不能だ。視界の端から端まで広がっている。緑1色の世界に出現した、空の色を映したかのような青の川。なんて広大、いやそれより、なんて美しい景色なんだ。
心地のいい川の音色。サラサラと水の綺麗な音が鳴り、その清き水流は、疲れ果てた心を癒すに十分な恵みの水だった。
「よっしゃ! じゃあさっそく向こう岸に泳ぎますか。身体洗うなら渡った先じゃないとな。2度手間になる」
「ええ……ガウ……今なんて言った? 聞き間違いじゃなかったら。この横幅の太い川を泳いで渡るって聞こえたんだけど」
冗談じゃないぞ。こんな水流もそこそこありそうなぶっとい川、泳がなきゃだめなのか? 横幅200メートルぐらいあるぞ。殺す気か。
「あっ、うん……普通に泳いで行くぞ」
「いや無理だって!! 俺泳げないし!」
「さして問題はない。みたいな表情やめてくれ! ガウ! スタッド! モッコ、マクまでそんな不思議なものを見るような目で見て。なんかみんな泳げるっぽいじゃないか!」
「まぁ、サングリアの住民は、みんな義務教育で水泳を教わるからな」
「じゃあ泳げないの俺だけなのか!」
「ふぅ~、じゃあ今度は僕がナイトを背負って泳ぐよ。借りを作るのはあんまり賢い選択とは言い難いしね」
「モッコ、いいのか……」
陸では頼りなく写ったモッコだったが、今のモッコはとてもかっこよく瞳に写った。




