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弔いの旅路  作者: クジラ
新章 成長期というのもの
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ああ! ミミゼラブル!

 怪訝そうにじろじろと見てくる受付人の表情が頭に思い浮かんでいた。宿屋で布団に包まる中でのこと。大粒の汗を頬に伝わせ、啖呵(たんか)を切る俺の姿がそれほどまでに滑稽に映ったのだろうか? 


 うゎぁ、この人やばい……みたいな顔をしていたな。目を瞑れば鮮明に思い出せる。


 明日の朝にはミミゼラブルが始まる。厳しい訓練があるそうだから、早く眠っておきたいが。


「どんな人が参加してるんだろう」


 寝つきの悪い妙に冴えた頭で考える。来たれ弱者とか言ってたし、俺と似たような人たちが集まるんだろうか。


 いや、違うか……ガウって人はそれこそあんな目に遭っても、最後には立ち直ってみせ、ミミゼラブルに参加を決める強い心の持ち主だったし。なよなよした俺と違って、見た目も頼り甲斐がありそうだった。


 まぁ、明日にはわかることだ、いま考えることに意味はないが、なにせ眠れない夜。退屈な思考はまだまだして……しかるべきだろう……。


 以外と寝つけるものだなと早朝、十分な睡眠をとれたことに胸をなでおろす。


 向かう先は街の最北にある広場、サングリア外周で訓練は行われるそうだから、行けばもうしばらくは帰ってこれないわけだ。祖母にひと声かけてくるべきだったか? 下手したら1年会えなくなるし。


 気がかりが、沸かした水の気泡のようにポコポコと湧き出る道中、遠くの広場に多くの人が集まっているのが見えた、どうやら無事目的地についたようだ。


 にしても、さすが芸術の街というべきか、みんな格好がお洒落だな。髪の色とか、衣服とか、ちょっとした装身具(そうしんぐ)とか、俺の村にはなかった美的センスを皆が持っている。広場には300人ぐらいがざっと見いそうだが、俺のお洒落度は下から数えたほうが早そうだった。


 密集した人だかりの喧騒が、次第に大きくなっていく。集合時間が迫っている証拠だ。


「はじめまして。私がこのミミゼラブルを取り行うパド・エスタだ。エスタ教官とこれからは呼ぶように」


 ハキハキとした喋り口の男性。黒のお堅い印象を受ける衣服に身を包み、簡易的に作られたお立ち台の上から一切の気後れなく言葉を発すその姿は、これから行われる訓練の厳しさを予感させるものだった。


「貴様らぁ!! 返事はどうした!! 私が喋ってるんだ! はい! か、いいえ! 承服(しょうふく)か不服か! 意思を示さんか!!」


 はっ、はい……と、エスタ教官の怒号に尻を叩かれるように、各自返事をするが、エスタ教官はそれでも納得がいかない様子で、俺たちを睨みつけていた。小さいまばらな返事が気にくわなかったのだろうか。


 ただでさえ強面な顔が怒りで歪んでいる。切れ長な二重、カッと見開くだけでも大抵の揉め事で優位に立てそうな眼力だと思った。


「ふんっ、まだ返事をしてない奴がいるな。まったく、何のために来たのやら、いいか!! 貴様らよく聞け!」


「私は人生というものを、熱でよく例える」


「平熱36℃。これが一般的な人生を送るために必要な熱量だと仮定する。家族を持ったり、暮らしを支える仕事を勤めあげたり、規律を遵守したりと、基本的には誰にも迷惑というものをかけない温度帯となる」


「このミミゼラブルの開催意義は、その平熱にいつまでたっても至らない者たちのためにあると知れ。貴様らの熱は平均23℃といったところだ、まぁ冷えに冷え切っているな。基本他人に迷惑しかかけない温度帯だ。心当たりがあるだろう?」


「今まで何度言い訳をした? 今日この日まで、頑張らない理由をいくつ見つけてきた? わかっている。変えたいからここに来たと言うこと、やらない理由を探し続ける、水風呂で暮らすが如くの日々を終わらせるべく来たということ。だから私がこの1年間、貴様らの熱をあげるために全力を尽くすのだ! があえて言わせてもらう! 人様にあげられる熱では決して1人前と呼ぶには足りないと!」


「いいか! てめぇの熱はてめぇであげろ!! 自分の心に火を灯すことができるのは、自分を置いて他にはいない!! なぜ? 決まっているだろ! これは私の物語でなく! お前自身が紡ぐ物語であるからだ!! えー、私からの挨拶は以上、これから1年間、いい関係性を築けることを願っているぞ」


 パチパチとお立ち台から降りるエスタ教官に向かって誰かが手を叩く。次第にそれは大きくなって、場は拍手喝采となった。


 見事な演説、とでも言えばいいのか。思わず引き込まれるような魔力があった。圧巻? 気圧されて拍手が遅れてしまったぞ。


 なんというか、だいぶ個性が強い人のようだ。顔も特徴的だし、身体もずいぶんと体格がいい。


 大きく口を開いて大声を出す姿なんか、顔の半分が口になるぐらいの開きっぷりだった。よくよくエスタ教官を見てみれば、下顎がどっしりと広く、首も太い。日の光にこんがりと焼かれた肌なども相まって、男らしいという言葉がぴったりの人物だった。


「あ〜。いい演説だったね。どうも初めましての人は……いないかも知れないが、一応自己紹介を……」


 なんだ? まーた個性的なのがお立ち台に上がってきたぞ? 珍妙な格好をした色どりカラフルな奴、特にあのメガネ……サングリアの建物の窓枠を思わせるな。左右で形が違うぞ。


「私はこの街を管理するエルフ。ディエゴ・ポーザックだ。まぁディエゴと気軽に呼んでくれ。私はあまり敬われるのが好きではないからな」


 ざわざわと周りがざわついた。エルフってマジかよ……そんな人までミミゼラブルに参加するのか?


「……ちなみに私は君たちを鼓舞するためにここに来ただけだから、あしからず」


 にしてもエルフってのは美男美女しかいないのだろうか、このディエゴというエルフも、少し偏屈そうな見た目をしているが、確実に美男に入る部類だ。


「あ〜。先ほどのエスタ君の話を踏まえて言うが。うーん、あれだ。この街がここまで芸術の街として発展したのは、私がそう定義したから、と言えるだろう」


「芸術性を磨くことこそが美徳であるという定義、そして定義が生まれればそこには自ずと規律が生まれる。守るべき規律がな」


「なにが言いたいのかと言うとだな。芸術というのは、平熱では磨けないということだ。そこを目指す君たちに向けて言うべきことじゃないかも知れないが」


「42℃、かな? まぁ人が死んでしまうほどの熱を帯びてなすからこそ、それを縛る規律も強まるわけで。簡単に言えばお前たちは、私が定義した世界の被害者ということになる。切に申し訳なく思うよ」


「サングリアの定義は不変。ならそこから生まれた規律も不変であると言える」


「なにを君たちに伝えるか、あ〜。ぶっちゃけいま迷子になっている。演説迷子というやつだ。いま作った言葉だが」


「途中までいい感じだったんだけどなぁ〜。まぁいいか。いいよな? だめか? なんて冗談だよ……半分ね……」


「あ〜。まとめるとだな、私の決めた芸術の定義。それに当てはまる素晴らしい物をいずれは生み出してほしいという話だ、君たちには。是非死ぬ寸前まで、おのが体温をうんと上昇させてな」


 じゃあな〜、訓練中にもまた行くから〜っと、言ってディエゴがお立ち台を降りていく。


 一応拍手はあるが、みんなディエゴの奔走っぷりに戸惑っているのか、エスタ教官の時よりか、そう熱量というやつがなかった。変わったエルフという印象のほうが強いのだろう。


 それからも開会式の挨拶は続き、いよいよ訓練開始の時が迫る。


「貴様らに最初の訓練内容を言い渡す!」


「こちらで決めた、ひとチーム5人で訓練場のあるノーダス山の頂上まで向ってもらう!」


「その際、いくら時間がかかってもいいが、チームの内ひとりでも欠けていれば、何人残っていようが問答無用で失格だ!」


「それと、これが1番大事な話なのだが、当然早く目的地につけばつくほど私は評価するぞ。覚えているか、私に認められた者は、エルフ様に関連のある名誉ある仕事に就けると」


「さぁでは、取り決め通り。またノーダス山で会おうじゃないか! 待っているぞ! 諸君!」


 ノーダス山までって……遠いのかそれ……わかんないや。


 とりあえず、その5人チームに会うためには、えー、ここにいけばいいのか。ふむふむ。さっき皆に配られた紙を頼りに、自分の集合場所へと足を進める。


「あっれぇ〜……お前あん時の! 札束届けてくれたいい奴じゃん! ミミゼラブルに参加すんのか? すっげぇ偶然……いや待て……もしかしたら、俺とお前の受け付け時間が似通ってて、一緒になっちまったのかもな? にははっ! まぁとりあえずよろしく! 気楽にやってこうぜ! え〜……っと」


「ナイトって言います。ナイト・フォード」


「よろしくな、ナイト! よろしくナイトォ〜〜!!」


 目の前の哀れすぎた男。なぜかテンションが高いガウと握手を交わす。どこかにいるとは思っていたが、まさかこんなに早く会うとは。


「ふぉっふぉ。知り合いとペアを組めるとはついてるやつらじゃのぉ!」


「あのー、さっそくですが行きません? 僕体力に自信なんいんで、早く行きたいんで」


「……あっ……あっ……ああっ……あっ」


 なんだなんだ? 白髪頭のおじいちゃんに、カラフルなメガネの青年、前髪で完全に顔が隠れてしまっている、自己肯定感が低そうな男が、急かすように俺に視線を向けている。


 一癖ありそうな連中、波乱の幕開けだった。

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