邪なる悪の息吹
「生と死を司る……自分がそうだと言わんばかりの口振りだな。さすがに誇張が過ぎるんじゃないか? 神の領域だぞ……その力……」
静けさが苦になり得ないほど美しい教会内に訪れた沈黙。何も答弁を返さない青年の目は語る。至上神は己であると、微笑を浮かべ薄く開いた目の奥の、瞳、角膜、虹彩が顕著にそれを告げていた。
修羅に取り憑かれる人生だったからこそ磨かれた鑑識眼。私の過去の記憶たちは、現時点の青年の有り様に、なにも疑念を抱くところは見受けられないと解を出している。
あの引きこもりエルフは、各エルフには固有の力があると語っていた。基盤の能力を発揮する際に必要な力、言わば力の源が。源流が異なれば当然、独自性が生まれるわけだが。
いったいどこまでの線引きがある? 引きこもり小娘はおそらく光と影を司るエルフであり、シロナとやらは、フェルトゥーデの言い様だと幸運と不幸を司るエルフのようだ。因果関係における対を連想させる力、その中でも、フェルトゥーデの司る力は、群を抜いて特別なものではないのか?
わからない。そう、わからないんだ。エルフの生態を調べることは、暗黙の了解で禁忌とされていたから。都を追われるきっかけとなった自作の書、エルフ解体新書、私がそれを作ろうとした時も、いったいどれほどの邪魔が入り、苦労し、錯綜せられたことか。結局子供だましなものしか作れず筆を折る始末だった。
「願いをひとつ叶える約束……忘れてはいませんよね……ダン・オルガット……あなたの願い、聞かせてくれませんか?」
優しい語気で話の事柄を変えるフェルトゥーデ。今までの沈黙は肯定であると、受け取らざるを得ないな。
「当人に利する誓い言というのは忘れたくても忘れられないものだよ……当然覚えてるさ。損益の口約束などは忘れがちだがな。それにしても、お前からこの話を持ち出すとは思わなかったぞ。以外と律儀なところがあるじゃないか」
「ふふっ、そんな大したものじゃありませんよ。私にとってあなたとの約束は、利する誓い言の部類である、それだけのことじゃないですか?」
「善人を気取るな。いい加減その芝居にも飽きてきたぞ」
「……」
頑なだな。表情の筋肉ひとつ動きやしない。
「そもそもお前は、ワシが生きてこの世界にたどり着く想定をしていなかった。あの口約束は、ただのワシを釣るためだけの餌。現にお前は今、力を失っていると言うじゃないか。どうやって願いなど叶える気だった?」
「……」
ピクリとも動かない微笑が、善人の皮を着せられた置物のようで気味が悪い。
「信用が皆無であること、胸が痛みます。私が嘘をついていると思われているのですね。神に誓ってそのようなことはいたしません。願いは……必ず叶えます」
神に誓ってか……その神とやらは自分のことを指しているんじゃないのか? なら解釈次第でどうにでもなる。都合のいいことだ。
「わかった……ならワシの願いは……ふたつの願いを叶える……にしてもらおうかね」
「ほう……ふたつですか……」
やっと表情を変えたフェルトゥーデの目に怪しい光が宿る。再び気味が悪い微笑を浮かべるが、心なしか先ほどよりも感情というものが込められている気がした。
「ワシのほんとうの願いは、今のお前には叶えられない。叶えるとしても、長い年月を消費した後だろう。それは約束の反故にあたるとワシは考える。だからまず比較的簡単な願いをお前に要求しよう。1番でない願い事を言わされるのだ。願いを増やす、そのくらいの融通は効かせるのが道理だと思うが。反論はあるか?」
「筋は通っていますね……ただ、そのふたつの願いの内容が気になるところです……なにをすればいいのですか?」
「まず簡単な要求からだ」
「エルフの遺体がほしい。ワシのエルフ解体新書を完成させるためにな」
「して、次の1番叶えてほしい願いといのは?」
いざ口に出すとなると発言するのをためらうな、愚者が願う神頼みのような願望だと自覚があってしまうから。
「今の人間たちは、口を開けば親鳥が餌を運んでくれると信じて疑わない、雛鳥に等しい存在に成り下がっている」
「故にエルフのいない世界をワシは望む。人間が人間の誇りを信じ、自分の足で歩む世界の訪れを」
私をバカにした全て。異常なのはお前らだ。変えてやる。世界を。仕組みそのもを。目の前の悪魔に……魂を捧げてでも。
「エルフのいない世界ですか……それは……私も含まれているのですか?」
「ああ……当然だ」
「あっはっはっはっはっはっ! 面白い御仁ですね……いいでしょう……ダン・オルガット……叶えてあげましょう。あなたの願い」
死ねと言っているようなものなのに、なにがそんなに嬉しいのか、上ずった声で高らかに笑うフェルトゥーデ。つかめない男だが、確実に今、気分を良くしていると感じた。変な奴だが、少し親近感が湧く。
「その願いを叶えるために必要な私の力、取り戻すことに協力してくれますよね? オルガット」
「ああ……当然だ……」
賽は投げられた。もう私は引き返せない。今までの反応からして、おそらくこいつは、私ですら脅威に感じてしまうほど弱々しく、吹けば消えるようなか細い存在なのだろう。倒すなら、殺すなら、今が千載一遇の好機だと本能が訴えている。
もしかすると、先ほどのフェルトゥーデの笑いは、確信を得た安堵の笑いだったのかも知れないな。この愚か者は、私の敵にはなりえないという。
「では……行きましょう」
「主語が抜けているぞ。どこに行くんだ?」
「それは……お楽しみということで」
もったいぶるフェルトゥーデの後についていく。
「ここは?」
別室にたどり着く。それほど広くない部屋だ。なにか花のような甘い匂いがするが。
「エルフの遺体がほしいのでしょう」
「まさかあの棺にいるのか」
部屋の中央に豪勢な赤色の棺がある。本来なら密閉されているはずの棺だが、目の前の棺は閉めるための上部がなく、開放状態だった。
「おいフェルトゥーデ。どうみても人間にしか見えんが。からかっているのか?」
「エルフですよ……まごうことなきね……」
棺の中は花で満ちていた。白色の細く長い花弁が密に円を描く花で。似ている、この教会の入り口にあった石板のシンボルマークに、まぁそんなこと今はどうでもいいが。
棺に横たわる人間にしか見えない遺体の正体が気になる。フェルトゥーデはエルフだと主張していたが、見た目は、フェルトゥーデに負けず劣らずの好青年、端正な顔立ちというよりは端麗と言った方が合っているか、少し気の弱そうな見た目、髪は黒く、体格は至って平均といったところ。
「誰だ……と聞いても答えてはくれなさそうだな」
「……ええ……そうですね。ただ自由に使ってくださって結構ですよ。私の能力があれば、なにも問題はないですから」
「それでは遠慮なく使わせてもらおうか……あー、解剖器具をここに持って来たいんだが。ワシの家に寄ることはできるか?」
バツの悪そうな顔をするフェルトゥーデ。なんだ? なにか都合でも悪いのか?
「先ほどですが……私の力の片割れが、あなたの家を破壊してしまったみたいなのです。申し訳ないですが、またゼロから集め直しになりますね」
「……それは本当に謝罪してしかるべき案件だな……あれらを集めるのにいったいどれほど苦労をしたと思っている……」
「あの……お詫びになるか分かりませんが、人間の遺体を2つ、つけましょうか? エルフと人間はどこが違うのか、見比べるために必要でしょう?」
気が利くじゃないか、そもそも解剖するという行動自体が禁忌とされている行為だから、人間と言えど貴重な献体になる。
「いやなに、女性の遺体と女児の遺体なんですけどね」
いかん、表情筋が少しピクついてしまった。気取られぬよう我慢したかったのだが。
「ご所望であればいつでも言ってくださいね。すぐにご用意いたしますので……」
女性と女児の遺体……まさか……ナイト君の親族の……遺体なのか?
ナイト君の背を思い出した。別れ道、私の質問を小気味よく返してくれた、未来へと進む背を。
やはり、ここにいたのか。さて、この罪悪感をどうするか……置きどころに迷ってしまうぞ。
引き返すことなどできない道に、足を踏み入れてしまった愚かな夢追い人としては……な。
「ふふっ、どうやら少し力が戻ったようだな」
道具を買い漁りに出かけたダンのいない教会内で、フェルトゥーデは自身の力の増幅に喜び打ち震えていた。
「ルギオス……お前の力を感じるぞ……現世になんらかの方法で力を残していたのか……」
力の片割れの消滅を感じ取る。が、あるべきところに力は舞い戻る。数週間ぶりに主人の元に帰ってくる愛玩動物のようで、フェルトゥーデはそれが愛らしくてたまらなかった。
「あはっ、あはははっ!」
「そうこなくてはな! ルギオス! また2人、戦乱の世に興じようぞ!」
「あはははははは!」
笑い声が響く……悪意に満ちた邪なる笑い声が。
自由に移動することが可能になったチョラビは、いったいフェルトゥーデ、ダンを運びどこへ向かうのか……。
未来でも見通せない限り、それは誰にもわからない。
前章終わりです!
次から、ナイトの話に戻ります!
ちょっと整合性整えたいので、来週投稿お休みするかもです。




