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弔いの旅路  作者: クジラ
それぞれの行く先
50/78

???

ほんのちょっと読みやすくしました。


 自分は他人とは違うと、思い知らされたのはいつの頃だったか。


 この目に映るものが、すべて(きら)めいて見えた、意地悪な言い方をすると、大人だった頃、だろう。


 醜悪である。この世界は。なんて、子供のような駄々を、今は押しつけている。


 なにに? わからない。しいて言えば、私とは違う人間に、


 私を、意地悪な大人から、純粋な子供へと変えてしまった者たちに、言い回しがくどいな。


 時々思う、もし私が普通というものであれば、普通という絶対の強者から嫌われることがなければ、この醜い世界の肉壁の一部として、この身が腐るまで、おのが役割に疑問など抱かずに生を謳歌(おうか)できたのだろうかと。


 助けて下さい。助けて下さい。


 頭に響いては消えていった声。


 いま思えば、自分の声だったような気もする。


 それは青年の声だった。まだまだ青い、声変わり前の中性的な声色。


 山奥で聖書の書き写しを自身に課していた際に、どこからともなく聴こえてきた。


 コップ1杯の水を48時間かけて飲み干す、それ以外は口に入れない、寝るというよりは気絶する。起きればまた書く、ひたすらに書き続ける。気絶する。起きる、の繰り返し、呪うように、すがるように、一筆一筆、思いの丈を込めて書く。終盤に差し掛かる頃には身体はひどく痩せ細り、窓に映る自分が醜く思えたものだ。


 幻聴と思ってしまっても仕方がない。出会いだったと気づくには少し時間を要した。


 庇護欲(ひごよく)(うず)かされている。こんな声の持ち主はきっとすべてが潔白なのだろうと。そう思った。


 意地の悪い大人は気づかない。純粋な子供の私だから気づく。


 あれは違うよ。


 薄っぺらい皮の向こうに、渦巻く怨嗟(えんさ)が透けて見えた。嫌悪の色、心臓が脈を打つように、ドクン、ドクン……と(うごめ)いている。


 聖書の書き写しに精を出せば出すほど、鮮明に見通せた。


 あの色を、普通であれば、これでもかというほど眉をひそめ、目尻を釣り上げ、口角をひん曲げて、殺す。


 普通、お前であれば、私を殺したように。そうする。


 この心に湧く庇護欲は、嫌悪の色に向いていた。


 遅かれ早かれ、世界という生き物の免疫機能は、お前という異物を排除するために勤勉に働くだろう。エルフがもたらす恵みに意を唱え、帰る場所さえなくなった私のように、


 だから不慣れな演技までして嘘を吐くんだろう? 弱い自分を守るために。哀れだな。お前は。私は。この世界の異物たちは。強迫観念という鎖に繋がれ、自己認識を希釈され、尊厳など持てぬように枷をつけられる。首根っこから伸びた手綱を握る、絶対の強者たちの顔色を常にうかがいながら、怯え、震え。


 下手な演技に騙されたふりをしてやってることに気づいているよな。そうでないと困るぞ。後にバカを助けてしまったと嘆きたくない。


 未だに正体を現さない青年は、次にこんな主旨のことを言う。


 この森のどこかにいるチョラビを治す手伝いをしてほしい、と。


 要点をまとめると、そのチョラビは病に苦しんでいるそうだ。だから救ってあげてほしいと、ただ、非常に獰猛らしく、近づくだけで瞬く間に殺されてしまそうな、だから犠牲者が出る前になんとかしてしてほしい……そう同情を誘うような語り口で言う。


 青年はさっそくボロを出した。


 自分の言う事を聞けば、願いをひとつ叶えてあげます、と付け加えたのだ。


 思わず笑む。いい奴がそんな提案をするかね? 願いを叶える、甘い言葉だ。過程をすっ飛ばした結果に価値などない。


 ただ、純粋な子どもは、描いてしまう。自分の望みが叶った世界を、なにも考えずに。


 それからは青年の指示に従い世界を回った。凶暴なチョラビとやらを治す治療薬を作るため。


 青年の声は森から離れてしまうと聴こえなくなってしまうので、少し苦労させられたが、滞りなく材料は集まる。


 それなりの勉学を積んだつもりだったが、どれもこれも初めて見る素材で青年の学識の高さがうかがえた。


 そうして薬などとは到底思えない代物が出来上がり、後はこれをチョラビの口にほおり込むだけだと言う。いったいどれほどの幸運が要求されるのか。相手は近づくだけで殺されるという獰猛な生き物なのだろう?


 青年は薄っぺらい心配をする素振りだけで、成せ、と急かすことしか言わない。


 少々苛ついた私は、時間をくれといい、ディアンスにあるカジノに行き、自分の運を試した。青年は、時間がないだの、森から出ないでだの喚いていたが、聞く耳を持たなかった。


 ディアンスは流刑の罰を受けたどり着いた地だが、私の居場所はここにもない。


 医者として最初は働いたが、ディアンスの人々は民間療法に頼るばかりで、手遅れな状態となって運ばれてくる患者がほとんどを占めた。私以外の医者は、エルフの万能薬をどこから買い付け与えるだけのもはや商人であり、医者の意地で治療を施していた私は当然、ヤブ医者扱いされ追われる身となった。仕方なく森に小屋を建てたのはその後の話だ。


 気づけばギャンブルに有り金を全てつぎ込む勢いでハマっていた。カジノの目玉である、楽園への階段という名のギャンブルに特にハマった。演出を観ているだけでも楽しいものだと。


 現実逃避をしている。決心がつかなかったんだ。チョラビに出会えば私は死ぬ。そんな予感があったから。いくら勝てど負けども、憂鬱は晴れることはなかった。それからディアンス跡地に助手を雇い病院を開くことにした。


 人相が変わったので、追われることもなく、しばらく平和な日々が続くが、平穏な生活は彼によってやぶられる。


 背に致命傷を負い、家の前で倒れていた、ナイト君にだ。


 ナイト君が語った森にいたという化け物の話は、すぐにあの青年と結びついた。もしかしたら、あの青年が焦っていた理由なのかも知れないと思った。ナイト君は田舎育ちの物を知らなそうな子なので、化け物の存在を誤魔化すことができたが、私に残されてる時間はもう少ないのかもと、焦燥に駆られた。


 急ぎ森へ向かおうと思ったが、その前に、ナイト君の言い放った言葉が少し引っかかった。


 軽い素材でできたコインのような物を見かけなかったか? の問いかけ、


 明らかにチップのことを指している。この地に来て間もないはずでは、なぜ知っている? なぜもっている?


 それからはナイト君をつけ回し、彼と行動を共にした。


 案の定彼は特別な子だった。そしておそらくではあるが、青年の言っていた獰猛なチョラビの犠牲者の親族でもあった。少なからず罪悪感が生まれる。私が臆していなければ、違う未来もあったのかと。


 贖罪(しょくざい)の気持ちが働き、彼をおぶって宝物殿まで行ってやろうと思ったが、ミュウルに首を横に振られてしまう。


 エルフめ……。相変わらず憎たらしい。


 ただこれで青年の正体に近づけた気がした。シロナとやらのエルフの推測が正しければ、私はずっと神託を受け続けていたことになる。


 思わずこぼれてしまう笑み。なぜなら私の青年に叶えてほしい願いというのは、エルフのいない世界を作ってほしい。だったからだ。


 願いを叶えてくれる者に対して、死んでくれと言うようなもの。約束を反故にするには充分な理由、


 やはりバカな夢物語だったか、と諦めの悔しさが心に滲み出した時、奇しくも運命は、私の手中にいたずらに幸運をもたらした。


 天啓。興奮冷めやらぬまま、私はディアンスを2度と戻らない覚悟で旅立ち、道中、神託を受けた者同士で語り合ったりもするのだった。


 ナイト君。君はきっとこの世界に受けいれられる。世界は君には優しくほほ笑んでくれるだろう。だから頑張りたまえよ、


 私は、君とは違う道を進むことにするよ。


 狭くて、細い、私だけしか通れない道を。


 ナイト君と別れた後、それはすぐに見つかった。


「クフフ、こんなところにいたのか」


「はじめまして。君がナイト君の家族を殺した、チョラビでいいかね?」


 目の前にいるのは、ただ森で最初に出会っただけのチョラビだった。単独で行動している。怪しいところはない、が、奴がそうだと私はある程度の確信を持てている。


 手に力が入る。薬を持った右手に、そしてもう一方の手、


 10000チップが握られた左手にも、


 ミュウルの部屋をみんなで掃除する流れになってしまった際、偶然誰にも見られることなく手に入れてしまった物。


 このチップの性能は知っている、あの天国への階段を、たった1回で当ててしまう幸運を所持者にもたらす物だ。効力が切れていなければ、私にも同様の効果をもたらすはず。


 チョラビは、私を警戒する素振りをみせ、目を見開いた。異変はまだない。


「君にこの薬を飲んでほしくてね。私が丹精込めて作った薬だ。怖がらなくていいぞ」


 チョラビに近づく。チョラビは、警戒心が強い生き物、だから少し身を引き、いつでも逃げれる態勢をとった。異変はない。


 距離を詰める。1歩1歩。


 いまだ逃げやしないチョラビが、明らかに不自然な動をみせる。


 こちらに向かって勇よく進み出していた。


 肌を貫くような緊迫が全身を巡った。


 震えた右手を突き出し万事に備える。


 チョラビの黒い瞳が、焦点も合わせずにぐるぐると目の中で回転を始めた。やがてそれは目から飛び出し、チョラビ全体を黒色に染め上げる。


 瞬く間に起きたこと、身の毛もよだつ暇もなく、黒いチョラビは、私を飲み込まんと自身の黒を覆うように広げた。


 投げた薬が届くの先か、私に覆いかぶさろうと伸びる黒が先か、わからないが、ふと気づけば、私はまったく知らない場所にいた。


「なんだこの荒野は」


 だだっ広く、空や土などの配色がおかしな世界に1人たたずんでいた。

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