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弔いの旅路  作者: クジラ
一章 ヴァンテ村編
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旅立ち そして約束


「オルクさん! ナイト! いるか!」


「いたらすぐに出てくれ、大変な事になっちまった!」


 何度も何度も、扉をけたたましく叩く音で目が覚めた。


 自分の家は少しだけ村から外れた所にある、なので普段、この家に人が尋ねて来ることなんて滅多にないのだが。


 いつもと違う事態に、まるで扉の隙間から濃淡の異なる冷たく重い空気が、地を這いながら家中に広がっていくようだった。


「はぁ、はぁ、ユーベルだ! 頼む早く出てくれ! もう時間がない!」


「ユーベルさん? なにかあったんですか?」


 扉を開けると、大粒の汗を流したユーベルが立っていた。眉間に(しわ)を寄せ、その息遣い荒々しく、まさに鬼気迫るといった表情だ。


「ナイト! この村を出ろ! 今すぐに!」


「どうしてですか」


 唐突の理不尽に少しむっとした。


 ユーベル――親父が母さんとリアを殺したなどとのたまい、祖父の逆鱗に触れ葬儀をめちゃくちゃにした内のひとりだ。


 やや細身で、横幅の大きいつり目が、負けん気の強さを連想させる、三十代前半ぐらいの男。


 昔、親父に世話になっていたというが、俺はぶっちゃけこの人があまり好きじゃない。


「のんき言ってる場合か! ああもう、なんて言ったらいいか、やばいんだよとにかく!」


「お前がローグさんに話した内容、あれが村のみんなを怒らしちまったんだ」


 ローグ。昨日のあれか。


「みんな武器を持ってこの家に向かってる。下手すりゃ親子揃って殺されるかもしれねぇ!」


「そんな」


 ただ夢の内容を話しただけでこんなことになるなんて、どれだけみんな信仰深いんだ。それほどまでに罪深いことなのか? 神託の虚偽ってのは。


「オルクさんは今回のことに関係ないと、俺がみんなを説得する。でもナイト! お前はかばいきれねぇ!」


「だから逃げろ!」


 葬儀のときも思ったが、感情の起伏が激しいところがユーベルさんにはあると思った。


 一瞬、脳裏にこの話自体の疑念が生じたが、この愚直なまでの心意気の前には、疑う余地など残っていない。


 そう悟った俺は、無言で頷いた後、なにか旅路に必要なものはないかと、思考を巡らせるが。


「フォード・ナイト! 今すぐに出てこい!」


「ユーベル! 貴様裏切るつもりか!」


「いるのはわかってるんだぞ!」


「お前ら親子にはもううんざりだ!」


 いくつかの罵りとと共に、喧々とした村人たちの声が、外から聞こえてくる。


「ちっ、もう来たのかよ! ジジババ共のくせに! 本気で殺りに来てるぞこりゃ」


 何人いるだろうか、外にはざっと見、100人以上の村人が各々、鍬や鎌、物干し竿など持って家の出入り口を囲んでいた。


 当然みな殺気立っているが、こちらの反撃を恐れているのだろうか、一定の距離を保っていて、それ以上は近づいてこない。


「ふわぁ〜、なんの騒ぎだナイトぉ〜。ってこれ」


 親父がとぼとぼとこちらに歩いてくると、外の光景が映ったのか、絶句しその場で立ち止まってしまった。


「おい、みんな! 今回のことにオルクさんは関係ないって言ってるじゃねぇか!」


 いつの間にかユーベルが囲みの前に飛び出していた。


「ユーベル! お前、自分がなにをやっているかわかっているのか!」


「俺は昔、オルクさんに世話になったんだ! この人のこと、恩人だと思ってる。頼むみんな! オルクさんだけは見逃してやってくねぇか?」


 心情に訴えかけるように、声を震わせ叫ぶユーベル。


 その気概に数名、剣や槍のように構えていた道具を下げた。


「それにナイトだって、神託を受けただなんて狂言。本当に言ったかどうかなんてわかんねぇだろ!」


 畳み掛けるように言葉を続けるユーベル。


「それは私がしっかりと聞きましたよ。ええ、でなければ、村の貴重な若人に、このような非道はしませんよ」


「ローグ」


 人垣を掻き分け出てきたのは、いい人を貼り付けたような笑みを浮かべたローグだった。


「ねぇ、ナイト君」

 

 人当たりの良さそうな顔をした40代ぐらいの男。ただ人が良さそうなのは外見だけ。今日のことで、融通の利かない嫌な告げ口野郎という印象が俺の中で固まった。


 まぁ、俺が悪いらしいんだが。


「弁解のひとつもなしですか? 潔よいですね。もっと小賢しい弁明を重ねると思っていたのですが」


「そんなことするかよ」


「んん? なにか言いましたか? まぁいいでしょう。村長、さぁ、この罪人の処遇をご決断ください!」


 この村に村長はいない。ただ、リーダー的な人はいて、いつも村の人から村長と親しみを込めて呼ばれている。それが今、名を呼ばれて、ゆったりとした足取りでこちらに向かっている、サング・トーチェという人物だ。


「ワシにそんな権限はないんだがのぉ。なぜみなワシに伺いを立ててくるのか」


 歳は80歳は越えていると聞いた。


 腰が年相応に曲がっていて、歩く時にはいつも杖をついて歩いている。


 髭や髪、眉に至るまで真っ白な白毛が特徴的で、彫りの深い顔にその白がよく映え、人目を引くのだろう、半ば強制的に村長の役目をやらされているかわいそうな御仁だ。


「ナイト。弁解の余地なら作ってやる。なにか言うことはないか?」


「村長! なにを甘いことを!」


「ローグ! 黙っておれ、ワシはこの子が赤ん坊だった頃から知っておる。妹のリアと仲睦まじく遊ぶ姿は、それはそれは微笑ましい光景じゃった。そう、簡単に割り切れるもんじゃないんじゃよ」


 ローグは口をへの字に曲げて口を閉ざす。


「弁解は、しません。全て本当のことです」


「そうか、ならば仕方がない。ナイトとオルク、両名の身柄を捉えろ」


「うぐっ」


 瞬く間に拘束され数人に地面に押さえつけられる。


「おい、オルクさんに近づくな!」


 ユーベルの抵抗虚しく、親父も数人がかりで捕らえられた。


「村長! どうか寛大な慈悲を!」


「村長! 都なら極刑ですよ! 罪人には粛清を!」


 ユーベルとローグが村長に詰め寄り、各々の主張を言い合っている。


 その言い合いに村の幾人かが加わり、どうやら自分たちの処遇を決める協議が始まったようだ。


 長時間の論争が繰り広げられた後、村長がようやくその重い腰を上げる。


 しかめっ面で下を向いているローグと、どこか晴れやかな表情を浮かべているユーベルが目に映った。


「ナイト、オルク、待たせたな。お主らの処遇を言い渡すぞ」


「まずは、フォード・オルク。お主は今まで通りでよい。ユーベルがお主の監視役を買ってでてくれたおかげだ。後で礼を言っておきなさい」


「そして、フォード・ナイト。お主は」


「この村からの追放だ」


 覚悟はしていたが、いざ面と向かって言われると、頭が真っ白になってしまう。


「今すぐ出ていきなさい。今度もし村で見かけるような事があれば、次こそ命はないぞ」


「寛大な処置に感謝するんだなフォード・ナイト。ったく、村長は甘すぎる。これは明らかなエルフ様への侮辱行為なのに」


 考えがまとまる前に、ブツブツと恨み節を呟くローグ。


 その不快感から、ようやくことの重さを脳が理解しだす。


「追放……この村を……」


 手と足が無様に震えだした。その醜態をみんなに見られていようが、震えるものは震える。


 何の変哲もない村だと内心軽んじていた、でも実際は違ったんだ。足のつま先から頭のてっぺんまで、じわじわと這い上がってくるような恐怖が教えてくれた。


 俺は、この村が大好きだということを。


 自然豊かなところが好きで、退屈を覚えるぐらいのどかなところが好きで、優しい村のみんなが好きで、そして、家族と過ごしたこの場所が好き。


 今さらこの土壇場で、それを理解した。


「やっ、やめっ」


 自分の拘束が解かれ、強引に腕を引っ張られる。まさかこのまま放り投げるように、村の外へ追い出すつもりなのか。


「待って、せめて、最後に親父と話をさせてくれ! それくらい、いいだろう!」


 必死に抵抗し、その場で留まる。やがて俺の腕を引っ張っていた連中が、村長のほうに目を配り、指示を仰いだ。


 村長の無言の頷きで、ふっと俺の体は軽くなる。急いで俺は親父の元へ走った。


「親父」


 向かい合う形になる。


 なにを言ったらいいかのか、まだ決まっていない。


 昨夜、別れは綺麗なものにしなきゃと息巻いていたのに、いざ面と向かってみると、気の利いた言葉ひとつ出てきやしない。


「親父」


 思わず抱きついていた。


 自分よりずっと痩せている親父に少し驚いたが、この温もりはいいと思った。


 最後の家族の温もりかもしれない、いつまでも名残惜しめそうだ。


「ナイト、どっか行くのか?」


「うん」


 親父から自分へ。


「しばらくね。長い旅になると思う」


「そうか、寂しくなるな」


 自分から親父へ。


「頑張れよナイト」


「うん。必ず戻って来るから。親父も元気でね」


 久しぶりに親子らしい会話ができていると思った。


 そして、同時に光明を見出す。


 その選択は、きっとこの温もりがなければ思いつかなかっただろう。


「じゃあ、そろそろ行くね」


「ああ、気をつけてな」


 いつの間にか日が沈もうとしている。


 西側の空を、染め上げていく夕紅、伸びる夕影が南へ向かって走る自分を賑々しく映した。


「村のみんなぁー!!」


 振り返り、めいいっぱいの大声を投げつけるように叫ぶ。


「僕に、1度だけチャンスを下さぁーい!!」


「母さんとリアの葬儀をやり直すチャンスをぉー!!」


「今度はユシーラ式でぇー!! 全員が納得できるような、そんな葬式にしてみせますからぁー!! だからぁー!! その時はぁー!! また二人を弔ってくれませんかぁー!!」


 反応は思った通りの希薄だった。


 ただ、自分が選択しようとしてる道に後悔はない、あの葬儀をやり直せる、そう思えるだけで、無限の勇気が湧いてくる。


「全てを解決して、必ず戻ってきまぁーす!!」


 みんなに向かって両手を大きく同時に振った。


 集団心理が働いているのか、手振を返してくれるものはいなかった。が、きっと俺の想いはみんなの心に届いてる、そう思った。


 俺を見てくれている。誰ひとりとして、暴言を吐かずに。


「今までありがとうございましたぁー!! それでは、行ってきまーすー!!」


 まだ少し明るさが残ってる森の中を南へと駆ける。


 道中、家族で作ってきた思い出たちとたくさんすれ違った。


 リアのために、木に登ってまで作ってあげたお手製のブランコ。完成した時は、とびきりの笑顔で喜んでくれたのを覚えている。


 母さんと飽きるまで収穫した、夏に実をつける絶品フルーツ、プチモの木。籠の中が重すぎて持って帰るのが大変だったなぁ。


 親父と剣術稽古の為に打ち続けた木。俺が打ち続けていた木は親父のと比べて損傷が浅かった。それに凹んでいた俺を親父がよく慰めてくれてたっけ。

 

「ぐすっ、リア、母さん、親父」


 道が覚えているんだ。みんなと過ごしたかけがえのない記憶を。否が応でも、切なくなる


「あそこは」


 今夜は、木の間から差す月明かりがいつもより明るくて、遠くまで目視で見通せた。


「もう咲いていたのか。ネメアの花」


 ネメアの花の群生地。


 この場所だけ木の間が広く、陽の光が届きやすくなっている。そのためここには、太陽の光を存分に浴びたたくさんのネメアの花が咲き誇るんだ。


「母さんが、好きだったよな」


「月明かりに照らせれれば、こんなにもきれいに見えるのか……」


 しんしんと降り注ぐ月光の白色が、ネメアの白の花弁にきらびやかに反射し、その光景は、まるで神々の住んでいる国まで運んでくれる、空飛ぶ絨毯が夜の森に突如として現れたようだった。


「母さんの誕生日に、親父とリアで、たくさん摘んだよな」


 ネメアの群生のちょうど中央まで足を踏み入れ、思い馳せるために目を閉じる。


 そよ風に吹かれて鳴る耳心地のいい葉擦れが、激動の今日の心労を癒してくれる。この場所は俺にいつだって微笑みかけてくれる。


「ばいばい」


 リアと冒険ごっこをしていた際、偶然見つけネメアの群生地。


 あまり遠くに行くなと怒られて以来、用事があるときにしか来れなかった。


 だからここが、俺の知る世界の最果てとなる。


 ここら先の道に、思い出なんてひとつもない。全てが知らない道だ。


「振り返るな」


 過去の自分と決別するように、全力で歩みを進めた。


 花を摘んで引き返していた仲睦まじい家族は、もうぼろぼろに枯れ果て散ってしまったんだ。


 怒れ。この不条理を信念に変え。


 走れ。後悔をしないためにも。


 自分を取り巻く全ての因果に、ケリをつけるために。


 今はただ、闇夜を駆けて。

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