表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弔いの旅路  作者: クジラ
それぞれの行く先
47/78

ミュウル編 輝くは赤色の光

 赤く黒く禍々しく。今の奴の姿は、前の姿が幼体のそれだったんじゃないかと疑ってしまいたくなるほど、全てにおいて(いかめ)しさが増していた。超自然的存在、怪奇や心霊の類、人の子らが無闇矢鱈(やたら)に恐れる想像上の悪鬼羅刹(あっきらせつ)、該当する言葉をいくつか並べてみるが、神格すら漂う奴の圧に、言葉遊びをしている場合じゃないと、気を引き締め直す。


 勝てるのか? いや、勝ったとて、さらに強大な生き物に生まれ変わるだけじゃあ……死力を尽くしたとて、その先に待っているのは、無意味な死? 


 奴が不死身なのか、数回生き返る力があるだけなのか、残された体力で検証するのはあまりに骨が折れる愚行だ。前者だろうが後者だろうが、刺し違える覚悟が必要とされる。


「これは……逃げるっきゃないかもねぇ〜、あはは……」


「(……逃げる……か、まさか私が人の子と同じ選択をするはめになるとはね。にっしても、地の果てまで追ってきそうな、しつこそうな顔面してるけど、ほんと、どうやって逃げきったんだろう? ナイトの奴……)」


「あっ、そっか! そういうことか!」


 なにか閃いたように手のひらに拳を軽く落とし、表情が明るくなるミュウル。


「なら、やりようはある! 要はあそこまで逃げ切ればいいわけだ!」


 そう、砂漠に行きさえすれば、と、ナイトが逃げおおせたカラクリに気づく。


「(……だとしたら、目の前のアレはやっぱりエルフの力が由来している? でも、あんな化け物を生み出す力ってなに? 私たちの中に良からぬ事を考えている奴がいたとして、こんな芸当ができる奴なんて……)」


 化け物は、一回り大きくなった前肢を1歩、悠然(ゆうぜん)と前に踏み出した。そして続けざまにもう1歩、距離を詰める。図体のわりに静かな足取り、機能美の優れたるを見せつけられているようだった。2度の死で、自身が対応できるギリギリまで性能をあげた奴は、次、3度目の死を経て、いったいどれほどの力をつけているのか。


 未知数。ゆえに受け身の姿勢は死滅への道。


 後手に回るまいと決断したミュウルの身体から突如として放たれる赤い光、それは自身のもつ最速の技を繰り出すために必要な過程であり、余力の全てを注ぎ込んだ決意の赤光であった。


赤光石火(しゃっこうせっか)


 青色の瞳が赤に染まる。この技は主に身体能力、特に素早さを爆発的に上昇させるもので、この状況において最も適した技と言ってよかった。


 肺の空気を全て出し切るような長い吐息をついた後、その赤き光は、尾を引く残光となって、急速に化け物に向かって線を描く。火打石(ひうちいし)叩けば散る火花のように、瞬く(わず)かな間に、距離を詰めきったミュウルの右拳が、化け物の面長な下顎(かがく)を打ち抜いた。


 意表を突く速さに対応が遅れる化け物に、勢いそのまま両の足を蹴り出し追撃を行う。反撃を許さぬ攻勢がしばし続く。


「(……逃げる隙を作るために、もう少し殴っときたいけど、もう手が、硬すぎでしょこいつ……)」


 強化状態なのにこの手応えのなさ。殴っているはずなのに、こっちが先に壊されてしまいそうな強靭な肉体。


 たまらずに攻勢を緩めた途端、飛んでくる鉤爪を寸前で躱す。やはり読み通り速さも力も増している。赤光石火の発動時間以内に砂漠へと到達しなければ、それが今から行われる鬼ごっこの勝利条件と悟る。


 逃走の気配を読み取ったか、化け物がとんでもない勢いで猛進してきた。そのせいで両者は並走するように、森を駆けることとなった。


 全身から発せられる赤光を伸ばし、縦横無尽に森を駆け抜けていくミュウル。対して、木々という木々を跳ね除けながらも、全くスピードが衰えない化け物。


 ややミュウルの方が速いか、並走が崩れ、みるみると距離を離している。両者全速力の逃走と追走、後ろを振り返って化け物の姿が見えなくなるまでぶっちぎったミュウルだったが、心境は穏やかなものではなかった。


「(……くっ、思ってたより体力の消耗が激しい、こんなにしんどかったっけこの技。継続時間、再考する必要があるかも)」


 自身のブランクを痛感するミュウル。森の奥深くまでシロナと共に踏み入れた分、砂漠までの道のりが遠いことは感覚でわかる。正確な距離は不明だが、確実に逃げ切れる、とまではいかない状況になってしまった。


「(……いっ、いったん強化を弱めて走ろう、あいつが来たらまた力を込めればいいだけだし……)」


 荒々しい息遣いで、大粒の汗を拭う。あとどれぐらいだ、ぼんやりとする頭の中で考えるのは、まだ遠いゴールのことだけだった。


 メシャメシャと木々の引き裂かれる音と地響きが近づいてくる。大きな音を立てて森を破壊しながら突進してくれているので、視認には困らなかった。


「(……もういい加減にして、まーじでやーばいってこれ、ううっ、脇腹が。過去の私、ちょっーとでも運動しといてくれてたら、こんなしんどい思いしなくてすんだんじゃないかなぁ〜、なんて、言ってる場合か……)」


 距離を離しては追いつかれて、また距離を離しては追いつかれて、の繰り返し。ミュウルの体力はとっくに限界を迎えていて、苦悶の表情を浮かべ、痛む脇腹を抑えて走るしかできない時間帯も生まれてしまうぐらいだった。その時はまるで運動不足の人の子のような移動の仕方であった。


「はぁ、はぁ、おえぇ、はっ、吐きそう」


 あと1回。あと1回全速力で走ってしまえば、赤光石火を維持できなくなる。それで砂漠へと出てくれなければ、生と死の分かれ道ってやつが迫っていた。


 下唇を噛んで意地でも前へ進むミュウルの目に、飛び込んでくる異様な光景。


 猪突猛進してくる化け物から黒いオーラが立ち上っているのが見えた。


「(……冗談でしょ? 私の技みたいに身体能力を向上させている? いや、でもこれは逆に考えて、砂漠が近づいてるって証拠かも、逃がすまいとして躍起(やっき)になってるんじゃ、なら……)」


 どのみち追いつかれるんだ。そう腹をくくったミュウルに最後の赤光が灯る。


 互い光の如くの速さで駆ける、だが、僅かに鉤爪がミュウルを捕らえようとしていた。もう少し、あと僅か少し、死力を振り絞るミュウルに、爪が引っかかってしまうまで、ほんの数センチ、このままでは……。


 絶望は希望へと変わった。前方に見えるは、木の間から射す光、待ちわびた森の終着点。すなわち砂漠へと開く道。


 希望を力に変えミュウルは飛んだ。それはおおよそ700メートルにも及ぶ跳躍で、見事砂漠の海へと身を投げ出すことに成功する。


 砂がクッションの役割を果たし、着地の衝撃は和らいでいるが、身体はもう動いてくれそうになかった。当然、赤い光はもう纏えない。


「(……死ぬかと思ったぁ〜〜、あと1秒飛ぶのが遅かったら……ひぃ~考えるのやめよ、怖すぎ、あ〜でも助かったんだよね私。よかったぁ〜……)」


 達成感に呑まれることなくミュウルは、化け物から目を離さなかった。奴は遠距離攻撃だってできる。一瞬でも目をそらしてなるものかと。


「はぁ、はぁ。やっぱり読み通りか、砂漠は追ってこれないみたい。ナイトには感謝しなくちゃ。事前情報がなければ、普通に死んでたよ私」


 それを、ミュウルはなんて表現すればいいのか分からなかった。


 安堵した心の隙間に、にゅるっとつけ入るドス黒い……絶望とでも言えばいいのか? どんなに明るい色でも、1色に染め上げてしまう漆黒が、頭のてっぺんから足のつま先まで侵食していく。脳が目の前で起こっている情報の処理を拒む。


 1歩、化け物が砂漠へと足を踏み入れていた。


「うそっ。やだっ、こっ、来ないでよ! はっ、話が違うって、お前は砂漠にはこれない、そうでしょ! それでナイトは逃げ切れたんじゃないの……」


 1歩、また力強く踏み出す。


「ろくに動けないんだって私! お願いだからあっち行って!」


 化け物は獲物をじっと見つめながら、急ぐわけでもなく悠々と、その距離を詰めていく。まるで、ありったけの恐怖を対象に抱かせるみたいに。


「し、死にたくない。こんなところで私、死にたくないよ。まだ始まったばかりなんだ……はぁ、はぁ」


 ボロ雑巾のような身体を引きずって、砂地を必死に這うミュウル。その背にたどり着いてしまった無慈悲な勝者。


「いや、いやっ……」


 当然、今から逃げ切れるわけもなく、


「い、いやぁぁーー!!」


 逃走を諦めた獲物のなんたる美味そうなことか、本懐を遂げようとしている化け物は、弱りきって絶望の眼差しを向けるしかできなくなった肉塊を見下して、盛大に愉悦に浸っていた。


 口を大きく開き中を見せてやると、叫び声はより甘美な音色となって、血を沸き立たせる興奮の元となった。


 獲物を口の中に頬張る。鼻孔いっぱいに広がる匂いがたまらない。苦労して追いかけたぶん、せいぜい味わってやる。骨をバキバキに噛み砕く、流れ出る血が口内に充満し喉の渇きを癒してくれる。そんな想像をして、牙を獲物へと突き立てるべく、化け物は口を勢いよく閉じた。


 いない? そう化け物が確信したのは舌で口内を舐り回した後のこと、


 なんだこの匂いは、


 嗅いだことのない匂いが空気中に混じっている。男の匂い。なにか癇に触る嫌な匂いだ。


 食われそうなミュウルを寸前で掻っ攫ったゆえに、化け物は口の中に獲物を含んでいると誤認していた。


「アトラ! どうしてここに!」


「おうミュウル。お前、髪切ったか? って、言ってる場合じゃねぇよな。さぁ、状況を教えてくれ。できれば手短に、な」


 颯爽と窮地に現れたのは、現ディアンス国王。英雄ルギオスの力を継承した。アトラ・ホムンヘルその人であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ