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弔いの旅路  作者: クジラ
それぞれの行く先
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ミュウル編 本領発揮

 なにがどうなっている。右脇腹から左肩にかけて、深い裂傷を負ったミュウルは、頭をフル稼働させ、身に起きた事象を整理していた。


 正面から打ちつけられた木の下で、必死に体制を変えながら、己が血を旨そうに舐る元凶、化け物を視界のど真ん中で見据え。


「うぐっ! くそっ!」


 油断していたわけじゃない。気を抜いたわけでも、死んだ。そう確信したからこその緩みだった。死んだフリができる知性なんて奴に備わっていないことはわかっている。ならなにが起きた。


 状況把握に努めるミュウルの頭の中で思考が錯綜(さくそう)する。小刻みに呼吸は震え、身体中に走る激痛が下唇を反射的に噛みしめさせた。その様は、ミュウルの劣勢をまざまざと物語っていた。


「(……早く傷をなんとかしないと、今来られると、やばい……)」


 痛々しい姿のまま治癒を試みるが、治癒には、100メートルを全速力で走りきれる程度の、肉体と精神状態が最低限必要とされ、今のミュウルでは治癒を行える条件を満たしていない。そのため、痛みを抑える程度の治療しか身に施すことができずにいた。


「(……ううっ、血が止まらない。やっぱりだめか、気を抜いていた分モロに食らったからなぁ……)」


 死ななかっただけマシと捉えるべきか、未だ実戦から遠のいたボケた頭が、この状況において適切でない思考を脳裏によぎらせる頃、


 喉元に鋭利な刃物が追尾して来るが如くの緊迫が、ミュウルに押し寄せる。


 跳躍(ちょうやく)の兆しあり。背を低く構えた化け物の後肢に、はち切れんばかりの怒張(どちょう)が浮かび上がった。数秒後の自身の死を悟る。


「(……くっ、こうなったら一か八か、迷ってる暇はない……)」


 突如として、目を開けていられない程の光が輝く。この苦しい状況を打破するためにミュウルが投じた1手、神具の解放であった。


 太陽を想見(そうけん)して作られたであろう橙色(だいだいいろ)の指輪から放たれる強い光は、化け物の目眩ましに成功し、肉体を強張らせるに至る。


 飛びかかる寸前で、急停止を余儀なくされた化け物は、再び対象を見失った。


 瞬きのわずかな合間に、また30体程の立体の影が出現している。ただ、今度はどれもエルフの形をしておらず、長方形の角張った単調な形をしていた。


 化け物の怒りのボルテージが上がる。ご馳走を出し渋られているような特大の苛つきが、血管に流れる血を沸騰させた。


 が、本能は優秀である。獲物が瀕死状態であったこと、苦し紛れに放った悪あがきの光だったこと、自身が優勢であること、思考のプロセスを踏まずして全て理解している。


 本物はあの影だ。他の影に目もくれず化け物が向かった先は、獲物が打ちつけられた木の下にある影。


 大きな背中を丸め対象に近づく。濃さを増していく血の匂い。嗅覚は誤魔化せない。獲物は無様に震えここに隠れている。


 反撃の力すら残っていないだろう。弱った獲物、それはつまり、食われるのを待つだけの肉の塊。


 逃走を諦めた肉塊の、絶望の眼差しを一身に受け止めることができないのは残念だが、構わない。さらなる悦を求めて化け物は影の中へと口を開けて突っ込んだ。


 木の幹を噛む。次に長い舌で舐り肉を探るが、樹皮に付着した血液しか影の中にはなかった。ここにいないのか……。


 落胆する折、視界の端で森の奥へと向かって走っていく影を捉える。獲物の形をした影が一直線で走り去っていくのを見た。


 しばし迷ってから化け物は影を追い、森の奥へと姿を消けしていった。


「ぷはぁっ……はぁ、はぁ〜〜……いっ、行ったぁ〜……あ〜助かった〜なんなのあいつ〜」


 化け物が噛みついた影の直ぐ頭上。木の太い枝にしがみついてミュウルは難を逃れていた。息が漏れないように両手で口元を押さえ、脂汗や血が滴らないよう細心の注意を払い。


「いっつぅ〜、くぅ〜、早く傷を治さないと」


 生きた心地がしなかった。もし奴が僅かでも頭上に注意を向けていたら、ぞっとする考えと共に傷を癒す。外付けの力、神具の光を使ってなお、回復には苦労を要した。


「(……あいつ、怪我が治ってた。私がぶち開けた穴の傷がきれいさっぱり……)」


 木の上から直接目視したから間違いない。あの化け物は、特別な肉体をもっている? 瀕死の傷が瞬く間に治るくらいの脅威の再生力をもった肉体を。


「もしそうだとすると、かなりやっかいだなぁ〜。というかナイトはどうやってあいつから逃げおおせたの? すごくない? よく死ななかったねぇほんと」


 他人を褒めている場合じゃない、とミュウルはすぐに気持ちを切り替える。森へと走らせた影が偽物だと気づかれるのは時間の問題。匂いで奴は再びここにやってくる。逃げることも視野に入れるが、その前に確かめたいことがある。


 遠くで咆哮が鳴り響いた。


「めんどくさ、もう気づいたの」


 地響きが近づく、息を切らした化け物は真っすぐにこちらを見据えたまま、森の中から勢いよく飛び出してきた。


 痛みを感じない可動域は少ないが、血も止まり動き回れるまではなんとか回復できた。


「さぁ、第2ラウンドといこうか。デカブツ君」


 木から飛び降り、化け物と対峙する。先に仕掛けたのはミュウルの方だった。


千閃光弾(せんせんこうだん)


 化け物に向けられたミュウルの人差し指から、勢いよく放たれる光の玉。玉は化け物に着弾すると、全方向に針のように閃光を伸ばし、筋肉質な肌を貫く。


 傷はすぐに癒えてしまうが、そんなことは予想通り。


 苦痛の咆哮をあげる化け物に、ミュウルはさらに攻撃を畳みかけた。


 10体の残影擬人(ざんえいぎじん)を化け物を囲うように配置し、一斉に突撃させる。影の中には事前に忍ばせておいた千閃光弾(せんせんこうだん)があり、影に触れると中で炸裂した千閃光弾(せんせんこうだん)が、先ほどと同様に化け物にダメージを与えた。


 普通に戦えば負けない相手、ミュウルの猛攻に倒れる化け物だったが、ミュウルが確かめたいことはこの先の現象にある。


 そう、本当に目の前の生き物は傷を回復しただけだったのだろうかと。どうも腑に落ちなかった。


「やっぱり、こいつ。もしかして」


 嫌な予感が当たる。目の前の化け物は、無残にも穴まみれになり、絶命、しているようにしか見えないのに。


「蘇生している?」


 息を吹き返し立ち上がる。傷口を当然のように塞いで。


 目と鼻の先、大爪が迫る。


 ミュウルは咄嗟に出した手でそれをいなすが、切り返しの裏拳をモロに食らい、森の奥へとふっ飛ばされた。


「(……くっ、どういうこと? さっきより速さもパワーも増している……)」


 不意を突かれたわけではないので、華麗に着地には成功するミュウルだが、自分の不利を悟らざるを得なかった。


 陽の光が当たる場所で戦いたかったのに、サークルから弾き出されてしまっていた。薄暗い深い森、急いで神具を解放するが、光が弱い、出力が落ちているんだ。回復に力を使いすぎたか。


 それからは、しばらく膠着状態(こうちゃくじょうたい)が続いた。獰猛さと力を増した化け物と、出力の落ちてしまったミュウルの戦い、巧みに化け物を翻弄するミュウルと、後手に回りながらも全てを握り潰していく化け物。ややミュウルが押されているか。


 そして、


「(……なに? なにか様子が……)」


 肌身に悪寒が伝う。化け物の身体から赤黒い気泡のようなものが沸々と湧き出しているのが見えた。


 化け物が今までにない動きをする。


 長い胴体を極限にまで捻る動作、まるでなにかをめいっぱい遠くに投げ飛ばさんとする投擲(とうてき)のような構え。


 瞬時の判断が功を奏す。天災でも降りかかったような惨状を、咄嗟に跳躍した空から見下ろし。


 広大な範囲に渡る大木が全て刈りとられいた。赤黒いオーラを纏った鉤爪から放たれた全方位攻撃、あんな即死級の攻撃も打てるのか奴は。


「ああ、いい天気。雲ひとつない」


 空に跳躍しているミュウルは、晴々とした天を眺め愉悦に浸っていた。周囲の高木が全て刈りとられたこの状況は、ミュウルにとって有利にしか働かない。


 遮るもののない太陽に微笑みかけるように手を伸ばし、なにかを決意したように、ぎゅっと握り拳を作った。


 化け物は夜目が働いた事を疑問に思っていた。木々を丸々刈りとったのに、訪れたのは……暗闇? そんなおかしなことがあるかと、


 見上げた空に異変が生じている。なんだあれは、牙をむき出しにし天に向かって吠える。


 まるで夜の帳が下りたように、空一面には黒い幕が広がっていた。それは、おおよそ2キロメートルにも及ぶので、夜が訪れたと誤認しても仕方がない現象だった。


 僅かに光が溢れる黒の幕の中心地にミュウルはいる。下界を見下ろす神の如くの不遜な笑みを浮かべ、自身が持ちうる最大限の一撃を放つために。


 黒の幕が折りたたまれるように集約していく、次第にそれは大きな筒の形となって、化け物にその先端が向けられた。


太陽光線砲(サンバーストキャノン)


 広範囲から集束された光が、特大の束となって、砲口から凄まじいレーザーとなり無慈悲に降り注ぐ。


 照準はもちろん化け物に合わせられていて、3回目の断末魔を叫び、化け物は跡形もなく消し飛ぶのだった。


「はぁ、はぁ。ひっ、久しぶり大技。しっ、しんど!」


 地に舞い降りたミュウルは、大きな穴の開いた着弾点を眺めながら満足気に愚痴をこぼす。


 肉片一欠片残さずの抹消、勝つためとは言えかなりの無茶を要求されたもんだと。


「……!! 嘘でしょ……まだ……死なないの!?」


 穴から吹き出る赤黒いオーラ、それは色濃く一点に集まっていき、次第に肉がボコボコと再生を始める。なにもない空間から化け物は三度蘇り、またも両者は対峙する形となった。


「不死身……ってこと? どうやって勝てっての? こんな化け物に……」


 無から蘇った化け物の姿形は、以前よりその禍々しさが増していて、いよいよ本格的に、敗北の二文字がミュウルの頭にちらつくのだった。



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