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弔いの旅路  作者: クジラ
それぞれの行く先
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声の主

 どんな見た目をしているんだろうか。


 私が想像する青年の容姿。清涼感のある笑顔が、意図せず人を惹きつけて、やることなすこと全てが好意的に受けとられてしまう、恵まれているという言葉がまさにふさわしいと思える、好印象の最たる人物。


 高鳴る心臓の鼓動が生を実感させてくれた。どうやら無事、私は死ぬことなく、あのチョラビもどきに薬を投与することができたようだ。


 左手に握られた10000チップを握りしめる。森林からいきなりこんなところに移動したのは、さすがに予想外だったが、私は約束を成し遂げた。


 いるのだろうこの世界に。待ちわびたぞ。お前と面を突き合わせる日を。なにを話してやろうか。なにを暴いてやろうか。なにを願ってやろうか。年甲斐もなく心がワクワクする。


 自然と足は目指すべき場所に向かって進んでいた。だだっ広い荒野にぽつんとそびえる一軒の建物へ。それはぐるっと見渡した地平線に、イボのようにポコンと出ていて、この不思議空間でひと際異彩を放っている場所だった。向かうのは当然といえる。


 意外と距離があったので、移動距離の間にいらぬ想像が膨らんだが、百聞は一見にしかずという言葉の通り、私の百の常識など一見にして全てとっぱらう、髄液(ずいえき)が入れ替わるような体験をさせてほしいと望むが。


「教会か……にしては、違和感を覚える作りだな」


 建物の全貌がはっきりと確認できる距離まで来た。建物は、エルフ教の信者たちが足繁く信仰を深めるために通う教会のようだが、豪勢な外装の割にはやけに軒高(のきだか)が低い作りで、それに比べ建物から伸びる双塔は、首が痛くなるほど天高くそびえ巨大である。なにかバランスが釣り合ってないように感じるな、まるで巨大建造物の上部だけが地面に置かれているようだ。


 群青(ぐんじょう)色のレンガが馬目地(うまめじ)に連なり、双塔の間の教会には、尖塔(せんとう)がいくつも天に向かって伸びているのが伺えた。奥行きは広そうで、正面の壁には、大きな丸い石板に、見たことないシンボルマークが彫り抜かれている。


 知見にないマークだが、どうやら満開に咲いたなにかの花のようだ。入り口がなかったので、その花びらの1枚をくぐって、教会の中へと入った。


「なんと美しい場所だ……まさに芸術だな」

 

 思わず声に漏れ出していた。


 薄暗くも光(あふ)れる空間。自然光を建物内にいかにして美しく取り込むかを考え尽くしたであろう、設計者の苦悩と栄光が一見にしてわかる、心に感慨深く染み渡っていくような壮観(そうかん)が広がっていた。


 見立ての通り中は教会としての役割を果たしているようだ。


 礼拝の際に使われる長椅子、壁にかかった燭台、ステンドグラス、そして奥の突き当たりで存在感を放つ祭壇。あれは司教などが信者に対して説教を行う際に使うもので、主に聖書の内容などを伝え聞かせるものだが、背景のステンドグラスの色合いも相まって、実に神秘めいて見える。


 配色のおかしな世界だからか、赤紫の光と琥珀の光が淡く入り混じっているのだ。こんな幻想的な場所で祈りを捧げた日には、エルフ信者でなくとも入信してしまうことだろう。


 感嘆のため息を漏らす中、奥へ進んだ。


 教会によくみられる作りの内装が連なっているが、ここはオリジナリティに富んでいる。


 列をなした長椅子の先にある開けた空間。この周りだけ光の濃淡が濃く、それは頭上に八角形の光天井(ひかりてんじょう)が空いているからだとわかった。

 

 天井を見上げていたその時、足音が聞こえた。後ろからだ。私が進んでき道のりから、ことことと歩を進め誰かが近づいている。長椅子にでも座っていたのか。気づかなかったな。


 光が濃く当たる場所にいるせいで、はっきりと姿が見えないが、おおむね誰かであるかは予想がつく。


 お前から先に喋れ。そんな心持ちで近づく足音の方向にどっしりと身を構えた。


 八角形の光天井のした。濃い光に侵入する人物を、腕、肩、顔の順に光が照らしていく。


 瞳と瞳が惹かれ合う。やはりお前は私の色に似ている。容姿は似ても似つかないが。


 描いていた通りの好青年。思わず中に(うごめ)く汚らわしい色合いを忘れてしまうほどの。


 青年は軽くほほえみ、こちらを見つめていた。私が喋る気がないと悟ると、困ったように目を泳がせ、あざとく頬をかく素振りで沈黙を耐えしのいでいた。


「ワシが生きてこの場所にたどり着くのは意外だったかね」


 意表を突くように私から話を振った。決意も好奇心の前では役に立たないものだ。


 青年は目を見開き、わざとらしい腕組みをし、考えるような仕草をして見せる。


 少しイラッとした。心底舐められている気がする。が、相手の言葉もなしに決めつけるのもどうかと思ったので、返答をただおとなしく待ってやった。


 青年はそれほど時おかずして声を発す。


「なんのことですかね? 私はダン・オルガット。あなたに会える日を楽しみにしていましたよ」


 こいつとは気が合わない。満を持して吐いた言葉がそれか、嘘で塗り固められた体裁、正直に話してくれた方がこちらとしても、助かるのだがな。


「これだ……ワシが生きている理由はな」


 青年に向かって10000チップを投げ渡す。青年はそれを受け取ると、光天井に掲げるようにして注視した。


「これは……なるほど。エルフの……」


 ミュウルの話だと、あのチョラビや森の化け物の背景にはエルフが関与しているそうだが、この青年にはエルフの特徴が見受けられない。


「さしずめ、幸運と不幸のナトロ、と言ったところですか。効力はもう切れているようですが」


「なとろ? なんだそれは、聞いたことのない言葉だな」


「ああ、昔の言葉ですよ。今風に言うと、(つかさど)る? が近い言葉ですかね?」


 昔か、いったいどれほど前だ。それを知っているということはやはり。


「エルフなのか、お前は」


「はい。お察しの通り」


 意外だな、もっと醜く言い逃れを始めると思ったが、やけに簡単に認めた。


「ただ今は私は力を失っている状態です。ですので、ダンさん。あなたに力を貸してもらったのです」


「チョラビに与えた薬のことか、青年、あのチョラビはいったいなんなんだ? 襲われたと思って気がついたらこんな世界に来ていたのだが」


 青年は少し間を置いて、


「この世界そのものです……あれは」


「簡潔に言うと、神具が暴走してしまった姿ですかね。命令もなしに移動形態になってしまったのです」


「移動形態か」


 まぁ、無茶苦茶な話だが、筋は通っているように思う。嘘はついていなさそうだ。


「あんな薬とも思えぬ治療薬を作らされたのだ。ちゃんと治ったのだろうな? チョラビの病とやらは」


「はい。おかげ様で」


 生きている神具? それとも神具が生き物の擬態をしている? わからん、聞いてみるか。


「ダン・オルガット」


「なんだね青年」


 追加の質問を投げかけようとした際、青年の顔がキリリとした真剣な表情に変わった。端正が際立つな。


「私の名に興味はないのですか? いつまでも青年呼びではバツが悪いでしょう」


「いや、別に思わん」


「ふふふっ。変わった人ですね」


 清涼感のある笑顔、想像の通り醜いな。こんな誰もいない世界で浮かべていい笑みじゃない、そんなこともわからんのだ。孤独に生きる者は。見苦しい。


「エゼ・フェルトゥーデ。それが私の名です」


「エゼ……フェルトゥーデ」


 名前など心底どうでもいい。私とお前の関係性ならな。


「フェルトゥーデ。お前は先ほど自分がエルフだと主張したが、ナトロ? だったか、お前が司っているものはなんなんだ? あるのだろう? エルフには固有の能力のようなものが」


 質問を変えた。名を名乗るぐらいだ、こいつにとって、私はまだまだ利用価値があるのだろう。質問の順はバラバラでも問題ない。後で聞けばいい話だ。


 一瞬困った顔をみせたフェルトゥーデは、なにも言わずに移動を始める。後についていった。


「あのステンドグラスに描かれているものが分かりますか?」


 フェルトゥーデは祭壇の方にゆっくりと歩を進め、その先にある教会の目玉、あまりにも荘厳かつ色彩豊かなステンドグラスを指差し言った。雄大すぎる芸術の結晶に、思わず息を呑み、答えを言いそびれてしまう。


「左側が天使がいる天国」


「右側が悪魔のいる地獄」


 ステンドグラスの左側には、大きな翼をもった人々が草原にいる子どもや動物たちと戯れている様子が描かれており、右側にはおどろおどろしく、白骨化した生物たちが、武器を持ち、争いを繰り広げている対極の様相が描かれていた。


「2つの異なる絵図が司るものは」


「生と死」


「そう、言われています」


 いつの間にか祭壇に司祭のように立ったいたフェルトゥーデと目が合う。心中を見透かすような瞳。私の動揺を見逃さんとしているのか。


 生と死……つまりフェルトゥーデは、


 生と死を司る……エルフ。


 そんな神の如くの存在を信じろとでも?


 私を見下し続けるフェルトゥーデと名乗った青年に、反旗を翻すように強い視線を送りつけた。


 嫌悪の色合いが強まっている。もしかするとこいつの正体は……私が想像してた以上に……邪悪であるのかも知れない。


 神など信じたくはないが、天使と悪魔のステンドグラスを背に、神々しい光と共に私を祭壇から見下ろす青年の姿は、まさに神の如くの威光を放っていると思った。

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