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弔いの旅路  作者: クジラ
一章 ヴァンテ村編
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嘘なんかじゃない

 あれはただの夢だった。


 そう思えれば、少しは楽になるのだろうか?


 いつもの農作業の時間、いつもの切り株に座り、いつもと変わらない光景を眺め、物思いにふける。


「そういえば、村の外から来た人がいたよな」


 この村では珍しいことだった。外から人が来るなんてこと、確か名前はローグさんだったか。


「ちょっと相談してみようかな」


 そう、どんな気持ちで、自分の故郷を離れたのか、その時、周りはどういう反応だったのか、今の自分と照らし合わせれば、答えが得られるかもしれないし。まぁ、ただの希望的観測だが。


「親父はまだ家にいるか」


 親父は家にいないことが多くなっていた。


 様子がおかしくなってから今日まで、いったいどこをほっつき歩いているのか、村の人からは、誰もいないところに向かって楽しそうに話をしている親父を見た、なんて話も入ってくるし。


 当然、そんな親父の姿を見た村の人は気味悪がって、悪い噂ばかりする。


 親父が母さんとリアを殺したなんて噂も、その井戸端会議で生まれたに違いなかった。


 これ以上村の人の心象を下げないように、親父には極力、村を出歩かないでくれとは伝えているが、本当に理解してるかはわからない。


 迷う気持ちがいつまでも家を尻目に捉えさせた。それらの気持ちを断ち切るように、俺はローグさんの自宅の前まで向かった。


「フォード君じゃないか、どうしたんだい? なにか急用かい?」


「いえ、別にそういうわけではないんですけど」


「ただ、少し相談事があって、少しの間いいですか?」


「ああ、そういうことなら、いつでも頼ってくれていいんだよ。さぁ中に入りなさい」


 ローグさんは考える素振りをみせた後、にっこりと微笑み自分を家の中に招いてくれた。


「うーん? 親元を離れた時のことかい? そりゃまた、なぁ。なんて言ったらいいか」


「あのときは思いっきり泣いたね。親と仲良かったからさぁ僕」


 自分の問いに少しばかり瞬きの回数が増えたローグさんが、昔を懐かしむように答えてくれた。


「どうしてそんな話を僕に? まさか、フォード君、この村を出るきなのかい?」


 眉が下がり、心配とばかりに語りかけてくれる。


 まぁ、それもそうか……今の俺は、何も事情を知らない他人からみれば、親が大変な時に家を出て行きたがってる親不孝者そのものだ。


「いえ、なんというか、夢をみまして」


「夢?」


 内容を気安く他人に話して大丈夫なのかと思ったが、ローグさんは優しい。差し支えないだろうと踏んで全てを打ち明けた。


「フォード君、それは」


 やはり人に話すのはいいと思った。少し肩の荷がおりたような気がするから。


「僕をおちょくっているのかい?」


「えっ?」


 予想もしない圧の籠もった返事。そうなった理由もわからないまま、どんどんローグさんの顔に怒気が孕んでいく。


「未だに謝罪もないのか。冗談で済ます気はないぞ」


 頭に血がのぼっているのが目視で確認できるぐらい、顔を小刻みに震わせて額に青筋を立てていた。


「なっ、なにか、えっ、おっ、とりあえず落ち着いてください」


「落ち着くのはお前だ!」


 バンッと、怒りが爆発するみたいにテーブルに拳を叩きつけ、フーフーと鼻息荒く、興奮は今だ収まらないようだ。


 ローグさんのあまりの迫力に自然と目に涙が溜まっていく。


「さっきの話の内容、まるで聖書に出てくる、英雄ルギオスがエルフ様に神託を授かった話のようだ」


「その昔、自分も神託を受けたなどという輩が溢れかえったという。それ以来、その虚偽はエルフ様の冒涜とみなされ、もれなく極刑を言い渡された!」


 聖書? 英雄ルギオス? 虚偽? 極刑? 話についていけない。一体何を言っているんだ。


「神託って、そんな、自分はそんなつもりで言ったんじゃ……それにさっきの話は虚偽なんかじゃないです」


「言い訳はいい! エルフ様の冒涜だぞこれは! まずは謝罪をしろ!」


「……す、すいません……でした」


 今にも掴みかかって来そうな迫力に、不服だが謝罪をしてしまった。そうしなければ、会話もできそうにない。


「ふぅ~、あまりにもモラルが欠けている。不幸事が続く君に同情していたが、その気持が薄れたよ。さぁ、出ていきたまえ。君と話すことなどない」


「……はい」


 強引にこの会話を終わらせようとするローグさんに、食い下がろうかと考えたが、火に油を注ぐだけかもしれないと自分を諭す、なので一言、心の奥底から絞り出した返事で終わった。


「ああ、それとこのことは村のみんなに報告させてもらうからな」


 去り際に放たれたこの言葉に、我慢していた涙がポタポタと流れ落ちる。


 親父の顔が思い浮かんだ。


 ただでさえ村で悪くなっている立場を、さらに悪くしてしまった。


「ごめん、親父。俺、また迷惑を」


 家に帰ってからは、親父の顔をろくに見れなかった。


 布団の中、薄れる意識の中で、ふと考える。


 じゃあ、自分に起きたあの出来事は、あの夢は、エルフ様の神託だったのか?


 英雄ルギオス? 自分は聖書の内容なんて知らなかったが、今自分の身に起きてることは、その人がエルフ様に神託を授かったとされている状況と同じなんじゃ。


 こんな話、村の人に言ったら次は殺されるかもな。ローグさんも、もれなく極刑とか言っていたしな。


「はぁ、どうすればいいんだよ」


「でも」


 自分の中で、込み上がってくる思いがある。


「やっぱり俺は、行かなくちゃ行けないんだ」


 神託を受けたんだ俺は、あれは絶対、夢なんかじゃなかった。


 なら、どうする? いつこの村を出る?


 一ヶ月後? 1週間後? それとも明日?


 親父になんて言う? 村のみんなになんて言う? お世話になった人には、贈り物なんて渡した方がいいのだろうか。


 なにを贈る? 山で花でも摘んで来たらいいのか。畑仕事を手伝って回るとか。


 心拍数が無尽蔵に上がっていく、当然、こんな夜に眠れるわけがなかった。


 もし、明日に旅立つとすれば?


 だめだ、想像するだけで胃酸が上がってくる。


「離れたくない、親父と」


 言葉に出して言ってしまった。


 別れが現実味を帯びてくるたび、湧き上がるこの気持ち。


 母さんとリアがいなくなって、唯一、生き残ってくれた。


 俺の人生に、家族以上の大事なものなんてない。


 離れたくない。寂しすぎる。ずっと一緒にいたい。


「俺って、こんなに親父のこと好きだったんだな」


 少しだけ自分を許した。また明日考えてみよう、そうすると眠気も徐々に戻って来る。


 別れは、綺麗なものにしなくちゃ。


 これ以上ないくらい、自分でも納得できる美しい別れ方に。


 目を瞑った。今日はもう考えるのをよそう。


 眠気に身を委ねる。今はそれだけでいい。

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