歩みたい道
辛いとき、いつも思い出す顔がある、母さんとリアだ。それはきっと、しんどい時にはいつも俺を、2人が助けてくれていたからだろうな。だから今、頭に思い浮かんでしまうんだ。
恋しいよ、すごく。母さんとリアがいてくれたら、この旅路で何度思ったかわからない、叶いやしないことだとわかってるけど、もう一度会いたいな。
会ってどうこうしたいってのはないけどさ、いてくれるだけでいいんだよ。そんなもんだろ、家族って。
ああでも、抱擁ぐらいは交わしたいかな、2人の温もりを肌で感じたいし。あと声も聞きたい、笑った声がいい、ふふっ、切りが無いな、こんな妄想をしてると。
幸せだった。失って知った何でもない日の4人で過ごした記憶。
突如として、ぽっかりと空いた心の空洞が、どうやったら塞がるのか、今思えば、そればかり考えていた気がする。無意識に。
だから、選んだ進みたい道。
復讐よりも、やり遂げたいことが俺にはある。
けして村のみんなにした誓いに縛られてるわけじゃない、前提として、至急に心の穴ってやつを塞ぎたいんだ。
じゃないと俺は、本当の意味で、笑えないし、泣けないし、愛せないし、楽しめないし、怒れない。
そのために弔う。自身の成長が、母さんとリアの、生きた価値を高める行為になると信じて。2人の死に意味を付け加えることができるのは、今を生きる俺だけだから。
それが俺に課せられた、けじめ、血の繋がりが紡ぐ、弔いの旅路なんだ。
「そう、それがナイトの答えなんだ」
崩れ落ちた体勢のまま、声がする方へ首を向けた。
「いいと思うよ。カッコいいじゃん。ってなに泣いてんのあんた? はぁ〜締まらないなぁ〜。これだから人間は」
苦笑いとため息を同時に行うミュウルが後ろに立っていた。いつからいた? 神具は選びはもう終わったのだろうか。
「まぁ、仇を討つのは私に任せてちょうだい。どっちみち追及することになりそうだし」
「ごめん、ミュウル。ここまでしてもらったのに、わがまま言っちゃって」
「わがままねぇ……ナイト。別にこれはあんたに対して言う言葉じゃなくて、私自身にも、投げかける言葉なんだけど」
「いつだっていいんだよ。頑張れる時に、頑張ったらいいの。人生って」
また大きなため息でも吐かれる、そう思っていた矢先、ミュウルの口から出たのは以外にも、励ましの言葉だった。ただ、本人の表情は凛々しく、単に元気づけたいというわけではなさそうだ。
「でもね、いつかはやらなきゃいけないのもまた人生」
「相容れない2つの主張が、おんなじ道に同時に成立する理不尽」
「だから……なんというか、人生はおもしろいんだと思うよ。様々なことから逃げ回る時期もあれば、様々なことと戦かえる時期もある、その時期の訪れはみんなバラバラで、誰もが助け、助けられて、濃厚な人間模様ってやつを生み出していくの」
「今の私たちは、きっと、そのおもしろさのど真ん中にいる。少なくとも私はやってやるぞって、ちょっとだけ心が燃えてるよ。神具もあと一個欲しいし、シロナ先輩の頼みごとでもあるしさ」
「ナイトはどう? 熱くなってる? まぁ、どっちにせよ、今言った言葉は、あんたがこれから進む道の、端っこにでも添えてちょうだいな。無理強いするものじゃないから」
俺の励ましでもあり、自分への激でもあるミュウルの言葉。しっかりと胸に受けとった。
いつでもいい、けど、いつかはやらなきゃいけない。ミュウルは、そうやって過去の自分と向き合い、進むべき未来へ向かおうとしているんだ。弱い自分から、強い自分へと心体を切り替えて。
「ありがとう、ミュウル。その言葉、大事に胸にしまっておくよ」
これはたぶん、ミュウルなりの送別の言葉なんだろうな。進む道を違えた者に送る。
「で、と。これなんだけど、どうしようか。ナイトがいらないってんなら、置いて帰ってもいいんだけど、あっ、一応聞くけど、この剣、ほんとにいらない? 後でちょうだいって言われてもあげないぞ?」
と、満足げな笑みを浮かべたミュウルが、ルギオスの剣を指さし念を押す。
「いらない。強くはなりたいけど、自分の力で強くならないと意味がないからさ」
「へへっ、なんだ、やっぱナイトも燃えてんじゃん。そういう熱いの好き! 頑張ろうね、お互いにっ!」
突き出された拳に、拳を合わせる。ちょっと照れくさくなるくらい、ミュウルの晴れやかな笑顔は、俺の目に美しく映った。
「うーんでも、それじゃあナイトは宝物殿に入りながら、なにも持たずに帰った、初めての個になりそうだなー、なんか忍びないし、これ、あげよっか?」
「えっ、この星型のネックレスって」
「ああ、別に気にしなくてもいいよ。紛失しても、ちゃんと私の元に戻ってくる仕組みだから。これ」
ミュウルが手に取っているのは、彼女の神具。針金で星の形を象ったシンボルに、小さな鎖を通したネックレスだ。
「いやいや、受けとれないよそんな大切な物!」
「おっ、似合ってんじゃんナイト! あははっ!」
受けとらないって、言ってるのに。半ば無理やりつけさせられてしまったぞ。
「ミュウルってけっこう強引なところあるよな。ほんとにいいのか? こんな価値のある物?」
「強引〜? わがままって言うのよこれは、私の得意分野」
ケタケタと笑うミュウル。悪びれもないその態度に、思わず俺もつられて苦笑いを浮かべる。
「ふぅ~、じゃあ地上に行きましょうか。あの子たちも待っていることだし」
「あっ、そう言えば神具には、力が宿るって言ってたけど、ミュウルの神具には、なにかあるのか?」
来た道を引き返していた道中、ふっと頭によぎった質問をミュウルに投げかけた。
一瞬、ミュウルはビクッと身体を震わせ、次に声をどもらせながら、発す言葉に戸惑っていた。なんだ? なにか、まずいことでも聞いたのか?
「あー、あの〜……あれだあれ、そう! なんか……いっぱい力が出るみたいな効果が……ある……」
「力って……ミュウル、俺は自分の力で成長したいんだけど……」
「ああ、だっ、大丈夫! そのあたりは! うん、私の神具の効力は……え〜、人が持つ力の域を出ない、みたいな力だから、ちょっとした勇気が湧いてくるとか、度胸がつくとか、そんなの」
「んん、まぁ、それならいいけど」
人の域を出ない力か、やけに抽象的な説明だが、まぁそれならいいか。
「あ、そうだナイト! これ見て!」
「なにそれは?」
ミュウルの指に、行きはなかったオレンジ色の指輪が通っている。もしかしてあれが、
「ふふっ、ナイト。見てなさい」
ちょうど暗い階段に差し掛かっていた頃、暗闇の螺旋階段に向かって、ミュウルが右手をかざすと、
「これは、私の弱点である真っ暗闇を克服するために選んだ神具」
「効力は、強い光をゼロから生み出すこと。これで帰りは安心安全!」
螺旋階段に眩いぐらいの光が灯る。なにか、誤魔化されている気もするが、気のせいだろう。
「おおっ! すごい!」
俺の称賛に気を良くしたミュウルと、少しの談笑をしながら階段を登り切り、アトラたちのいる部屋へと到達する。途中足が吊りそうだったがなんとか登りきった。
「あれ? もしかして、掃除してくれてたの? めっちゃ綺麗になってる〜私の部屋〜! ありがとうみんな〜!」
「遅かったな、ミュウル、ナイト! 待ちくたびれたぞ!」
一瞬、別の場所に来たんじゃないかってぐらい元の汚部屋は清掃されていて、チリひとつ、ゴミひとつ、落ちてやしないピカピカ具合だった。こんなに広い部屋だったか? と疑いたくなるほどだ。みんなの頑張りが見て取れる。
「ああ~今日はいい日だなぁ〜! 神具も貰えるし、部屋は綺麗になるし〜! うーんさいこー!」
「おう。ナイト! お前、どうだった? 神具は、ルギオスの力は、もう継承したのか?」
近くにいたバズズにさっそく本題を聞かれてしまったので、簡潔に俺が選んだ道のことを伝える。
「なにぃい〜〜!! ルギオスの力の継承を断ったぁ〜〜? 正気かナイト!」
アトラを除いて、一同が口を揃えて言い放った。やっぱり、アトラはわかってたんだな、俺がこの選択をすることを。
アトラを流し見ると、親指をグッと立てて、力強く頷いてくれた。なんだろう、いつにも増して格好良く見えるよ、あの澄ましたキザな表情が。
「ああもう、ちょっと落ち着いてみんな。これはナイトが選んだことだから文句言わない! で、ちなみにー、その英雄ルギオスの力は、そこの、あんた! アトラに継いでもらうことにしたから。よろしく!」
「は?」
そうそう、英雄ルギオスの力はアトラに……って、えっ……いま、なんて……。
「はぁああああーー!? 俺ぇ!?」
凛々しかったアトラの表情が、顎が外れるほど開く、見たことのない間抜けな表情へと変貌する。
「そんで、あんたは初代国王として、この城壁都市ディアンスを治めなさい」
「こく、こく……おうおう……俺が俺が……」
ぱくぱくと口を開いたり閉じたりすることしかできなくなったアトラ。場はあまりのぶっ飛んだミュウルの発言に凍りついたように動かなくなった。
憮然と口元に笑みを浮かべた、事の発端であるミュウルを除いて。