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弔いの旅路  作者: クジラ
一章 ヴァンテ村編
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失意の果てに差し伸べられる希望


「おーい、ナイトー。飯ここ置いとくぞ」


「今日はちゃんと食べるんだぞ?」


 返事はしなかった。しようと思ったが声にならない。


 あの最悪な葬式から今日で3ヶ月目。そういえばあれからあまり外に出なくなった。


 みんなの恨めしそうな顔が、数時間に1度は脳裏に浮かび上がってくる。そのたびに外に出る活発性など失ってしまうんだ。


 しばらくして、食事にありついた。


 食事といっても、うちのような田舎にはそれほど珍しい種がない。


 普及率の1番多い種から下に数えて計5種類。焼く蒸す煮る、少ない食材から単調な調理工程を経て作られるこの村の料理は、どれも素朴なもので味気がない。


 まぁ、栄養価は抜群に高いので、文句など言おうものならエルフ教のみんなが黙っちゃいないが。


「うっぷ、親父(おやじ)、多すぎだって。こんなに食えねぇよ」


 いつもの代わり映えしない料理に、運動もろくにしてないので、余計に飯が喉を通らなかった。


「うぐっ、はぁ、はぁ」


 今日は俺を気遣う、親父の言葉があったので無理やりにでも完食を目指した。


 親父は毎日3人分の料理を作っているんだろうかと、ふと疑問に思った。


 母さんとリアのために作ってあげている料理はどうしているんだろう。捨てているんだろうか? 


 もしそうなら、毎度手つかずの料理を見て、親父はその矛盾をどうやって頭の中で処理しているんだろうか。


 苦しい思いをさせているんじゃないか。


 守らなければいけないものに守られている。


 今の現状を言い表す言葉はそれだ。


 ただ、変えれる気がしない。起きてくれない。


 ベットの上から、天井をぼーっと見つめ手を伸ばした。


 空を握る。いや、握ったわけじゃない、そこになにもなかっただけ。


 決意を固めたわけでも、救いを求めたわけでもない。


 やるせなさが、胸の中でずっとぐるぐるしている。それが、なにもない空を握らせた。


「はぁ、もうこんな時間か」


 そう吐き捨て、俺は唯一の外に出る時間、農作業へと向かった。


「っと、こんなもんかな」


 切り株に座り汗を拭う。


 今にも雨が降り出しそうなジメジメした暑さの中での耕し仕事だったので、嫌な汗をどっぷりとかいてしまった。


 耕し種を蒔き収穫、それを毎日繰り返す。


 蒔いた種からものの数10秒で立派な作物が出来上がるのは、エルフ様のおかげだと授業で習った。


 エルフ様が土地を豊かなものにしてくれていると、その証拠にエルフ様の力が及ばない地域では、作物は育つのに1ヶ月、長いもので半分以上かかってしまうらしいし。


 温度や季節にも左右されるそうで、獣や虫にいつでも荒らされ、エルフ様のお力がなくては、ほんらい専門的知識を必要とし、とても根気がいる作業だと。


 簡単なことだった。生きることなんて。


 種を蒔いていれば生きていける、生きていけるようにしてくれている。


 同じ学びやの連中がこの生活に飽き村を出ていこうとも、俺は死ぬまでこの生き方でよかった。


 これ以上を望むことは、贅沢だと思った。


 それだけでよかったのに、他になにもいらなかったのに。


 鼻にまとわりつく泥の匂い、雨が降り出したようだ。


 泥の匂いが濃くなっていく。


 幸福とは、雨に濡れないことだと思った。


 (いと)わなくなるから。


 元より濡れたこの身体に、多少の雨など。


 あれからいくつの夜が明けただろうか。


 今にして思えば、俺があんな葬式を挙げてしまったのは、あの悲劇から止まっていた俺たち親子の時間を、動かさなくてはと躍起(やっき)になっていたからだ。だから色々な後悔を、抱える羽目に……。


「ああ、思い出すな、思い出すな思い出すな、思い出すなよ……」


 ぬるかったはずの雨を冷たいと感じた。感情と呼応するように身体に熱が籠もったからだろうか。


 好都合だ。


 雨が止むまでこのままでいよう。


 熱くなった身体は雨が冷ましてくれる。


 ぼやける視界にあの日の出来事を映しながら、流れてしまえばいいと思った。


 雨と涙と一緒に、記憶も悔しさも、やるせなさも全部。


 心に降り積もったもの全部。


 剥がれ落ちてしまえ。


 今日この日に。


 心拍数が一段と跳ね上がったのを感じた。


「えっ」


 雨の残像に映し出していたあの日の幻影。


「チョラビ」


 その輪郭は鮮明なもので、頭が理解する前に心臓が跳ねた。


 幻影ではなく、眼の前にいる。


 血の気が引いていくのがわかった。


 違和感。なぜ? この雨の中、微動だせずこの至近距離に?


 もしかして、このチョラビは、親父の言っていた……。


 まさか今、母さんとリアの仇が目の前にいるのか?


 俺は今から殺される? それとも……。


 逃げるか、立ち向かうか、どうする。決断の時は待ってはくれない。


「うわああーー!」


 手が先に出たか足が先に駆けたか、とにかくチョラビ目がけて強引に身体を動かした。


「待てっ! 逃げるな!」


 チョラビは俺から背を向けて森の方向に、飛ぶように駆けていく。


「はぁ、はぁ。どこ行った」


 森に入った矢先に見失った。


 まだ近くにいるか? いや、この雨じゃ音も頼りにできない。


 完全に逃がした。


「んっ? なんだこれ?」


 呆然と立ち尽くしていた時だった。


 視界の端くれになにかが落ちていたのが見えたので、それを拾い上げる。


「コインか? 見たことないなこんなの」


 やけに軽い素材でできている小指ほどの大きさのコイン。真ん中には数字で10000と書かれていて、白と黒の縞模様がコインの縁を1周している。


 誰の落とし物だ? 村の人でもこんなところ来ないぞ。


 まさか、あのチョラビが落としたってことは、ないよな。


「くそっ」


 うつむき両膝を両拳で叩いた。


 逃がしたことが悔しかったわけじゃなく、これは情けない自分に活を入れるために叩いた。


 ホッとしていた。心底。


 力が抜けて足が震えている自分が情けなかった。


 誰かが、俺に話しかけている。


 あれから、いつ寝たのか記憶も曖昧なくらい、自宅で深い眠りについた先のことだった。


 そこは、なぜか明確に夢と理解ができる世界で、俺は、直視できないほど眩しい光の向こうにいる存在に話しかけられていた。

 

「なっ、なんて言ってるんですか? よく聞こえないです」


 思わず肩の力が抜けてしまいそうになる穏やかな女声が、しきりになにかを言っている。


「……きなさい……南……先へ……」


「南……の先へ?」


 なにかとても大事なことを相手が言っている気がして、耳を澄ませるが。


「カジノ……砂漠の……へ」


 カジノ? 初めて聞く言葉、それに砂漠って、あの砂漠のことか? 


「チップ……させます……真実を……仇討ちを……」


 チップ? 真実、仇討ち、これは、俺に向けての言葉なのか?


 いや、ほんとうはわかっている。


 これは夢という名の現実で、俺に差し伸べられた、救いの手であるということ。


 そう確信できるほど、格式高い意向を声の主から感じる。


 まだまだこの心地の良い声に耳を傾けていたかったが、俺のそんな気持ちをよそに、夢の世界はぐにゃりと形を変え、意識が真っ白の世界に沈んでいく。


「ただの夢じゃないよな。今のはさすがに」


 目覚めてすぐ、妙に冴えてる頭で現状を整理する。


 ノイズが所々あって全てを聞き取れた訳じゃないが、南の先、カジノ、砂漠、チップ、真実、仇討ち、が、はっきりと声の主から聞き取れた言葉だ。


 南の先へってのは、この村から南に行けってことでいいんだよな?


 で、カジノとチップって単語。町の名前とかか? そこを経由して砂漠に向かえということか?


 そして、真実と仇討ち。


「ふぅ」


 深く息を吐く。


 あまりにも意味深な言葉だった。


 今の俺にとっては。


 真実とはなんのことを指す?


 この狐に摘まれたような話の、靄を晴らしてくれるようなことか?

 

 それとも、事の根底から覆してしまう、とんでもないものか?


 どちらにせよ、最後に聞き取った言葉が仇討ち、という言葉である限り、その真実とやらは、俺の人生にとって大きな意味を持つのだろうな。


「仇討ちか」


 口に出して言ったその言葉に、胸の中の何かがざわめく。


 濃い霧のように広がっていくそれは、なにをすれば晴れてくるれのか、それともなにもしなければ次第に晴れていってくれるものなのか、この初めて抱く感情に、どう対応してやればいいのか、見当がまるでつかなかった。


「村のみんなになんて言ったらいい」


「夢で砂漠に行けって言われましたなんて、俺までおかしくなったって、噂になっちまうよ」


「それに」


 そう、今の親父を残して長旅に出るなんてできるのか? いや、許されるのか? そんな背徳的な行為が。


「いや、でも、これは」


 深く考えると呼吸が苦しくなったので、長い溜息を吐いて心を整えた。


「俺は、行かなければいけない気がする」


 意を決した。と言うには少し手応えが弱いと自分で感じた。


 この方25年、俺はこの村を出たことがない。


 この家を出て、この村を出て、たったひとりで生きていく、そんな自分を想像できない。


 考えていた。自分がやらなきゃいけないこと、自分ができなさそうなこと。


 そしたら、昼が来て、すぐに夕方になって、一日が終わった。


 俺はずっと、生涯、こうして悩んで、怖くなって、手をこまねいて、自分の中の勇気や意気地を、他人事のように見ていることしかできないんじゃないだろうか。


 いくらやることがあるからって、やれと言われたからって、やりたいと思ったからって、それを行動に移せるかは別の話。


 気が沈む。光が差したからこそわかる深さもあると知る。


 でも、届かないないならずっとこのまま、あの光に手を伸ばせないなら。


 俺はこのまま、ずっと変われない。


 そんな気がした。

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