初めてのギャンブル
金ピカハゲ頭野郎ってのはダンさんことだよな、普通に考えて。
そういえば、ダンさんが言っていたっけ、俺を助けた奴は別にいて、自分は治療をしただけだと。
整合性はとれている。なら、この人たちは、第2の命の恩人、ということになるのか。
「ああ、礼なんてしなくていいぜ。あんな砂漠のど真ん中で、俺に見つけられた、それはお前の運の強さにほかならねぇ」
「いい運持ってるぜお前、この街、ディアンスじゃ、特にそいつが必要とされる」
情緒の豊かな男だと思った。身振りや手振り、表情がよく変化するなど、俺と違って、なんというか、人生の時間が経つのが早そうな奴だ。
「おい、お前らも自己紹介しな」
「へい!」
「じゃあまずあっしから……へへ」
後ろの4人が、アトラの合図を皮切りに、素顔を晒し自己紹介を始めた。
この中じゃ、アトラが1番歳が若そうなのに、すごいな。よほど優秀な奴なのか?
サポと名乗ったのは卑屈そうに笑う小柄な男。次にガタイのいい大男2人が、ベズズ、バズズ、と名乗り、名前も顔も似てるから覚えやすいだろ? っと気さくな笑顔をみせる。そして最後に、細い目をしたコッセ。こちらはあまり乗り気じゃないのか、目線を合わせてくれなかった。
以上が後ろの子分? の自己紹介、コッセ以外は褐色肌だった。名字まで覚えきれそうにないので、今は名前だけ覚えておこう。
「よし、じゃあさっそく本題に入るぞナイト」
「あの金ピカハゲ頭野郎のことについてだが」
まじまじと向けられる、その大きな目の迫力に、思わず目をそらしてしまいそうになった。
「なにか、お前に変なことをしなかったか?」
「変なこと?」
「まぁ、見たところ怪我も治ってるし、なにもされてはなさそうに見えるが、一応な、どうだ?」
されそうにはなっていた、うろ覚えだが、よからぬ企みも、この自警団が抑止力となって、事なきを得たようだが。
「いいや、別に、見た目は怖かったけど、普通の医者だった」
義理を果たすことに決める。
理由はどうであれ、命の恩人に変わりない。人間更生薬だったかの、試作品を使われそうになったことは話さないでおこうか。
「ダウト」
俺の鼻先にアトラの人差し指が、突きつけられた。
なにがなんだかわからないが、アトラの迫真な顔と、後ろの4人の険相な顔を見て、俺は、よからぬことをしたのだと察す。
「おめぇ、兄貴にっ!」
「落ち着けサポ」
手振りひとつで、なにかぶつくさと言って黙るサポ。緊張が走る。
「ああ、ダウトってのは、嘘だ! って意味さ。ナイトがたった今、ついた嘘に対して、俺がそう宣言した。当たりだろ?」
血の気が引いていく、動揺しまいと平静を装おうとすればするほど、自分の動作のひとつひとつが、情報を漏らしているような気分に陥った。
「俺は、他人が嘘をついているのか、ついていないのか、わかるのさ。ちょっとした特技ってやつだな」
「へへへ、兄貴は凄いんだぞ〜。兄貴の前じゃ嘘なんかつけねぇ! 絶対にな! 観念してほんとのこと言いやがれ!」
サポが意気揚々と語気を強め、距離を詰めてくるが、ふっと、出されたアトラの右手に静止させられた。
面を食らったサポは、隣のアトラをまじまじと見つめる。
「嘘っていうのにも種類があるんだ」
「いい嘘、悪い嘘、気高い嘘、優しい嘘」
「お前のは、優しい嘘だ。よくしてもらったんだもんな。あの金ピカによ。俺でもそうするさ」
「ふふっ、怒っちゃいないよナイト。肩の力抜け」
いつの間にか、がちがちになっていた肩を、アトラが揉みほぐしてくれる。
俺はその間に深呼吸をして、冷静を取り戻すことに務めた。
「まず、事情を説明しようか。話すか話さないかは、その後に決めてくれ、いいか?」
落ち着いた俺に対して、アトラは優しい口調で接してくれる。
素直に頷くことができ、アトラの言葉に耳を傾けた。
「さっき俺は、この街のことをディアンスと言ったが、正確には、ディアンスの跡地なんだよ、ここは。本当のディアンスはここを少し歩いた先にある」
「大昔にもぬけの殻になっちまったこの街は、今やディアンスにいられなくなった人間たちの、吹き溜まりと化していて、あらゆる犯罪が毎日のように起きる危険地帯となっている」
アトラは、簡明にはきはきと話しを続ける。
「人権ってもんがないんだ。ここにいる奴らには。だから殺されても、殺しても、罪になんか問われない。おかしいだろ?」
「まぁ、そうなったのは自業自得でもあるんだが、ああ、この話は後で話すよ。今は金ピカの話だったな」
金ピカ、ダンさんの話か。
「でだ、この付近で、人が消える現象が続けざまに起こっているとたれこみがあった。まぁ、人を見た目で判断したくはないが、あの金ピカが怪しすぎるってことで、探りを入れてたんだよ。そんな時、大怪我を負ったお前を見つけた」
「医者だということは知ってたから、ほんとにお前を治療するか試したかった。だから俺は、お前らを金ピカの家の前に置いた」
「結果は、潔白も潔白。疑った俺が恥をかくほどの、な」
アトラが目線を外し、遠くの方を眺めた。
「俺はさぁナイト。ここに住むみんなが、いつかディアンスに帰れる日を夢見てる。諦めちまって、魂まで荒んじまってる奴ばっかだけどよ。いつの日か人権を取り戻してさ。自警団も、そんな思いから立ち上げたんだ」
「だから、もし、あいつが、ここの連中に悪さをしてるなら、隠さずに教えてくれ。頼む」
神妙な面持ちで、実意を語るその様に、胸を打たれる。
ダンさんには悪いが、俺は、このアトラという青年に、全て話すことを決めた。
「そっ、そうか、ぷふっ。にっ、人間更生薬の試作品ねぇ、ぷはっ」
「ギャンブル狂い共を、治すっ薬っ! ぎゃはははははは!」
アトラも含めた5人の笑い声で場は賑わった。
「ひー、そんなもんあるなら、ふー、俺にも使ってくれよ!」
「あのおっさん、なんてもん作ってんだ! くはははっ!」
サポとバズズが手を叩いて言う。
「あー、おかしい」
ベズズもコッセも腹を抱えて笑っていた。
そして、しばらく経ち。
「まぁ、聞き捨てならないところはあったが、そんなに悪いやつじゃなさそうだな。ダン・オルガットって奴は」
「ありがとうナイト。正直に話してくれて、おかげで余計な争いをせずに済んだ」
まだ、若干ニヤけているアトラが、感謝の意を述べる。
別に大したことはしていないが、なぜかこの青年に礼を言われると気分が高揚した。
カリスマ性というやつだろうか。
「ナイト、俺たちのアジトに来いよ。話の続きはそこでやろう。まぁ100パーセント安全なところとは言えねぇが、ここで野宿するよりはマシだぞ」
願ってもない提案をされる。
「いいのか? そんな」
「ああ、まぁ、ちいと働いてもらうがね」
「えっ、ってことはやらせるんですかい、あれを」
バズズが驚いた表情で言った。
「せっかくだしな、ま、おもてなしってやつさ。ほら、行くぞ」
アトラが先陣を切り、このディアンスの跡地を歩いていく。
「気になるか? なにをやらされんのか」
「そりゃあ、ちょっとは」
「ふふっ、安心しろ。仕事の内容はただの食料運びだ。森まで歩いていって、食材と水を担いで持ってくんのさ」
森ってのはヴァント山地の森林のことか。うう、あそこにまた行くのか。気が引けるな。
「あの背中の傷、先祖返りのビングベアーにでも襲われたんだろ」
「あっ、ああ」
俺の表情を察しての発言か、やっぱり鋭いなアトラは、心を常に覗かれている気分だ。
「俺たち、特にバズズとベズズは腕っぷしが立つ。心配すんな」
腕っぷしか、あんな化け物相手に、人間なんかが、どう立ち向かえるのか疑問だが、アトラがそういうなら大丈夫なんだろうな。
あれからしばらく歩いた。
怖いくらいに人っ子ひとりいない街を進み、たどり着いたのは、あたりの建物より数倍は大きい家の前だった。
「ようこそ、俺たちのアジトへ、歓迎するぜ」
立て直しているのか、ここだけ外装が綺麗で違和感があった。
「おーう、野郎どもー今帰ったぞー」
「おおっ! アトラー! みんなー! おかえりー!」
人の多さと、中の広さにがまず目がいった。
大きな円形のテーブルが、10個ほど等間隔に置かれていて、その周りに、5人ほどがテーブルを椅子で囲み、各自、飯を食べたり、雑談をしたり、なにか見たことないもので、遊んだりしている。
2階につながる階段まであって、2階は個室になっているのか、ここからじゃ奥まで見えないが、かなり広そうだ。
「新しい仲間ができたぞ! ナイトだ! よろしくしてやってくれ!」
「おお! よろしくな! ナイト!」
屈強な男たちからの、勢いある挨拶に、困惑気味に返事をした。
「じゃあ早速やるか。あれを」
「ナイトは初心者だからな。まずは、ブラックジャックからいこうか」
奥にあるカウンターテーブルまで案内されると、いつの間にか手に持っていた手のひらサイズの紙の束を、アトラがしゃかしゃかと手際よく混ぜ始めた。
「コッセ、ルールを教えてやってくれ。あと今日は俺がディーラーをやる。さっ、みんな席に座れ座れ」
カウンターの奥には調理台やら調理器具があり、アトラが大きな樽の蓋を開け、樽のコップを浸し、中の水を掬う。
5人分の飲み物が出され、それを4人が、ごくごくと豪快に飲み干していった。
「かーっ、うめぇ~」
各々が、その飲み物に賛辞を送り、おかわりを要求する。
そんな賑をみせるなか、コッセにブラックジャックとやらのルールを教わった。
「頃合いだな。ナイト、今から始めるのは、ただの遊びじゃねぇぞ」
「ふふっ、これはなぁ、人が最っ高に熱くなれる遊戯! ディアンスの象徴であるカジノが誇る! ギャンブルって遊びだ!」
両の手を広げ、そう高々と宣言するアトラ。周りの連中が盛り立てるように、惜しみない拍手と、歓声を送った。
聞き逃がせない単語があった。そう、カジノという単語。神託で聞いたものと同じ。
「お堅い外の世界にはない、欲望渦巻く魔境の世界。あるものには永遠の富と栄光をもたらし、あるものには地の底までの転落と、破滅をもたらす」
「カジノには、この世界のすべてがある」
ごくりと生唾を飲み込む、破滅と栄光。カジノの正体は、そんなに危ないものだったのか。
「本来はチップを賭けるんだが、今日はチップの代わりに労働量を賭けるぜ。負けたやつは人の倍働くんだ。どうだ、ぞくぞくしてきただろ?」
チップという単語まで出てきた。
そして、見覚えのあるものが配られる。
それは今、俺が紛失してしまっている、ラコがくれた、あのコインの色違いだった。真ん中には数字で1と書かれてある。
「そのチップは後で回収するが、わかりやすくするために配っとくよ。ひとり5枚から始めて、最終的に多く持ってたやつが勝ち、少ないやつの負け」
労働量を賭けたギャンブルが始まった。というか、これがチップだったのかよ。ラコ、すまん、ずっと渡してくれてたのに、気づいてやれなくて。
足元にお利口に座っているラコを、謝罪ついでにひと撫でした。
そうこうしている間に、カウンターテーブルに座る5人の手元に、2枚ずつカードが配られる。
俺に配られたカードは、スペードのキングとダイヤの9。これはトランプといって、1組最大数13枚のカードが4組、合計52枚のカードで遊ぶギャンブルにはつきものの遊具だそうだが、確かこの遊びじゃ、10以降の数字は、すべて10としてカウントするんだったよな。
21の数字を越してしまったら負けで、21に数字が近いほど勝つ。なら、俺の手札の合計値19は、なかなかに強いんじゃないか?
アトラ側には1枚公開されているハートの8があった。
チップを1枚場にだし、スタンドという、教えてもらったハンドゼスチャーをして、これ以上は引かないという意思表示をした。
アトラがオープンした、もう一枚のトランプの数字はスペードの8。
おいおい最弱じゃねぇかと、アトラがニヤけながら、カードをもう1枚引いた。
ディーラー側は必ず17以上の数字になるように、カードを引いて行くのがルールだそう。ちなみにカードを引くことを、ヒットというらしい。
「バースト。ちくしょう全負けか。幸先悪いな」
21を超えてしまった場合のことをバーストといい、プレイヤー側がバーストしてなければ、この時点でプレイヤーの勝ちが決まる。
全員勝ったようだ。チップが1枚賭けた分だけ増える。なんだか、楽しくなってきたな。これが、ギャンブルか。
思ったより簡単な遊びで、時間がすぐに過ぎていった。俺のチップは5〜8枚をいったりきたりしている。
順当にことが進んでいるように思う。
カジノ、チップ、最初はなにがなんだかわからなかった言葉も、今や判明した。
「アトラ。カジノってディアンスのどこにあるんだ?」
向かわなければならない。きっと、旅路の目的地はその場所にあるから。俺はそこで、真実とやらを知るのだろう。
「おおっ? ナイト〜さてはハマったな? ふふっ、いいぞいいぞ。やっぱ楽しいよな。ギャンブルってやつはよ」
「ただ、カジノの行くにはちょっとばかし下準備が必要でね。すぐには行けないぜ」
ギャンブルも終盤に差し掛かる。
アトラのカードはハートの1。1は11ともカウントでき、1番強いカードだ。
対して俺の合計は16、これ以上引けばバーストしてしまう可能性が高いが、台をとんとんと、2回指先で叩き、ヒットのハンドゼスチャーをする。
配られたカードは、ダイヤの5、合計21、いい手だ。相手がブラックジャックでさえなければ勝てる。
「ブラックジャックだ。悪いな」
「そんな〜兄貴強いってもぉ~」
「はぁ~これであとチップ1枚か、今日は全然ついてないよ」
サポとベズズが嘆きの声をあげる。顔が生気を失い、目が虚ろだった。転落と破滅。さっきアトラが言った台詞が脳裏をよぎった。
1と10以上のカードを初手で引く、それがブラックジャックといって、このギャンブルで1番強い手だった。21をそろえた時に出るなんて、ついてないな。
「ナイト。カジノに行きたいならよ。俺たちの、仲間にならねぇか?」
「俺がか?」
唐突なアトラの提案に心拍数が上がる。
「行きてぇんだろ? カジノとチップって言葉を聞いた時、すげぇわかりやすく動揺してたぞ」
誘いは嬉しい、が、即決はできそうにない。わからないんだ。カジノに行った先の自分の結末が、だから容易には決めれない。
「わかったよ。無理にとは言わない。ただこれだけは言わせてくれ」
「俺たちの仲間になれば、100パーセント、カジノに行ける」
「執念が違うんだ。特に俺はな」
アトラの眼光が急に鋭くなった。
「俺はな、人生の全てを賭けた大勝負に負けて、全てを失い、ここに流れ着いたんだ」
心底悔しそうに呟いたアトラのその言葉に、プレイヤー側全員が手を止め、みんな歯を食いしばり下を向いた。
「世界で1番、誇り高い嘘をつく女」
「嘘つき女王の異名を持つ、ディーラー。レミィ・アルベインに、あるギャンブルで、完膚なきまでに叩きのめされてな」
レミィ・アルベイン。嘘を見破るのが特技だと言っていた、アトラが負けた相手が、よりにもよって嘘つき女王? そんなことあるのか。
未だ唇を強く噛み締めるアトラ。よほどの無念だったと伺える。
そこには竜巻のように渦巻く因縁が、ごうごうと立ち上っているように見えた。