第30話:君は何も悪くない~サミュエル視点~
僕には子供の頃から、大好きな子がいる。その子は幼馴染でこの国でかなりの権力を持っているマディスン公爵家の次女、キャリーヌだ。兄や姉がいるせいか、末っ子気質で、甘えん坊のキャリーヌ。そうかと思えば、意外としっかりしているところもある。
僕を見つけると、嬉しそうに駆け寄って来るキャリーヌを見ると、僕もつい抱きしめてしまうのだ。そしていつも
“キャリーヌ、僕は君が大好きだ。僕たち、ずっと一緒だよ”
そうキャリーヌに伝えていた。キャリーヌも
“私もサミュエル様が大好きです。ずっとずっと一緒にいたいし、サミュエル様のお嫁さんになりたいです”
そう言ってくれていた。その言葉が嬉しくてたまらなかったのだ。キャリーヌがいてくれるだけで、僕は幸せだった。
でも…
2つ上の兄でもあるジェイデンも、キャリーヌに好意を抱いていた。キャリーヌも兄上の事は、嫌いではない様だ。よく2人で楽しそうに話している姿を見かける事もあった。
そう、僕にはすぐ近くにライバルがいるのだ。でも、きっと大丈夫。だってキャリーヌは、僕の事を好いてくれているのだから。
それでも僕は不安だった。兄上は王太子で、次期国王になる。それに対して僕は、いずれ家臣になり、公爵の名をもらう予定になっているのだ。
次期王妃と公爵夫人なら、きっとキャリーヌは次期王妃の方がいいだろう。それにマディスン公爵だって、娘を王妃にしたいはずだ。そうなると、キャリーヌは…
年齢を重ねるにつれ、そんな事ばかりを考える様になっていったのだ。
そんなある日
「サミュエル様、最近元気がないようですが、どうされたのですか?」
心配したキャリーヌが、話しかけてきたのだ。
「キャリーヌはやっぱり、将来王妃になりたいよね?僕は国王になれないから…だから…その…」
思っていた気持ちを、それとなくキャリーヌにぶつけたのだ。正直キャリーヌの顔を見るのが怖い。つい俯いてしまう。そんな僕の手を握ったキャリーヌ。
「サミュエル様は、そんな事を気にしていらしたのですか?私は王妃殿下には興味がありませんわ。もし許されるのなら、好きな人と結婚したいです。サミュエル様と」
そう言うと、少し恥ずかしそうに笑ったキャリーヌ。
「本当かい?僕を選んでくれるのかい?」
「ええ、もちろんですわ。私はサミュエル様をお慕いしておりますから」
そう言ってほほ笑んでくれたのだ。キャリーヌは僕を選んでくれる。それが嬉しくてたまらなかった。
でも…
世の中そんなにうまくは行かないものだ。
兄上が10歳になり、そろそろ婚約者をとの話になった時だ。兄上は
“相手がキャリーヌでなければ、絶対に嫌だ。キャリーヌと結婚できないなら、僕は王太子なんてやめる!”
そう言いだしたのだ。これには両親も家臣たちも大焦り。なぜか我が国では、よほどの理由がない限り、第一子が王位を継ぐことになっているのだ。
その為すぐに兄上とキャリーヌの婚約を結ばせようとしたのだが、当のキャリーヌの父、マディスン公爵が、娘の意見を大切にしたいと言い出した。
その結果、キャリーヌが王宮に呼び出されることになったのだ。僕もその場に出たいと訴えたが、それは叶わなかった。その代わり、キャリーヌの様子を、別室のモニターで見る事が許されたのだ。
まだ8歳のキャリーヌは、大人たちに囲まれて、物凄く不安そうな顔をしていた。
“キャリーヌ嬢、ジェイデン殿下が、どうしてもあなた様と結婚したい、あなた様と結婚できないなら王にはならないとおっしゃっていらして。どうかジェイデン殿下との婚約を、受け入れていただけないでしょうか?”
“キャリーヌ嬢は公爵令嬢ですから、ご自分のお立場を十分理解しておられますよね?
まだ8歳の少女に、次々と大人たちが圧を掛けていく。
“私は…”
今にも泣きだしそうなキャリーヌが、スカートをギュッと握って俯いてしまったのだ。
“皆様、キャリーヌをそんなに追い詰めないで下さい。キャリーヌにはキャリーヌの思いが…”
“マディスン公爵、何をおっしゃっていらっしゃるのですか?そもそも、キャリーヌ嬢は公爵令嬢でしょう。家の為に嫁ぐのは当然です!キャリーヌ嬢、もしあなたがジェイデン殿下を拒めば、皆が困るのです。もちろん、マディスン公爵家にも、多大な迷惑がかかるでしょう”
“おい、まだ8歳の娘に、その様な事は…”
“実際そうではありませんか?公爵も公爵です。キャリーヌ嬢を説得するのが、あなたの役割でしょう”
“皆様、お父様を責めないで下さい。ただ、私は…”
きっとキャリーヌは、僕の事を思ってくれているのだろう。
「キャリーヌ、もういいよ。僕は君が皆に責められる姿を見るのが辛い。だから…どうかもう…」
必死にモニターに向かって叫んだ。その後も兄上や貴族たちの圧が続き、ついにキャリーヌは…
“わかりました…ジェイデン様の婚約者になりますわ…”
そう呟いたのだった。
キャリーヌが承諾したことで、これで会議が終わったのだ。次々と部屋から出ていく貴族たち。ただ、キャリーヌは動こうとしない。父親に促されても、動こうとしないのだ。そして…
“サミュエル様…ごめんなさい…本当にごめんなさい…”
涙を流しながら呟くキャリーヌ。
「君は何も悪くないよ。僕の方こそごめんね。どうか兄上と幸せになって」
溢れる涙を堪える事が出来ずに、僕はモニターに映るキャリーヌにそう呟いたのだった。




