全てはここから始まった
現実の世界と、ゲームの世界は別の存在。
だからこそ、ゲームの世界では自由にキャラクターたちの運命を決めることができる。
それがたとえ、どんな悲惨な運命であっても世界のシナリオから抗うことができないのだ。
それが、架空の世界での定められたものだというのは、自分自身がよくわかっていた。
それでも、今手元にあるスマートフォンで見ているソーシャルゲームのシナリオは酷いものだった。
そのうちの一人である脳筋でツンデレな王子こと「アイゼフォン」は涙が出てきてしまうほどに、悲惨なものだった。
いずれ国を導く王となる存在なのに、主人公とヒロインを助けるために自分が身代わりとなって魔物たちに惨殺されてしまう。最期に見せた彼の泣きながらの笑顔は、心臓が抉られるような気持ちになった。
「こんなシナリオってないだろう……」
このシナリオを書いた人は、あらゆるユーザーから人の心がない、と評判のシナリオライターだった。それでも、この世界はそのシナリオで有名になったのだから複雑な気持ちになる。ごく普通の社会人男性で、ひとりのユーザーでもある僕はスマートフォンを投げ出して、眠りに落ちていく。彼が助かる輝かしい未来があればいいのに、と強く願いながら。
かた、カタカタ。微かに聞こえるタイピング音。
周囲にある謎の電子信号。
僕が目を開けた時、そこは謎の電子空間だった。
「ようやく目が覚めたか。確か君は……あぁ、アオイくん、だったね?」
「え?なんだろう、最近やったソシャゲで見た気が……」
「そうだよ。君が言うソーシャルゲームに出てくる全能の神が私だ。君は、この世界のシナリオを変えて、とある王子を助けたい、と願っている。間違いないかね?」
僕は未だにゲームをプレイしている最中なのだろうか。それにしても、ゲームでは自分自身の名前を使ったことはないし、こんな台詞は聞いたことがない。戸惑っていると、神はニコニコ笑っている。
「あぁ、戸惑わせてごめんね。君があまりにも優しい人だから、この世界を変えてほしいと、私が願ったからこうして会話しているんだ。夢の中でね」
「夢の中でユーザーと会話できる神とかすごすぎない?」
「褒められてしまったね。ははは!それはともかく、さっきの質問のお返事を聞けていないのだけど、どうなのかな?」
さっきの返事、というと、王子を助けたいか、という話だったと思う。それはその通りだと、頷くとそれだけで良かったらしく神の手元に一枚の紙とペンが現れた。
「王子を救うことができる手段はあるんだよ。それは、私と契約をして属神となることだ」
「属神って、なんですか……?」
「言葉の通り、神の配下となる神様のことさ。君たちの社会でいう、社長の下に部長がいるような、そんな感じだね」
大まかな説明を受けて納得する。あの世界では、この神様が主神であり絶対的な存在だ。
その人を差し置いて、神を名乗ればいきなり追われる身となるのが理解できる。
「それで構いません。そういえば、なんと名乗ればいいんでしょうかね?」
「そうだねぇ……本名を知られてしまうと神様はその世界に縛られてしまうから……うん、アオ、と名乗るといいよ。その方がとっさに出やすいだろう?」
「確かに。下手に違う名前よりかは出やすいと思います」
「ふふ、話しやすくて助かるよ。では、世界を頼むよ。属神アオよ」
神様がそう告げると、眩い光に包まれる。
再び目を開けると、そこは間違いなくソーシャルゲームの舞台となるファンタジー世界だった。
目の前に佇む巨大な建造物は、聖女が見つかる大神殿。
おそらくここで話を付ければ、あの王子とも接点が付くだろう。
そう考えて、そのまま大神殿へと向かう。
僕はこうして、彼を救う第一歩を踏み出した。