温暖化ポストアポカリプス
自然を感じぬコンクリート造りの地下シェルター。錆びた壁に似合う古ぼけたLED。敷布団とはいいがたい床に置かれたマットレス。そんな自室で机に向かい、オレは腕時計を修理していた。地上が滅ぶ前に中流で流行った機械式モデル。
「温暖化で世界が滅ぶにしてもよ。衛星まで死ぬのはおかしくねぇか? GPSやら何やら全部使えねぇ」
腕時計の持ち主たる、クーラーカーの運転手がそう言った。オレ含め、シェルターで暮らす人は彼を「運ちゃん」と呼ぶ。灼熱の地上を唯一長距離移動できることが可能なクーラーカーの主。彼はみんなから頼りにされる。
オレの返答を待っているので、眼鏡をかけなおして言う。
「死んだのは地上のほうだよ。情報を受け取れないからGPSも意味ない」
「あーそっちか。じゃあ施設を造ればいいのか」
タンクトップの彼は汗も気にせず禿げ頭をなでる。オレはちょうど腕時計の修理を終える。鉄臭い机から身を起こし、眼鏡を外して汗まみれの額を拭う。
「はいよ」オレは運ちゃんに腕時計を渡す。「うちらの時計に合わせたよ」
「ありがてぇ。外で動く時間は死の時間だからな」
氷を二つだけ入れた生ぬるい水がコップで二つ、オレたちは飲む。これから特に用事もないのでダラダラ雑談。大昔には氷をたらふく食べられただの、ゴキブリは食べ物ではなかっただの、シェルターのクーラーは持つかだの……運ちゃんが一方的に語ってきた。
ブゥー! 突然放送が始まる。「いきなりだな。俺か?」「運ちゃんの呼び出しだろう」
「技術担当者は今すぐ指揮室へ出頭せよ!」
それで放送は終わった。
「技術担当って?」とオレ。
「あんちゃんのことだ」と運ちゃん。
水を飲み氷を食べ部屋を出た。
この地下シェルターは工事を重ねて迷路となっている。所々に貼ってある地図を看板を見て、なお迷う。シェルターはブロックごとに別れており、道すがら人にAブロックの指揮室までの道を聞いて回る。クーラーが効いても暑いことに変わりなく、住民たちも薄着で汗をかく。少しなまめかしい。
「……から右、まっすぐ、左、右です。道中長い廊下があります」
「助かります。それでは……」
道を教えてくれた女性に感謝をし、歩き出そうとすると、
「この前水道を直してくれてありがとうございます。お礼は改めて送らせていただきます」
「いやいや、大丈夫ですよお気持ちだけで」
とは言いつつも、道行く人に呼び止められ「この前は」と言われる。うれしいが、今すぐ出頭しろと言われたのだ。商業エリアでは酒にも誘われた。飲酒は許可がないと重罰なのに。
ようやく、女性に教えられた長い廊下へ来た。地図を見るとここからBブロック。俺がいたのはCだ。なんで一本線で来られないのか。
重い扉の開閉スイッチを押す。一瞬空間が揺らぎ、放たれた熱が襲い来る。クーラーが効いてないようで、五十度は超えている。熱風で汗が噴き出す。換気なんてないから見事な蒸し料理にされてしまう。だが回り道はない。
息を荒くしながら通ると、前から人の集団。そしてまた、放送のブザー音。
「現在Bブロックはクーラーの故障により、立ち入りが制限されています」
「おせーぞ!」
オレが文句を言うと、集団を誘導する警備員が愚痴をこぼす。
「すまんな。熱中症患者ばかりで……」
……色々苦労しながらBブロックを抜け、Aブロックに着いた。このブロックには指揮室がある。
部屋に着いてもすぐには入れず、まずは体を流し常温の水を飲みやっと入室できた。
「やぁ、苦労をかけるね」
長い黒髪を揺らし、オレに話しかけてきたのはリーダー。このシェルターをまとめる女傑。紙とペン、無線機などあらゆるものが並ぶこの指揮室で、リーダーだけが涼しげな表情。この人はいつも余裕を見せる。
「まず、この世界についてどう思う?」
……余裕がありすぎて演説を好んでいる。
「まぁ、地獄ですかね」
「そうだとも。気温六十度で湿度百パーセント。人間の排熱機能を殺しに来ているこの熱は、もとはと言えば我々人類が作ったとも言える」
リーダーは右へ左へ、オレを見ながらウロウロ。仕事しているスタッフたちは気にしていない。
「この熱は地上の文明を滅ぼした。無理もない。寒さは着込めばどうにかなる。だが暑さは骨になってもなお暑い。人類はこの殺人酷暑にじわじわと首を絞められ、ついに地下に追い込まれた」
そういえばリーダーは薄着だ。だが欲情しようにも地下は暑すぎる。
「だが人類は死滅していない。その命を支えているのはクーラーだ。温暖化を進めると言われるこれが、私たちを生かしている。その生命の源に、危機が迫っている」
「えーつまり、クーラーが壊れていると」
「その通りだ。話が早くて助かる」
あんたの話は遅すぎ長すぎ助からない。もちろんこんな文句言えないが。
仔細を聞くと、外のクーラー機器が壊れているそう。シェルター内部から直接修理することは不可能。地上に出て、直しに行かないとダメなのだ。
Aブロックの人間用出入口ハッチまで行き、複数のスタッフから処置を施される。スプレーや薬を塗られて、潜水服みたいなゴテゴテのものを着せられる。これはクーラースーツ。いわゆる耐熱スーツで、極熱の外で十分間活動できる。
着替え室を抜け、まだ使わないシャワー室を抜け、出入口ハッチ。
「お気を付けて!」
スタッフが解れの挨拶。スーツのせいで狭い視界の中、警告灯がグルグル回る。重苦しいスーツでめいっぱい動き、まさかの手動でハッチを開ける。
涼しいスーツ内でも解る、恐ろしい熱の風。早めにシャッターを閉め、まぶしい殺戮日光と影を浴びた。
外は、未開かつ危険なジャングルだった。天へ伸びる木々は日光を遮ろうとして、しかし熱で枝葉が焼け落ち、出来た隙間からオレへ光を届けている。でもそんなのは一部のみだ。他の大地は影の国。どちらかというと湿度に殺される。
クーラースーツのおかげでBブロックほど暑くはない。ミジンコ同様の視界で、作業BOXを片手にクーラーへ急ぐ。活動可能時間は十分。
時間への不安はなく、作業は順調に進んだ。専用バンカー内にあるクーラー機器は、部品の一部が溶けていた。クーラーは自分を冷やすため、機器内に自身の作った冷風を送っている。それでも発熱するもんだから部品もダメになる。これなら交換するだけ。分厚く動かしにくいスーツの指で取り外し、BOX内のと換える。が、この気温により熱せられているので冷えるのを待つ。その間別のクーラーを見た。結果として、かなりマズイ状況にあると判った。
クーラーのバッテリーが切れかけている。電池残量を表示するデジタル掲示板は赤表示。
電力会社なんてこのご時世にあるハズもなく、文明崩壊前のバッテリーで今まで持ちこたえてきた。シェルターにこもってから換えることのなかったこいつも、ついに寿命が来る。
発電するのは大変難しい。太陽光パネルは熱で溶け、風力も溶け、ダムや地熱なんて造る余力がない。オレたちは過去の電気を食いつぶして生きている。電気のある生活は、いつかあきらめないといけないようだ。
待っていた部品が冷えた。交換し、撤収。まだ八分なので帰宅も余裕。
シェルターに戻り、スーツをゆっくり冷やし、オレ自身も冷やし、指揮室に戻る。
「ご苦労。実にご苦労」リーダーが軽い拍手をしてきた。「何が原因だったのかな?」
「中の部品が溶けていました。交換で済みましたよ。しかし、別の問題があります」
「何かね?」
「他のクーラーも含め、バッテリーが残り少ないです」
リーダーが片方の眉を挙げ、一瞬目を逸らした。
「リーダー、このままではクーラーが止まって溶けます。色々と」
「ふむ」肩を落とし、眼を鋭くし、「では街へ電池を取りに行かねば」
「街に?」
「懸念、疑問、最もだよ」
街に行くということは死地に飛び込むことと同義だ。アスファルトによって火にかけられた空気は植物の生存すら許さない。南国生まれも寄り付かない、蒸発した三途の川だ。そこへリーダーは行けと言う。
「だが理解してくれ。クーラーに使うバッテリーがある場所なぞ、街にしかない。倉庫や工場はここから遠すぎる」
少しため息を吐いた。「解りましたよ。結局、行かなきゃいけないんですから」
「クーラーカーを出す。準備してくれたまえ」
Aブロック、涼しくなったBブロックを抜け自室へ。道具や衣服や水筒などをかき集めた。そして腕時計も。これはデジタル時計だ。正直信頼性は低いが持っている時計はこれだけ。今のところ正確に時を刻んでいる。
面倒なブロック移動を終え、車両用出入口へ。スタッフが忙しく動き回る中、そこには運ちゃんもいた。
「ようあんちゃん! お互い、大変なことに巻き込まれたな」
「オレたちがどうにかしないと、その大変なことにみんなが巻き込まれる」
「俺は御免だったがなぁ。女房に助けてくれって言ったら蹴られたよ」
これから大自然式電子レンジに突っ込むというのに、このハゲは陽気だ。その単純さが、オレを前向きにさせてくれる。
「運ちゃん、街までは?」
「一時間だな。最近の天気からすると、クーラーカーは三時間動かせる」
「一で移動、一で探して、一で帰ると。街だから、スーツは五分程度しか持たんな」
「冷却も考えると動ける時間は少なそうだ。ちょい来てくれ。地図とにらめっこしよう」
オレたちは街の地図を見て、どこに行くかを議論した。回るべきかは家電量販店と役所に決まり、クーラーカーに荷物を詰める。クーラースーツが荷物の大部分を占め、オレのスペースが狭くなる。
クーラーカーは自衛隊の人員輸送車を魔改造した一品。バスみたいな車にゴテゴテの耐熱装甲をくっつけたため、車内は「少し暑い」の感想で済む。無論エアコンあり。エンジンも耐熱防護され、簡単には発火しない。
「あんちゃん、タイマーをセットしよう」
「三時間だな?」
お互いの腕時計のタイマー機能を三時間に設定した。運ちゃんはオレが修理したものを手に着けている。
車両出入口を通り、シェルターから車を出す。獣道を強引に乗り越え車道へ。後ろに座るオレと運転席の運ちゃんは他愛のない会話を始める。
「あんちゃん、クーラーはどうだった?」
「部品が溶けていたよ。交換して終わった」
「溶けてたか! トラック回していた頃にもよくあった」
「トラックの運ちゃんだったのか。オレは普通免許すらないよ」
「車内は家だったね。クソ暑かったが」
「羨ましい」オレは冗談めいて言う。「工場では誰かしら毎日熱にやられたよ」
「冬なんてものがあったなんて信じらんねぇよなぁ。くたばったおやじは雪の話をよくしたよ」
「雪が降る地域は天国だったんだろうな」
「違いねぇ」
話す内容は以降も暑さのことばかり。じわりとかく汗が車内を臭わせる。
そして、オレの時間で一時間。街に着いた。
熱に負けないコンクリート建てのビル、少し溶けている窓、自然に爆発炎上したであろう車の群れ、草木の死んだ文明的砂漠。熱は装甲を貫きオレたちをほんのり焼く。
「じゃあ行ってくるよ」
「気をつけろよ。そんなに急がなくていいからな」
「あいよ」
運ちゃんに別れを告げ、クーラースーツを着る。運転席との間のシャッターを閉め、外への扉をフルオープン。
クーラースーツでも凌げない、見えない炎が肺を苦しめる。咳を一つ二つしたところで、探索に映る。活動可能時間は五分。
まずやるべきは、クーラーカーの進路を確保すること。オレたちは家電量販店と役所を探す。だがこの街は五分で探し回れるような狭さではない。ならばクーラーカーに戻る道を手にしたいのは必然の欲求。工事作業員のように車をどかす。
何度かクーラーカーに戻り、デジタル時計で三十分後、体制が整う。
量販店に足を踏み入れた。
人の手が絶えた建物らしく、ほこり(どちらかというと砂か)が舞い錆びたり溶けている。乾電池のコーナーなぞ見るに堪えない。自然発火で火事になった形跡もある。
何度か戻りつつ、念のためにエアコン売り場やバッテリー関連を回ったものの、この暑さに対抗できる家電はいなかった。
また車に戻る。クーラースーツを高速冷却中、会話。
「どうだあんちゃん」シャッター越しに聞いてくる。
「次はスタッフ用のを探る」腕時計を見る。タイマーは残り一時間十五分を指している。「ちょっと急ぐ」
「無茶するなよ。あわてるなよ」
心配そうな声色が、むしろオレの足を速めた。
また何度か手に戻って、スタッフしか入れない地下を発見した。とても深く、スーツの温度計は涼しさを示した。
「クソ」ストレスで独り言。「もっと速く車をどけられれば」
この地下なら八分はいられる。その事実は余裕とならず、焦りは深まる。必死に辺りを探す。
「あっ」
崩れた瓦礫に足を取られ転ぶ。幸い計器も全て無事。だがタイムロスだ。ガバッと頭を上げる。
そこにはクーラーのバッテリーがあった。しかも一度見た棚だ。
心とは単純なもので、焦りは消えた。ようやく目的のものだ。なんとか時間内に間に合った。
一つ手に取った。大丈夫そうだ。
も一つ手に取った。大丈夫そうだ。
も一つ手に取った。壊れている。
も一つ、も一つ、最後の一つ。
生きているバッテリーは二つだけだった。これでは全く足りない。専用BOXに入れ、クーラーカーに戻る。
「運ちゃん、量販店には二つしかなかった」スーツを脱ぎ冷却。腕時計を見る。「もう時間がない」
「あわてんなあんちゃん。まだ時間はある」
「何を言っている。あと一時間と五分だ。役所は無理だ」
「一時間と五分?」服のこすれる音。「出発してから一時間半だぞ」
「え?」
わずか、沈黙。運ちゃんは豪快に笑いだし、
「お前の時計が壊れているんだ。よく見てみろよ」
半信半疑で腕時計を調べてみる。ジッと見ていると、画面がチカチカして……バッテリー不足だ。
「あー、うん」
「だろ? お前の腕時計のほうが信じられるぜ」
「バッテリー不足だ」
「あらま。まぁ、探すのはあと三十分だ。役所に行くぞ」
ずいぶんな肩透かしを感じつつ、役所を探索した。災害用の備蓄は大事に保管されており、バッテリーも必要数、それどころか予備まで手に入れた。今日ばかりは役人の管理体制を褒めたいところ。
「よし、撤収だ」
運ちゃんはそう言い、車を走らせる。とても余裕のある帰還。それに、道中は街より暑くない。
「どれ、一杯やるかあんちゃん」
「水か? 酒か?」
「キンキンの水だ」
ワハハハハ。
なんて笑っていると、体から汗が噴き出した。心臓がバクバクとうるさい。また肺が苦しい。突然すさまじい熱波に襲われたのだ。
「運ちゃん! 熱波か!」
「クソあちぃ。街から熱を運んできやがった」
オレはバッテリーを入れたBOXをより厳重に閉めた。運ちゃんを冷やすアイテムを探し、ないことを悟る。クーラースーツは運転中には着用不能。
車のスピードが上がる。外を見づらいこの車でも、太陽の力は貫通する。少しでも熱気を抑えるため水を所持して車両前方に映り、後部とのシャッターを閉じた。エアコンも前方に集中させる。
「運ちゃん、腕時計くれ」
「頼むっ」
運ちゃんの腕時計をもらう。これも熱くて仕方ない。まだ時間に余裕はある。
「水、水! ほら飲んで!」
「でもよ、あんちゃんだって」
「あんたのが先だ」
水は入れたポリタンクに長いストローを差し、運ちゃんの傍らに置く。これで運転中でも飲みやすい。しかし水もだいぶ熱せられお湯に近い。運転席にあるアナログ温度計は五十度を示す。それ以上測れないのだ。少なくとも、オレも意識がもたないぐらいの暑さだ。
「あんちゃん! 今ぁどこだ」
地図、方位磁石、装甲の隙間から見る外で位置を割り出す。車が大きく揺れた。車道から出ている。
「運ちゃん、車道から出ている。左へ戻せ」
「悪い、あー……」
「しっかりしろ、大丈夫。道なりでいい。もうすぐだ」
運ちゃんもきつそうだ。文明崩壊前に、せめて自動車学校に行くんだった。
「あともう少しだからな! 頑張ってくれ!」
必死に励まして運転させる。もうバッテリーなんて上の空。互いに生きることが全てだ。
だが生存はより難しくなる。
突然、後ろから大きく嫌な音が鳴った。運転席から警告ランプ。エンジンが発火したのかもしれない。装甲からわずか映るバックミラーを横目で見る。
人員輸送車最後方の装甲から火が吹いていた。エンジンが燃えている。
「あんちゃん……何が」
バックミラーに映る景色、その中で火は消えない。つまり自動消火装置が機能していないことになる。ならばオレが火を消しに行かないと。幸い消火器はすぐ近くにある。
「運ちゃん。大問題だ。エンジンから出火、自動消火装置は死んでいるようだ。オレが消火器を持って……」
「いや、いやぁ待て。死んでいるのは多分機材の中だ。トラックの頃同じようなことになった。だが、オレに機械の知識はなくてな」
「機材の中? どこを直せばいい?」
運ちゃんは汗まみれの手でマニュアルを引き抜き、車の図解を見せる。指さす場所はシャッターの向こう、床にあるパネル。
「解った。直してくる」
「頼む……最悪爆発して死ぬ」
マニュアルをもらってシャッターを開けて閉じ、後部へ。今まで以上の暑さを感じた。脳が融解しそうだ。腕が熱で痛い。
パネルはすぐ見つけた。ほぼ強引に近い力業で開け、内部を見る。配線が溶けている。すぐさま溶けた銅線を切り捨てた。しかし替えの銅線は今ない。正規の銅線は、ない。
オレはデジタル腕時計をつけたままだ。そうあのポンコツを。
慣れた手つきですぐさま分解。意識の薄れを自覚しつつ、中にある銅線を引っこ抜く。そして車側の銅線と繋げる。
車両後方で何かが噴霧される音。消火装置が機能したのだ。しばらく銅線を眺め、音がするまで耐えた。シャッターを開け、運転席に戻る。普段なら滝汗をかく暑さが、今はまるで北極圏。バックミラーに火はない。運ちゃんは憔悴しきっている。
「終わったよ、運ちゃん、ハァ」
「大丈夫か、あんちゃん」頭が揺れて、目蓋も閉じつつある運ちゃんが言う。「水を飲め、もうすぐだぞ……」
水タンクから伸びるストローにしゃぶりつき、ひたすら吸う。一度水の味を知ると誘惑に耐えられず、ひたすらに飲む。外にはジャングルが広がり始める。顔を上げて言う。
「見えるか、運ちゃん。あとほんのちょっとだ。一分もかからない!」
「……どっちの時計で言っている?」
「運ちゃんのだ」
「あぁ、よかった」
彼の顔には笑みが浮かび、急に元気づいた。最後の力だろう。
出入口ハッチに到着。残った体力を振り絞り、車を降り、インターホンを連打。喚く。
「早く入れてくれ! 死ぬ!」
「だからってピンポンしすぎだろ」
愚痴を言われつつ、ハッチが開く。さっさと入りたいところを、運ちゃんは安全運転で進んだ。
ハッチが閉まる。オレは運ちゃんを担いで降り、クーラーの効いた部屋へ移した。オレもゆっくりする。
「すまんねぇ」彼は風呂上がりのような呆け面。「歳は取るもんじゃない」
「今回は歳関係なくやばかったよ」
通路ではスタッフたちが駆け足。急いでバッテリーを確認しているのだろう。今のオレたちにはどうでもよいことだ。
「まるでサウナだったな、あんちゃん」
「じゃあ水風呂に行こう」
「いいね。汗をぬぐってからな」
……リーダーへの報告を終えた。後日、俺は幸いにも全て生きていたバッテリーを交換し、人々はまた延命することができた。
「なぁあんちゃん。腕時計は新しいのにしたらどうだ」
「機械式を探すよ」
「また銅線が必要になるかもしれねぇぞ?」
「それは持ち歩くことにするよ」
運ちゃんと二人で、商業エリアのチラシを見ながら、氷でいっぱいの水を飲んだ。