根無しという怪異について
私が小学生だった頃、学校でとある怪談が流行っていた。私達の学校の近くにはいつも花が供られている電柱があったのだが、稀に「助けて」と女の子の声がするという。それに返事をすると、自分も連れて行かれてしまうーーというのが怪談の全貌だった。しかし子供なので、人によって言っていることがかなり違っていたが。
ある時学校でお泊まり会をする行事があった。夕暮れ時、私達は一旦家に帰って風呂に入ってから学校へ戻る。家が少し遠かった友人の元木は、私の家の風呂を借りることになっていた。蒸し暑い日だった。
私を先頭にして狭い道を歩く。ほどなくして例の電柱が目に入った。すぐ隣が道路なので、きっと本当に事故で人が死んだんだろう。そこを歩く時はいつもヒヤヒヤしていたことを覚えている。その日も花は供えられていた。どういう周期で交換されているのか、まだ瑞々しい百合の花がコンクリートの地面に横たわっている。
電柱とすれ違う時……後ろから、聞こえてしまった。
「助けて」
私は驚いて足を止める。だって、なぜなら。後ろから聞こえてきたのは確かに高い声だったけれど、女の子の声ではなかったから。
「助けて」
振り返った。西陽を背に受けて黒々と影になる電柱。その後ろに、元木がいる。その時もう一度、確かに「助けて」と声がした。
ーー元木だ。
声は確かに男のものだった。それに元木は電柱の影から動かないし、こちらを窺っている様子だ。きっと、悪戯してやろうとでも思ったのだろう。でもやっぱり異様に思えたので、私は「何やってんだよ」とだけ言って家まで走った。私が家に着いてしばらくしてから普段通りの元木が来たので、本当に悪戯だったと思うことにした。
学校に戻る時は元木を先頭にする。私がおかしくなってしまうかとも考えたが、幸い杞憂に終わった。
そもそも、あの怪談自体が出鱈目だったのだ。花が供られているから人が死んだと考え、それは当たっていた訳だが、実際亡くなっていたのは男の子だった。そもそも事故自体は私達が産まれる前の話で、内容は大人の中でもそこそこの年の人しか知らなかったらしい。だから女の子の声なんてするはずもないのだ。
あの後中学生になってから例の電柱を見に行ってみたら、もう花はなかった。今の小学生はそこで事故があったことをこれからも知らないのだろう。
……なら、元木は。
元木のあれはなんだったんだろう。あの後元木は交通事故で死んだ。結局、あれが悪戯だったのかそうじゃなかったのかは聞けず仕舞いだ。
でも私は本当に悪戯だったんじゃないかと密かに思っている。助けを呼ぶ“女の子の声”の部分だけが出鱈目で、本当は声変わり前の男の子の声だったとしたら? 本当に連れて行かれた子が過去にいたんだとしたら? 元木の声真似が、意図せず返事に含まれていたんだとしたら?
真偽のほどは分からない。でも私はそう考えたいのだ。もし私の仮説が正しくないとするなら、原因のない空っぽの怪談が存在し得るということになってしまうから。それはあまりに理不尽すぎるだろう。
追記
本当は、私が作った怪談だった。助けてなんて声はしない。だから返事のしようもない。そもそも人が死んでいたのかどうかすら知らなかった。
怪談が広まって、霊能者気取りのやつが「声がする」とか言って顔を青くしていたのを見て私は笑っていたけれど。もしかしたら本当にしていたのかもしれない。それも常に。
だから、あの電柱の前で話をしちゃいけないんだ。何を言っても返事になってしまうから。元木のあれが返事なら、私は
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(とあるホラー系の動画にされた、一部の界隈で有名な長文コメント。ホラーということ以外動画と関係ないが、一週間程度でSNSで異様に拡散され、その後コメントが消される。以下コピペ)
七不思議ってあるじゃないですか。学校の。自分が行ってた学校にももれなくあったんですよね。でも、うちの学校の七不思議って元がちょっと変わってて、全然怖くないんです。口裂け女の都市伝説は、子供を早く家に帰らせる為に親が作ったとか聞いたことありません?そんな感じで、いかにも先生が作ったでしょ、みたいなやつでした。まあ例えるなら廊下を走ったら無限廊下に迷い込むとか。そんなやつです。
だから塾で一緒だった別の学校の友達が羨ましくて、私はクラスのホラー好きな数人と「新七不思議」を考えることにしました。で、せっかくだからうんと怖い話を考えてやろうと思ったわけですね。
1 トイレの花子さん
2 勝手に音を鳴らすピアノ
3 体育館に出る男の子(頭でドリブルをしてるやつ)
4 幽霊が見える鏡
5 鍵が閉まる地下室
6 屋上から飛び降り続ける幽霊(目が合うと自分が飛び降りることになる)
7 七不思議を全て知った者はいなくなってしまう
と、確かこんな感じだったと思います。皆知っていた定番の怪談を入れて、小癪にも途中でオリジナリティーを出そうとしてますね。でも地下室の怪談は先生への当てつけもありました。地下室は鍵がかかっていて、普段先生しか入りません。散々私達をくだらない校則で脅していたので、今度は先生にも同じ気持ちを味わってもらおうと。それで私達は昔からあったというていで他の子達に吹き込む活動を始めました。始めてから1ヶ月くらいで、同じ学年の子達は大抵「新七不思議」を覚えました。それで、次は先生に七不思議で脅されていた低学年の子達に教えようとしたわけです。本当の七不思議はこれで、実は先生達が言っているのは作り話なんだぞって。先生達のやり方は脅しという点では酷かった訳ですが、言い分は真っ当でした。だから私達のせいで低学年の子達が先生に反発するようになってしまったんです。
先生達にも「新七不思議」が広まって、学校全体にただならぬ雰囲気が漂っていました。でも犯人探しは起きないんです。その頃になるとある先生が精神を病んでしまって、地下室に電子ピアノを取りに行ったと思ったら過呼吸を起こした状態で見つかりました。実際に地下室の鍵は、かかっていたのです。幸い駆けつけた教師たちの激しいノックに気がついた先生が発作に苦しみながら鍵を開けて、事なきを得ました。でも少しして先生は退職してしまいました。
噂によると先生は嘔吐していたそうです。もし最悪の展開になっていたら、先生は吐瀉物を気管に詰まらせて亡くなっていたことでしょう。その事件があってから、「新七不思議」は少しずつ実体を持つようになりました。本当にそうなのか、思い込みなのか、私達が作った通りのことが起きていると……あちこちで報告を聞くのです。私達は怯えました。でも、行動に移せませんでした。
そして「新七不思議」の7つ目の怪だけが、未確認のものとなったのです。かくいう私も新七不思議を経験していました。トイレで聞こえる女の子の返事、どこからか聞こえてくるエリーゼのために。用を足して手を洗っているとふと鏡に何か映った気がする。窓の外で落ちたのが人間の影に見えたり、体育館からドリブルをするような鈍い音が聞こえたり。そりゃあ全員確証はないのです。でも、地下室から出られなくなった先生の話は、皆知っていました。実際それは完全なる事実でしたからね。
ある日、低学年の子が学校で行方不明になりました。その時皆がこう思ったことでしょう。「7つ目の怪」だ、と。
低学年のその子は、七不思議と「新七不思議」を混同してしまって、本当に7つあるような錯覚に陥ってしまったのかもしれません。でもだったとして普通はどうにもならないはずなのです。それに「新七不思議」は完全なる創作でした。その事件を境に、箝口令が敷かれました。そうして私達は少しずつ「新七不思議」を忘れていきました。遊び半分で怪談を広めるのはお勧めしません。実際、その子はまだ見つかりませんし、パニック発作を起こした先生は未だに心療内科に通っているそうです。この話が広まればいいとは思いませんが、必要としている人に届きますように。
(消される前、編集で最後の文が変更される。以下コピペ)
実際、その子はまだ見つかりませんし、パニック発作を起こした先生は未だに心療内科に通っているそうです。この話が広まればいいとは思いません。上の文章で書いた内容には、一部創作も含まれます。
(上の内容に変更された5時間後にコメントが削除される)
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心霊現象は作れるのか!?
どうも皆さんお久しぶりです、☆○(ほしまる)です。休養明け1発目はホラーで行きたいと思います!(ホラーはウケると聞いたのは内緒です)
皆さん、こんな話はご存知ですか? 実際には何も起きていない作り話の怪談なのに、現実に影響を及ぼしてしまう……。もちろん、思い込みも含めてです。
そこでわたくし☆○はある実験を試みることにしました。
それはタイトル通り、心霊現象は作れるのか否か!
私はかなりのビビりなので、聞こえる系の怪談は確実に勘違いして信じてしまいます。でも、現れる系ならどうでしょう?
(薄暗い畳の部屋。ムキムキの男性の写真が合成されており、顔部分に白い長毛種の猫の顔が雑に切り取られて貼り付けられている画像)
今回はあえてあり得なさそうな画像で試してみることにしました。☆○の読者様はホラーが得意とは限りませんし、怪談も怖くないもので行きましょう!
考えた怪談の内容↓
上の画像の生き物を、「筋猫様」とします。筋猫様は普段は無害な生き物で、どこにでもいますが誰にも見えません。でも、猫を少しでもいじめたり傷つけたりすると突然現れて、見た人は今後一生そこら中にいる筋猫様が見えるようになってしまうのですーー。
ちなみに筋猫様の顔は、☆○が実際に飼っている子のです。
猫を傷つけることはできないので、体に傷をつける判定になるかと思って爪切りをしようと思います。
果たして、結果はーーーー!?
(次のページへ)
な、なんと!
本当に出てきてしまいました!
(キッチンに佇む筋猫様の写真。合成と思われる)
……というのは冗談で。
写真に映らないんです。筋猫様は。ニュウちゃん(飼い猫の名前と思われる)の爪を切ったその時から筋猫様は私の前に現れました。
本当にいたんです。そして、どこに行っても先にいました。そもそも間違っていたのは私でした。筋猫様は最初からいたんです。だって、見てもいない筋猫様の写真を作れるわけがありませんから。だから無意識に見ていたのに気づいていなかっただけなんです。Twitterや他のSNSを見ても、同じことを言っている人が沢山いました。私の過去の投稿を見返して見たら、筋猫様のことを書いている投稿が見つかりました。なんと私は忘れていたようです。だから、罰を受けようと思いました。本当は知っている人だけ知っている方だけど、贖罪として、もっといろんなひとにしらせないと、い€5☆…4(417☆7°,
ニュウちゃんはひとまず実家に預けます。ブログの更新はまた休み休みになるかと思います。たのしみにしていた人には申し訳ない、てすを
さ
6…4♪67*(7%9$・52(☆
(以上の投稿を最後に、☆○のブログは更新されなくなった。☆○の友人と名乗る人物が、あれは最後の演出で全て作り話だと証言している。ブログのコメント欄は自作自演を嘲るようなものと引退を嘆くコメントで半々だったが、ブログが投稿されてから約一年後、「本当はもっと白くて長いです」というコメントが書かれた。その二日後にコメントが削除され、コメント欄はその話題でしばらく盛り上がっていた。こちらも☆○が自身の人気度合いを測る為の自作自演だとの声があるが、確証はない)
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祖父母の遺品を整理していた時、私は日記のようなものを見つけた。見るか迷ったが、好奇心に負ける。
結果的にそれは日記ではなく、祖父が昔聞いた話を書き綴ったノートだった。祖父の祖父から聞いた興味深い話もあったが、ひとまずそれは割愛させてもらおう。問題は、そこで見つけた「根無し」という存在だった。それは他の話のように聞いたことが書かれているわけでも物語形式になっているわけでもなく、図鑑の一節のようなものだった。
そこに書かれていたのは「根無し」という存在の説明文だと思われる。内容を簡単にまとめると、「根無し」は姿形を持たない妖怪で、どこから産まれたとか、どこにいるとか、何に関連しているとかは全て“ない”という。そうしてどこかで人の作り出した話に実体を持たせるのだ。要は根無しとは透明ななんの曰くもない妖怪で、ただ人が作り出した怪異に変身する力を持っている。正直、面白いと思った。調べたところそんな妖怪はいないらしいが、こういうのは信じられることで形を持つので、「根無し」もかつては本当に存在したのだろう。それこそ、適当に作られた怪談に怯えて、さも怪異が実在するかのようになる現象に誰かが名前を付けたのかもしれない。
そこで私は現代に残る「根無し」を少しだけ探してみることにした。私の検索技術と時間ではほんの3つしか見つけられなかった(しかも全て嘘かどうかの判断はできない)が、ある程度の嗜好性はあるだろう。
いきなり私以外が書いた文章を読まされた皆様はさぞかし驚いたことだろうが、上記に貼ってあるものが、私が探し出した「根無し」にまつわる怪談である。ちなみに全てネットの記事やらブログやらのコピペだ。こういう怪しいのは大抵すぐ削除されてしまっているし、削除されていないものは有名になってしまっていて皆知っている。まあ、実際に執筆者が死んでいたらサイトを消すことは難しいだろうが。一応、一番最初の話はサイトがまだ残っていたので、リンクを記事の最後に貼っておく。怪談もありきたりなもので被害もありきたりだったので特定はできなかった。
二番目の話はもう既に一部の界隈では有名なコピペだが、これは他よりも少しだけ信憑性は高いだろう。返信にて何人もの人々が「同じような怪談がある学校を知っている」「その時その学校にいた」「〇〇先生ですよね?」などと話が弾んでいる上、検索をかけると当時の小学生行方不明事件がヒットする。少なくとも、話の一部は本当だろう。
三番目の話はどれよりも胡散臭い。☆○の友人を名乗る人物だって素性の知れない人物だ。それこそ☆○が長期間にわたってこの引退計画を建てていた可能性も考えられる。友人の偽アカウントを作るのは一瞬だ。
しかし、私としてはこの☆○の言っていることには大いに共感できる。
『私はかなりのビビりなので、聞こえる系の怪談は確実に勘違いして信じてしまいます。でも、現れる系ならどうでしょう?』
実際に怪異を作れるかという実験で、自分が感情に呑まれてしまっては意味がない。そういう意味では一番ちゃんとした検証だったわけだ。まあ、幽霊に法則やらルールやらが適応されるのかは謎だが。
ここでは、☆○が作り出した切り貼りの幽霊、「筋猫様」が「根無し」ということになる。名称があるため非常に分かりやすい。
しかし、もしも後からされたコメント『本当はもっと白くて長いです』が事実だった場合、「根無し」は☆○が作り出したオリジナルの姿から勝手に姿を変えたことになる。このことから「根無し」は、明確に決められたことをなぞるのではなく、そこにいる人間の恐怖の形になるのではないか。
もしそれを事実とするならば、この3つの話に共通するのは「最初は自ら作り出した話で、自分自身も被害に遭う」ということだ。怪談を産み出して、そこに恐怖してしまった時点で、「根無し」は現れるのではないか。
ーーとは書いたものの、私自身幽霊や妖怪を一切信じていない。ついでに神もいないと思っている。
でももし本当に「根無し」が存在するのなら、私がこれを広めることでまた復活するのではないか? それは怪異としてではなく、人々が勝手に怯えて幻を見る現象の総称として……なんて、言い過ぎだろうか。