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嵬空百鬼帖【第一部完結】  作者: EDA
嵬空山の巻

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二 詮議

挿絵(By みてみん)



「貫主円覚。これなる咎人を処断する前にいくつか質疑しておきたく思うのですが、よろしいでしょうか?」


 大石慈安がそのように言いたてると、円覚は鷹揚に「うむ……」とうなずいた。


「『眉月』と『残月』からもたらされた話には、いくつか腑に落ちぬ点があったからのう……かまわぬから、其方の好きにしてみるがよい……」


「承知いたしました。貫主円覚の寛大なおはからいに、厚く感謝を申し上げます」


 まったく心緒の備わっていない所作で一礼し、大石慈安は葵に向きなおった。


「葵よ。あなたの父にして『十六夜』の八葉たる東条仁衛門とうじょう にえもん殿を殺めたのは、如何なる妖異であったのですか?」


「……あれなるは、炎を操る妖異であった。人と鳥を掛け合わせたような姿であり……毛髪は真紅の炎そのままで、背にも炎の翼が生えていた」


 葵の父親は、その炎に焼かれて絶命したのだ。

 その光景を思い出し、葵はぐっと奥歯を噛みしめることになった。


「炎を操る妖異……人と鳥を掛け合わせたような姿……それなる妖異は、人語を解しましたか?」


「解した。人を千も喰らえば、人の言葉など勝手に頭にわいてくるなどとうそぶいていた」


「では、それなる妖異はすでに千もの人を殺めた恐れがあるわけですね」


 冷たい双眸をいっそう冷たく光らせながら、大石慈安は貫主へと視線を転じる。


「貫主円覚よ。よもやと思っておりましたが……それなるは、大妖朱雀なのではないでしょうか?」


「大妖朱雀? なんだそりゃ?」


 鏑木鱗十郎がうろんげに声をあげると、花房薫風が咽喉で笑った。


「鏑木殿は、大妖の伝承もわきまえておらぬのかえ? 大妖とは、四神になぞらえられた四体の大妖怪……朱雀、白虎、青龍、玄武。この四体が同じ時代に顕現したならば、人の世は滅ぶとされておるのじゃよ」


「へーえ、そいつは大層な与太話だ。そんな化け物が現れたんなら、ぜひ手合わせを願いたいところだぜ」


「控えなさい。これはそのような軽口で取り沙汰するべき事態ではないのです」


 大石慈安はそのように言いたてていたが、他の八葉らもべつだん深刻な素振りは見せていなかった。葵にしても、そのような伝承を耳にしたのは初めてのことである。


(だが……それだけの難敵であったからこそ、父上もあえなく敗れ去ることになったというわけか)


 葵の胸に、苦い痛みが走り抜ける。

 すると、大石慈安がまた凍てついた眼光を突きつけてきた。


「あなたがたは、水戸の外れに位置する村落まで出向き、それなる妖異と相対したそうですね。その村落は焼き払われて、妖異も何処かに消え失せたようだと、駕籠の担ぎ手たちはそのように報告していましたが……それで相違ありませんか?」


「相違ない。私も翌日に同じ場所まで出向いてみたが、妖異は消えた後であった」


「では、それなる妖異は降魔師の報復を警戒する知恵をも備えているということですね。これは由々しき問題でありましょう」


 大石慈安はそのまま沈思するかに思えたが、すぐさまからくり人形めいた所作で伏せかけていた目を上げた。


「ともあれ、これ以上はこの場で取り沙汰しても詮無きことです。各地に散った根の衆に、炎を操る妖異の風聞を耳にしたならばすぐさま報告するように周知いたします。それでよろしいでしょうか、貫主円覚?」


「うむ……其方にまかせよう……」


「承知いたしました。……では、次の質疑です。あなたは何故、妖異の子などを連れ歩いていたのですか?」


 葵は真っ向から、大石慈安の冷たい眼光を見返してみせた。


「あれなるは、人と妖異の間に生された子であった。確かに妖異じみた力は有していたが、その心緒は人間そのままであったため、手もとに置いて様子を見ていたのだ。……韮山殿にも、そう報告したように思うが」


「人と妖異の間に子を生すことなどはかないません。己の罪を恥ずる心が残されているのなら、真実を語っていただきましょう」


「私は、真実を語っている。楓丸が半妖でなかったのなら、平時に錫杖の鳴らぬ理由が立つまい」


「ですから、あなたに問い質しているのです。妖異でありながら妖気を発さない存在などというものは、決して看過できません」


 すると、退屈そうに耳をほじっていた蔵重五岳が、やおら野太い声をあげた。


「妖気を発さない妖異に関しては、つい先日に古河のあたりから報告が届けられておったな。三人もの葉の衆がいいようにあしらわれて、みすみす取り逃がしてしまったという、あれであろう? 白銀の髪に九本の尾を持つ大妖、九尾の狐に違いないなどという話であったが――」


「ええ。それに類する妖異めがこれなる葵をたぶらかして取り入ったというのなら、それも由々しき問題でありましょう」


 果然、葵も声をあげることになった。


「九尾の狐であれば、私も二度ほど出くわしている。あれと楓丸は、まったく異なる存在であろう」


「九尾の狐と、出くわしている? 水戸から久留里に向かう道中で、あなたは古河などに立ち寄っていたのですか?」


「いや。私が出くわしたのは大多喜の外れの間宿と、久留里の地となる。……韮山殿らは、その間宿から流れた風聞を辿って私を追ってきたのであろう? その際に、九尾の話は耳にしていなかったのであろうか?」


「は……拙僧どもが耳にしたのは、あなたがたが鎌鼬かまいたちと思しき妖異を討滅したらしいという風聞のみでありましたな……」


 ずっと黙りこくっていた韮山玄水は、陰気な声音でそのように応じてきた。

 では、あの間宿において九尾の姿を見た人間はいなかったのだろう。葵は問屋の主人と九尾について問答していたが、その際はまだまったく正体も知れていなかったのだ。


「あの九尾めは、人ではなく妖異を喰らう存在であった。それゆえに放つ妖気も変容し、降魔師の錫杖にも反応しないのではなかろうかと思う。半妖の楓丸とは、まったく異なる存在であるのだ」


「待て待て。人ではなく、妖異を喰らう妖異だと? こいつはまた、次から次へと愉快な話を聞かされるもんだぜ!」


 鏑木鱗十郎が、好奇の念をかきたてられた様子で身を乗り出した。


「本当に、そんなもんが存在するのか? 共喰いをする妖異など、おれ様は耳にした覚えもねえぞ」


「九尾めは、私の目の前で妖異を喰らっていた。そして半妖の楓丸からは美味そうな匂いがするなどと言いたてて、私たちにつきまとっておったのだ」


「それで、あなたがたは九尾を討滅したのですか?」


 大石慈安の問いかけに、葵は「いや」と首を振る。


「力及ばず、討滅することはかなわなかった。また、あやつが人ではなく妖異を喰らうというのなら……それはそれで人の世を救う存在になり得るのではないかという考えも抱いていた」


 そして葵は、九尾に窮地を助けられてもいる。

 その一点ばかりは、さすがに口にすることはできなかった。


「どうにもあなたの言葉には、疑わしき部分が数多く見受けられます。あなたは辺遇をさまよう内に、妖異に魅了されてしまわれたのでしょうか?」


「決してそのようなことはない。家族を皆殺しにされた私が、妖異に肩入れするわけがなかろう」


「では何故、妖異の子を半妖などと言い張って、庇い立てするのです?」


 瞬間、葵は頭に血をのぼらせかけたが――かろうじて、自制することができた。

 楓丸の尊厳のためには、とうてい黙っていられない心地である。しかしまた、彼らは楓丸が死んだと信じているのだから、ここでむやみに騒ぐのは得策でないように思われた。


「……私は、楓丸の言い分を信じただけのことだ。また楓丸自身も、母から伝え聞いた話を語っていたに過ぎない。人と妖異の間に子を生すことがありえぬというのなら、楓丸の母親が虚言を吐いていたということなのであろう」


 大石慈安の冷たい眼が、食い入るように葵を見据えてきた。

 菱垣鞍馬とはまったく異なる眼光であるが――それに負けないぐらい、胸の内を見透かされているような心地になる眼差しだ。

 そうしてしばらく葵の心をなぶってから、大石慈安は「いいでしょう」と首肯した。


「どの道、それなる妖異めはすでに討滅されているのです。……それで相違ありませんね、韮山殿?」


「は……菱垣殿の降魔刀は、あの童衆の胸から背までを叩き斬っておりました……あれで生き永らえる妖異などはおらぬことでしょう……葵殿のお言葉が真実であったなら、その限りではございませんが……」


「とは、どういう意味でしょう?」


「降魔刀とは、妖異だけを斬る調伏の刃……あれなる童衆が半分人の子であったのなら……調伏の刃も、半分がたしか刃が通らぬということです……」


 陰々とした声音で言いながら、韮山玄水は申し訳なさそうに一礼した。


「その可能性も鑑みて、崖の下まで確認に出向くべきであったのやもしれませんが……我々は大僧正のお許しも得ぬままに葵殿を追い立てて、帰りの日取りを遅らせていた身でありましたし……あれなる童衆が妖異であったなら骸など残らないのですから、まったくの無駄足になってしまいましょう……また、あれなる童衆が人の力で生き残るなら……それも天命かと考えた次第です……」


 葵は平静な顔を取りつくろいながら、ひそかに心をかき乱されていた。

 楓丸は、きっと生きている――そんな思いに、新たな力が添えられたのだ。


(そうだ。楓丸は降魔刀で斬られていたが、ただ赤い血を飛沫かせるばかりで黒い塵には返っていなかった。そうしてそのまま崖の下に落ちたのだから……きっと次の朝には、もとの姿を取り戻しているはずだ)


 心臓がどくどくと高鳴るのを感じながら、葵は何とか安堵の息がこぼれるのをこらえてみせた。

 楓丸とは、わずか半月ていどのつきあいでしかなかったのに――もはや葵の心には、その存在がこうまで大きく食い入ってしまっていたのだ。


 楓丸が崖の下に落ちていく光景は、今でも葵の脳裏にくっきりと焼きつけられている。

 それを思い出すとき、葵の心は父親の死を見届けたときと同じぐらいの痛苦に見舞われてしまうのだった。


「……人と妖異の間に子を生すことなど、ありえません。ならばそれなる妖異の子も、塵と化したことでしょう。問題は、まがりなりにも降魔師であった人間が妖異などに心を寄せて、行動をともにしていたことです」


 大石慈安の冷え切った声音が、葵の心を現世に引き戻した。


「これなる葵めは、それだけ未熟な人間であったのでしょう。そのように未熟な人間を月蓮の八葉として育てるなど、言語道断です。伏士でありながら主人たる八葉を守ることもできず、あまつさえ嵬空山を裏切って降魔刀を偸盗し、妖異などに心を寄せていた。……これだけの罪を犯した咎人には、もはや死の他に罪を贖うすべもないかと愚考いたします」



挿絵(By みてみん)

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