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このまま2人で  作者: 桔梗鹿々
4/4

四月十五日 葉子

 「ただいまー」

 そう言って玄関を開けて帰ってきたのは我が家ではなく、桜の家だ。

 「ああ葉子!おかえり!」

 出迎えてくれるのは桜のお母さん。昔から桜が居なくても、こうして上田家にお邪魔することが多い。

 その目的は桜と、むしろそれよりも桜のお母さんと話をするため。桜のお父さんも好きだし、桜のお母さんも好きだ。私だって思春期。親に話せないような悩み事だったり、グチだったり、そんなことを話せる相手になってくれるのだ。なにより、私を子供の友達、というより、娘、もしくは友達のように接してくれる。

 「寒いから早くあがって。」

 と、桜のお母さんは揚々と私を招き入れる。

 ただいまーとは言ったものも、一応、お邪魔しますと靴を揃える。

 桜の家の広い玄関の木製のシューズボックスの上には私たちの小さい頃からの写真が銀枠の写真立てに入って飾られていて、いつも少し気恥しい気分になる。クリーム色の壁にはお行儀良く玄関のドアや車の鍵が掛かっている。その中に私の家の鍵もある。それは両親共働きの私が家の鍵をなくしたり、忘れたりした時に使う用で、何回かお世話になったことがあった。家の鍵を持っていても、両親が帰ってくるまで桜の家でゆっくりするのはよくある事だった。

 「あの子帰り何時って言ってた?」

 「4時って言ってました。桜がランニング中にすれ違ったんですよ。」

 紅茶をやかんで沸かす桜のお母さんの背中を見ながら出してくれた煎餅に手をつける。

 「最近反抗期なのかあんまり話さなくなってね。学校のこととか聞いても、うん、とかふむ、とかしか言わないの。」

 「へえ、あの桜がねえ、でも私だってそうですよ。」

 「高校生活の中で、どんな学食のメニューで、だとか、どんな恋をして、だとか聞きたいじゃない。」

 ちょっと浮世離れした桜のお母さん、私は昔から下の名前のカオリさんと呼んでいるが、恋愛の前に食べ物の話になるのは桜のDNAと同じものを感じる。

 「勉強の話は聞かないの?」

 「そんなの聞いても本当のこと答えるわけないでしょう?葉子だってお母さんに勉強どう?って聞かれたらどうする?」

 「まあね、とか頑張ってるよ。とかしか答えないかな。」

 ぐぬ、母親というものの要点はしっかり抑えているらしく、侮れないと思う。

カオリさんは「そういう事。」と、ソーサーに乗ったダージリンを2つ用意して机に並べて、椅子にゆっくりと腰をかけた。

 「だから勉強とかじゃなくて、楽しい話を引き出そうとしているのに。」

 「学食でメニュー制覇しようとしたら金欠になったとかって話してたな。」

 「そういう些細な話でもいいから聞きたいのよ。やっぱり葉子はいいわね。桜のスパイとして使える。」

 うんうん、とカオリさんはテーブルに両肘をついて手を顎の下で、組みながら満足そうに頷く。童顔ながらもすっとのびた鼻筋はとても上品で、桜が大人になったらこんな顔なんだろうなと簡単に想像ができる。

 「で、恋愛のほうは?葉子はモテるでしょう?」

 そう聞くカオリさんの目は高校生に負けず劣らずの輝いていて、何歳になっても乙女の心を忘れないという心意気が感じられる。

 「私はないかな。そういう事わからないし。桜とかカオリさんと話してる方が楽しいもん。」

 「そう?私も葉子と話すの好きだけど、せっかくの高校生活じゃない。葉子の事気になってる男の子沢山いるはずよ?これだけかわいらしい娘がいたら放っておけないもの。」

 恋愛話になるとカオリさんはさらに饒舌になる。天ぷら食うてきたんか。

 しかし、カオリさんの私への評価は絶大である。まるで久しぶりに会うおばあちゃんのレベルだ。私の家での堕落しきった生活を知らないから、ちょっとよそ行きの格好しただけで綺麗になったねえとか、褒めてくれる。一緒に暮らしていたらそうはいかないだろうけれど。

褒められるのは嬉しい反面、かなり照れくさくもあって、どう反応していいかに困る。

 「桜はどうなの?」

 居心地が悪くなって桜の話題に切り替えて、テーブルの上の砂糖入れの中から角砂糖をひとつ取り出して、ティッシュの上でフォークで半分にしてから淹れてもらった紅茶に落とす。紅茶の中に砂糖の滝がもわもわっと広がる。

 「それを言わないからこうして聞いているんじゃない」

 カオリさんは私が半分に割った角砂糖の片割れをつまみ上げて紅茶に入れて退屈そうにかき混ぜた。

 「桜はねえ、カオリさんみたいに高嶺の華、だから近寄りがたいんじゃないかなあ。」

 適当にお世辞混じりで返しておく。「そんなことないわよ」と言うカオリさんから笑みがこぼれる。

 しかし、私は恋愛というものに縁がない。カオリさんの言う「葉子はモテる」というのは幻想にすぎない。一体どこで誰が私を好きになったんだろうか。結局それはカオリさんの私への課題な評価にすぎない。

 一方、桜は違った。中学の文化祭でクラスの男子から告白されて、卒業式でも告白されていた。さっきは高嶺の華って言ったけれど、桜は手頃な花なのかもしれない。

 もし、そうだとしたらは私は誰も気にとめない雑草みたいなものになるけれど。

 手頃な花は、自分が告白された事にまるで気づいていないようだった。好きですって言われた。と私へ報告してきた。なんて返事をしたの?って聞いたら、「そうなんだ。ありがとう。」だって。それ以外はなにも進展がないまま。

 桜にとっては「好きです」をあいさつ程度にしか感じていないのだろうか。「付き合ってください」と言わない男も男だが、桜の鈍感さは筋金入りだった。もちろん、カオリさんはそのことを知らない。


 お茶を終えて時計に目をやると針は18時を過ぎていた。

 そろそろ帰ろうかと思って準備を始めると、机の上のカオリさんのケータイが鳴った。

 「今日は遅くなります。夕飯はいりません。」

 桜からだった。「愛想がないわね」とカオリさんがため息をつき、

 「ねえ、葉子のお母さんとお父さん今日も遅いんでしょ?ご飯、食べに行かない?」

 と、誘ってくれた。たまに桜の家にきて、上田家のみんなに混じってご飯をごちそうになることは会ったけれど、カオリさんと二人で外食するのは初めてだった。

 「いきます!」

 カオリさんに懐いている私は間髪入れずに返事をして、カオリさんも嬉しそうにリビングの壁に掛けてあったベージュ色コートを羽織った。



 桜のお母さんのカオリさんは面倒見がよくて、みんなのお母さんって感じだ。私は自分のお姉さんくらいに思ってるけれど、さすがに失礼かな。

 高校の最寄りの駅まで行って、数年前に潰れた駅前のデパートのなごりの立体駐車場に車を止める。

 「なにか食べたいものある?」

 そうカオリさんは言うけれど、たぶん奢ってくれるだろうから好き勝手言うのは気が引ける。小さい頃はそんなこと考えずに焼き肉!と言っていた。

 歳をとると気を遣わなくてはならない機会が増えて少し不自由に感じる。お父さんの弟の、まあ私から見れば伯父さんにも、ため口だったのを敬語に直すかどうか、さんざん迷ったあげく、変な語尾になって話しづらくなった。何か、ため口と敬語の中間というものがほしい。

 「じゃあ、カレーがいいな」

 私でいう、その中間はカレーなのだろうか、でも、ファストフードでもなく、焼き肉でもない。とするとそれが一番妥当な回答だと思う。

 駅の北側の緩やかな坂を上って、アーケードの商店街の通りにはいる。その裏の車がすれ違えないようなところにモダンな雰囲気が漂うカレー屋の看板。深い茶色の木の看板が入り口の上のポールから吊り下げられている。

 お店の中はちょうど混み始めてきていて、テーブルとカウンターのどちらもあいていたけれど、二人きりでテーブルを占拠するのも悪いので、カウンターの椅子に腰をかけた。

 「カレーと言ったらここだよね」

 カオリさんの高校時代から常連だというこのお店はジャズが流れていて、年期が入ったカウンターも老舗のいい味を醸し出す。


 注文を終えて、カレーが運ばれてくるのを待ちながら話をしていると、お店のドアが開いて、聞き覚えのある声で「二人なんですけどあいてますか?」という声がした。

最近聞いたような声だなと思って振り返ったら桜が友達と思われるショートカットの女の子と一緒に入ってきた。

 「げ、なんでいるのよ」

 桜も気づいたのか、変なものでも見たかのような顔をいている。たぶん、それは母親の姿をみたからだろうけれど。私だって同じ反応になる自信がある。

 「げ、とはなによ母親に向かって。オバケじゃないんだから。あらお友達?こんにちは。桜のママです」

 「ちょっとやめてって」

 桜と話すときとお友達に話すときとで、カオリさんの声はオクターブくらい違う。

 真っ赤な顔をして恥ずかしがる桜を気の毒におもうけれど、ここはカオリさんの味方をしておいたほうが良さそうだ。なにより、今日の晩御飯がかかっているから。

 桜の友達も相当フレンドリーな性格らしく、「はじめまして!桜の友達です!」と笑った。いや名乗れよ。

 お席一緒にしますかとお店のご主人が気を利かせてくれたけれど、別で大丈夫です。2階空いてますか?とカオリさんが遠慮した。

 案内されて2階へ上がる階段の途中で桜は私を見て顔の前で手を会わせて口をパクパク、わりい。と言ったのだろう。私は楽しいから気にしていないが、母親の相手をさせるのが気がかりなんだろうなと感じた。


 「ここ高校近いから会うような気がしてたけど、本当に会うとはねえ。」

カオリさんは驚いたような顔をしているが、これも計算のうちだったのだろう。なにより、道中ご飯屋さんがたくさんある中で、駅前を選択したのはこの人だからだ。

 「一緒に座らなくてよかったんですか?」

 「友達と一緒に親と食べるのなんて、そんなの嫌でしょ?」

 カオリさんは案外わきまえている。自分もそういう年頃があったのだから、当たり前といえば当たり前だけど、大人になるとそういうことを忘れてしまう人が多い。

 「でも、葉子以外にも友達が出来てて、安心した。あの子愛想がないから。」

 そう言うと、ニッコり微笑んでカウンターの水を飲み干した。結局のところ、娘が心配なんだ。

心配だけど、質問攻めにしたら嫌がられるし、一緒にいることもうざがられる。親って大変だなと思った。私にも、桜が他の人と一緒にいるのは新鮮に映った。

 桜が消えていった二階の階段ぼおっとを見ていると、

 「葉子も行ってきていいんだよ?」

 と、カオリさんが気を遣って言ってくれた。

 「いや、そうじゃなくて、新鮮だなって思っただけです。」

 「確かにね。あの子あんまり気を許すタイプじゃないから。」

 カオリさんもカウンターに肘をついてしばらく吹き抜けの二階を見上げてから、こっちをむいた。

 「でも、あの子、ちょっと葉子に似てなかった?」

 「へえ、そうですか?」

 どこがだろう。自分でも分からない。タヌキみたいな顔だとか思わなかったし、背が低いわけでもなかった。

 「葉子みたいに、かわいかった。」

 「真剣に考えて損しました。」

 「いいじゃない、かわいいんだから。」

 たとえ相手が友達のお母さんでもこんなに顔が真っ赤になることなんてあるんだ。言われる機会が少ないと免疫もできてなくて、その言葉に反応するように熱を感じる。

 「葉子、おかっしい。酔っ払いみたいになってるわよ。」

 クスクスと笑いながら、飲み干したばかりの水が入っていたグラスをほっぺに押しつけてくる。氷が入っていないからぬるくて、すぐに私の熱で温まってしまう。

 「やめてください」

 押しつけられたグラスをもとに戻して、顔を両手で煽ぐ。

 「冗談よ。かわいいのは変わらないけど、人懐っこそうな子だったね。」

 「私ってそんなに人にくっついて行っちゃいそうに見えますか?」

 「まず、普通の子は友達のお母さんと2人でご飯にこない。」

 「図々しかったですか?ごめんなさい。」

 「そうじゃなくって、そこが葉子のかわいいところ。私の好きなところ。人懐っこいのはお得だよ。私みたいなのにかわいがられて。」

 私の頭をぐしゃぐしゃとなで回して頬を寄せる。桜がかまってくれないから私でそれを賄おうとしている。

 桜のお父さんも、お母さんも、私をペットかなにかと勘違いしている傾向がある。撫で方がわしゃわしゃだったり、ぐしゃぐしゃだったり。悪い気はしないけど、もうちょっと丁寧に扱ってほしい。

そうこうしているうちにカレーが運ばれてきた。たくさんの種類のカレーがある中で、私が頼んだのはシチュードカリー。このお店で一番甘いやつ。メニューにはお子様向けと書かれているが、その横にご婦人向けとも書いてあるから気にしない。

 桜と似て辛党のカオリさんはこの店で一番辛いチキンクリーマーカリーを頼んだ。

カウンターの上に置かれたそれはそのままの唐辛子の色で、こすったら魔神が出てくる魔法のランプのような形の銀色のグレイビーボートに注がれている。

 その赤さに驚いてじいっと見てると、「一口たべる?」と言われたので丁重にお断りした。


 カオリさんも汗を浮かべながらおいしい、おいしいとカレーを食べては水を飲み、を繰り返す。

 「思ったよりも辛くない、うん。」

 汗が垂れる額にハンカチを抑えながらカオリさんが強がるが、絶対にそんなことはない。私が食べてるのは店内で1番甘いカレーのはずだけど、火が出るほど辛い。涙を浮かべてながら食べてたらそんなに美味しいかいとからかわれた。何回か水のはいったポットを換えて貰って完食した。

吹き抜けの二階を見上げると、桜たちはまだ話し込んでいる。

 「当分終わりそうにないわね」と、カオリさんが長財布の口を開けて、お会計を済ませた。私たちの分、それから桜たちの分まで。

 「二階の子たちの分ね。」とご主人に微笑むカオリさんには大人の余裕があって、かっこいい。私もカオリさんみたいな大人になりたいなあ、と思った。





 「辛い物食べたから甘いもの、食べたくなっちゃった。」

 さっきまで大人の顔をしていたカオリさんは、店を出ると急に子供らしくなって、店からすぐの商店街で、今川焼きのような、大判焼きのような。呼び方で戦争になりそうなものを買ってそれが入った白い紙袋を私に渡した。ちなみに私たちの地域では今川焼きというらしい。あしからず。

 駅前の青いベンチに腰をかけて、今川焼きの入った白い紙袋の口を開ける。

 「クリームのちょうだい。」

 カオリさんが待ちきれなさそうに、私の膝の上に乗った紙袋の中をごそごそと探るからすこしくすぐったい。

 「これクリームとあんこ、どっちかわからない。」

 「割ってあんこだったら私食べますよ」

 「葉子はいい子だねえ」

 カオリさんは私の太ももを制服越しに撫でて、今川焼きを1つ取り出し宝箱を開ける子供のようにゆっくりと半分に割った。

 「ビンゴ!」

 まるでそこにお宝を見つけたかのように目を輝かせる。中身はお目当てのクリームだった。

思ったよりも大きかったのか、「わけてあげる。」と半分に割った大きい方を私に差し出した。

あんこが食べたかったけど、まあいいか。とそれを受け取ったとき、

 「よお仲良し親子さん」

と背後から声がした。

 振り向くと桜がニヤニヤしながら私の膝の上に乗った紙袋をのぞき込むようにして立っていた。

 「お友達はどうしたの?」

 「駅で別れた。これ、お母さんにごちそうさまでしたって渡されたんだけど。」

 桜は気まずそうに後ろ手に隠していた白い紙袋をカオリさんに差し出した。

 「車で来たんでしょ?私も乗って帰りたいんだけど。」

 「いいけど、友達の」

 「望月」

 「望月ちゃんはいいの?」

 「あの子の最寄り、私たちのと反対側だから。」

 「そう、立体駐車場に止めてるからとってくる。ここで葉子と待ってなさい。」

 カオリさんは半分に割れた今川焼きを片手に立ち上がり、長いコートのポケットから赤いキーホルダーがついた車の鍵を取り出して、指にひっかけてクルクルと回しながら歩いて行った。


 「あなた、私のお母さんと何話してたの?」

桜は手を置いた私の肩を揉んだ。

 「まあいろいろと。だね。」

 ここは少しお茶をにごしておいた方がいいだろう。ほとんどが反抗期娘へのグチだったから。

 「なにそれ」と桜がクスクス笑う。

 「望月さんだっけ?クラスの友達?」

 「ううん、陸上部の同級生。」

 桜は後ろから私の顔を覗き込んで3秒程私を見つめた。私はなんだなんだと顔を見上げる。

 「わかった。葉子に似てるんだ。誰かに似てると思ってたんだよ。」

 「かわいいところが?」

 ふと、カオリさんに言われた事を思い出して、おどけてみたけれど、後になって恥ずかしくなってきて、見上げていた桜の顔から目を逸らした。

 「いや、なんか、動物みたいなところかな?餌付けしたくなるというか、そんな感じ。」

 桜は私の肩に置いていた手を離して、カオリさんが置いていった望月さんのお土産の白い紙袋の中から今川焼きを1つ取り出し、半分に割って私の鼻の上辺りにぶらぶらとぶら下げた。中身はあんこだった。これじゃ本当に餌やりだ。上田家は私をペットと思っているんだろうか。

 「望月も大型犬みたいでさ、会う度にタックルというか、抱きついて来るから困るよ。」

 「へえ、どんなやつなんだ。」

 私が今得ている情報で思い描いた望月さんはゴールデンレトリバーそのものだった。


 ちょうど帰宅ラッシュの時間帯に差し掛かって、駅のロータリーにはお迎えにきた車の赤いブレーキランプでライトアップされているみたいだ。桜の家の大きな白いワンボックスがその中をかき分けてきて、私たちの前で停まる。

 「おまたせ。混んでるから早く乗っちゃって。」

 助手席側の窓を下げてカオリさんが呼びかける。外気が寒かったのか、すぐに窓をあげた。

後ろから交差点を左折してきた車が来ているのがみえたから、急いで後部座席のスライドドアを開け て二人で乗り込んだ。

 閉じた自動のスライドドアが閉まり切る前に「それじゃしゅっぱーつ。」とカオリさんがアクセルを踏み込むものだから警告音が2秒鳴り響いて申し訳なさそうにドアが閉まる。昔からカオリさんのせっかちな性格は変わっていない。

 駅から近くの大型ショッピングモールを右手に、川に掛かる大きな橋を渡る。左手には私たちがよく使うローカル線がちょうど赤いトラフ構造の橋を渡るところだった。

 「そうだ、明日私早く出るから。朝ご飯適当に作っていく。」

 桜がバックミラー越しにカオリさんに話しかける。

 「珍しいわね。朝練でも始まるの?」

 「いや、望月と一緒に学校行こうって約束したから、明日は電車で行こうと思って」

 「電車でなんて贅沢ねえ。」

 「だって学校に自転車置いてきちゃったんだもん」

 「今から高校に行って桜だけ自転車で帰ってきてもいいんだよ?」

 ミラー越しにカオリさんがニヤニヤ笑う。

 「いじわるばあさん」

 少し声を潜めて桜が唇を尖らせる。

 「今ばあさんって言った?葉子、聞いた?」

 いきなり親子げんかに巻き込まないでほしいなあ、と思いながら、「十分若いじゃないですか。」と適当に返事をする。お世辞ではなく、カオリさんは私のお母さんと同世代だけど、若作りで、桜のお姉さんと言っても不思議じゃないくらいだった。

 「電車賃出してあげようと思ったのになあ。ばあさんには電車賃出せないなあ。」

 「そういうところずるいと思わない?」

 桜も不満を私にぶつけて同情を求めてくる。しかし、今日は奢って貰った手前、私はカオリさんの味方をせざるを得ない。「ううん、そうねえ。」とお茶を濁してその場を凌ぐ。

 こんな意地悪しておいて、結局電車賃は出してくれるんだろうなあ。なんだかんだ言って、カオリさんは桜を溺愛している。正直親バカだと思う。今日カレー屋を出てベンチで休憩していたのだって、桜を待っていたからに違いない。

 「葉子は明日どうするの?桜と行くんだったら駅まで送っていくよ。」

 「いいや。私望月さん知らないし。居ても困るでしょ?」

 「あそう。悪いね。」

 申し訳なさそうに桜が胸の前で手を合わせた。

 「気にしないで。」

 特に約束しているわけじゃないし、どうせ明日の昼休みに学食で会えるだろう。



 そのあとも上田親子の痴話喧嘩をBGMにうとうとしているうちに私の家の前に着いた。駐車場にはお母さんの赤い軽自動車が止まっていて、一階のリビングに電気がついているのが遮光カーテン越しにうっすら見える。仕事から帰ってきたらしい。

 車のエンジン音で気がついたのか、私のお母さんが玄関を開けて出てきて、カオリさんにお礼をする。私たちが通う高校の卒業生の二人は同学年で、以来30年以上の付き合いだ。それなのに話を始めたら止まらない。次から次へと話題が繰り広げられて、ときには巻き戻し再生みたいに同じ話をしているときもある。よくも話題が尽きない物だなと毎回感心させられてしまう。

 「今日は何分コースだと思う?」

 桜は呆れたようにため息をついた。

 「この調子じゃ30分は話すと思う。」

 窓を開けて身を乗り出すかのように話すカオリさんの姿を私たち二人は後部座席から眺める。

 「ああ、エコノミー症候群になりそう。」

 桜がぼやいてスライドドアをにてをかけて外に出た。私もそれに続いて車を降りる。

 「ちょっと、もう帰るんだからね。」

 カオリさんがバックミラー越しにのたまうけれど、母親同士のマシンガントークは終わりそうにない。

 「はいはい」と桜は適当にあしらって玄関の横の縁側に腰を下ろしてのびをした。

 「うちの前の交通量がもっと多ければ良かったんだけどね。」

と、私も桜の横に座ってすぐ側の交差点を見た。街灯1つの灯っていない月明かりだけが照らす真っ暗なこの田舎に車が通ること自体が珍しい。

 でも、私はこの時間が昔から好きだ。桜は決まってこの縁側に座って私と話をしてくれる。一人っ子の私にとって夜に同世代の人と話しができるのは何か特別感があった。

特にお互いの顔が暗がりで見えないというのも、何か悪いことをしているようなドキドキとした気持ちにさせてくれる。

 普段は話題に上がらないようなどの先生が格好いいだとか、クラスメイトの恋路の噂だとか。噂好きなのは女の性なんだろうなと母親たちを見ているとそう思う。たぶん、桜とはこのまま2人で、あの人たちみたいに付き合っていくんだろうなと考えるのが面白いのだ。

 桜はカオリさんみたいな美人になる。暗がりでもはっきりわかる桜のすっとのびた上品な鼻筋はカオリさんのによく似ている。

私は。とお母さんを見ると、ワンボックスの運転席を見上げるように話している。どうも身長はこのままみたいだ。あと10cmは欲しい。

私の横の桜も同じ事を考えていたのか、平坦な胸のあたりを寂しそうにさすっていた。

今回は前回の続きを葉子視点で書いてみました。これで四月一五日は終了です。

ようやく日をまたぐことができそう。




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