表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このまま2人で  作者: 桔梗鹿々
3/4

四月十五日 後半

部活の望月という新しい友達。幼なじみの葉子とは少しタイプが違うけれど、優しくていい子で一週間経たないうちに打ち解けた。そんな望月から一緒に帰ろう。と急に誘われて...


四月十五日後半





わたしがオレンジジュース、望月は一番下の段のミネラルウォーターのボタンを押す。

望月がジュースを飲んでいるのは見たことがない。知り合って一週間だから、偶然それを見たことがないだけかもしれない。

しかし、透明感のある滑らかな肌は混じりっけのない、水のような、透き通った印象を受ける。

ミネラルウォーターのペットボトルに唇が触れて、半分まで一気に飲み干す喉元の汗の滴が、ガラス玉のように、西日に反射してキラリと光った。

しばらく談笑してから、校舎を横断してピロティに戻る。

校舎からグラウンドに続くこの場所は、吹きだまりでこの時間は日が当たらない。

とっくに外周を終えた陸上部の同級生たちは、寒さを紛らわすために、早々スクワットを始めていた。

校舎とピロティはガラスの戸で仕切られていて、校舎から出て左側の戸に沿うように、野球部のボールが詰められた、黄色い買い物カゴが横並びで積まれている。

その側には、駆け出しの演歌歌手が乗っかって歌っているような赤いビールケースがあり、金属バットがシンデレラフィットして収まっている。

サッカー部のUFOみたいな蛍光色のマーカーコーンや、グリーンのネットのミニゴール。

あとは、サッカーボールがはいった大きな鉄製のカゴがいくつも並んでいて、十人で筋トレをするにはスペースが限られていてる。

そこで筋トレをする陸上部の間を縫うように、度々サッカー部や野球部の男子たちが申し訳なさそうに、スパイクでカチャカチャと音を立てながら通りすぎていく。

サッカーボールの合皮の匂いと、人が通る度にたつ砂埃が鼻をくすぐる。

「エクショッ」

望月がくしゃみをして鼻をかんだ。

「ヘッション!」

わたしもつられてくしゃみをする。

「使う?」

望月は自分のためにとりだしたばかりのポケットティッシュを差し出して、ほこりっぽいねと言った。

生憎、学食で葉子にとられたままで手元にティッシュがなかったから助かった。

「あいがとう。」と鼻声になりながら望月の手から一枚だけティッシュを引き抜いて、鼻をかんだ。

今日のメニューは、スクワット、腹筋、背筋、それぞれ30回×3セット。

身体が冷める前に筋トレを始めよう。


筋トレを終えると日が傾いてきて、灰色のピロティを朱色に染め上げた。

一年生は他に練習することも、場所もないため、三年生の引退までは今日と同じメニューをこなしたら先に帰っていいことになっている。

制服に着替えるために校舎へ入ると、廊下で先輩とすれ違った。

ランニングパンツをはいているから陸上部の先輩なんだろう。まだ名前を覚えられないが「お疲れ様です。」とあいさつをした。

「ごくろうさま。気をつけて帰ってね。」

ベリーショートでピシッとした感じの先輩は、爽やかに歯を見せて笑った。女の先輩だけど、170はあると思われる高身長と、鍛えられて引き締まった足も相まって美少年を彷彿とさせる。

「かっこいいなあ」

すれ違った先輩のすらっとした背中をみて、思わず声に出る。

「さくちゃんはああいうのが好み?」

望月も先輩を見つめてつぶやく。

「太ももがきれい。」

 しまった。今日の昼に飯島さんにからかわれたばかりなのに。

しかし、そんな大した意味じゃないのだ。

引き締まっている曲線というか、芸術としてきれいって意味であって、その、特別深い意味はないのだ。

自分の中で言い訳しても、言葉が選びが難しい。「そういった」目でみてる訳じゃないことは理解してほしい。

「いい人だよね、カナエ先輩。」

さすが望月、先輩の名前までもう覚えたらしい。

「カナエって苗字?」

「ううん、名前。苗字は飯田。」

望月のように、初対面からいきなり下の名前呼びはわたしにはハードルが高すぎる。

飯田先輩。飯田先輩、よし覚えた。明日になったら下の名前は忘れちゃいそうだな。

実際、望月の下の名前も知らない。一週間経ってから聞き出すのも気が引ける。こうやって会話してて困ることでもないから、今すぐにでもなくてもいだろう。


四階まで階段を昇って、それぞれ教室で着替えるために望月と一旦別れる。放課後の教室は吹奏楽部の練習場所になっていて、D組はチューバの練習に使われていた。

廊下側の窓から覗くと、がたいのいい相撲取りのような男子生徒がひとりだけで,同じメロディを何回も、何回も失敗をしながら練習している。

巨体から奏でる音はずっしりと芯があって、教室に響き渡る。わたしが覗く窓も共鳴して、ビリビリと震えているのがわかる。

頼もしくて暖かい。素人のわたしでも心地よくなるくらいにきれいな音色だった。

ガラガラと戸を開けて教室に入ると、自分だけの世界から連れ戻されたように、はっと驚いて吹く手を止めた。

「ごめん、制服取りに来たんだけど、いいかな?」

 上履きの色から相手が一年生だということはすぐにわかった。

「ああ、いいよ」

 仏頂面で答える声もバリトンヴォイスで、お腹から声が出ているのがよくわかる。いい音が鳴るはずだ。と審査員のような感想が頭に浮かぶ。

「ありがとー」

ささっと窓側の席に移動して制服を取り、鞄に詰める。その間、チューバ男子はチューバを椅子の脇に置いて、練習をしないで少し手持ちぶさたに譜面台の高さを調節している。

あまり人に練習しているところを聞かれたくないのだろうか。気持ちは分からなくもない。

わたしだって、100m走を何本もずっと見ている人が居たら、気になって集中力に欠けてしまう。

教室に知らない人と2人、沈黙がつづく。BGMでもあれば、少しは気が紛れるのに。ここには、フロアの他の教室で練習しているトランペットやクラリネットの音が混じりあって,かすかに聞こえるだけだった。

うしろでじっと見られているようでなんだか気まずい。

「えっと、中学も、吹奏楽部?だったの?」

無難中の無難な話題をふってみる。

「いや、」

「・・・」

おう、違うのか。じゃあ何部なんだ。コミュニケーション、コミュニケーション。

「あ、そうなんだ。 じゃあ、えっと、バスケ部とかかなあって」

わたしもわたしでコミュニケーション能力に長けている訳ではない。初対面の人にはそれなりに緊張するし、相手が共通項のない男子だとなおさらだった。

「いや、」

会話のキャッチボールというが、これじゃ会話のバッティング練習だ。わたしが投げた球はふらふらの山なりボールで、ストライクに入らないで見送られてしまう。

「じゃ、野球部、かな?」

「ああ、」

お、ツーボールワンストライクってところか。

「キャッチャーで四番だったり?」

口に出してからしまった。と慌てて口を押さえる。見た目で判断しちゃ失礼だろ。わたしは。でも、相撲部ですか?なんて言わなくてよかった。それは顔面デットボールだ。

「おう、」

ちょっと得意げにチューバ男子が反応する。あわやデットボールかと思った球はスイングでファールになった。

「すごいなー、中学は二中?」

 ツーボールツーストライク。決め球として野球で有名な地元の中学の名前を挙げた。

「まあな。これでもキャプテンで東日本大会まで進んだんだよ。」

ばちこーん、みごとストライク。ようやく文章で会話ができるようになった。

「野球、詳しいの?」

 野球から二中の名前を出したのが功を奏したのか、バッティング練習は終わってチューバ男子がボールを投げてきた.

「うん、高校野球とかプロ野球とかよく見るよ。」

 それから十分くらい、すっかり気を許してくれたチューバ男子と話し込んでいたら、さっきわたしが教室を覗いていた窓が、ガラガラっと音を立てて開いた。

「さくちゃーん。まだー?」

望月が待ちくたびれたような顔をしている。

「あ、ごめん」

時間を忘れていた。慌てて荷物を持って教室を出ようとする。本当は誰も居ない教室でささっと着替えようと思っていたが、健全な男子の前で生着替えを披露するわけにもいかない。

「じゃ、またね」

とチューバ男子に声をかける。勢いでまたね、と言ってしまったが、そのまた、がいつなのか分からない。毎日D組で練習しているわけでもなさそうだったから、これっきりという事もあり得る。

 まあ、いっか。教室を出ると望月が例のごとくタックルしてくる。

痛いんだけどなあ、それ。脇腹にしがみつく望月の頭をわしゃわしゃしながら、女子更衣室に向かう。


六畳ほどの広さの更衣室の左右にはアルミの大きなロッカーがあって着替えるときに荷物が置けるようになっている。

教科書とノートが入った鞄と、制服が入った大きい巾着袋をロッカーにのせる。

望月は教室で着替えたのだろうか。すでに制服を着ていて、わたしの後ろのロッカーの上に腰をかけて暇そうに足をぶらぶらさせている。

「さっきのひと、知り合い?」

ぶらぶらした脚を見つめながら望月が聞いてくる。

「うーん。名前は知らないんだけど、元野球部なんだって」

体育着を脱いで巾着の口をあける。

「そうなんだ。なんで吹奏楽にはいったんだろうね。」

確かに、なんでだ。ワイシャツの両端をもってしわを伸ばしていた手が止まる。それはまたいつか会ったときにでも聞いてみよう。

そう思いながら羽織ったワイシャツのボタンを留める。下から二番目と、一番下のボタンは、留めなくていいか。スカートとベストで隠れるし。

セーラーだった中学は胸元のボタンだけ留めたらそれで終わりだった。ブレザーの制服になって一週間。ワイシャツをいかに楽に着るかを思いついた。

 「吹奏楽部の好きな女の子目当てだったりしてね。」

わたしのうしろで、望月が冗談を言って笑った。

 「ありえるけど、いぶし銀みたいな男子だったよ。色恋とかしなさそう。」

本人の前ではとても言えないけど、相撲取りと武士が混ざったような印象で、チューバの練習をする姿も刀職人がこだわり抜いて金槌を振っているようにみえた。

 ジャージの上からスカートをはいて、ジャージを脱ぐ。そしてタイツをはく。これが一番着替えるときに寒くない。あっ、伝線してる。

まあいいか。とスカートのアジャスタを調整して、深い臙脂色のベストとブレザーを羽織る。

「いぶし銀でも色恋くらいはするでしょ?」

望月は鼻をならす。それはごく一般的な女の子の意見で、こういう話をするときの望月は楽しそうだ。

そういうものかねえ、とロッカーからカバンと体操着とジャージを畳んで入れた大きい巾着袋を取り出す。

そういうもの,に縁が無いわたしは、色恋をするいぶし銀かと想像してみる。メタリックピンクとか、メタリックレッド。派手だなあ。ギンギラギンにさりげなくいてほしいものだ。

そのことを望月に言うと面白がって笑ってくれた。


「それにしても、わたし、この制服似合わないよねえ。」

ロッカーの内側の鏡に映る自分の姿をみて、入学式のことを思い出す。

マジシャンみたいだってお父さんに笑われて家を出たあと、葉子は「売れない」マジシャンみたいだってぬかしよった。

たとえ、マジシャンだったとしても売れたい。

悔しいことに臙脂色のブレザーに濃い緑色の長いプリーツスカート。年がら年中クリスマスみたいなおめでたい葉子にはこの制服がとても似合っていた。

葉子ほどではないけれど、成長を期待して買ってもらった大きめのブレザーの袖を少しまくる。

 「そう?素敵だと思うけどな」

望月はロッカーの上からひょいとおりて,わたしの肩をつかんでくるりと半回転させた.

なんでも肯定してくれて、否定的な言葉を口に出さない。それが愛される秘訣だろうか。

「お世辞でも嬉しいよ。ありがと。」

わしゃわしゃ、はじめて自分から望月の髪を触りに行った。そのくせっ毛のショートヘアは近所に住む元気なレトリバーの触り心地を思い出す。

いつもタックルのついでだったから気づかなかったけれど、並んで頭を撫でようとするとわたしのブレザーの胸ポケットをみつめるその瞳は、わたしのより少し高い位置にあった。


望月はC組だからD組とは通路を挟んで反対側の下駄箱だ。

「どこか行きたいところある?」

屈んで靴を履き替えながら、望月が言った。

「写真撮りたいかも。望月と」

「じゃ、校門前にしよう。」

「あとは何かしたいことある?」

望月の声が弾む。

「うーん、思いつかないな。」

何かしたいことか、そう言われると難しいな。話しながら帰るだけじゃダメなのだろうか。

「そっか。」

少し望月の声のトーンが下がった気がした。

玄関から出て並んで歩くと。どーん、と望月はわたしの腕にタックルをしたまま離れようとしない。

このまま人目にふれるのは恥ずかしいから、木陰になっているところを歩く。

校舎の手前では、外周のときにはいなかった演劇部が発声練習をしていて、敷地全体にその声が聞こえそうなほどの迫力だった。

2人で演劇部の発声練習を眺めて歩いているとお互いに無言の時間が続いた。

望月がわたしの腕を締め付ける力がだんだん強くなる。

「さくちゃんは演劇、好き?」

「あー、そういえばあんまり見たことないな。」

「そっか、歌とかは好き?」

「うん、演劇じゃないけど、よく友達とミュージカルの曲とか歌ってたときがあった。」

その友達てのは葉子で、幼稚園のときに映画のプリンセスのマネしていたのを思い出す。

また少し間が空いて、

「んじゃ、カラオケとか、好き?」

と聞いてきた。

「うん。たまに行くかな。」

わたしが相づちを打ってからもしばらく無言が続いた。おう、またか、この空気。腕を締め付ける力がほろほろと抜けていくのを感じる。

そのまま、レンガ造りの背の高い門の手前まで歩いてきて、「じゃ、写真撮ろっか。」と胸ポケットからケータイを取り出す。橙色の門のレンガ、満開の薄紅色の桜、まだ冬の装いをした水色の寒空を背景に高く上げたわたしの右腕がシャッターを切る。

写真に写る望月は、少し儚げな顔で微笑んでいた。

「ありがと。」

望月はぼそぼそと同じように微笑む。

また無言、元気があってこその望月が急にどうしたんだろう。

写真を撮ること以外決まっていないこの先、このまま帰ってしまったら、望月にもう会えない気がしてしまうのは考えすぎだろうか。

この些細なずれが遠くない先の時間軸で、角度をつけて遠ざかってしまう。

またそんな気がした。わたしは撮ったばかりの写真を見つめたが、答えは出そうにない。

しかし、わたしが何か言わないとこの沈黙は打破出来そうになかった。

 ふと、今朝の葉子との勝負を思い出す。

「望月」

まだわたしの腕をつかんだままの望月の視線がゆっくりと上がってわたしをみつめた。

「行きたいところあった。」



それから2人で、わたしの家とは反対側だけど、駅前のカラオケまで歩いて向かった。

その道中、いろいろな話をした。好きな歌、好きな映画、あと、高校に入る前の話。

まだ望月とは出会ってから一週間たったばかりだ。お互い知らない事だらけで、一番意外だったのは、ショートヘアが誰よりも似合う望月が、最近までロングヘアだったこと。

望月すっかり元気になって、わたしの腕を放してスキップしている。

よっぽどカラオケが嬉しいようだった。

実のところ、一緒に帰ろう。て言われて帰るのは、はじめての経験かもしれない。

なんとなく、待ち合わせをしていなくても、中学までの登下校はいつも葉子と一緒にいた。

高校に入ってからは部活でお互い時間がずれてそういうことは少なくなったけれど、今朝みたいに偶然、ばったり会うことがあるのだ。

この桜のように。春が来たから花を咲かせて、夏が来たから実をつけて、秋が来たから紅葉して、冬になったからその葉を落とす。桜も無意識でそうするようにわたしも、意識的に行動していたわけではなかった。望月も、ロングヘアを切った理由を聞くと、なんとなく?と大げさに笑っていた。

だから、一緒に帰ろう。といざ言われて意識し始めると、写真を撮る以外、何をしたらいいか咄嗟に出てこなかった。

自然に、無意識で、望月と何をして遊びたい。とか、何の話をしたい。とかが湧き出るようになると嬉しいな。と思う。望月ともそうなりたい。

と、スキップで揺れるくせっ毛を見つめた。

夕日に照らされる桜は、はらはら、はらはら、一枚、そして二枚散っていく。その薄紅色の中には、黄緑色の小さな新芽が、今にも芽吹き出そうとしていた。

お読みいただき、ありがとうございました。

桔梗鹿々です。

今回は望月メインで書いて、ちらほらとニューフェイスを登場させてみました。葉子の出番はあまりかけませんでしたが、次回あたりからどんどん出番を書いていきたいなと思っております。

それでは、ごきげんよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ