もののけ王
銀色さんはしばらく沈黙した。我々は相当に緊張した。
「私の名前は、…(考え中)…もののけ王と呼んでもらおう」
私、船長さん、はるちゃんは思った。「もののけは、お化けの意味か? この人は何を言っているのだろうか? おかしな人?」と。
はるちゃんの言うとおりで、宇宙船と別ところから、体一つで来るなんて絶対ない。そう考えると、船長さんのいう密航者に違いない。しかし、月に密航する理由がない。月は開発初期で、まだなにもないからだ。
それなら、本船のハイジャックが目的か? 恐ろしい暴力が起こるかもしれない。心臓が高鳴った。
しかし、もののけ王と名のる男は、屈強に見えないし、手ぶらで武器や爆弾など持ってないようである。残りの乗員がここ来れば、取り押さえられそうでもある。もしかしたら、服の ポケットに小型の武器を忍ばせているのだろうか?
「もののけ王さん(さんとかつけてしまった)、助けてあげたのに、もしかして我々に危害を加えるつもりですか?」と私は控えめにそろりとたずねた。
「私は、本当に好奇心からこの船に近づいた。暴力とかはありえない。そうのように思わないで欲しい、さちさん。私は生きた人間を始めて見る。あなた方と交流したい」
はるちゃんが「生身でこの船に近づくことは不可能です。ひょっとしたら、未知の技術を持った宇宙人ですか? それか、もともと船内のどこかにひそんでいた、とても思い込みの強い方とか」
「私は宇宙人ではないし、頭のおかしい人間でもない。地球の生物由来のもののけ王だ。もののけの証拠を見せる」
私たちは身構えた。
「今から変身するから、見てて」ともののけ王言うのと同時に、宇宙服のお腹の部分が、左右に2つに割れた。くるりと銀色の服とともに体が裏返って、どう言うわけか二回りほど大きくなった。
「どうだろう、信じてくれる?」と体長2.5メートル、2本足、大きな口、意思疎通できそうな可愛い目、しかし鋭い爪持つ手、きのこのような耳、全身に毛がある触り心地のよさそうな怪物に変わった。
「その爪で、我々を襲ったりはしない?」と私。
「初期の私は怨霊だった。その時なら、あなた方を切り裂いていたが、今はしない」
見た目も、体積も全く変わった、科学を無視する変身だ。これは実体でなく、錯覚とかを利用した手品と思ったので、
「もののけさん(王を省いてしまった)、体をさわってもいいだろうか」
「どうぞ、存分に触ってみて」
爪は怖いが、可愛い系の怪物だったので、しっかり触れて見た。なめらかな毛の感触、体温とたぷたぷ感のある体が本当にあった。まぼろしや手品ではなかった。
「リクエストがあれば、それに変身するよ」
船長さんがリクエストした。もののけさんは、次に全身外骨格のてかてかと黒光りし、細長い頭、人間のような手足、魚のエイのような鋭利な尻尾、目が見当たらない意思疎通が不可能な化け物に変身した。その後、伸縮式の口を船長さんに向かって見せびらかしていた。
なぜ、地球の架空の有名なキャラクターを、もののけさんは知っているのだろうか?
「私がもののけ王と信じてもらえただろうか?」と最後に、背広を着た紳士に変身していた。
もののけ王の秘密
もののけさんの話を聞いた後、私とはるちゃんでまとめてみた。次のとおりである。
月と地球の間には、暗黒物質が狭い範囲に凝集した空間がある。
暗黒物質は、全宇宙で見た時に総質量が通常物質より多くないと、この世が成り立たないと言われている。宇宙で多数派の物質である。
暗黒物質は、まだ発見されていない(それなら、今回大発見したことになるのだが)。引力、光、電波の放射や反射などの既知の物理現象を利用して、これを捉えられないとされる。現在の科学技術では、未知なものである。
なぜこのような空間が地球と月の間に、いつからあるのか、もののけさんも知らない。
さらに、もののけさんは話しを続ける。
生物が宇宙空間で死ぬと肉体は朽ち果てるが、体にあった精神を含む色々な機能が、この空間|(人智を超えているので、以降は超空間と呼ぶ)に吸い込まれ、保存される。何にどうやって保存されるか、もののけさんも知らない。
初期から今までの宇宙での事故で犠牲になった動物や人の機能|(以降、魂と言う)が個々でなく、ひとまとめになって保存される。それがものけさんだ。
私はこう思った。この暗黒物質で構成される超空間は、存在するのに人間に認知されない。これは、パラレルワールドと同じでないか? だとしたら、古くから言われているあの世のことで、そこに保存されている魂は、幽霊ことではないのかと。
ものけさんが言うには、我々の船の進路と、この狭い超空間|(日本列島くらいの大きさだろうか)が広い宇宙空間で偶然初めて重なってしまったとのこと。不思議に思うのは、通常物質でできている、生きている人間や船は、暗黒物質で構成された超空間の影響を受けないと思う。それならなぜ我々は、もののけさんが見えるのだろうか? まさか、生きていると思っている私は、もう死んでいて、もののけさんに吸収される途中なのだろうか?
初めて来た宇宙船に興味を持ったもののけさんは、本船を訪問した。超空間に住んでいた(と言っていいのか?)もののけさんが航行中の本船に移動したら、そこから離れるが問題ないのだろうか? そもそも、超空間と宇宙船の速度や向きの関係はどうなっているのか? 超空間は、地球を周回しているのだろうか? 彗星のような双曲線軌道なのだろうか? さらに言うなら、距離と時間とかそういう物理が通用するのだろうか? 暗黒物質が凝集した超空間は、通常物質が反応するようなるのだろうか? いろいろな事が全く判らない。
もののけ放送局
もののけさんは言った。「私ね、地球のテレビ番組の録画全部持ってるから」
私「?」
「説明する。超空間は、どうしてか判らないけれど強力な整理と検索機能がある。その記憶容量は無限に感じる。この空間に届く電磁波|(光やテレビ放送の電波、その他)は、ここに来ると吸収される。その後減衰して熱になるのが普通だ。ここは、人や動物の魂を含む全ての機能が残され、私に吸収される。それと似た感じなのだが、しくみは不明なのだけれど、電磁波がテープやレコード、コンピューターに信号として残すのと同じよに記録され、そして整理される。記憶媒体とかコンピューターにあたるものは、見当たらない。超空間は自然のものでなく、宇宙人の造った『主に地球用太陽系観測装置』かもしれない」
そう言いながら、もののけさんは体の一部を変形させて、テレビ|(箱が木製で大げさな家具みたいな、中央に巨大真空管|(ブラウン管)がある骨董品タイプ)にして、動画を写した。画素が粗く、白黒で何が写っているか慣れるまで判らなかった。女の人が歌っている内容だった。「これは、テレビ放送が始まった時の電波を使って再生した。このころは放送できたが、電波信号を記録するビデオのような記憶装置がない。フィルムで記録しない番組は、画像はここでしか見られない。すごいだろう」
次にもののけさんは、壁にある大きめのディスプレイを指差し、「よく見てて」、と地球を写した。「ただの地球の画像ではないよ。よく見て。何かわかる?」と言ってズームした。日本の大阪湾が写った。よく見ると、海岸線に直線がなかった。空港や工場、港の大きな埋立地が一つもない。
「これは、1000年前の地球の姿だ。こういう全球動画が、なん億年分もある。さすがにこれ以上はズームできないので、大雑把な町の様子や、雲の流れが判るくらいで、恐竜とか侍を見るのは無理だけど」
「これって、もうタイムマシンではないか? こんなもの見せられたら、面白すぎて私死ぬまでずっと見るよ」と私。
3話をわざわざ読んでいただき、本当にありがとうございます。
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