終巻目 リファイナー
コミックマッチ編ラストです。
よろしくお願いします
── 一野工 大体育館
「さあ!コミックマッチ2日目ですよ!!長い前置きはせず、早速試合と参りましょう!2回戦第1試合は、攻めと守りを巧みに切り替え勝利を手にした建築軍と、今回の13人のリーダーの中で唯一の女子リーダー、千葉さんが率いる情報処理軍の試合です!」
昨日の勢い衰えず、館内のボルテージはマックスのようだ。
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──大体育館2階
「そういや、前回のコミックマッチに出たのお前だっけ?」
世早見は隣に座る2年建築科のクラス長若六士恭に尋ねた。
「あ?あぁ。1回戦負けだったけどね。てか、覚えてないのかよ」
「それが全く覚えてないんだよな、なぜか」
「世早見はその時、『一野工には入ったら呪われる部屋があるんだ!それを探してやるぜ!』っ学校中走り回ってたぞ」
若六の奥から弓津手魁が顔を出す。
「あ!そうだそうだ、一野工七不思議のひとつ“入れ替わりの部屋”を調べてたんだわ」
世早見はボサボサの頭を掻きながら、思い出すように答えた。
「結局、生徒の能力の暴走だったんだろ?」
「そうなんだよなぁ」
世早見は弓津手に悲しそうに返事をする。
「そういえば、七不思議のひとつが不思議じゃなくなったんだろ?てことは、六不思議になるって事か?」
若六の質問に、無造作で伸びきった前髪の下から覗く世早見の瞳がキラリと光った。
「それがさぁ、この世には“定数補完現象”ってのがあって、昔から決まった数量があるモノは減ったり増えたりしても、いつの間にかその数に戻るって現象なんだけど、それの影響で一野工七不思議も7つに戻ってるんだよ」
世早見は自慢げに言い放った。
「なんだよそれ」
「例えば……そうだなぁ、煩悩の数っていくつか知ってるか?」
「108つだろ」
弓津手が馬鹿にすんなと言わんばかりに即答する。
「そう、108つなんだよ。大昔に比べて、科学技術も医療技術も犯罪の手口すらも遥かに進歩してるこの時代の煩悩の数が108つのままって変だと思わないか?」
「お、おう……」
「それが“定数補完現象”なんだよ。増えたり減ったりしてもいつの間にか元の数に戻るんだ!」
世早見はドヤ顔を見せた。
「そんなもんか?」
「そんなもんだ!」
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──大体育館2階
「ねぇねぇねぇ!千葉先輩って、ちょーカワイイよね♪」
「まーた始まったよ、衣都のカワイイが」
テンションが高い彼女は音陽衣都。
ポニーテールが良く似合う彼女は、可愛い女の子が好きらしい。
呆れたように反応をする彼女は露鳩柚里。
左目の下の雫のような形の氷は彼女自身の能力の影響である。
2人とも地弘や希と同じ2Aで、2A女子達をまとめている。
「なんかさ、千葉先輩って、食べちゃうぞ〜って感じしない?」
「しない」
「え〜、点数決めた時とか二ヒヒって笑うんだよ?ちょーカワイイんだから♪」
「あ、そう。でも1番は、るる子ちゃんなんでしょ?」
「もちろん♪……って、そういえばるる子ちゃんは?」
音陽が辺りを見回す。
「私はるる子ちゃんじゃなくて海老寿先生です!」
2人の背後から声がした。
2年建築科の副担任、海老寿るる子先生だ。
低い背丈に控えめな体つき、更には童顔が重なり、スーツを着ていなければ、高校生に間違われそうな容姿をしている。
「あ、るる子ちゃんやっほ〜♪」
「やっほーじゃありません!私は海老寿先生です!ほら、試合が始まりますよ。一生懸命応援してあげましょうね」
「はーい」
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館内にブザーが鳴り響く。
第2回戦第1試合試合開始。
2回戦は、1回戦で勝利した4チームが1対1で戦う。
2回戦は、フィールドを4つのエリアに分割する。各リーダーがボールの発生を認知できるのは自軍のエリアのみで、1回戦の時より遥かにボール探索が困難となっている。
今回のフィールドテーマは沼地、床の8割以上が泥濘となっており、背の高い草や上から伸びている蔦で視界も悪くなっている。
毎回ランダムに決まるフィールドテーマと能力との相性やバランスの善し悪しは完全に運である。
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試合開始から3分と少々。
現在取得点数 建築軍1点 情報処理軍2点
「やっべ!ここ深ぇ!」
ボールを持つ地弘は、泥濘に足を取られていた。
地弘は右腕からセンスを放出、それを足元の泥濘に突っ込んだ。
「小人の雨宿りッ!傘は“開く”!」
開くように展開する小人の雨宿りは足元の泥を跳ね除けた。
更に、地弘はその傘の内側で空中へとジャンプ。近くの木の上に着地した。
「っぶね!」
地弘の真横を情報処理軍リーダーの千葉が猛スピードで通過、地弘の目の前で停止し、ボールを指差す。
「ボールくださいな、後輩君」
「嫌っす」
地弘は即答した。
「空中戦なら私の方が分があると思うけどな」
千葉は徒っぽい笑みを浮かべる。
「ボールのせいで片手塞がっちゃってるし、私のスピードには追いつけないと思うよ」
千葉の右腕が円筒状に変化した。身体をポンプに変える彼女の能力である。
右腕の両サイドにある吸気口から空気を集め出した。
前腕にあたる部分がどんどんと膨らんでいく。
「加速機巧!」
重たい轟音と共に空気の塊が撃ち出された。
「小人の雨宿り!」
地弘は傘を開く。その傘は空気の塊を完全に受けきり、消え去った。
「わお!流石は鉄壁タイプの防御系、簡単には撃ち崩せないか……じゃあコレならどう?」
千葉は再び右腕から空気弾を放出した。
「小人の雨宿り!……しまっ!」
空気弾を防いだ瞬間にその影から千葉自身が距離を詰めていたのだ。
地弘はボールを奪われた。
ブザー音が鳴り、情報処理軍3点目。
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試合終盤
「決まったー!霧峰選手の創り出した大砲から撃ち出されたボールを中河選手が小人の雨宿りで受け取りゴールイン!!華麗なチームプレイを魅せます!建築軍!これで点数は14ー14!建築軍が追い付きました!」
デュース制ではないコミックマッチ。
次の1点を取ったチームが決勝戦進出である。
「次のボールが現れた!両軍一斉にボールを探し始める!千葉選手、沢田選手が早い!やはり、移動力は情報処理軍が上のようだ!どんどん探索範囲を広げていくー!…と、ここで千葉選手がボールを発見!ボールを掴み、素早く方向転換!この変形の速さもさすが最高学年と言ったところか!そして今シューート!決まっ……っていないー!惜しくも1分半の時間切れだー!」
「あ、危ねぇ……」
短いブザー音で点数が入っていない事を悟った地弘が呟いた。
「ボールが再出現します!現れたのは……あーっと建築軍サイド!…………木上選手がボールを掴みました!走り出す木上選手!下半身に止み続ける雨を巻き付け、加速していくー!……おっとー!?ここで畑選手が立ち塞がる!……しかし、回り込んでいた島選手に素早くパス!……が通らない!千葉選手がパスをカットしている!そして、ゴール前の沢田選手にパス!……沢田選手、しっかりと受け取りシューートッ!……決まったー!15対14!試合終了のブザーが鳴り響きます!決勝戦に駒を進めたのは、情報処理軍だー!選手の皆さん、お疲れ様でした!選手の皆さんに今1度大きな拍手をお願いします!!」
決勝戦進出、情報処理軍。
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──大体育館 男子更衣室
「それでは、20分後に2回戦第2試合を始めます!電子軍と環境工学軍の選手の皆さんは集合してください!」
樫野のアナウンスが響く。
「皆お疲れ様。皆のおかげで2回戦まで行けたよ。ありがとう!」
霧峰がチームの3人に握手を求め、3人は応じた。
「このコミックマッチを通じて、自分の能力の課題点なんかが良く分かったと思う。それを今後に活かしてくれると私は嬉しい」
「うす。あざす、霧峰先輩」
「ありがとうございます!霧峰先輩!」
「今の試合も点数は取れてたから、全然勝てた試合だったと思う。相性だったり、出現ポイントだったり、その微妙な差が生んだ結果だと思う。我々はちゃんと強かったよ。ありがとう」
「あざす、木上先輩」
「ありがとうございます!」
「傘を開く速度とかタイミングとか色々と分かった気がします。この感覚は大切にしていきたいです。あざした」
「中河君ありがとう!」
「ありがとね」
「先輩、ありがとうございました!」
「何人もの性格をコピーして、その都度使い分ける技術は、コミックマッチが無ければ気付けなかったかもしれません。本当にありがとうございました!」
「ありがとう!」
「お疲れ様」
「サンキューな」
建築軍、2回戦敗退。
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2回戦第2試合、環境工学軍と電子軍の試合は15対13で電子軍の勝利。
決勝戦は、前回優勝の機械軍がシードとして参戦し、機械軍、電子軍、情報処理軍の試合となった。
トップレベルの機動力を持つに広い探索力を持つ3人がサポートをするという戦術を使う機械軍。
時間操作という最強の能力を中心に、メンバー全員が強力な能力者である電子軍。
あらゆるフィールドに対応しつつ、機動力と防御力を兼ね備えた情報処理軍。
どのチームが勝ってもおかしくない試合だったが、大接戦の末、優勝を手にしたのは電子軍だった。
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大体育館は、鬱蒼とした森からいつもの冷たい床に変わっていた。
生徒たちは整列し、閉会式を受けている。
「これをもちまして、令和X年度第1学期コミックマッチ閉会式を閉じます」
国生教頭の礼に合わせ、生徒たちは疎らに礼をした。
「教頭先生ありがとうございました。先生方から何か連絡事項等ありますか?」
司会を務める先生は話しながら辺りを見回す。
「無いようですので、これから掃除に移りたいと思──」
放送を知らせるチャイムが言葉を遮った。
生徒らが一瞬ザワついたが、司会の先生がそれを静めた。
『あ〜、閉会式中に失礼します。校長の青葉です。皆さんにお話したいことがありますので、今からそちらへ向かいます。よろしくお願いしまーす』
再びチャイムが鳴り、放送が切れる。
「……という事なので少し待ちましょう」
職員らは集まり、何かを話しだした。
生徒らも周囲と話を始めた。
「なあなあ、あの先生ってちゃんと喋れんだな。いつもやる気ないイメージだけど」
「鬼頭先生な。まぁ、そうだな。……あ、昨日俺が言ってた“怪奇の集う館”行く気になった?明日休みだしさ、行こうぜ」
「おう、行く行く」
地弘は即答した。
「希は?どうする?」
世早見が尋ねる。
「僕はちょっと用事が出来ちゃって行けないや〜」
「そうか、じゃあ、地弘だけだな。悪いんだけど、団員の中でどうしても行きたいって奴が居るんだけど、連れてきて良いよな?」
「ああ。構わんぞ」
「じゃあ決まりだな。集合場所と時間は決まったら知らせるわ」
「おう」
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金属が擦れる高い音と共に体育館後方の扉が開いた。
ザワザワしていた生徒たちは静まり返り、そちらを見る。
生徒らの視線の先には痩せた小柄な老人が立っていた。
軽く一礼した老人は早歩きでステージの上に上がり、マイクのスイッチを入れた。
「あー、どうも。校長です。皆さん、まずはコミックマッチお疲れさまでした。中々、顔出せなくてごめんなさいね。試合は全部録画してもらってるので後でゆっくり楽しませていただきます」
青葉校長はニッコリと笑った。
青葉は険しい顔になると、話を続けた。
「さて、本題に入ります。最近、市内で能力やインプロを用いた暴行事件が頻発しています。中には行方不明になっている方もいます。世間では、“能力者狩り”と呼ばれていますね。我が校の生徒も数人、この連続暴行事件に巻き込まれています。不幸中の幸い、我が校では行方不明者は居ません。この事件、まだ詳しいことは分かっていませんが、1人2人の犯行じゃ無いようなんです。もっと大勢の、組織的な犯行だと警察の方にお聞きしました」
校長の話に生徒らがザワつく。
「……なあ希、組織ってこないだの奴だよな?“怠堕社”の“飼育員”って名乗ってた奴の事だよ」
「ん〜?」
「また、狙われているのは10代から20代の若い人ばかり。一野工の生徒が襲われてしまったのは、我々教職員の失態です。我々も市と警察と連携してパトロールを増やしていくつもりです。それでも、やはり目の届かない所は出てきます。そこで、“生徒主体”というこの学校の校風と、皆さんの勇気をお借りしまして、アレを復活させようと思います」
職員の中の数人がざわついた。
「先生方の中には何人か気付いた方がいらっしゃるようですね。……はい、20年前に起きた権力の横暴に対抗して秘密裏に結成された異技者集団“リファイナー”を復活させます。異技者というのは、今でいう能力者の事です。“リファイナー”はこの学校で造られ、悪どい権力者に対してデモや抗議活動を行っていました。まぁ、皆さんにデモをやれとは言いません。この学校は当時から”生徒主体”だったんですが、この”リファイナー”を結成した生徒は、対能力者の立ち回りをマニュアル化して、授業に組み込んでしまったのです。その授業内容を我々がアレンジして、今の授業に組み込もうと考えています」
館内が騒然としたが、青葉はそれを制するように大きな声で話を続けた。
「え〜、簡単に説明します!能力を使って、悪い人から逃げる、あわよくば撃退する訓練を授業として行います!君たちは、一野工生であると同時に“リファイナー”となるのです!詳しい事は休み明け、月曜日に担任の先生から話してもらいます。え〜、皆さん、コミックマッチ本当にお疲れ様でした。週末はゆっくり休んでください」
青葉校長は一礼するとステージから降り、国生教頭に一言何かを伝えると、早歩きで体育館から出ていった。
ありがとうございました。
次編をお待ちください。