4巻目 1回戦第1試合
よろしくお願いします
──一野樹工業高校学校 大体育館
「只今よりィ、令和X年度第1学期コミックマッチを開催致します!!実況は私ィ、放送委員長の樫野照が務めさせていただきます!!さあさあさあ、選手のみなさん!全力で競技を楽しんでください!!応援されるみなさん!全力で観戦を楽しんでください!!」
樫野が威勢のいい啖呵を切っていくのに合わせ、館内のボルテージも上昇していく。
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“飼育員”との一戦から2週間、一時は延期中止の話まで出ていたが、当初の予定通りコミックマッチが行われることとなった。
地弘と島は怪我の治療の為2回ほど練習を休んだが、養護教諭の能力と自らの自己回復力で復活した後はしっかりと練習を繰り返し、作戦の動きを形にできていた。
地弘と島は1ヶ月余りの練習を通じて、木上には類まれなる状況分析力がある事に気付かされた。また、霧峰と木上は中学時代からの大親友でそのコンビネーションは、まさに阿吽の呼吸であった。
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「それでは1回戦第1試合、建築軍、材料工学軍、セラミック軍の試合を行います。選手の皆さんは体育館中央に集まってください。他の生徒、職員は2階観覧席に移動してください」
進行を務める放送委員副委員長の漁火結和の声が館内に響き渡る。
漁火結和の優しく整った顔立ちと控えめな体付きから放たれる落ち着いた柔らかい声には校内にもファンが多い。生徒達はボルテージそのまま移動を始めた。
「それでは、選手の紹介をします。建築軍、リーダー霧峰、木上、中河、島。
材料工学軍、リーダー蜂塚、柳、羽賀、原。
セラミック軍、リーダー相良、北見、梶本、大柿」
漁火のアナウンスから数分後、フロアの1階─コートの中央に名前を呼ばれた生徒が並んだ。他の生徒や職員は2階に上がっている。
「それでは、第1回戦第1試合目のフィールドテーマの発表をします。第1試合目のテーマはこちらです」
漁火のアナウンスに合わせ、1人の職員が立ち上がった。教頭の国生苑子だ。
彼女が腕を軽く振るうと、バスケットボールコートが6面は入る大体育館のフローリングが一瞬で、雄大な大地の一画となり大樹や草花が生い茂り始めた。
「おぉ!」
足元が硬い床から柔らかい地面に変わり、島は思わず声を上げた。
「この先は立入禁止──教頭先生の能力だよ。学校の敷地内であれば施設・備品の形と校則を自由に変えられるんだ。コミックマッチで死者が出ないのも、ボールが無くならないのもそういうルールにしてるからなんだよ」
と木上が教えてくれた。
館内の変化が終わると、漁火に代わり樫野がマイクを握った。
「教頭先生、ありがとうございますッ!さあ!今回のフィールドテーマは森です。草木で移動やボールパスが制限されてしまうフィールドです!それでは、さっそく第1試合を始めましょう!」
3つに分けられたエリアの端に各チームが配され、それぞれ屈伸したり、話し合ったりしている。建築軍の4人も……
「木上、中河、島、いつも通りやれば問題無い。大丈夫だ、俺達は強いぞ」
「うす!」「はい!」
地弘と島は大きく返事を返す。
「緊張はしてないみたいだね。じゃあ、僕からもアドバイスだ。前に飛び出したくなったら一歩退いて考えて、OK?」
「うす!!」「はい!!」
「3チームとも準備はよろしいですかァ?」
樫野のアナウンスに3人のリーダーが頷いた。
樫野が大きく息を吸い込んだ。
「正々堂々!反則ギリギリ!戦い方は自由だァ!チームワークを、個人の力を見せつけて勝利を目指せ!
レディーーゴー!!!!」
掛け声と共に大きなブザー音が鳴り響いた。
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試合開始。
ブザー音と共に各リーダーの端末にボールの出現エリアが送られた。
「木上、島、材料工学エリアに出現した!向かってく──」
霧峰が言い終わる間もなくブザー音が鳴り響いた。試合中に鳴るブザー音が知らせるモノは、ボールの再出現、それだけである。ボールの再出現の条件は、出現してから1分半が経過した時とエリア中央にあるゴールにボールが入った時だけだ。
「はァ!?3秒だぞ!」
地弘は思わず叫んだ。地弘だけでは無い、他の選手や観戦している生徒達も恐らく同じ事を心の中で思っただろう。
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試合開始のブザー音と共に蜂塚の目の前にボールが現れた。
「うぉぉ!ラッキー!」
すかさずボールを掴むと、全身からセンスを放出した。瞬く間に姿を消した蜂塚が、次に姿を現したのはゴールの目の前だった。
指定したポイントを中心に物体を点対称の位置に移動させる巡る臆病者が蜂塚の能力である。
偶然、先制点を取ったのは材料工学軍。ボールが現れゴールするまでの時間、わずか3秒足らず。
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「早ぁぁぁぁい!!なんてスピードだぁ!コミックマッチを見てきて3年目の私ですが、このスピードは殆ど見た事無いぞ!!」
樫野の実況が響く。
「蜂塚は瞬間移動に近い能力を使う。この1点は仕方ない。切り替えて次だ!」
霧峰が動揺する地弘と島に声を掛けた。
「次はセラミック軍のエリアだ。2人とも頼んだ!中河は私とゴールに向かうぞ!」
3人は大きく返事をし、走り出した。
──リーダー達はボールの出現エリアは分かるが細かい場所までは分からない。その為、後は自分たちの目と足と能力で探すしか無いのだ。
「お、あった」
木上は地面に落ちたボールを見つけ、立ち止まった。
「さてと──」
──コミックマッチでは、選手が気絶しても試合が続行される。また、国生教頭の“校則改定”により、致命傷以上の傷を負うと気絶するようになっている。そもそも、そこまでの攻撃をする生徒は居ないのだが、能力の暴発を鑑みての処置である。
「直接触らずに済むなら触らない方が懸命だよね。このボールに何かされてたら厄介だしね」
木上は水の糸でボールを持ち上げた。──瞬間、地面に3メートル四方の穴が空いた。
「うぉっ!ボールじゃなくて地面か!」
咄嗟に数本の水の糸を伸ばし近くに枝に絡めると、ターザンのように穴の外に身体を移動させた。
「でやぁぁぁぁっ!!」
「あっぶない!」
地面に降りた木上を襲ったのは白い茨が巻かれた大きな鍵だった。
「その鍵とこの穴……セラミックの大柿君か」
「うす!」
元気よく返事をした彼─大柿貴飛の右手には大きな鍵が握られ、右肩から鍵の先にかけて白い茨が巻かれていた。この鍵で叩いた面を入口とし、立方体の特殊空間を生み出す空間型隠密系の能力。それが──
「開拓する大鍵ッ!!」
大柿は木上に向かって鍵を振り下ろした。
「止み続ける雨!」
木上は鍵による攻撃を数本の水の糸で弾き、躱した。しかし、大柿は怯む事無く鍵を振り切る。鍵が地面に当たった瞬間、足元に大きな立方体の穴が空いた。
木上は、さっきと同様に落ちないよう身体を外に弾く。
「悪いけどゴール決めないといけないんでね!」
木上は、水の糸を少し離れた木の枝に伸ばし、絡め、縮めた。木上の身体が一瞬で大柿から離れた。大柿は走って追いかけようとするが、普通の足では追い付けない速度で引き離される。
ゴールの周りは少し開けた作りになっている。ゴール前に飛び出した木上はゴール付近を瞬時に確認し、思考を巡らせる。
(霧峰と杜君、3Sの相良君……相良君は厄介だな……)
木上は自身の下半身に水の糸の輪を巻いた。ステージ2だ。下半身の動きを加速させることで、機動力を得た木上はゴールに向かって走り出した。それに合わせて、セラミック軍リーダーの相良新星がまるで吹っ飛ばされた様に一瞬で距離を詰める。
「拒む手守る手か」
「ボールを渡しな!」
「勿論、無理!」(……能力の簡単な内容は前もって知る事ができるけど、確か拒む手守る手の能力は超反発する右手と全相殺する左手のはず。マズイのは右手の方か)
瞬時に思考を巡らせ、水の糸を伸ばす。狙っているのは相良の上半身だ。
「ッ!!」
「能力、止み続ける雨!悪いけど、その手には触れたくないか──何!」
「縛る為に、中心に……この俺に向かってきてるんだろ?能力、拒む手守る手。俺が超跳ね返すのは右腕に触れたモノだ。右手じゃないぜ」
水の糸を弾き返した相良は腰を落とし半身に構えた。木上に左肘を向け、パンッ、と合掌をする。──瞬間、爆発的な衝撃波が木上を吹き飛ばした。相良は木上の手から離れたボールを掴むと地面に触れ、自身の身体をゴールの方へ超反発させた。
「木上先輩!」
「中河、ボールを取られたら防衛だ!」
木上の元に向かおうとする地弘を霧峰が引き止めた。木上が大丈夫だと何となく分かるのだろうか、全く心配する素振りを見せない。
地弘は少し戸惑ったが「うす!」と返事をするとインプロになり、いつでも傘を開ける様に構えた。
相良は左手を地面に付き、停止、インプロになるとゴールへと跳び上がった。地弘もすかさず跳び上がる。
「努力の結晶!」
霧峰は木の枝で出来たY字のパチンコを取り出し、下から数発撃ち込んだ。
銃弾のような威力と速度の小石が相良目掛けて飛んでいくが、全相殺する左手で全て掴まれた。
「見えてるのか!?」
霧峰が驚く。すぐさまパチンコを構えるが、射線上に地弘が被ってしまっていた。
「ボール貰います!」
空中で傘を開き、傘の内側で更に跳び上がった地弘は手を伸ばした。
「嫌だねっ!」
跳んで来る地弘に向かってそう叫ぶと、霧峰から奪った小石を右手で弾いた。
その瞬間、相良の身体は上方向から横方向へ進行方向を変えた。
「うおっ!?」
驚く地弘をよそ目に相良はボールをゴールに叩き込んだ。
ビーッ、というブザー音が鳴り響いた。セラミック軍に1点。
「悪ぃな、建築の後輩君。俺の右腕は超反発……反発じゃなくて超反発だ。何かが右腕に当たった時、それは俺に向かってきているという事だ。数十倍の威力で弾き返す事ができる」
相良はドヤ顔で地弘に自慢した。
茂みに突っ込んでいる木上を霧峰が引っ張り出していた。
「ごめん、とちった。右腕が範囲だったとは…」
「気にするな。次、取ればいい。次は材料工学のエリアだ。頼んだ!」
木上は頷くと、森の中へと走っていった。
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島はボールを探していた。10秒程前にブザーが鳴ったのを聞いている。
「いた!」
「あ゛っ!」
島の視線の先には、小柄な女の子がいた。同年代の子と比べても一回り小さなその子は、短いツインテールが幼さをより際立たせていた。
彼女は、材料工学軍の1年代表、原輝南だ。ボールを持っている彼女は、今にも走り出しそうだった。
「ボール貰うよ!」
インプロになり、距離を詰める島。
「ダメ゛ですよ゛!」
とてもこの小柄な身体から出ているとは思えないダミ声──ハスキーボイスと言うには程遠いダミ声で応えた。
「っ!!」
島は、原に向かって手を伸ばすが、島の右手は空を切った。
次の瞬間、彼女はほんの数メートル先に現れ、ゴールに向かって走り出した。
「これが原さんの悠久の誓いか……ME、移動系多すぎでしょ……ちょっと待てぇ!」
島は彼女の後を追った。
悠久の誓い、それが原輝南の能力の名前である。瞬間型移動系のその能力は、彼女が“3秒後に行ける場所”に一瞬で行けるというものである。今の彼女が3秒後に行ける場所なので、何かしらの影響で彼女の動く速度が上がっていれば、その分瞬間移動できる距離が伸びる。1度使うと3秒のクールタイムが必要となる。
原は、この能力で島との距離をどんどん離していった。
「やっぱり僕の足じゃダメか。よーし、滑稽な烏!」
パキパキ、と未開封のペットボトルを開ける様な音が鳴り、島の身体が一瞬光った。
走り出した島の動きがこれまでとは明らかに違っていた。みるみるうちに距離を詰めていく。
(やっぱりインプロする時は中河先輩をコピーするに限るな。センスの流し方が全然違ぇや。そして……)「ボール貰ったァ!」
原のクールタイムを利用し、ボールを奪った島はそのままゴールへと向かった。
ゴール付近で妨害に遭うが、霧峰の作ったトラップが上手く嵌りそれを回避。島がゴールを決めた。
建築軍初得点。
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試合開始から7分、現在の点数は建築軍5点、材料工学軍6点、セラミック軍8点となっている。序盤は移動系を中心とした材料工学軍が他のチームを翻弄しつつ点数を稼いでいたが、強力な能力を持つセラミック軍が徐々に対応、本領を発揮し始めていた。
ビーッ、と再びフィールド内にブザーが鳴り響く。セラミック軍に9点目が入る。
「っしゃオラァ!どうだ、オレのシュート!!」
「なんで、僕にボールくれないんですか!」
「はぁ?俺がMEからボール奪ったってのに横取りしてんじゃねぇぞ!」
「るっせぇ!!オレが決めたんだよ!!」
点数を決めた後、相良、北見、梶本がギャーギャーと言い合っていた。
「能力が強力なセラミック軍は一人ひとりが点取り屋だ。試合が進むにつれて、その本領を発揮しつつあるな……皆落ち着いていけよ!」
霧峰が鼓舞する。
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試合終盤。ゴール前で構える地弘らの元に突っ込んでくる相良に何かがぶつかり、彼を吹き飛ばした。
「能力……暗躍する一撃……!」
材料工学軍の2年羽賀光弥は、マスケット銃の銃口から硝煙の様に立ち上るセンスを吹き消した。
「ナイスだ、ヒロ!」
能力により、どこからか移動してきた蜂塚がボールを拾う。
「相良ァ!どうした?バテてんのかァ?」
「はぁはぁ……クッソ……」
蜂塚は吹っ飛ばされた相良を見て煽った。地弘らの妨害も巡る臆病者で躱し、華麗にゴールを決めた。
材料工学軍12点目である。建築軍は11点で後を追う形となり、セラミック軍は9点と少し離されてしまった。
試合が終盤に差し掛かり、選手の息も上がってきていた。
20分間能力を使い続けるのは難しく、コミックマッチでは如何に体力とセンスの消耗を抑えるのかがポイントになってくる。その為、攻守を分けたり、狙うボールを絞ったりするのだ。
しかし、チーム意識の低いセラミック軍は役割分担が上手くいかず、より一層疲労が溜まっていた。
センスを単発的に消費するような移動系が揃う材料工学軍は、持久力があり長期戦向きのため、後半で更なる爆発力を発揮していた。
建築軍は島がセラミック軍と材料工学軍の数人から人格をコピーし、攻守共に対応出来るようになっていた。
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再び、ブザーが鳴り響く。
材料工学軍に13点目が入る。これで連続3得点だ。
相手がボールを取った時は、羽賀の暗躍する一撃で妨害し残り3人でボールを奪いに行くという材料工学軍のオーバーアタック作戦は、程よくハマっていた。
だが、それを“程よく”止まりにするのは建築軍だ。霧峰がゴール周りに仕掛けるトラップは時間が経過するにつれ増えていく。
その霧峰の仕掛けたトラップが上手く発動しているのだ。
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ブザーが鳴る。
建築軍に14点目が入った。これでマッチポイントだ。
島からのパスを受け取り、ゴールを決めた霧峰に地弘が声をかける。
「フォローあざす、霧峰先輩。さすがっす」
「ありがとう。自分が今、何が出来て何が出来ないのかを知っておく事は大切だ。それが分かれば自ずとやるべき事が分かってくる。大切なのは何をやるべきかじゃない、何が出来るのかを考える事だ。最後まで気を抜かずに行こう」
「うっす!」
構える2人。ボールを横取りしようと、セラミック軍の相良と大柿もゴール付近にやって来た。
十数秒後、ボールを持ってやってきたのは木上だった。
木上は、セラミック軍のブロックと自身を追いかけてきた材料工学軍の挟み撃ちを躱し、止み続ける雨の水の糸で加速させたボールを霧峰にパスした。
少しコースが乱れたが、咄嗟に水の糸でボールを弾きコース調整。霧峰にパスが渡った。瞬時に地弘が小人の雨宿りを展開、その内側を使い霧峰は高く飛び上がった。
木上の水の糸と地弘の傘で妨害を阻止、霧峰はそのままシュートを決めた。
「っしゃあ!」
ビーーッ、と一際長いブザー音が鳴り響き、続けて樫野のテンションMAXの声がフィールド内に響き渡る。
2回戦進出 建築軍。
ありがとうございました
次回もよろしくお願いします