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3巻目 怠堕社

よろしくお願いします。

 コミックマッチの練習は週に3日、放課後の4時半から6時までと校則で規定されている。許可を取れば土曜の午前中は練習ができるが日曜と祝日は原則練習禁止となっている。選抜メンバー発表からコミックマッチ開催までは1ヶ月程ある。今は2週間ほどたった頃で、建築軍も練習を重ね、作戦の動きを掴み始めていた。

 今日は練習が無く、部活にも入っていない地弘は帰りのホームルームの後、昇降口で外履きの靴に履き替えていた。


中河(よしかわ)先輩!今から帰りですか?」

「ん?五生いつきか……そーだけど」

「ご一緒してもいいですか?」

「別に構わねーけど、お前今日部活は?」

「木作は今日休みです!」

「あ〜のぞむも言ってたな。てことは……」

「地弘く〜ん帰ろ〜。ってあれ〜?島くんだ〜。選ばれし2人が揃ってどうしたの〜?」

「これから帰るんだよ。お前も一緒に帰るだろ?」

「もちろん!」


──一野樹川沿いの堤防道路


 島は、練習中の地弘の機転の良さに感心しており質問攻めにしていた。

「──それでどうして中河先輩はあんなに臨機応変に対応できるんですか?」

「ん〜?希のお陰……というか希のせいかな……」

(もり)先輩の?……どうゆう事ですか?」

 木舟で川を下る一野樹市の観光名物、一野樹川下りをする舟を眺める希を一瞥すると、島の方に視線を移し話しを続けた。


「こいつさ、“巻き込まれ体質”っていうの?マンガとかアニメの主人公とかが次から次へと不幸や事件に巻き込まれたりするじゃん?こいつはそれがあるんだよ。だからずっと一緒にいると幸か不幸か危機回避能力が勝手に上がるんだよな」

「いつもごめんね〜」

 いつの間にか地弘達の方を見ていた希が謝った。

「そうだったんですね。……あ、そういえば”巻き込まれる”で思い出したんですけど、今能力者(キャスト)狩りが出てるらしいんですよ。なんでも、ヤバい組織が仲間を集めてるって噂ですよ」

「うちのクラスでもそんな話してたな。なぁ、希」

「ん〜?そーだっけ〜?忘れた〜」

 希はアハハと笑った。


 そんな会話をしながら堤防道路を3人が歩いている先──数十メートル先に、濁ったような色のセンスを放出させた男がこちらに向かってフラフラと歩いていた。

「なんであいつインプロなんだ?能力者(キャスト)になりたてか?……てか、なんだよあの色」

「なんでしょう、あれ。あんなの初めてみましたよ」


──能力(コミック)の発現には、先天性と後天性の2つがある。

 後天性の場合、自我が芽生え始める1歳半から3歳にかけて──俗に言うイヤイヤ期に能力(コミック)が発現する事が殆どである。たまに自我が確立していく10代前半の思春期や反抗期に能力(コミック)が発現する者もいる。

 前者の場合、手足を動かしている内に能力(コミック)も一緒に自分の力に出来るのだが、後者の場合、慣れ親しんだ身体に腕がもう一本生えてくるような状態となり、コントロールが効かずに能力(コミック)やセンスが暴発・暴走することがあるのだ。

 しかし、いくら暴走しようが特異な能力(コミック)を持っていようが、センスが透明な色というのは決して変わらないのだ。──


 男は、焦点の合わない虚ろな目で3人を見ていた。

「………見っけた……」

 言うのが先かやるのが先か、男は濁った色のセンスをさらに放出し、地弘に殴りかかってきた。

「っぶねぇ!」

男の拳は(くう)を切り、地面に突き刺さった。

「(はァ?!アスファルトだぞ!?) いきなり何しやがんだ!てめぇが能力者(キャスト)狩りか!?」

「……」

男は黙って攻撃を続けた。地弘はインプロ状態でそれを交わし続けた。


「マジでいい加減にしやがれ!!てめぇは誰だっつってんだよ!!おいっ!てめぇは誰だぁ!!」

 地弘の叫びに反応するように、暴れていた男は急に動きを止め、おもむろに話し始めた。

「……俺か?……俺が誰かって?……俺は怠堕社(たいだしゃ)営業部営業十八課“飼育員”さんだ。お前の能力コミックをいただく」

 言い終わると同時に男──“飼育員”はすぐさま大振りの攻撃を始めた。

「怠堕社……?能力(コミック)をいただく……?何言ってんだあいつ!」


「わ〜、地弘くん聞いた〜?飼育員さんだって〜、変な名前〜」

 希はアハハと笑った。それを見た地弘は短く舌打ちをした。

「希!お前まだ撃ってない(﹅﹅﹅﹅﹅)のか!早くしろ!」

「だらだらと喋ってんじゃねぇぞ、ガキ共がぁ!」

 更に“インプロ”を重ね、”飼育員”の濁ったような色のセンスが黒くなり始めた。


「そろそろ俺の能力(コミック)を見せてやるよ」

 “飼育員”は全身から溢れる黒いセンスを右手に集めた。繰り出される大振りの攻撃はこれまで同様地弘を狙っていた。

「そんなのが当たるかよ!」

 これまで同様地弘はそれを躱し、カウンターにインプロで強化された拳を“飼育員”に叩き込もうとした。

──刹那、地弘の顔の前で(くう)を切っていた“飼育員”の拳から無数の針が伸びた。

「何!?」

 一瞬の出来事で地弘は傘を開くことが出来なかった。

「ぐふっ!」

 辛うじてインプロにより強化された腕でガードをし、針が突き刺さる事は免れたが針が飛び出る威力で吹っ飛ばされてしまった。


「中河先輩!」

 島は地弘の近付こうと走り出したが、島の足元から無数の針が飛び出し島の身体にくい込んだ。

「ぐはぁ!!」

 吹っ飛ばされた島は地面に叩きつけられ動けなくなってしまった。

「雑魚に興味は無いんだよ」

「拳からだけじゃねぇのか!?てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ!!能力(コミック)小人の雨宿り(リトル・アンブレラ)!!」

 地弘は再び殴りかかった。しかし、今度は傘の内側の弾く特性で自身を弾き、スピードが数段上がった状態で”飼育員”に突っ込んだ。


「あ?ふざけてなんかねぇよ……こっちは仕事やってんだ。頭だけ残ってりゃいいって言われてんだからよ……とりあえず死ねやぁ!!」

 “飼育員”が叫ぶと同時に、地面から無数の針が地弘目掛けて飛び出した。

小人の雨宿り(リトル・アンブレラ)ッ!!」

 地弘は両掌から傘を具象化し、その針を防いだ。地面からの針を受け傘が消えた瞬間、近付いていた“飼育員”の拳から針が飛び出し地弘を襲った。

「ぐふっ……」

 空中に吹っ飛ばされた地弘はそのまま地面と激突した。


「俺の満開の捕食者ブルーム・ヘッジホッグを舐めてんじゃねぇぞ!──ん?俺は何言ってんだ!?──てめぇは掌からしか傘を出せねぇようだが、この俺は触れたところからも針を出せる!──俺はなぜこんな事を話してる!?──てめぇとは格が違う展開型攻撃系なんだよ!──クソ!口が勝手に!──地面の針は地雷のように近付けば飛び出る!──おい!黙れよ俺の口!誰の能力(コミック)だ!?──当然俺も近付けば反応するが殴った場所を完全に覚えている俺は絶対に大丈夫なんだよ!てめぇらは俺が殴った場所を全て覚えてるのかぁ!?──黙れよぉぉぉ!!」

 “飼育員”は口を手で覆い、叫んだ。

「なるほど〜。それにしても飼育員さん…だっけ?随分と舌が回る(﹅﹅)んだね」

 希は拳銃の用心金(トリガーガード)に指をかけ、クルクルと回しながら、アハハと笑った。

「やっとか……希……いつもおせーんだよ……すまねぇが……あとは……」

 地弘は気を失った。

「……うん、任せてよ地弘君」

 優しい笑みを浮かべながら希は呟き、“飼育員”の方に直った。希の顔から笑顔が消えていた。


「ねぇ飼育員さん、僕の大切な友達と後輩を怪我させた覚悟は出来てるんだよね?」

 “飼育員”に向かって銃口を向けながら杜は言った。

「クソがぁ!コイツの能力(コミック)はなんだ!?相手に喋らせる操作系なのか!?だが、他人を操る操作系は相応の条件が必要なはず!──だから黙れよぉ!俺の口!──条件はなんだ!?既に何かされてんのか!?──クソッ!思ってることが全部口に出ちまう!──仕方がねぇ、残り7発の地面に埋まってる満開の捕食者ブルーム・ヘッジホッグを上手く使ってコイツをぶっ殺してやる。──だぁぁ!!!くそがぁー!!」

 ヤケになった“飼育員”は針が出た拳で希に殴りかかった。しかし、希に向かって真っ直ぐと放たれたはずの拳は左に大きく逸れていた。

「う〜ん、“普通の方”か。てことはそんなに強敵じゃないのかな?先に喋らせた(﹅﹅﹅﹅)せいで調整入っちゃったのかな……まぁ、地弘くんと島くんにも撃ち込んだし、あとは時間稼げばいいかな?」

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!!」

 何度も拳を打ち込もうとする“飼育員”だが、ことごとく拳が逸れてしまい、希には一切当たらなかった。

「あ〜分かる分かる。一切隠し事が出来ないときのストレス。命を賭けて戦ってる時なんて尚更溜まるよね。地面の針も僕が動かないから発動しないしね。そろそろ良い頃合だから……決めようかな」

 希はグリップを握り、銃口を“飼育員”に向けた。


「舐めてんのか!インプロの俺がそんなちゃちな拳銃に当たるかよ!」

 3発。とても銃声とは思えない軽い音と共に銃口から放たれた銃弾では無い“それ”は真っ直ぐと“飼育員”に向かっていた。

「当たんねぇっつってんだよ!!」

 そう意気込み、インプロになった“飼育員”の身体を3発の“それ”は確かに捉えていた。


「な、何ィ!今、確実に躱したぞ!当たったのに傷が無ェ!能力(コミック)による攻撃か!?これがアイツの条件か!どっかのタイミングで撃たれていたということか!──なんだ?……頭が冴えるぞ……分かってきたぞ……俺のこの“しゃべってしまう”状態とさっきの“拳が当たらない”状態!……そうか、分かったぞ!アイツの能力(コミック)の正体が分かった!──という事は今の3発にもあるはず、“それ”が!!」


「分かったみたいだね。そう……僕の能力(コミック)世界の完全革命(ターン)は“回転を与える”能力。ちなみに1発はもう発動してるから残り2発だね。2発目は“飼育員”さんの胴体を中心とした両腕に対する”集める回転”」

 “飼育員”の両腕は自身の身体に巻き付き動かなくなった。

「クソ!針を仕込めねぇ!」

 もがく“飼育員”に冷たい視線を向けながら、希は話し続けた。

「だらだらと話させるのは、“ただの回転”を使った本音回転(コンフェス・ショット)。2発目のそれは世界の完全革命(ターン)のステージ2 ……“集める回転”による拘束回転(チェイン・ショット)。そして最後の1発も“ただの回転”」

 希が拳銃を消すのと同時に、ゆらゆらと煙のように希の頭からセンスが空へと上った。

「……最後のは、名前は決まってないんだよね〜。あとずさりショットとかでいいや〜」

 いつものヘラヘラとした笑顔に戻った希は、そう続けた。

「何言ってんだ……あ、足が勝手に……!……こ、この先は……まずい!!」

 “飼育員”の足はゆっくりとあとずさりを始めた。周りを見渡し、何かを悟った“飼育員”の顔は青ざめていた。

「俺が悪かった!!ほんの出来心だったんだ!眼鏡の女に(そそのか)されたんだ!なぁ、この足を止めてくれよォ!!頼むって!おい!なあ!」

 必死の形相で“飼育員”は叫んだ。

「最初に言ったよ〜?覚悟は出来てる〜って。それは君が僕達を攻撃する為に仕掛けたんでしょ?じゃあ自分がやられても仕方ないんじゃないの〜?」


「うがぁぁぁ!!」

 “飼育員”の接近により地面から勢いよく飛び出した無数の針は”飼育員”の身体を貫き、吹き飛ばした。


 空中に吹き飛ばされた彼は薄れゆく意識の中で地面を見た。

「!?」

 彼は驚くべき光景を目の当たりにした。先程、相当なダメージを与え気絶させたはずの青年が立ち上がってこちらを見上げていたのだ。 

 荒く肩で息をしながら、ふらつく足をしっかりと踏み締めこちらを見上げていた。

「はぁ……はぁ……俺の傘の外側は衝撃を吸収したりしない。当たった衝撃がそのまま全部伝わる。アスファルトに当たるより断然痛てェぞ……」

傘の青年は、そう言うと掌を上に向け腕を突き上げた。


──彼は不幸だらけの自分の運命を悟り目を閉じた。

 思えばあの時─経費削減の為とリストラされたあの時から彼の人生はひたすらに落ちてゆくばかりだった。

同棲していた彼女は去り、親友に騙され借金を負った。他人の心無い言葉がチクチクと針のように彼の心に突き刺さった。

縁なし眼鏡の女が「欲を解放し、我が社に入れ」と言った時も、彼から“何かをうばった”時もどうでもよかった。

漠然とした記憶の中で、目の前の少年が「お前は誰だ」と訊いた時、彼は自分の名前が思い出せなかった。代わりに口から出たのは飼育員なんてふざけた名前だった。

 本当に彼は不幸な人生だった。彼は受け身を取ろうとしなかった。「抗っても無駄だ」と言わんばかりの行動だった。彼は消えゆく意識に身を委ね気を失った。──彼が傘にぶつかる。

 ──刹那、彼の全身を襲ったのは柔らかい音と感触だった。


「……外側はそのまま全部跳ね返す……内側は全部飲み込み跳ね返す。それが俺の小人の雨宿り(リトル・アンブレラ)だ」

内側が上を向いた傘が消えた。


「はぁ……助かった、希。ありがとう」

「はぁ……はぁ……ありがとうございます、杜先輩。何をされたんですか?」

「こいつの“散らす回転”で痛みを分散させて、“集める回転”で意識を取り戻したんだ」

 島の疑問に、地弘が答えた。

「う〜ん、僕の回転じゃダメージを与えれないから、早く起きてもらわないと困るんだよ〜。気絶しちゃうしさ〜」

 希がヘラヘラと答えた。地弘は短く舌打ちをすると、

「お前がさっさと、自分に頭脳回転(ブレイン・ショット)を撃たないからだろ!てか、なんで最後、3発撃ったんだ?1発目の“飼育員”に撃った頭脳回転(ブレイン・ショット)は要らねぇだろ?」

「え〜、だって何も知らずにやられるのはあの人も嫌だと思ったんだも〜ん」

 地弘は「やれやれ」と首を振った。


「回転を集める事と散らす事に応用して、しかもそれを複数同時に操作って、杜先輩の能力(コミック)どうなってるんですか?」

「こいつ、能力(コミック)が発現した時、間違えてフルパワーで自分の脳を回転させたらしくて、ステージが一気に3まで上がったらしいんだよ」

 地弘の応えに島が目を丸くした。

「ステージ3!?ステージって2までしか無いんじゃないですか?」

「ん〜、その辺はよく分かんないだよね〜。何となくステージ3まであるな〜って感じ」

 希がアハハと答えた。

「痛みや意識みたいな物体じゃないものまで対象に取れるからステージ3の可能性も充分あるって話らしいぜ」

「す、凄いですね!」


──「!?」

 3人は突然周囲を包んだ異様な空気に怯んだ。


「弱ってる貴方達を捕まえるのは簡単な仕事だけど、今回の仕事は“飼育員”さんの回収だけ」

 まるで意識が吸い込まれるような声と共に姿を現したのは細身の女性だった。

 身体のラインに沿ったビジネススーツに身を包み、聡明そうな整った顔には縁なしのメガネがよく似合っていた。その姿は、街中を歩いていれば大半の男性は振り返るような精巧な美しさを放っていた。彼女がセンスを纏った右手で気絶した“飼育員”に触れると、“飼育員”の周りにキラキラと光が現れ、彼の姿は跡形もなく消えてしまった。


「じゃあ、またね。“原石”たち」

 女性はそう言うと縁なし眼鏡をクイッと直し、現れた時と同様に姿を消した。

 3人は声も出すことができなかった。その圧倒的なセンスに気圧され、いつの間にかインプロになっていた。


 その後、3人は学校へ引き返しこの件を報告、次の日には全校生徒への注意喚起が行われた。地弘と島は怪我の事もあり、コミックマッチ出場をどうするか聞かれたが2人とも即座に「出ます」と答えた。

ありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。

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