1巻目 メンバー発表
よろしくお願いいたします。
世界の人口のおよそ8割以上が常識を逸脱した何かしらの異能を持つ現代社会。
日本では、誰が言い始めたのか、それらの異能を能力と呼んでいた。
これは、誰もが当たり前に超常である世界で巻き起こる日常と非日常を綴った物語である。
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(ねみぃ……あっつ……)
冬の気配は完全に過ぎ去りブレザーが少し鬱陶しく感じられる5月の初め、中河地弘は気だるそうにその足を学校へと向けていた。
「地弘君おはよ〜」
気の抜けた声で地弘に挨拶したのは、彼と同じクラスの杜希だ。
「ん?希か…… おはぁあぁぁあ……」
「おっきなあくびだね〜、昨日夜更かししたの〜?」
「ちょっとクリア出来ないコースがあってさ」
「ほぇ〜……それでクリアしたの〜?」
「それがさぁ!」
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2人は他愛も無い話をしながら大きな交差点の信号で立ち止まった。交差点では2人の他にも散歩中の老人やサラリーマン、ベビーカーを押す女性らが信号を待っていた。歩行者用信号が青になり皆一斉に横断歩道を渡り始める。
「きゃっ!」
横断歩道を渡り終えた2人の耳が女性の短い悲鳴を聞いた。
2人が振り返ると横断歩道の真ん中でさっきの女性が動けなくなっていた。よく見るとベビーカーの車輪が1つ取れて動けなくなってしまっているようだ。さらに不運には不運が重なるもので、交差点に向かって1台の大型トラックが猛スピードで向かってきていた。
居眠り運転だ。
「ちょいちょいちょい!まずくねぇか!?」
地弘は鞄を投げ捨てるように地面に置くと立ち往生する女性に向かって走った。
地弘の身体の周りには透明なモヤのようなものが揺らめいていた。
「希!タイヤに撃ち込め!」
「ん〜?分かった〜」
地弘は女性の元に駆け寄りながら、希に叫んだ。
希の身体の周りにも現れていたモヤは右手に集まり、黒い自動拳銃へとその姿を変えた。
「能力 世界の完全革命」
そう呟くと、希はトラック目掛けて引き金を引いた。銃口から飛び出た銃弾では無い何かがトラックのタイヤを撃ち抜くと、タイヤの回転が少し緩み、トラックのスピードが落ちた。
しかし、止まるまでには至らなかった。周囲に響き渡る轟音と共に、大型トラックが地弘と女性に突っ込み、大きな砂煙が舞った。辺りから悲鳴が聞こえる。
「ったく、朝からとんだ災難だよな」
砂煙が消えると、トラックは地弘の1メートル程手前で停止していた。そのトラックのフロントを受け止めていたのは、地弘が伸ばす右手の先に開いた1本の傘だった。
「本当にありがとうございます!なんとお礼を言ったらいいか……」
「大丈夫大丈夫。困った時はお互い様っすよ。じゃあ俺ら遅刻しちゃうからこれで、希、行こうぜ」
2人は鞄を拾い上げその場を立ち去る。女性は深々と頭を下げていた。
「地弘君すごいね〜」
「希が少しスピードを落としてくれたから、間に合ったんだよ。サンキューな」
「ありがと〜」
2人の命を救った彼らは他愛も無い話をしながら、先程よりも少し急ぎ足で学校へ向かった。
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一野樹工業高校、通称一野工は熊本県一野樹市のほぼ中央に位置する工業高校で、能力を活かした人材の育成に力を入れている。一野工には、互いの学年・クラスとの親善交流などを目的とした学校行事のクラスマッチが学期ごとに行われる。ひと学期に3回行われるが、球技種目をメインとしたスポーツマッチ、学力勝負をメインとしたテストマッチ、そして3つの中で1番盛り上がりを見せるのがお互いの能力をぶつけ合うコミックマッチである。──今日はその第1学期コミックマッチの選抜メンバー発表会である為、朝から全校生徒が大体育館に集合していた。
「あっつぅ まだ5月だろ」
暑がりの地弘はブレザーを脱ぎシャツの襟元をパタパタさせていた。
「やっぱり今日の遅刻は夜更かししてたからだろ?」
世早見光琉が後ろから声を掛ける。
「だから違ぇって光琉。人助けてたっつってんじゃん」
「2人とももうすぐ会が始まる!静かにするんだ!」
「お前の方がうるせーよジン」
「あ、そうか」
2人を注意した中野仁は、本来〝ひとし〟と読むのだが、皆からはジンと呼ばれている。
彼ら2人は地弘のクラスメイトだ。地弘たちは、建築の設計や施工などの基本的な知識と技術を学ぶ建築科の2年生である。
「杜先輩、トラックに轢かれたんですか?」
「ん〜、僕は離れてたけど〜」
地弘と離れた場所に座る希は前の列に並ぶ1年建築科の桜庭小世美と話していた。
「……けど?」
「地弘君が──」
「中河先輩轢かれたんですか!?」
いつもおどおどした表情の桜庭の顔がさらに不安そうに歪んだ。
希は「ん〜、あそこに居るよ〜」と地弘を指差した。桜庭は少し頬を赤らめながらもホッとした表情を浮かべた。
大声で話す生徒は居ないが、ひそひそとした話し声がじんわりと館内に響く中、中年の男の先生が茶色の司会者台の後ろに立った。
「あー、静かにしろよお前らー。開会すんぞー」
マイクのスイッチを入れた先生の抑揚の無い棒読みに近い声が館内に響き渡る。──しかし、少し話している生徒がいるようでまだザワザワしていた。先生は「はぁ」と溜息をつくと息を軽く吸った。その喉には透明なモヤのようなものが纏っていた。
『……おい……うるさいぞ……』
耳からではなく、まるで魂に直接呼びかけるようなその一声は一瞬で生徒達を黙らせた。
「余計な力使わせんなよー」
再び抑揚の無い声に戻った先生はそのまま進行を続け、開会挨拶、校長の挨拶が終わった。
「続いて、令和X年度第1学期コミックマッチ選抜メンバーの発表ですー。各軍リーダーと生徒会長は壇上へー」
一野工には全部で13学科あるのだが、クラスマッチのようなイベント事の際は科ではなく軍と呼ぶのである。ステージの上に上がった生徒会長の応援の言葉、各軍リーダーによるチーム発表と進んでいくが、地弘は全く聞いていなかった。昨夜の夜更かしが響き、爆睡していたのだ。
──「建築軍リーダーの霧峰努夢です。次は、私達建築軍のメンバーを発表します。3年代表木上流心、2年代表中河地弘、1年代表島五生。以上4名、よろしくお願いします!」──
名前が呼ばれる度にクラスメイトや所属している部活の部員などから声が上がるのだが、地弘の名が呼ばれた時も2A(2年建築科)の皆がザワついた。当の本人である地弘は寝ていたが……
「……弘、起きろ。地弘、起きろって!」
「はふっ……何?」
世早見に起こされ状況を説明された地弘は「えぇ!俺ぇ?!」と目を丸くした。
自分が選ばれるとは思っていなかった地弘の理解が追いつかない間に残りの軍のメンバー発表、閉会挨拶が終わった。
──「えー、それでは呼ばれた生徒はこの後結団式を行うので残ってくださーい。他の人は15分後に2限始めるから準備しとけよー。じゃあ後ろのクラスから解散ー。」
地弘は体育館に残り結団式に出ていた。……と言っても各軍で4人のメンバーの自己紹介を聞くだけなのだが。
「建築軍代表の皆、あらためて、私が今回の建築軍のリーダーを務める3年の霧峰努夢だ!よろしく!」
霧峰は握手をメンバー3人に求めた。
「さあ!3人も自己紹介してくれ!」
「僕は3年代表の木上流心。みんなよろしくね」
「あ、俺は2年の中河地弘です。よろしくおねしゃす」
「島です!島五生です!よろしくお願いします!」
「よし、みんなありがとう!早速で悪いんだが放課後4時半位に第5体育ルームに来てくれ!皆の能力について詳しく知っておきたいから」
本当に顔合わせ程度で済んだ結団式を終え、教室に戻りながら、自分が選ばれた理由やさっきの3人に面識があるかを考えていた。
読んでいただきありがとうございました。
次話もぜひ呼んでいただければ幸いです。