第33話 元英雄と冒険者!
5発、殴ったところでアベルは気を失った。
叩き起こす。村人たちに赤く染まった水を持ってきてもらいそれをアベルの顔にかけると彼はひどく驚いた様子で目を覚ました。
……水も染まってるのか。
「おい。起きろ」
「ゆッ、許してくれ……っ!」
アベルが俺を見て、震える声でそう言った。
それに、俺は首を傾げる。
「謝る相手が違うんじゃあないか」
そして、6発目を叩き込む。サンドバッグとなったアベルの身体が再び地面を転がる。
「俺じゃ、無いだろ」
その言葉を聞いたアベルの瞳が、弾かれたようにアルに向かう。
「……っ! アル! ……ゆ、許してくれ……! こ、のままだと……俺は死んでしまう! なあ、アル! お前なら、許してくれるだろ……?」
「お前が、父さんを、殺した……ッ!」
1つ、1つ、絞りだすように。
「お前が、母さんを、殺した」
明らかな、殺意を持って。
「だから、僕は、許さない」
アルが告げる。
「ふ、ざけんな……ッ! ふざけんな! 少し下に出れば調子にのりやがってッ!!」
その瞬間、アベルは胸元に入れていた剣を引き抜いてアルに向かって……投げた。だが、それはフェリが弾く。いかに英雄の投剣といえども俺に殴られてボロボロになったあげく、震える手で投げた剣など無強化のフェリにも弾かれる。
「馬鹿がッ!」
その瞬間、キラリと何かが輝いた。それは細い糸。アベルの指に括りつけられたソレを、彼は見事に操って俺の身体を縛り上げた。
あー、そういえば反撃をOFFにしてたな。ONにしとこ。
「レグ!」
「レグさん!!」
アベルは俺の身体をしっかり括りつけたのを、確認して起き上がった。
「油断すっからこうなんだよ! 雑魚がッ!!」
アベルは鼻血をふき取って、俺をさらに縛り上げる。だが、腕が折れているからかそこまで力が入っていない。【因果応報】が、攻撃と認めないような力でしか俺を縛り上げられない。
…………弱い。
どこまでも、弱い。
「アベル。どうして、そうなった」
彼は強者であったはずだ。
多くの者から、憧られていたはずだ。
「あァ!? どーだって良いだろ! どうせアイツには勝てねえんだよ! 誰も勝てねんだ!! どうせ死ぬなら、最後に好き放題やって死なせろッ!!」
「仲間は、救えなかったか」
ギリ、と俺の喉を占めている糸に力が加わった。
「それ以上喋るな。殺すぞ」
「やめとけ。死ぬぞ」
俺はアベルをけん制する。彼はまだやってもらう仕事があるのだ。こんな所で死なれたら俺たちも困る。
「お前らだって俺と同じだよッ! レル=ファルムには勝てねえ! どんな奴らが挑んでいったって勝てねえんだッ!! 死ぬんだよ! みんな!! 俺も、お前も!」
俺を縛り上げていた糸の力が弛緩した。喋りながら警戒出来ないタイプなのかな。
「俺だって人間だ! 死ぬなら、後悔なく死にてェよ」
「だから、殺したのか」
「……そうだ」
「だから、虐げたのか」
「そうだッ!」
次の瞬間、俺は自分の素の筋肉で糸を引きちぎると再びアベルの横っ面を殴りつけた。ミシ、と嫌な音がしてアベルの身体が吹っ飛ぶ。もしかしたら今の一撃で彼の頭蓋骨にヒビが入ったかも知れない。
だが、仮にも彼は元英雄。その程度では死なない。
「ふざけんな」
静かに、告げる。
「ふざけるな」
手に力が入る。地面に倒れ込んだアベルの身体を起こす。
「俺たちが人間だと!? 俺たちは【神狩り】だぞッ!!」
少なくとも、その“征装”を身にまとったのであれば。
そうあるべきだ。
「俺たちは希望だ。負の感情を見せることは許されない」
「それは綺麗事だ。レグ」
アベルの目が俺を射抜く。俺の視線がアベルを貫く。
「いつもいつも俺たちに英雄であれと? 人々の希望を背負って、神を殺す英雄であれと!? やれるわけがない!!」
「やるんだ。やるしかないんだ」
この話は平行線だ。
英雄であろうとする俺たちと、英雄であることを諦めたアベル。それはもう、同じ土台に立っていない。
アベルはもう、上がって来れない。
「仲間を失っても、死にかけても! 英雄であれというのか! 仲間がいるお前が、仲間を失った俺にそういうのか。レグ!!」
アベルは喘ぐようにそう言った。
「冒険者やってて、仲間を失ったことの無いやつなんて居ねえよ」
俺が初めて冒険者になって初めて入ったパーティーはもう無い。
孤児院の幼馴染と、駆け出しの冒険者たちで作ったそのパーティーはもう無い。
誰も彼も、右も左も分からず、それでも仲間たちとともに駆け上がったパーティーはもう、在りはしない。
彼らとは夢を語り合った。
いつか自分たちはSランクになるのだと言って笑った。
幼馴染と将来を約束した。照れ臭くて、笑った。
どこにでもあるようなダンジョン。どこにでもいるようなモンスター。
それは、実力の過信だった。俺たちならいけると思いこんだ。
だから、死んだ。みんな死んだ。
俺がまだ盾役になる前の話だ。誰も守れなかった。俺は【因果応報】に助けられ、一命をとりとめた。
俺は――仲間と死ぬことが許されなかった。
「一人で悲劇のヒーロー気取りやがって」
俺は、吐き捨てる。
誰だって辛い事の1つや2つ抱えて生きているのだ。誰だって、死んでしまいたいと思ったことはあるのだ。
それでも、俺たちは生きていく。
「ていうか、そもそもさ」
俺はアベルの胸倉を掴んだまま喋り続ける。
「それと、お前が人を殺したこと。何が関係してんの」
アベルが言葉に詰まる。
俺はもう、拳を振るわなかった。
その代わり、彼の身体を拘束した。
「こいつは俺たちが持っていく」
「も、持っていくとは……?」
近くにいた村人の1人が恐る恐る聞いてくる。
「レル=ファルムのところまで案内させるんだよ。コイツに」
「い、いやだッ! やめてくれッ!! それだけは嫌だッ!!」
俺の尻のしたでアベルが騒ぐ。が、俺の巨体を衰弱したアベルでは動かせない。
デブを舐めんな。
「うるせえぞ。俺たちには犯罪者を取り締まる権限もあることを忘れてねえだろうな」
俺がそういうとアベルは一気に静かになった。
ほとんどオマケみたいな権限だが、一応【神狩り】は犯罪者を取り締まれる。というのも、例えば“魔女”のような“世界の敵”は人であることが多い。そんな化け物どもになると普通の冒険者を向かわせるわけにはいかない。【神狩り】が出なければいけないのだ。
そのため、【神狩り】には犯罪者を取り締まれる権限もあるのだ。
聞いている限り、アベルは2人を殺している。村人たちの顔を見ている限り、もっと殺しているのだろう。そうなれば問答無用で死刑だ。減刑などない。というか、英雄の殺人は通常よりひどい刑が執行される。
「お前に選ばしてやってんだよ、アベル。ここで俺たちに殺されるか。それとも、神の前で死ぬか」
まあ、俺たち全員が無事にレル=ファルムを倒してもアベルは絶対に逃がさないのでそのまま帰って死刑になるのだが。
「チクショウ……。チクショウ…………」
アベルは地面に顔をつっぷして泣いた。
泣くくらいなら最初から人なんて殺さなければ良いのである。
俺は赤い空の下で、そんなことを考えた。
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