第31話 神狩りの冒険者!
「今日はこの先の街で一泊しましょう」
「流石に夜は進めませんか」
「この子たちも休ませてあげないといけませんからね」
俺がいるのは竜車の御者台。彼女たちも女同士で積もる話でもあるだろう。いや、無いのかもしれないが、外の空気を浴びたくて外に出て来たのだ。
俺の前では一生懸命に竜車を走らせている脚竜がいた。
1日中走り続けているのに、疲れの1つも見せないのは流石は竜と言うべきだろう。
「今日も、何もありませんでしたね」
「何にもないのが一番ですよ」
御者と適当に話を交わす。俺たちは【神狩り】。
神以外のモンスターをなるべく倒さないようにと国王から言われている。道の前に立ちふさがったりした場合など、どうしようもない場合は別なのだが万が一が起きると困る。
致命的な怪我をしなくても、モンスターとの戦いで無駄に疲れたりすることは推奨できないのだ。
中には戦っていないと勘が鈍る……とか何とか言って戦いたがる奴もいるそうだが、俺たちはそこまで血気盛んなわけじゃない。やるべきことを、期待されたことを淡々とこなしていくだけだ。
「そろそろ王国は抜けましたかね」
「どうでしょう? もう抜けてるかも知れませんね」
俺が問いかけると、御者はのんびりと答えた。
俺たちが走っているのは街道だが、竜車に刻み込まれている【神狩り】の紋様を見て止めるような検問は無い。まあ、当然か。世界を救う英雄たちをそんな一々止めていたら、手遅れになることだってあるのだから。
「御者さんは……」
言葉に出してこれは聞くべきでないかも、と思ったがそこまで口に出してしまったのだから仕方がない。
「はい?」
「御者さんは……。これまで、いくつのパーティーを運んできたんですか?」
「うーん? いくつでしょう。覚えてないです。この仕事も長いですからね」
「怖くないんですか。俺たちを運ぶってのは危険に近づくってことじゃないですか」
御者さんは初老の男性だった。髪の毛は白と黒が混じったような色で、とても落ち着き払っている。静かに黙って座っているだけでも様になるカッコイイ人だ。どっかの伯爵にも見習ってほしいものである。
「ふふっ。不思議なことを言いますね。レグさんは」
「そう、ですかね?」
俺たちを神のところに運ぶというのは神々の領域に近づくということ。それはどう考えたって恐ろしいことだと思うのだが。
「僕なんかよりも、レグさんたちの方がよっぽど怖いでしょうに」
彼は笑ってそう言った。
「僕は戦えません。でも、運ぶことは出来ます。これが僕の戦いです」
「助かってます」
「ははっ。本当は冒険者になりたかったんですけどね。そっちの方はどうにも出来なくて、でも英雄たちには憧れたんです。だから、こうして英雄の方たちを少しでもお手伝い出来る様な仕事についたんです。おかしいですかね?」
「いや、立派だと思います」
自嘲気味に呟いた御者の言葉をすぐに拾い上げる。
「俺たちは戦うことしかできませんから」
俺がそう言った瞬間、視界の先に大きな街が見えてきた。
「おお。何とか日が沈むよりも先につくことが出来ましたね。あそこが今日の宿泊場所ですよ」
竜たちはゴールが見えたからか、少し元気になったように見えた。
「『赤い大地』まで、あと1週間か……」
俺は呟く。王都を出て、ひたすら走って数週間。早かったような、遅かったような。
聞いた話によれば、世界が真っ赤に染まっているらしいが、今のところそんなおかしな感じは無い。もっと近づかなければ影響も無いのだろうか。
そんなことを考えながら、夕焼けの空を眺める。
太陽が沈むよりも先に、俺たちは街に入ることが出来たのだった。
「市長が出迎えてくれるのを待ちましょう」
「そうしますか」
市長の仕事にその街を訪れた【神狩り】たちをもてなすというのがある。というわけで、俺たちがしばらく門のところで待っていると、連絡を受けた市長が飛んできた。
「お待ちしておりました。【神狩り】殿。長旅お疲れでしょう。こちらにどうぞ」
市長は慣れているのだろう。一切つっかえることなくすらりとそう言って、俺たちを屋敷に案内してくれた。
「レル=ファルムの討伐。もう名乗り手が出ないと思っていましたよ」
「まあ、【神狩り】のパーティーを複数も狩っていればそうなるでしょうね」
俺たちが失敗すれば、遂に【勇者】たちが動かされるのだろう。だが【勇者】たちは【勇者】たちで、別の神を狩っているはずだ。
なら、ここで俺たちが失敗すれば人類の絶滅がぐっと近づいてしまう。
「本来であれば詳しい情報でも抱えていればいいのでしょうが、あいにくと何も情報が無いのです」
市長が心苦しそうにそう言った。
「『赤い大地』に入った者はいないのですか?」
「【神秘】の干渉が恐ろしく罪人を用意しようにも、それで手が付けられないことになれば目も当てられませんからな」
「でも、『赤い大地』の中にいる村人たちは無事なんですよね?」
俺が聞いている話では、村人たちが辛うじて生き延びれる程度の食料提供はしていると聞いたのだが。
「無事とは言っても、それはあの『赤い大地』にいるから。外に出ればどうなるかは……分からないのです」
なるほど。確かに彼の言う通りだ。
「もうしばらくすれば、ここも赤く沈むでしょう」
毎日、少しずつ赤い領土は拡大しているのだという。ならば、南の最果てに近いこの場所に残された時間はほとんどない。
「だから、どうか。お願いいたします」
そう言って市長が頭を下げる。
誰かに、何かを言われても俺たちの成果が変わるわけがない。俺たちの強さが変わることは無い。
だが、この服を着ているということはその期待を一身に背負うということである。
「ああ、任せてください」
一体どれだけ同じ言葉を繰り返してきただろう。どれだけ、頼まれただろう。
神殺し。
それは、人類の切望なのだ。
市長の家へと案内されると、俺たちは客室に通された。
「今日はこの部屋でお泊りください」
「ありがとうございます」
「ああ、そうだ。実は一昨日から別のお客様も居りまして……。あの、ご迷惑をおかけしなければいいのですが」
「いえ。一日だけなので大丈夫ですよ」
……うん?
さらっと流したけど、客の非礼を主人が詫びるのか? なんで??
俺たちが【神狩り】だから???
「あの、失礼ですが。その客は何のお仕事をされているんですか?」
「貴族です。実はこの先にあるヴェルモンド伯爵領からの避難民を受け入れると言ったのがその伯爵だけで……。この街でお話されるということで、ここに泊っていらっしゃるのです」
ヴェルモンド伯爵というのは誰か知らないが、この先というのは『赤い大地』に領地が飲み込まれるのだろう。だから自分の領地にいる人たちを別の領地に逃がすのか。貴族の中にも凄い人徳者がいるものだ。
人徳者と言えば受け入れるその伯爵とやらも素晴らしい。民が増えるというのはその分税金も増える……と安易に喜べない。人が増えるというのは単純に治安が悪くなる。それに農地の確保もしなければいけない。農地がなく、開拓するのであればその分の食料を保証しなければならない。
人を受け入れるというのは大変なのだ。そんな人徳者が周りに迷惑をかけるとは到底思えないのだが……。
「あーーーっ!!!」
そんなことを考えていると、後ろからすっごい声が上がった。ちらっと隣の市長を見ると、『終わった……』みたいな顔してる。
誰だ……? いや、何か今の声聞いたことあるような……。
「うげッ! 何やってるんですか、伯爵……っ!」
やっとのことお別れできたので大喜びしていたのに……ッ!!
そんな俺たちのことを裏切るように、そこにはリチャード・ロッタルト伯爵が……っ!!
「違うよっ! 僕はリチャード・ロッタルト伯爵の双子の弟ッ! ロチャード・ロッタルトだよ!」
「いや、伯爵。弟、いないですよね」
「気軽にロッチーと呼んで……ってなんか普通だね。ロャーと呼んでくれ」
「今の声どうやって発音したんですか? っていうか、弟いないですよね」
「うん? うん。いないんだよ。弟」
「なんで嘘ついたんですか」
「いや、騙せるかなって」
「だましてどうするんですか」
「うん? 確かに言われてみれば不思議だね。どうするんだろう」
…………何なんだよ。
「というか、なんで伯爵がここにいるんですか。自分の領地に戻ったんじゃないですか」
「いやー。それがね、ヴェルモンド君にはちょっと頭が上がらなくてね」
弟設定はやめたらしい。
……っていうか、人を受け入れる人徳溢れる伯爵ってこいつかよ。前言撤回しよう。
「頭が上がらない……って、何やったんですか」
「うん? うん。えっとね、ヴェルモンド君の秘書さんが可愛いの知ってる?」
「いや、知らないっす……。ていうか、伯爵。伯爵が可愛いとかいったらセクハラですよ。やめてください」
「うん。やめとく」
素直だなぁ。
「それでね、その秘書さんの目が良いから健康診断してもらってるんだけど、一昨年にちょっと太りすぎって言われちゃってね。このままだと5年以内に死ぬと」
「良かったじゃないですか」
「ぐさーっ! 心に刺さったーァ!!!」
「あ、そういうの要らないんで。それで、あれですか? ダイエットして、一命をとりとめた……みたいな感じですか?」
「うん。うん。まったくもってそうなんだよ。いやあ、話が早いってのは楽でいいね」
そういってヘラヘラ笑う伯爵。
…………っていうことは、今日は一晩こいつと同じ屋根の下で過ごすのかよ。