幕間 ズレ(2)
「……ここに来てから、何日経った?」
「…………覚えて、無いわよ」
ダンジョンの中、25階層でSランクパーティーは鎮座していた。
サムもガリアもミディも……そして、あの新人であるロットも皆、疲弊している。
「もう食料がない……。モンスターでも倒して食べるか」
「……美味しいと良いわね」
彼らにとって、簡単な依頼であるはずだった。
彼らにとって、容易な依頼であるはずだった。
だが、現実は違った。
どうしてこれで苦労するのだろうと軽口を言いあいながら、先に先にと進んでいた。10階層を越えた瞬間、急に敵が強くなった。思えば、あのタイミングで引き返しておくべきだったのだ。
だが、調子にのった彼らは先に進んだ。
その結果が、これだ。
結論から言うと、ロットの『魔法防御Ⅲ』はミディのLv5の攻撃魔法を防げなかった。当然だ。レグが異常なのであって、ロットは何も悪くない。一撃で瀕死になったロットをガリアが治療した後、『ヴィクトル』は戦略の変更を余儀なくされた。
毎回、ロットが瀕死になっていては攻略にならないからである。
その時、サムの頭の中にはレグをクビにした後悔がちらりと走ったが、すぐに頭を振ってなかったことにした。“万能の天才”と言われる自分が他人の実力を見誤った? あり得ない。
だが――ロットを除けば――彼だけが『ヴィクトル』の中で、レグの正確な実力を真っ先に気が付いていたのだ。だが、彼はそれを無かったことにした。Sランクパーティーである『ヴィクトル』がこんなところでやられるはずがないと思った。いや、思いこんだ。
腐っても、彼らはSランクパーティーだ。20階層までは何とかその場で作り上げた戦略で上手く行った。だが、20階層以降その戦略が急に使えなくなった。
それはそのはずだ。『ヴィクトル』のメイン火力は魔法使いであるミディ、次点で【因果応報】を持つレグだったのだ。しかも、そのランキングも相手によってはレグとミディの順序が入れ替わる様な始末である。
パーティーに残されたメイン火力であるミディの魔法も、レグがパーティーから離れた場所でモンスターを集め、ミディが万全の状態で放つLv5の魔法だから強かったのだ。
前線で盾を持っているロットに気をくばりながら、後ろや左右からのモンスター、ダンジョンの罠を警戒して放つ魔法がこんなに撃ちにくいものだと、彼女はそのときに初めて知った。
だが、それを彼女のプライドが邪魔をした。自分は“魔術の麒麟児”だ。このダンジョンで魔法が使えないのは、レグがいないからではなくダンジョンが悪いのだ、と。
本来、陥るはずの無い負の思考ループ。
そして、25階層の現在。
この階層に彼らが入った瞬間、ダンジョンの出口が消えたのである。
出口を失った彼らは先に進むしか無かった。それはさながら死の行進である。
何とか彼らはボスに挑んだが、返り討ちに遭って逃げかえってきた。運の悪い事は重なる。ガリアが急に治癒魔法が使えなくなったのだ。理由は分からない。ただ、“恐慌”状態になった冒険者が魔法を使えなくなるという話は聞いたことがあった。
ガリアは、心の奥底でダンジョンを真に恐れてしまったのだ。
だから、魔法が使えなくなった。
そして、ロットは委縮してしまった。パーティーが上手く行かないのは自分のせいだと思い込んでしまい、自分が駄目だったという思考をぐるぐると頭の中で巡らせ続けて軽い鬱になってしまったのだ。
ガランの大迷宮を攻略した英雄たちの姿はそこに無かった。そこにあったのは、ただ死を待つ4人の冒険者たちだった。
「最下層は何階層なのかしらね……」
まだ正気を保っているミディは魔法を使って水を作り出すと、3人にふるまった。
「さぁ……。モンスターの強さ的にそろそろじゃないのか」
ぽつり、とサムが言う。
「……ごめん、なさい。私が、どうしようもない、ばっかりに……」
「すいません……。先輩たちに……恥、かかせちゃって…………」
ガリアとロットはずっとこの調子だ。
「辛気臭いわね……」
ミディはぼそっと言った。彼らに聞こえないような小さな声で。
ガリアとロットがそれを聞いたら、また鬱が加速する。
サムもそれは思っていたのか、黙って水を飲んだ。
ぽつり、とミディは心の中でレグを思い出した。
彼がいればなんと言っただろうか?
『ミディ氏! なに暗い顔してるでござるか? これから討ち入りでもしにいくのでござるか? 拙者もお伴するでござるよ。ハハハハ』
なんて、ふざけたことを言ってただろうか。いや、言っただろう。
今となってはあの底抜けに明るい彼のことが恋しい。レグは知っていたのだ。パーティーにおいて、一番必要なのはムードメーカー。どんなに辛い状況でも明るく保てるような冒険者こそが、最も重要であることに。
彼はきっと知っていたのだ。あのふざけた態度は、心が弱いガリアを“恐慌”状態にさせないためだと。
いつもふざけたように笑っていたのは、メンバーの心に余裕を持たせるためだと。
だから、彼はあの罰ゲームを続けたのだ。愛想笑いでも、引きつった笑いでも。笑顔を作れば、脳がそれを笑っていると誤認するから。
「また、か……」
「どした?」
「なんでもないわ」
また、レグのことを考えていた。ミディは水で顔を洗って頭を冷やす。
そんなわけがない。自分たちはムードメーカーに頼らなくても大丈夫だ。
「場所を移動しましょ。そろそろモンスターが来るわよ」
「そうだな。おい、ロット立てるか?」
「うす……。すいません、ほんとに。俺のせいで……」
「……………ごめんなさい。ごめんなさい」
自分たちはSランクパーティーだ。
1人抜けたところで、戦力に影響が出るはずがない。
ミディは心の中に生まれた決定的なズレに気が付かず、思考を打ち切った。
1つ。心の余裕は窮地にこそ必須である。それは成果を大きく左右する。
2つ。彼らは4人でSランクである。1人の抜けは絶対的なものだ。
3つ。レグはそれら全てを知った上で行っていた。
生まれたズレは、致命的なものである。