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助け合い

スープは冷めるのと同時に私の腹の中に収まった。

私はその後すぐに“飽き”が来てしまった。

この部屋には、もうどこも興味をそそられるようなシミや傷なんかない。

全部見終わってしまったのだ。

暇つぶしになるのは唯一景色が変わる、人が行き交う窓の外だけ。

「はぁぁ」

ベッドの上で足を曲げ、その上に突っ伏し息を吐く。

これから自分がどうすれば良いのか、どう生きれば良いのか、何一つわからないという現実に悲観した。

暗い、暗い底なし沼の中にいるみたいだ。

どうすればいい?

そんな質問に答えは返って来ない。

せめて記憶が戻れば大体のことは解決するだろうに、私の脳は一切思い出そうともしない。

なぜ記憶が無くなったのかすらわからないままなのだ。

私にも家族がいたのだろう。

大切な人や頼りになる人がいたのだろう。

だがそんなことも思い出せない。

かといってこの家にずっとお世話になるのも家主さんに迷惑になってしまう。

もし家主さんが迷惑じゃないと言ったとしても、迷惑をかけているかもしれないという罪悪感がずっと襲い掛かって来るだろう。

そんな罪悪感に、私は何年も耐えられる自信は毛頭ない。

どうにかして自分で生きれる環境と道を作らなければいけない。

私はこれからの未来が真っ黒に見えてしょうがない。

そう考え込んでいると窓の外が騒がしくなってきた。

どうやら通行人達が立ち話をしているようだ。

2、3組ならここまで騒がしくはないのだが、どうやら3組どころか20組はいるように見える。

だが皆、嬉々として話をしているわけではないと、顔を見ればわかった。

一度に皆んなが話をし始めるということはおそらく話の内容は同じなのだろう。

この騒がしさの発端に対して疑問を持つ前に発端と思しき人物が少し遠くに立っていた。

鋼色の鎧を身につけ、街中を歩き回っている。

時々左右に首を振りながら巡回している。

あの動作は明らかに誰かを探しているように見える。

こんな辺境な街に堂々と鎧姿で歩き回っていればそりゃあ立ち話のネタにもなるだろう。

その鎧の人物は、私がいる建物の目の前に来た途端に歩みを止めた。

私が今いる部屋はこの建物の2階だ。

そうそう見つかるものでもないだろう。

何故私がそんなにあの鎧の人物から見つからないようにしたいのか、単純な理由だ。

こんな所に騎士らしき人物が1人で堂々と来るだろうか。

もし騎士が来ると伝令でもあればこんなに話のネタにされることもないんじゃないか。

そのため、私の中ではあの人物は“怪しい人物”として認識されたのだ。

数分経つとその鎧の人物がこの建物から離れて行くのが見えた。

とりあえず一安心し、肩を落とすのと同時に、部屋の扉が開く音がした。

温かいスープと水をくれた、あの女性だった。

女性は一生懸命笑顔を繕っていたが、頬には冷や汗が滴っていた。

「さっきの騎士を見たかしら?」

女性は上品な口調でそう言った。

「はい、ここに来たみたいに見えたんですけど…」

彼女の緊張ぶりが移り、私の声もギクシャクとしていた。

それに気づいた彼女は一呼吸起き、私の横に立って口を動かした。

「あの騎士、ロッドの女の子を探しているらしいの。とりあえずはここには居ないと言っておいたけれど、あなたは何処かから逃げ出したの?あなたはどうしたい?」

女性は上品ながらも優しい言葉で私に質問を投げかけた。

だが逆に聞きたいことが多い。

あの騎士は一体何者なのか。

ロッドとはなんなのか。

知らないことの方が多く、それを考えるだけで頭が痛くなりそうだ。

「私は、記憶がありません。何も覚えてないんです」

彼女は一瞬動きが止まった。

その後すぐに同情の目を向けられた。

憐れみ、慰めまいとするような、悲しそうで、優しそうな目。

彼女は唇を噛み、口を(つぐ)んだ。

どんな慰めの言葉をかけよう、どんな言葉をかければ嬉しがるだろう、と考えているのではなかろうか。

今の私がかけられて喜ぶ言葉はただ一つだ。

「大変だったのね」

彼女はそう一言言った。

「名前、まだ言ってなかったね。私はアンナ」

アンナさんは困り眉になりながら名前を名乗った。

「いくらでもここに居ていいから、自分のやりたいことをやってね」

そう言って彼女はとっくに冷め切ったお椀2つが乗ったトレーを持って部屋から出て行った。

未来のことを考えるのは数日経ってからでもいいだろう。

そうやって未来の自分に全て頼った。

そんな愚鈍な自分がすごく嫌にもなったし、好きにもなった。

人に頼るのは良いことだ。

“助け合い”なんていう言葉が重要視され、最も、人は人に頼らなければ死に朽ちていく生き物だ。

私が今生きているということは、私は今誰かに頼っている証拠だ。

そんな言葉を簡単に実行できてしまう自分が好きになった。

そうやって自分に言い聞かせた。


遠のく意識の中、俺はそれを見た。

それは一切の迷いがない太刀筋で困惑する俺にとどめを刺した。

人は首を切られても10秒は意識があるという話があるが、それが本当であるとその身を持って知った。


小鳥が(さえず)り、風が舞う。

毛布の隙間から涼しい風が入ってきたおかげで目が覚めた。

起きた瞬間はまだ瞼が重い。

私は半目になりながらもベッドから胴体を起こした。

開いた窓から光が直に入ってきて、眩しいような、光が足りないような、曖昧な景色が部屋全体に広がっている。

ベッドから足を降ろして最初に感じるのは空腹感だった。

それはそうだ。

昨日からスープと水しか飲んでいないのだから、胃の中が寂しくなるのは当たり前だろう。

床に足を乗せると若干痛みが走った。

寝ている間にアンナさんが手当てしてくれたのだろう。元々巻いていた、服の裾を千切って作った短い布は解かれ、そこに新しい綺麗な包帯が巻かれている。

一昨日よりはだいぶ痛みは無いが、それでも痛いものは痛い。

足の裏を庇いながらぎこちなく、ゆっくりと歩く。

ドアまで近づいたところで、微かに音が聞こえた。

ジューっという何かが焼ける音とパンっという何かが破裂したような音が何度も鳴っているのがわかる。

焼ける音はともかく、繰り返し鳴っているこの破裂音はなんだろうか。

その瞬間、悪い想像をしてしまった。

この破裂音がもし銃等の発砲音ならば、アンナさんは大丈夫なのだろうか。

慎重にドアを開けると、木製ドア特有の木が軋む音が廊下に響いた。

幸い小さな音だったため、予め音が鳴ることを知っていなければ気づかない程度の音量だった。

しかしそんな音が一度きり鳴るわけもなく、開けば開くほどギィーーっと音は長く、大きくなる。

半分まで開け切った頃には軋む音は誰にでも聞こえるくらいの音量になってしまった。

だが下の階にいる者は音に気づいてないようだ。

何かを焼く音に混じって鼻歌が聞こえてくる。

声的に女性のようだが、わからない、もしかすると女声が出せる男性の可能性もなくはない。

半開きのドアから身体を通し、廊下を渡り階段を降りる。

この階段は意外と高低差がある。一段一段が高く、普通の階段よりもどうしても足音が大きくなってしまい、その結果降りることに集中力を注ぐようになってしまいがちになる。

流石にこの足音ならば一階にいる人物にも気づかれるだろう。

だが人が隠れようと焼き音が止むわけでもないし、鼻歌に集中しているようでもなさそうだ。

一階に近づくにつれて焼き音も、鼻歌も聴こえ易くなっていく。ふと破裂音は聞こえなくなっていることに気づいた。

活気のある鼻歌を聴き続けていると次第に警戒心が緩くなっていった。

肩の力は抜け、階段を降りる足音もいつの間にか気にしなくなっていた。

一階に降りるとすぐにキッチンへと顔を覗かせた。

そこには金髪ロングで身長が高く、可愛らしいコッペパンのエプロンを着けて料理をしている女性が立っていた。

アンナさんの容貌とは全く違う。

アンナさんは黒髪だし、ボブだし、身長もそれほど高いわけではない。

それにアンナさんの動作には気品さが溢れているが、目の前のこの女性は気品の欠片も感じられない。

女性は最初から私がここへ来ることがわかっていたかのように振り返り、「よっ」と一言発した。

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