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森と時計

涼しい。

風が吹き、木々が鳴いている。

暖かい日の光に照らされる中、冷たい草花が頬に少し刺さる。

私は目を開けた。

周りには草木が生い茂り、葉の間からは木漏れ日が眩く私のいる場所を照らしている。

すぐ横には水が流れ、私が今いる場所を円で囲むように流れている。まるでこの場所が小さな島かのようだ。

とても美しい風景だ。

「ここ、どこ」

無意識に声が漏れ出た。

確かにここは綺麗だ。だが、見たことのない景色だ。

森の中なんて木々ばかりで印象に残らない。同じような木がほぼ無限に繰り返される空間で場所を特定できるなんて、よほどの記憶力が無ければ無理な話だ。あいにく、私はその記憶力は持ち合わせていない。

だが、そもそも森に入った記憶なんて無い。

どうやってここへ来たのかも、なぜここにいるのかも、何もかもがわからなかった。

ゆっくりと立ち上がり、スカートについた葉っぱを(はた)いた。

ここがどこかもわからず、ただこの森を出なければいけないということはわかる。遭難なんてすれば生きれる保障もない。いや、既に遭難後なのだろうか。遭難した事実から逃避をしたくてこんな所で寝ていたのだろうか。

どうやっても思い出せない。

正面は完全に森林だ。

木が生えてない所なんて今いる場所しか無いと感じさせるほど、森の中は暗い。

そんな暗い中でも地味に獣道が見えた。

とりあえずその道を辿って行くことにした。

行き着く先は人のいる場所か、又は野生生物か。

小さな島から降り、地面に足がついた瞬間に気づいた。靴が無い。

靴どころか靴下すらも無い。

細かい砂や小さな石の感触が足に伝わる。

陽光が届かず、冷たくなっている地面は心地良いと思えるほどではなかった。だが熱いよりはましだろう。

少し警戒しながら足を進めた。


何時間が経っただろうか、空が暗くなり始め、橙色に染まってしまった。

体感では5時間、いや7時間?それとも10時間?体内時計が狂っている。

とにかく長い時間だ。とても長い時間。それだけはわかる。

だが一向に森林を抜けられる兆しは見えない。

なぜ何時間も歩いているのに森から出られないのか、

もしかしたらこの世界には人が住んでいないのか、

心の中で自問自答を繰り返していた。

足の裏が痛い。

それはそうだ、何時間も裸足で歩いていればいつかは皮も擦り剥けてしまう。

来た道を振り返ってみるとさっきよりも森の中が一層暗くなっていた。

ふと足元に目をやると通った時には無かった、赤い斑点が幾つも出現していた。

服を破って包帯がわりにでもしようと思ったが、私の力では服に傷一つつけられなかった。

「はぁ」とため息をつき、近くの木に寄りかかりながら尻もちをついた。

空を見上げると先程まで橙色だった空が紺色に染まり始めている。

疲れたのもそうだが、空腹と喉の渇き、森を抜けられない絶望感に襲われ、もう一度「はぁ」とため息が出た。

すると後ろから草を掻き分ける音が聞こえた。

遂に人がいる場所まで辿り着いたのだ。

だが音はすぐに聞こえなくなってしまった。

ただの空耳だった。

疲れで過敏になっている。

風に煽られて揺らめく花の音でさえ希望を持ってしまう。

そんな自分に「ははっ」と笑うとすぐに虚無感に襲われた。

どうせもうすぐ夜だ。

今はあまり暑くもないし寒くもない。

とてもちょうど良い気温。

ここで寝たとしても熱中症や低体温症になる心配は無いだろう。

足の痛みも、我慢すれば寝れなくはない。

どうせ死ぬのなら最後の余暇でも楽しもうと、そう思った。

瞼が落ちかけたそのとき、また後ろから物音がした。

また幻聴か、と思い体勢は変えなかったが、物音はだんだんと大きくなっていく。

この音の発信源が野生生物なら少し危ないかもしれない。

小さい、草食獣のような音ではなく、私と同じか、それ以上の体の大きさの野生生物のような音がする。

小さいならば草木の間を通り抜けてあまり音を立てないようにするだろう。

だが今聞こえるこの音は足音を立てないことに集中して草木に当たる音はお構いなしのように聞こえる。

大型の野生生物でも草木の当たる音は立てないようにはするだろう。

つまり人間。

そう思った時には遅かった。

逃げようとしたその一瞬で口を布で抑えられた。

力は圧倒的に負けている。

そのまま連れ去られた。


廃れた建物のような場所に雑に放り投げ込まれる。

おそらく廃墟だ。

壁がボロボロで、屋根に大きな穴が二、三個空いており、床にはオレンジ色の小さな花が一輪咲いている。

手と足を縛られ、身動きができない。

何か脱出方法はないか、辺りを見回す。

すると私を誘拐した男2人が会話を始めた。

「ロッドの子供とは…俺たち今日はついてるぞ」

「ドラゴンを捕まえた気分だ、大金が目に浮かぶ」

私を売るつもりなのか。

2人は山賊や盗賊の類いだろう。

だが話の半分は理解が及ばなかった。

ロッドとはなんだろう、ドラゴンとはなんだろう、と。

聞き慣れない単語だ。だが今はそんなことにいちいち構っていられる暇は無い。

どうにかしてここから逃げなければ。

でもどうやって?

今この縄を解く方法は無い。更にもし縄が解けたとしても、この足でどうやって逃げろというのか。

私は早々に諦めていた。


「あぁ、またか」

連続する針の音がする。

俺の可愛い可愛い時計の音が。

俺の愛しい時計の針がこの音を出すのは何度目だろう。

速く、早く回る。

そして止まり、また時を刻み続ける。

「あんな契約しなければよかった」

口が勝手に動く。

上を向き、腕を目に当て、現実を嗤う。

途切れない自分の命でさえも今では熱く、握られているような気分だ。

「やはり鬼は鬼か」

いくら混血といっても鬼であることには変わりない。もしかしたら彼は鬼よりも恐ろしい存在なのかもしれない。

彼とは利害が一致しただけの関係だ。

利害が一致していたとしてもあの時契約をしたことを後悔している。

彼には興味があった。興味がある彼の申し出をはたして断れるだろうか。

今の俺ならすぐに断れる。契約後の苦悩を充分に理解しているからだ。今すぐにでもあの時の契約の邪魔をしてやりたいと思っている。

だがそれができないという事実が体を重くさせる。

あの時、あの瞬間、彼を求めてはいけなかったのだろうか。役に立ちたいと願ってはいけなかったのだろうか。彼の暴走を止めることはできなかったのだろうか。

それでも俺の愛くるしい時計は無常にも針を進める。

主人が困っているのだ、助けてくれるぐらいできるだろう?

「あぁっ…」

顔を手で覆い、嗚咽が漏れる。

今回こそは上手くいくだろうか。

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