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3人の心

やっと昼休みになった。4時間目の算数が、最初の先生の長い雑談のせいでチャイムが鳴っても5分ほど授業がオーバーしてしまった。

うちの学校は給食が無い、珍しいタイプの小学校だ。そのため毎日お弁当かカフェテリアで食べなければならない。

自分は朝から作ってきた弁当があるからいいが、ほのかには弁当も、学食を買うお小遣いも貰ってない。

決して家が貧乏という訳ではない。むしろ裕福な方だ。

だが親にいじめられているだとか、姉にお小遣いを奪われているという訳でもない。

本人から聞いた話、自分から断っているそうなのだ。

「自分は本当の家族じゃないから」と。それを了承する母親も大概だが、父親の方はお小遣いを貰っていると思っているようだ。

信憑性に欠けるが、わざわざほのかがそんな高尚な嘘をつけるとも考えにくい。

今までどうしていたのか聞くとずっと昼飯抜きだったらしい。

そのため、その話を聞いた次の日から2人分の弁当を作る日々へと変わった。

「あっトイレ行ってくるねー」

「早くしろよ!」

いつもは3人で中庭に行って昼飯を食べる。あそこなら日当たりも良いし、日陰もちゃんとある。人気スポットなのだが、基本的に上級生優先とのこと。

だが優先と言っても上級生同士での争いは避けられない。故に、早い物勝ちなのだ。

なので自分だけでも席を確保するため2つの弁当箱を持って先に中庭へと行こうとした。

だが空斗の様子が少しおかしい。さっきから自分の方をチラチラと見てくる。

「なんだ?」

「えっ」

いきなり疑問を投げかけられて少し戸惑っている。自分の胸の内を見透かされたとでも思っているのだろうか。あいにく自分は超能力者ではない。ちゃんと話を聞かねばなにもわからない、ただの人間だ。

「何か言いたそうな顔してる」

「俺、時々お前が怖いよ…」

怖がられるようなことはしていないような気がする。だが彼の目にはそう見えるのだろう。

ただ、彼が不審な動きをしてるからやめた方がいいぞ的な感じで言っただけなのに。

「ルイトってさ、ほのかのこと好き?」

「は?そんな訳ないだろ、馬鹿なこと言うな」

咄嗟に嘘をついた。

自分の中では人を慕うのは無意識に恥ずかしいことと捉えてしまっている。

不意に真意を突かれると、ここまで人間は戸惑ってしまうのかと自分が人間であることを恨んだ。いっそのことタランチュラとかでも良かったのに、何故よりにもよって人間に生まれたのか。

空斗はそれを聞いて改めて俺の正面に立った。

「よかった」

空斗はほっとしたような優しい笑顔を顔に浮かべていた。

それが嫌に苛ついた。

「2人共、顔が良いだろ?だからほのかはいろんなやつに狙われてる。もちろんお前もだけど」

それは確かにそうだ。1人で図書館にいようものならいつのまにか両脇に女子が集まる。

ほのかだって前に中庭で1人でいたら男子の群れに取り囲まれていた。

だがそれは自分達だけではない。空斗だって同じ状況にいる。しかし本人はそれを迷惑だとは思っていない。

ハリウッド俳優になった気分だと自慢気に話していた。

「狙ってるのは遠くで傍観してる奴らだけだと思うなよ」

さっきまで清々しく笑っていた空斗の顔はまるで敵を見るかの如く鋭い視線に変わっていた。

「ただいまー」

ほのかがハンカチで手を拭いながら慌ただしくトイレから出てきた。

空斗はなにもなかったかのように「早く行くぞ」と急かしている。

急ぎ足で階段を降り、中庭へと向かう。

その中庭には誰も座っていなかった。


最後の授業も終わり、後は帰るだけだ。昼休みの間にほのかをゲームに誘っておいた。

ルイトは気を遣ってくれたのか、用事があると断っていた。

自分の中では万全だ。

靴箱で靴を脱ぎ変える。つま先を軽く落とし、少し小さく感じる靴に足がぴったりと入った。

ほのかの方を見るとまだ靴も脱いでない。

靴箱の方をじっと見つめ、動く素振りもない。

かと思えばほのかは中に手を伸ばし、一枚の紙を手に取った。

横からチラッと見ると見慣れた筆跡で“トビウオ”と書かれてあった。

目を疑った。

トビウオという名前は魚のトビウオのことだが、本当にトビウオが書いたわけではない。

昔、歳上の仲のいい人がいた。彼はほのかや俺と家が近く、幼い頃から遊んでもらっていた。

人柄もよく、聡明な彼はいろいろな人達から尊敬されるような人で、ほのかや俺も例外ではない。

昔から木に引っかかったボールなどをジャンプで取れるほどの跳躍力を持っていて、彼の習い事が水泳だったためほのかがトビウオというあだ名をつけた。

本人はある時を境に呼ばなくなったのだが。今思えばその時がほのかがトビウオを慕った瞬間なのかもしれない。

紙は手紙のようだ。しっかりと封がされてある。

すると俺と同様に横で見ていたルイトが「どうした?」とほのかに話しかけた。

ほのかはそれに気づいて急いで手紙を鞄の中に入れた。

ルイトはトビウオのことを知らない。ルイトは6年生の4月に転校してきたばかりだし、トビウオはもう高校1年になっているはず。

トビウオの存在を話したことがない。というより、話そうとも思わない。

雑に鞄に入れていたため、中の手紙はおそらくくしゃくしゃになっているだろう。

「なんでもないよ!」と、少し大きめの声で言い、ほのかはルイトの目を見た。

おそらく今のルイトの目には引きつった笑顔をしているほのかが見えているのだろう。

少しルイトが妬ましくなった。本当に少しだけだ。

自分にそう言い聞かせながら感情を抑制させる。

ほのかは急いで靴を履き替え「ほら帰ろう!」と俺たちの背中を押しながら進んでいく。


「ここをこう?」

スティックボタンを強引にグイッと90度傾ける。

「ちょ、お前、コントローラ壊すなよ!?」

「やった!できた!」

慌てているそらちんを余所に、ゲームのバグを使って通常プレイでは行けないマップに行くことに成功した。

スティックをぐるぐると動かしてマップの探索をする。没マップなだけあり、何もできることがない。

キャラクターや建物は置かれているが、話しかけようとしても会話画面が現れない。

マップを生で見れただけでもありがたく思うべきだろうか。

すると窓の方からうっすらと防災行政無線が聞こえる。帰宅しなければ。

私には特に門限などは無いが、6時までに帰らなければ理不尽にキレられる。

自分で門限を作れだの、父親の所にいたのかだの、ありもしないことを耳元で叫ばれる。

コントローラを置き、壁に寄せている鞄を手に持ち肩にかける。

そのまま部屋のドアノブに手をかけ、いつものように部屋を出ようとした。

すると左手にいきなり掴まれた感覚があった。

振り返るとそらちんが神妙な面立ちで真っ直ぐと私の目を見続けている。なんだか心がくすぐったい。

「どうし…」

「あのさっ…」

「「あっ」」

声が被った。

その後しばらく沈黙が続いた。

何か言いたいことでもあるのだろうか。いや、わざわざ手を掴み「あのさ」と言ったのだから絶対に言いたいことはあるのだろう。

だがこれだけ溜めておきながら一体何を話そうとしているのだろうか。

正直この沈黙の時間が一番気まずい。

部屋一体を取り巻く雰囲気が沈黙の時間を長くしているように感じる。

空気が一気に重くなる。

この雰囲気のせいで身体が重く、動いてはいけない、と無意識のうちにそう思ってしまっている。

もう一度どうしたのと聞いてみようか、だけどもしまた被ってしまったらどうしようか。

私が色々考えている間にそらちんは言葉を発した。

「好きだ」

何か、詰まっていた物が取れたように、はっきりと言葉を発した。

とても発音が綺麗で、聞き間違えるなんてことは絶対に起こり得ないだろう。

そらちんはものすごく真剣な顔をしていた。

好きという言葉はこんなにも重く儚いのか、と思った。

これは友達同士での好きではない。告白だ。それぐらい私にもわかる。

ふと一瞬手紙のことを思い出した。

トビウオ…優夜先輩。

彼は名前が似合う、優しい人だった。


いつも気にかけてくれて、悲しいときも泣き止むまでずっと寄り添ってくれた優しい人。

私は幼いながら、そんな先輩が好きだった。それが私の初恋だった。

小4の夏、先輩がちょうど家に帰っている所を運良く見つけ、その場で告白をした。

いつもそらちんと一緒に帰っているため、そらちんも壁の後ろから応援してくれている。

「好きです!」

住宅街に私の声が響き渡った。

先輩の目をしっかりと見て、また先輩も私を見た。

胸がとても熱く、緊張で汗が滴った。いや、もしかしたら夏の熱さのせいなのかもしれない。

もう2年も前だ。そんな細かいことまでは覚えていられない。

どんな返事が返ってくるだろう。受け入れてくれるかな、拒否されるかな、頭にもやがかかったような感覚だった。

先輩の口が開いた。

「いや、普通に無理」

先輩は首に手をかけ、私ではなく、左下を見ていた。

気まずそうではない。

先輩はいつもと同じ、優しい笑顔を私に向けた。だがどこか少し違うような気もする。

この展開をわかっていたかのようだ。

「それじゃ」

先輩が去っていく。

私の後ろの方にはそらちんがいる。その時私は猛烈な劣等感を感じたのを今でも覚えている。


「ごめん、気持ちだけ受け取っとくね」

私はあの時の先輩のようにそらちんを優しい笑顔で見つめた。またそらちんも、うっすらと笑顔を浮かべていた。

そらちんはかっこいい。いつも女の子たちにモテモテで、その状況を見て私は彼がイケメンだということがわかる。

だが私はそうは思っていない。

そらちんは普通の男の子だ。

特別でも、嫌悪しているわけではない。ただただ普通だ。

普通に笑って普通に遊ぶ、普通の友達だ。私にとってはただそれだけ。

「やっぱりルイトの方がいいのか?」

「わからない」

ルイトなんてただ優しくて気にかけてくれるただの良い人。

そこが彼の一番の長所だ。

細かい所にすぐに気づき、お節介とも思えるような気遣いをしてくれる。

好きにならない部分なんてあるだろうか。

だが私は既に一度同じ状況に陥ったこともある。また二の舞になるのではと気づいていないだけで内心では少し怖いのではないだろうか。

それに私はまだ先輩を忘れられてはいない。忘れられるわけがない。

あれから2年が経っても未だに時々先輩を思い出す。だがもう好きという感情はない。いや、無かった。

靴箱の手紙、コードネームのように書かれたトビウオという筆跡。

誰かの嫌がらせという可能性も考えたが、トビウオの名前を知っているのは私とそらちんだけだ。

他に知っているとしたら先輩が他の人に言いふらしたか、先輩自身が嫌がらせをしていると考える方が自然だろうか。

私はその手紙を見て、自分の先輩に対する感情が今どうなっているのかわからなくなった。

好き?

いや、あんなことを言われて傷ついたでしょ。

嫌い?

でも、昔はとても優しかった。

じゃあ好き?

わからない

じゃあ嫌い?

わからないよ…

好き?

知らない…

嫌い?

「大丈夫か!?」

気がついたら涙が(こぼ)れていた。

知らないうちに涙が(あふ)れていた。

頬が一本の線を描くように冷たくなっているのを感じる。

頬を伝う雫が一滴、口の中に入る。しょっぱい。

目の前にいるそらちんはずっとおろおろとしている。

突っ立って泣いている私をどのように慰めればいいか考えているのかと思うとすぐに涙が引いた。

「ルイト、嫌いなのか…?」

突然尋ねられた内容に一瞬戸惑う。

ルイトを嫌いになるようなことがあるものか。

むしろ好きだ。とっても。ものすごく。

何故かはわからない。

そらちんの方が付き合いが長いはずなのに、それよりもずっと長い時間を過ごしたような気がする。

自分の記憶にはそんな時間存在しない。それなのに、そんな気がする。

「そんなわけないじゃん!明日言おうと思うんだ!」

そらちんは一瞬首を傾げ、疑問に感じたようだが、すぐに理解した。

それからプッと吹き出し、あはははっと軽快に笑った。

「それ、失恋したばっかのやつの前で言うことかよ!!」

やっぱり、そらちんは普通がいい。普通が一番楽しい。


辺りはまだ少し明るい。

そらちんの家と私の家は近いため、帰宅時間はそれほどかからないだろう。

「送ろうか?」

「それ毎回言ってるじゃん、大丈夫だよ」

そらちんが扉の前で手を小さく振っている。

私もそれに合わせて手を振ろうとした。だが、そらちんは手を振るのをやめてしまった。

やめたというより、そらちんの動きが止まったのだ。そして目線は私ではなく、私より後ろを見つめていた。

ただ見つめているだけではなく、目を丸くして見つめていた。

振り向くと黒の学ランに身を包んだ、先輩が立っていた。

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