第五十五章 帰るべき場所
光が消えた。しんとした静けさだけが、残る。
目の前で起きた事態に放心していた騎士たちは、あることに気が付いた。
「体が……!」
ルカが声をあげて、ばっと身体を起こす。騎士たちに掛けられていた魔術が解けて、動けるようになったようだった。それも至極当然のことだろう。……魔術をかけた張本人が、既にこの場にはいないのだから。
動けるようになった仲間たちは真っ先に”彼女”の姿を探した。事情を聞くために。そして何より、無事を確かめるために。
「……居ない」
誰ともなく、そう呟いた。フィアの姿も、フォルの姿も、何処にもなかった。そこには、恐ろしいほどの静寂があるだけで。
ぺたり、と地面に座り込む、アル。黄色の瞳が、みるみるうちに涙で潤んでいく。
「何処行ったの、フィア。悪魔は、消えたでしょう? もう、フィアは戦わなくていいんだよ? 僕ら、皆無事だよ? なのに、それなのに、何で……何で、フィアが居ないの……?!」
アルの悲痛な声が響く。どうして、どうして、と掠れて震える声で呟くアルの声に応える者は、居ない。
「嘘だ……っ、フィア、フィアぁ……っ!」
ブレスレッドを握り締めて、アルは泣く。嘘だ、嘘だと繰り返しながら。帰ってきて、と泣き叫びながら。ブレスレッドに残っていたフィアの温もりは、もうとっくに消えていた。
フワリと、空から何かが降ってきた。手のひらに舞い降りてきたそれを見つめ、クオンが呟く。
「雪……?」
「この時期に、か?」
アレクも驚いた顔をして、空を見上げる。今は、雪が降るような季節ではない。それでも、空から降ってきているのは、紛れもなく、雪だった。ちらちらと、踊るような雪だ。
それを白い掌で受け止めて、アメジストの瞳の少年は、ふっと笑みを浮かべた。
「これも、フィアの魔術の一つだったりしてな。ほら、彼奴の十八番だろう、氷属性魔術。器用だもんな、彼奴……彼奴なら、これくらいやってのけたって、可笑しくないよ。な? フィア、どっかでやってんだろ? 早く出て来い。今ならまだ、笑って許してやるからさ……」
シストは呟くようにそう言う。いつもの通りに、笑いながら。明るい笑みを、浮かべていた。……しかし、その紫の瞳からは止めどなく涙が零れ落ちている。“早く出て来いよ”と呟く声は、静かに舞い落ちていく雪に、吸い込まれて消えていった。
放心状態の騎士たちは、空から落ちてくる白い雪を見つめていた。誰も、何も言うことが出来ずに、ただ茫然として。
と、その時。
「雪……綺麗ですね」
聞き慣れた、しかし聞こえる筈のない声が、響いた。それにはっとして、騎士たちはそちらへ視線を向ける。そこには、一人の青年が立っていた。長い緑髪が、ふわりと雪風に揺れる。
「これも、この雪も、フィアが降らせているもの、なのですか?」
そう言って、緩やかに首を傾げ微笑んでいるのは翡翠の髪の魔術医。その姿を見て、騎士たちは大きく目を見開いた。
「ジェイド……」
「ジェイド様?!」
そこにいるはずのない、……死んだはずの彼は、いつも通りの姿で、微笑んでいる。彼はゆっくりと頷いて、答えた。
「えぇ……僕です」
そう言いながら、困ったように微笑む。体はぼろぼろで、至る所に傷があり、白衣は所々泥や血で汚れている。そして、裂けた白衣から覗く片腕には悪魔の呪いを示す、黒い逆十字が刻まれていて……それでも彼は確かに生きていることが、わかって。
「お前……無事だったのか?」
ジェイドの魔力が途切れたのに気づいていたアレクはゆっくりとジェイドに歩み寄る。そして、そっと、ジェイドの頬に触れた。指先には確かに、彼の魔力が伝わってくる。偽物のようには、思えなかった。
「ジェイド様は死んだ、って、彼奴が、フォルが、言っていたのに……」
シストも、少し戸惑いながらそう問いかける。認めたくなかったのは事実だが、彼が死んだということは受け入れようとしていたのに。
そんな仲間たちの言葉に、ジェイドはくすりと笑って、答えた。
「僕も、死んだものだと、そう思っていたのです。ですが、遠くなっていく意識の中で歌が、聞こえたのですよ」
「歌?」
不思議そうな顔をする仲間たちに頷いて見せた後、ジェイドは視線を遠くに投げながら、言葉を続けた。
「何処の国の言葉なのかまるでわからない、不思議な歌……綺麗な綺麗な歌声でした。何故か聞き覚えのある声だな、と思っていたのですが、きっとフィアの声だったのでしょう。そして、その歌の後に、彼とは違う声が、聞こえてきたのです」
―― 呪いを、解いてあげる。
遠のいた意識の中で、ジェイドが聞いたのは、自分が拘束していた悪魔の力を持つ操り人形の声。何処か、優しくて、暖かい声だった。それを聞いて、ジェイドは、驚いたのだという。
ペルの穏やかな声の直後、ジェイドは自分にかけられていた石化の呪いが消えたのを感じた。何が何やらわからず驚いていたジェイドの前に、姿を現したのは、先刻自分たちが戦っていた少年たち。彼らは驚くジェイドに穏やかに微笑みかけて、言ったのだという。
『俺たちも、還るべき場所に還るから、あんたも、仲間のところに帰ればいい』
『この優しい声に従えば……僕らも、今度こそ……――』
「正しい道に戻れる気がする、と……そう言っていたのです。彼らも、あくまであの堕天使に操られていたに過ぎなかったのでしょう。かけられた魔術が解けて、魂が解き放たれたのでしょう。何処か安堵した様子でしたよ」
そう言ってふっと息を吐き出したジェイドはすまなそうに微笑みながら、言った。
「それでも、僕が死にかけていたのは事実です。僕の魔力が消えたので、皆さん心配したのでしょう? すみません、ご心配をおかけして。身体の方も少々傷ついてはいますが、一応命はあるようです。これもきっとあの子……天使の、御蔭なのでしょうね」
そこで一度言葉を切った彼は辺りに視線を巡らせた。そして、翡翠の瞳を細めながら、緩く首を傾げ、問いかけた。
「……お礼を言いたかったのですが、一体何処にいってしまったのでしょうね? 僕らの天使は」
呟くようにそう言う彼の翡翠色の瞳に宿る寂しげな光は、彼が全てを知っていることを告げていた。
「全てが滅ぶかフィア君が死ぬか、という僕の予言とは少し形が変わったけれど、これが精一杯だったってこと、なのかな……やっぱり、こんな力、ない方がよかったよ……!」
降り積もっていく雪を見つめながら、アンバーは呟く。その琥珀の瞳を濡らした涙が、静かに零れ落ちていく。固く拳を握った彼は、掠れた声で言った。
「大切な仲間を一人失って、国が守れたのだからこれで良かった、なんて、いえないよ……!」
そう言って、アンバーは静かに涙を零す。ただ未来を予知することしか出来ない、未来を変える力は持たない無力な自分に、ただただ、絶望することしか出来なかった。
「何だよ、馬鹿なフィア。季節考えろっつの。この時期に雪なんか降らせやがって。全部、ぜーんぶ俺の炎で溶かしてやるからな」
アネットはいつも通りの声でそう言って、空を見上げた。ふわふわと悪戯な妖精のように舞い散る雪。それを見つめ、アネットはふっと、表情を緩める。
「こんな世界だったら、喜ぶかな、マリンも。……フィア、お前にはまだ言ってないよな。俺の妹のこと。お前みたいな奴が大好きだから、マリンに紹介してやりたい。だから、とっとと出て来い馬鹿野郎」
そう言って笑う、アネット。泣くのを必死に堪えているような、そんな顔で、彼は空を見上げていた。
黒髪の青年は、何度も、何度も、その名を呼んだ。
「フィア……」
愛おしい、大切な、従妹の名を。しっかり者で意地っ張りで正義感の強い、大切な家族の名を。
ふわり、と、雪ではない白いものが、ルカの手の上に舞い降りた。それを見て、ルカはルビーの瞳を大きく見開く。
―― 彼の掌に落ちてきたのは、大きな白い羽。
鳥の物にしては大きく、美しすぎるそれは紛れもなく……天使のそれで。
「どうして、どうしてお前は……ッ!」
そう呟いたルカは、その場に膝を着いた。
「最後の最後まで。自分の事は後回しにして……!」
―― ルカの事は、責めないで。
全てを捨てて、全てを壊して、自分一人が犠牲になって。
「俺が守ってやると言ったのに……なんで俺は、俺たちは……!」
結局、フィアに守られただけじゃないか。そう呟いたルカは肩を震わせる。たった一枚、白い羽を残し、消えた一人の天使を思い、ルカは羽をぎゅっと握り締めた。
***
騎士たちは暫し、呆然とその場に佇んでいた。そうすれば、彼らの天使が、戻ってくるような気がして。しかし、それは幻想だと、誰もが理解していた。
「……帰りましょう」
口を開いたのは、緑髪の魔術医。彼は静かに、言葉を紡いだ。
「いつまでも此処にいても、仕方ありません。他の任務も、放っておく訳にはいきませんから」
ジェイドの冷静な一言に仲間たちは無言で頷いた。……頷く他なかった。いつまでも此処で座り込んでいたら、もう二度と立ち上がれない気がしたから。
セラたちは一人、また一人と城に戻っていく。泣きじゃくるアンバーをクオンが支え、未だ呪術の名残でふらつくジェイドをアレクが支えながら。
「……行こう、ルカ」
最後まで残ったのはルカとシスト、そしてアルとアネット。座り込んだままのルカにシストが声をかける。
「行かないと、俺たち」
励ますようにアネットが言う。
「僕らには、まだやらなきゃいけないことがたくさんありますから」
優しい声で、アルが言う。
ルカはそんな仲間たちをちらりと見て……自嘲気味に笑った。
「……俺なんかに、務まるのか? 大事な家族一人守り抜けずに、最後の最後まで彼奴に救われてばっかの俺が騎士? は、笑えないな」
掌の白い羽を握りしめて、ルカは呟く。肩を、拳を震わせながら。
―― 皆、俺の事忘れてくれ。全部全部……俺という存在を、忘れてほしい。
「忘れろ……?ふざけんな」
未だに脳内に残る従妹の言葉を思い出し、ルカは思う。忘れることが出来たなら、どれだけ楽だと思っているのか。忘れることが出来るなら。彼の存在を、彼と過ごした日々をなかったことに出来るのなら。きっと、こんなに苦しい思いはしなくて済むのに……
「……までも……」
不意に小さな声がした。ルカはその声に顔を上げる。その刹那。ルカの頬を強い衝撃が、襲った。
「シストさ……」
「いつまでもうじうじしてんじゃねぇッ!」
アルが焦った声をあげるのと同時、シストが叫ぶ。頬に残る痛みから、ルカはシストに殴られたのだということに気が付いた。
荒い息をしているシスト。その片手は血が滲む腹に当てられていた。それを見て、ルカは大きく目を見開く。
「シスト、お前……」
今まで無茶をして動いていたからノアールに刺された時の傷が開いたのだろう。しかし、そんな傷の痛みに動じずに、シストは言い放つ。
「いつまでも、いつまでも、うじうじ……フィアは、そんなお前の姿を望んじゃいない。それくらい、従兄のお前じゃなくたって、解る。それに、お前は雪狼の統率官だろうが。俺が信頼するたった一人の統率官だ。そんな頼りない統率者のままで雪狼の株を落とす気か、この馬鹿!」
しっかりしろと。いつも、”彼”がしていたように、シストは自分たちの統率官を叱咤した。
それを聞いて、ルカはゆっくりと瞬いて……ふっと、笑みを浮かべた。
「……ははっ、そうだな。そうだよな」
そう言って、ルカは笑う。まだ涙の乾かない紅の瞳を細めながら。それを見て、アネットはルカの手を引っ張り、立たせた。その隣でアルが微笑み、言う。
「帰りましょう、僕らが居るべき場所へ」
「……あぁ」
ルカは頷いて、微笑む。そして、仲間たちと共に、歩き出した。
***
最期にフィアがかけた魔術は、とんでもないものだった。それがわかったのは、騎士たちがコトス村を訪れた時のこと。
”コトス村を滅ぼした”とノアールが言っていた。その街の状態を見ておかなければ、そう思って向かったというのに。
「これは一体……」
「どういう、ことだ?」
驚いたように、シストとルカが呟く。ノアールが破壊したと言っていたのに、コトス村は全くの無傷だ。いつも通りの、平和な日常が、繰り広げられている。
狐に摘ままれたような気分で、それを眺めていたとき。とことこと走ってきたのはたくさんの花を抱えた一人の少女。ノアールが握り潰したのと全く同じ花が、幼い少女の腕いっぱいに抱えられていた。
「あれ? アネットお兄ちゃんにアルお兄ちゃん。久しぶり。……フィアお兄ちゃんは?」
そう言ってきょとんと首を傾げているのは以前アネットたちと言葉を交わした少女……アリサで。以前会った時と同じように明るい表情の彼女を見て、アネットは驚いたように瞬く。
「アリサ? お前……何ともないの?」
そんな問いかけに、アリサは不思議そうに首を傾げた。
「何ともって? 何にもないよ。アリサ、元気だよ」
そう言って首を傾げたアリサは、ふと何か良いことを思い出したかのように、ぱっと顔を輝かせた。
「あ、でもね! アリサね、夢を見たの! 綺麗な天使さんが出てくる夢!」
その言葉を聞いて、騎士たちは目を見開く。そんな動揺を隠しつつ、アルはアリサと目線を合わせ、微笑んで訊ねた。
「どんな夢だった?」
そんなアルの問いかけに、アリサはぱちぱちと瞬いてから、言う。
「うーんとね、綺麗な天使さんが、黒い悪魔さんを倒す夢! そういえば、あの天使さん、ちょっぴりフィアお兄ちゃんに似てたなァ……」
アリサはそう言って、無邪気に笑った。それを聞いて、アルは悲し気に微笑んだ。
「そっか……」
少女は、未だ、”彼”の姿を探していた。先刻の問いかけに、誰一人答えていないから。アリサはゆっくりと首を傾げ、もう一度問いかけた。
「ねぇアルお兄ちゃん。フィアお兄ちゃんは何処なの? 今日は一緒じゃないの?」
不思議そうな声でのアリサの問いに、アルは微笑みながら、頷いた。
「……うん。そうなんだ。今日はフィア、僕たちと違うお仕事なんだよ」
だから、また今度ね。アルはそう言って、精一杯微笑んだ。涙が零れそうなのを、堪えて。アリサはそれを聞いて、ぱっと笑顔を浮かべて、言った。
「そっか! じゃあ、フィアお兄ちゃんに言っておいて! また遊びに来てねって」
“アリサ、待ってるから”といって、アリサは笑った。無邪気に、明るく、いつものように。
***
城に戻った騎士たちは、会議室に集まっていた。コトス村の状況をルカたちが報告すると、他の騎士たちも驚いたような顔をしていた。
「コトス村……全くの無傷だったんだろう」
どういうことだ、とアレクが声を上げる。悪魔の魔術を持つノアールが滅ぼしたといっていたその村は、いつもどおりに平穏で。その状態は不思議以外の何物でもなく。
そう考えると、浮かぶ可能性は、唯一つ。
「フィアの魔術……?」
誰かが、小さく呟いた。
「……僕が思うに、フィアが使った魔術は相当強大な魔術だったのでしょう。僕らは伝説としてしか聞いたことがないものですが」
城に戻って、暫く図書館に籠っていたジェイドは、そう言った。彼の声を聞き、仲間たちは一斉に、博識な魔術医の方を見る。ジェイドは古い本を机上に置いて、指先で突いた。
「この書物に書いてありました。随分古い文献なので、何処まで本当で何処からが伝説なのかわかりませんが……フィアが天使、というのは事実だった訳ですから、此処に書いてあることは事実として考えましょう。……此処です。この文章」
そう言いながらジェイドが示す所には、とある魔術の記載があった。
救世主という名の、究極の天使魔術。天使が身を賭して使うとされる、天使が愛した全てを救い、守る魔術なのだという。
ジェイドはふぅ、と息をついて言葉を続ける。
「これが、フィアが最後に使った魔術だと、僕は思っています。条件が、状況が、そしてその魔術を使った結果が、あまりに類似していますから。文章での説明はこれだけで、後は古代文字と絵だけなのですが……」
ジェイドはそのページの挿絵を指差した。
一つ目の絵には倒れた人々と荒れた村の様子。そしてそこに佇む大きな翼を持つ人物の絵が描かれていた。二つ目には大きく手を広げ、何かを唱えている天使の絵。そして、三つ目からは倒れた人々が立ちあがり、壊れた村が少しずつ修復されていく様子。しかし、その中にあの天使の姿はなく、数枚の羽根が描かれているだけで。
静かに静かに、ジェイドは言葉を紡いだ。
「この絵から推測するに……この絵に描かれた天使は、この魔術でこの村を救った、ということなのではないかと。そして、この状況は今回のコトス村の一件と同じですよね……」
アルはそれを聞いて小さく呟いた。
「つまり、フィアのあの魔術は……」
「フィアが、自分の命を賭して俺たちにかけてくれた、最強の守護魔術ということか」
クオンの言葉にジェイドは頷く。
「その魔術の影響でアリサが天使の夢を見たんだね。魔術の反動でかな? ……天使の魔力って、強いもんね」
アンバーがそう言って、微笑んだ。ジェイドはその言葉に頷きながら、スッと表情を変えた。
「別の文書には、救世主は全ての悪を消滅させ、善を守り抜くという魔術だと書かれていました。その代償は天使の命だということも。その魔術を使った天使は命を燃やし尽くし、聖天使となるのだと書かれていました」
ジェイドはそこまでいうと言葉を切った。静かに、眼鏡を上げて、溜息を吐く。その言葉が、文章が、ごくごく僅かに残っていた希望を、打ち消した。
「フィアは、帰ってこないんだな……」
ぽつりとつぶやくように、ルカは言った。俯いていて、表情は読めない。
ルカの言葉に、暫し躊躇ってから、ジェイドは小さく頷いた。嘘を吐いても仕方ないと、事実を告げる。
「……えぇ。おそらく」
「……大丈夫か? ルカ」
心配そうに、クオンは問うた。純粋に、心配だった。家族を喪った親友のことが。ルカが、誰よりもフィアを愛していたことを知っているから。
「……平気。俺がこんな顔してるのは、俺らしくないもんな!」
そう言って、ルカはへらりと笑う。何も気にしていないかのように。”仕方ないことだ”と、割り切っているかのように。そして軽く肩を竦めた彼は、言葉を続けた。
「まぁ、フィアがとんでもないお人好しだったってことはよくわかった。ま、大分今更だけどな……」
そう言って溜息を吐いた彼は、席を立つ。そして仲間たちに笑みを向けて、言った。
「さて、と。俺は、部屋に帰るぜ。仕事がまだあるからな」
ひらひらと手を振った彼は、部屋を出て行ってしまった。
「……まったく。良く似た親族ですね」
ぱたん、とドアが閉まるのを見て、ジェイドが溜息を吐いた。それを聞いて、アルはきょとんとした顔をする。
「え? どういうことですか?」
アレクはそんな彼を見て小さく笑う。そしてぽんぽんとアルの頭を撫でて、言った。
「ルカもルカで、俺たちには絶対弱みを見せてくれないよなって話だ」
フィアもだったけどな、とアレクは苦笑して、言った。
「そう、なんすか? 俺にはただ部屋を出てったように見えたんすけど」
アネットは怪訝そうな顔をして、そう言う。それを聞いたクオンは軽く肩を竦めて、言った。
「ルカ、自分の仕事は全部終わったって一昨日言ってた。新しい仕事も入ってない。それでも仕事なんて言ったのは……」
「……この部屋から出て行く、口実?」
シストが震える声で呟く。彼にも、ルカが出ていった理由が、理解出来たのだ。アンバーは無言で頷き、呟くように言った。
「ルカにとって、フィア君がどれだけ大きな存在だったかなんて、僕らだって解るよ」
だからこそ、引きとめなかった。否、引きとめられなかった。
「ルカが泣いていたとしても、俺たちに出来ることはない。どんな慰めの言葉も、彼奴の心を癒すことなんて出来っこないんだ。逆に、傷つけるだけ」
クオンは寂しげに言った。大切な親友のことを想いながら。
「だったらせめて……気が済むまで、一人にしてあげましょう」
ジェイドもそう言って、穏やかに微笑みながらそう言う。
「そう、ですね……」
アルは静かに頷いて、そっと目を伏せたのだった。
***
「聞こえてるよ、馬鹿……」
ドア越しに、ルカは仲間の声を聞いていた。
「……何だよ。全部お見通しって訳か」
ドアに背をつけ、ルカは小さく呟いた。天井を見上げて、そっと息を吐く。その頬に伝う、無数の雫。
「ごめん。フィア。守ると口で言うばっかりで、結局一度もお前を守り抜くことなんて出来なかった……ごめんな」
ルカはそのままドアに凭れて、座り込む。頬を伝い落ちていく雫は、止まることを知らない。押し殺したような啜り泣きが、誰もいない廊下に響いていた。




