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第四章 精神共鳴




 ルカが出ていった後もフィアは暫く動けなかった。自分自身の手を見つめたまま、その場に凍りついたままでいた。

 相手がルカだったため、怪我をさせずに済んだ。最初に無意識で氷柱を飛ばしてしまった時も、フィアの現状を知っていたルカだったから、上手く防ぐことが出来た。アレが当たっていたら、どんな人間でも無事ではいられない。

 ルカだったから、大丈夫だった。ルカだったから……では、もしもノトやアーク程度の魔力しかないものだったら、どうなっていた?


「殺して、いた?」


 もしかしたらそうなっていたかもしれないと、震える声でフィアは呟いた。自分自身に問うように。

魔力を抑えられない。それでは獣と同じではないか。本能のままに人を、他の生き物を襲う獣と。フィアは心の中で自分の村を襲い、両親を殺した竜を思い浮かべた。本能のままに暴れ回り、村を攻撃した、巨大で凶暴な火竜。自分で制御出来ない魔力が暴走するということは、それと同じではないか。


「俺も、あれと同じになってしまう……?」


 そう呟いたフィアは膝を抱え、蹲った。涙が零れ、服に落ちる。魔物と同類。自分が一番恐れたもの。憎んだもの。それと同等……


―― 嫌だ!


 心の中でそう叫びながら、フィアは必死に首を振った。

 ルカの言う通りだった。フィアは、自分自身に怯えていた。自分自身が持つ、計り知れない魔力。それが暴走したとき、今度は誰かを……仲間を、殺めてしまうかもしれない。それを考えると、怖かった。でも、どうしたらいいのか、解らない。魔力を抑えようと人より多くつけた抑制機だって、ちょっとした弾みに壊れてしまう。結局、抑える方法なんて、解らない。

 途方に暮れたフィアは、一人静かに泣き続けていた。



***



 少し時間が立って、フィアの部屋のドアが控えめにノックされた。幾分落ち着いたのか顔を上げ、フィアは涙に濡れた目元を拭った。そして声が震えないようにと一つ息を吸った。


「……開いている」


 ルカはノックなどせずに入ってくる。彼でないとするなら……一体誰だろう、そう思いながらフィアは返事をした。


「フィア……」


 小さな声で名を呼ばれ、その主に視線を向ける。自分の前に歩み寄ってきた相手の姿を見て、フィアは警戒を解いた。

 ふわふわとした白髪。黄色い瞳。見慣れた自らの親友が、心配そうに覗き込んでいた。


「……アルか」


 フィアの部屋に来たのは、アル。その姿を見てフィアはふ、と微笑む。彼はそっと彼の頬に手を当て、困ったような顔をした。そしてそのまま、そっと、問うた。


「泣いてた?」


 優しい、けれども何処か確信を持っている様子のその声に、そして何より予想外の言葉に一瞬動揺しかける。しかし、直ぐにフィアは首を振った。

 

「目にゴミが入っただけだ」


 わざと、ぶっきらぼうに答えた。そしてやや乱暴に目元を拭う。普段は、アル相手にこんな話し方はしないのだが、プライドの高い彼は、泣いていたことを認めたくなかった。無表情(ポーカーフェイス)を装うのは、得意なはず。だから、うまく誤魔化せるはず。そう思って。

 目を合わせようとしないフィア。それを見て、アルはふぅと溜息を吐いた。そしてゆっくりと首を振ると、言った。


「嘘つかないで。僕には聞こえたよ?」


 相変わらずに柔らかく、しかしはっきりとフィアの言葉を否定するアル。そんなアルの言葉を聞いて、フィアはきょとんとした。泣き声が聞こえたという意味だろうか? 否、声を立てて泣いてはいない筈だ。ならば、一体何故? そんなフィアの思いを汲んだように、アルは言った。


「僕にはね、フィアのね、助けてって声が聞こえたんだ。痛くて、苦しい声だった。だから、僕は此処に来たんだよ」


 きゅっと拳を握って、自分の胸に当てながらアルは言った。その表情は、痛みに耐えているような雰囲気でもある。アルの言葉を理解しかねたフィアは、怪訝そうな顔をした。


「どういう、意味だ?」


 声をあげたつもりは無論ない。例え部屋の外にいたとしても泣き声は聞こえなかっただろう。人前で弱音を吐いたことなど、そうそうない。……勿論、今だって。

 不思議そうな顔をしているフィアの問いかけに、アルは微かに笑って、言った。


「僕ね、昔からたまにあったんだよ。誰かの心の声、っていうのかな? そういうものが聞こえること。昔は誰の声かとか全然わからなかったんだけど、最近は親しい人なら分かるようになったんだ。それで、今フィアの声、助けてほしい、って声が聞こえて、此処に来たんだ」


 アルが語ったのは彼が昔から持っていた能力。誰かが泣いている、苦しんでいる、助けを求めていることを感じ取る能力。今その能力で、フィアの声が聞こえたから、こうして此処に来たんだ、とアルはいう。


「だからねフィア、泣いてたの、隠さなくても良いよ」


 柔らかな笑みを浮かべるアルの白髪を、優しい風が揺らす。子供を宥めるようにそう言うそんな親友を見て、フィアはゆっくりと瞬きをした。

 アルにはそんな力があったのか、とフィアは驚いていた。そうした能力に関して、本では読んだことがある。『精神(マインド)共鳴(シンパシィ)』という能力のはずだ。一種の読心術のため、あまり歓迎される力ではない。心を読むことが出来る人間の中には、その能力を悪用するものもいる。人の心を読み、その相手の弱みを握るような真似をする者も少なからずいるのだ。そのため、読心術を持っているというだけで迫害される国もあるくらいだ。だから、読心術を持っているということを明かす者はなかなか居ない。

 しかし、アルの能力はそんな物騒な能力ではない。誰かのために使うことが出来るものだった。他者の心の痛みを感じ取ることが出来る。他人の苦しい気持ちを共有することが出来る。相手の気持ちを理解した上で、行動することが出来る。……きっと、優しいアルだからこその能力なのだな、とフィアは思う。

 そしてフィアはふわりと柔らかく微笑んで、アルに言った。


「ありがとう、アル。でも、大丈夫だ。少し、昔の事を思い出しただけだから」


 アルにこれ以上心配をかけられないというように明るい口調でフィアはそういった。


「昔?」


 彼の言葉にきょとんと首を傾げるアル。フィアは少し迷って、自分の過去の事を話した。まだ彼には語ったことがなかった、自分の過去を。……勿論、自分が女であることは隠して。

 決してアルのことを信用していないわけではない。寧ろ、ルカの次に信頼している相手だ。フィアが女だと聞いても決して誰かに告げ口したり、差別したりする人物でもない。それはフィア自身がよく知っていた。

 しかし、その真実を話してしまった場合、その瞬間から、アルも共犯者になってしまうのだ。『騎士団に女を隠していた人物』として。

 騎士団は女子禁制だ。女性が守られるばかりの時代ではないというのは事実だが、昔からの規則なのだ、仕方のないこと。今まで女が騎士になりたがることなどなかったため、よく解らないが、女子を入団させたことがばれたとしたら、きっと、処罰されるだろう。規則は規則なのだ。規則を破る、ということは罪になる。

 ルカはそのリスクを理解したうえでフィアを入隊させた。


―― もしフィアが女だってバレて罰せられるなら、俺も一緒に罰を受けてやるから。


 そのリスクに気付いたフィアがやっぱりやめようといった時も、ルカはその一点張りだった。もう戻れない。引き返せない。騎士になることは自分が望んだことで、自分の夢で、目標で。しかし、そのために大切な家族を危険に晒すことになるのだ。

 フィア自身、その点で一番悩んだ。自分自身が男として生きる覚悟は決められても、ルカが罰せられるかもしれないという点に関しては、未だに怖い。だから、自分の本当の性別が露見しないように細心の注意を払って生活している。……尤も、ルカの方が余程その配慮が欠けているのだが……この際、それは無視するとして、自分の正体が露見したら、ルカの立場も危ないこともフィアは理解していた。騎士を辞めさせられるかもしれない。それどころか、もっと酷い罰を受けることになるかもしれない。

 それでもルカはフィアを騎士団に入団させた。フィアの想いを、願いを聞き届け、守ってくれているのだ。彼は自身の家族として、自分を守る覚悟を持ってくれている。だからフィアは、その好意に甘んじているのだ。

 しかし、アルは違う。別に彼に覚悟がないだとか意気地なしだとか、そんなことは思わない。けれども、何も知らない状態から、重要な秘密を背負わされることになるのだ。フィアが女性であると知った所為で、アルが危険な目に遭うことになるかもしれない。大切な友達に、いきなりそんなに重たいものは背負わせられないとフィアは思っていた。アルに隠し事をしているのは心苦しかったが、自分の所為で彼が罪人にされる可能性が生まれてしまうなら隠し事をする方が幾分マシだと思っていたのである。嘘を吐くのが嫌いなフィアだが、大切な親友を危険な目に遭わせるのは、もっと嫌だった。だから、入団当初から仲の良い相手だったにも関わらず、自分の秘密を話せずに今日まで過ごしてきたのである。

 ごく普通の村に生まれたこと。普通の子供として育っていたこと。そのまま生きていたら、騎士にはならなかっただろうということ。ある日突然村が竜に襲われたこと……自分の過去をぽつぽつと話していく、フィア。アルは口を挟むことなく、静かにそれを聞いていた。その瞳はただただ真剣で、フィアが紡ぐ言葉一つ一つを聞き漏らすまいとしているかのようだった。

 だからフィアも、話し続けた。言葉を切ることなく、隠すべきことは隠して。


「……だから、俺は騎士になりたかったんだ」


 フィアはそういって、言葉を切った。それはフィアの素直な気持ちだった。騎士としてのフィアの気持ちではなく、あの日、あの時の、全てを失った日のフィアの、素直な気持ち。父に庇われ、母に守られ、怯えていることしか出来なかった幼い自分。そんな風に弱いままで、これ以上大切なものを失いたくない……その思いで、フィアは騎士を目指した。大切なものを守るために。守るために戦えるように。そのために強くなりたい。誰かを守り、助けられるだけの力が欲しい。あの日、自分を助けに来てくれた、白い鎧の騎士のように。それが、フィアの最大の願いだった。

 話し終えて、フィアは俯いた。全てが止まったかのように、静かな時が流れる。そんな静寂の中でフィアが最初に聞いたのは。


「………ごめんね、フィア」


 小さな声での、謝罪。


「え?」


 突然謝るアルにフィアは驚いた。怪訝そうな顔をしてそちらをみれば、アルの瞳から涙が零れている。降り始めの雨のようにぽつぽつと落ちる雫。それを見て、フィアはサファイアの瞳を大きく見開いた。


「え、な、何故アルが泣くんだ?!」


 おろおろと困惑するフィアに、アルはいう。


「僕、そんなことも知らないで、フィアは強い子だって、思ってた! フィアだって、辛いことも苦しいこともあったに決まってるのに……」


 ごめんね、力になれなくて。そう言って、アルは泣いていた。

 フィアはそんな彼の言動に、驚いた顔をしていた。アルが謝ることではないのに、と。彼は何も悪くない。辛いことや悲しいことがあってもそれを周囲に悟られないようにしてきたのは自分なのだ。それに気が付かなかったからとアルが責められるようなことは、あるはずがない。それなのに、アルは泣いてくれる。自分のために、自分を思って涙を流してくれている。それを思うと、何だか照れ臭く、くすぐったく感じる。

 穏やかにフィアは微笑み、アルの涙を指先で掬った。


「泣くな。俺の事を思ってくれてるだけで充分だよ。アルは本当に優しい奴だな。お前みたいな奴と友達になれて、本当によかったよ」


 そういって、フィアは穏やかに微笑んでみせる。


「フィア……」


 アルは目元を拭われて、驚いたように瞬きをする。そしてフィアの言葉に嬉しそうに笑った。その目の端からもう一粒、涙が落ちる。そしてアルは涙に濡れた瞳で微笑んだ。


「僕で力になれることなら、何でもするからいってね? 僕、フィアが笑ってる顔、大好きだから、悲しい顔してほしくないんだ!」


 明るい笑顔を見せる大切な親友。その表情を見ていると、何だか心が明るくなる気がしていた。いつだってそうだ。辛いときに、自分を支えてくれたのは、この少年だった。この騎士団に、入団したばかりのときからの付き合いなのだから。

 自分を見つめ、優しく暖かな笑みを浮かべているアルの頭を撫でて、フィアは微笑む。


「ありがとう。頼りにしている」


 アルに礼を言うフィアは少し吹っ切れたような、明るい笑みを浮かべていた。


 

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